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【登場キャラ(敬称略)】
フェイツ真島 正路ギフトフェネキッス


 フェイツと薬指


 真島正路の契約書が消滅した。
 その前兆はもちろん、あった。彼が我が身可愛さにメネと多重契約を交わした、その時から。いや、もしかしたらそのずっと前からも……。
 だから彼に呼び出され、契約の破棄を求められた時も、「一方的契約破棄は大罪デス」と事務的に返しただけだった。メネへの復讐にも、参加しなかった。
 そんな彼の契約書が、燃えて無くなった。
 つまり彼が、何かしらの理由で死んだ、ということだろう。
 自殺は契約破棄の大罪に数えられる。だが、他者の手を借りた自殺は、それに含まれない。何故なら、それが自殺か他殺かを審査することに時間がかかり、労力として無駄であると魔導法務部は考えているからだ。そこまでして死にたかった者はそのまま放置し、早く別の契約者を見つけろということだ。
 彼は死の寸前、多くの悪魔を手元に置いていた。
 別世界で生きるネデをも巻き込み、死した弟を生き返らせようと奔走していた。

 まさしく、愛の暴走。

(僕はそれを何より軽蔑する)
 我が身可愛さは合理的だ。自分を守ることで、より長く生きながらえようとすることは、とても生物的だ。
 だが、弟の件はどうだ。その命を蘇らせるため、ギフトやロノエル、フェネキッスとも契約したというじゃないか。己の感覚も人生も犠牲にして、なにを得たい、なにを取り戻したい?
 なにを取り戻せた?
 フェイツは、その顛末を見ていない。見る気にもならなかった。結局、真島正路は……自分を慰めていただけだ。
 自分の過ちと罪悪の影を消し去ろうと、どす黒いインクをそこら中にぶちまけただけだ……。
(狂ってる、その愛情は、狂ってる)
 まるで理解できなかった。ネデなどは完璧に、巻き込まれただけじゃないか。それでも最期まで突き進んだのか。
(人間が、わからない。理解できない)
 理解できない、ということを、理解していた筈なのに。 何故、喪失感を感じているのだろう?
 彼ならば理解できると、錯覚していたのだろうか…?
 ……いつから……。
「おや、フェイツ殿ではありませんか!」
「ピャッ!」
 思考が中断され、反射的に距離を取った。
 噂をすれば……
「……ア、アア、ギフトサンではないデスカ。お久しぶりデスネェ」
「相変わらず俊敏な動きをなさいますね」
 させているのは、お前だ。
「正路サンとの契約は終わったのデショウ? 何故こちらへ?」
「確かに契約は終了致しました。ですが! まだアフターサービスが残っております!」
「アフター…? ……アア」
 苦笑し、小さく首を振る。
 この世に生を受けてからの時間としては後輩と言える存在だが、なかなかどうして目敏く、欲深い。
「ギフトサンも、イイ性格をしてマスネ」
 おそらく正路は、復活した弟の将来の成功を支えるよう、ギフトに願ったのだろう。愛という感情は、ここまで視界を曇らせるものなのだろうか。このギフトという悪魔が、単純な幸福と成功を、運んでくれる筈はないのに。
「丁寧な仕事こそ、小生のモットーで御座いますから!」
 まったく、たくましい。彼ならば実に丁寧に、運命の糸の綻びを手繰り寄せ、スルスルと解いてしまうだろう。
 そして、関わった人間の、すべての幸福を瓦解させてしまうだろう。
「小生、これからもしばしばこちらの世界を訪れる予定で御座います。フェイツ殿さえ宜しければ、また観劇と洒落込みましょうぞ」
「エエ、是非とも」
 微笑んで、答えた。
 この世界には、罪悪しか存在していない。

 しばらく、見晴らしのいい鉄塔の上で、ぼんやりと夜景を見ていた。
 家々に灯る明かり、夜の街に浮かぶビル。連綿と続く人間の営みが見渡せる。
「ホッ! フェイツ殿、こんな所にいらっしゃるとは!」
 風の音がしたと思ったら、ぐちゃりという粘度と質量のある音が響いた。
 悪魔フェネキッスだ。次から次へと……。
「どうかなさいマシタカ? 僕様に何かご用ガ?」
「ええ、正路様……ワタクシの元ご主人様より、お届け物で御座います。ウッフフフフ…!」
 唇の両側をつり上げて彼は笑い、フェイツの掌にぽとんと小さな何かを差し出し、そのまま姿を消した。
 ツン、とした血の匂いがした。

 真島正路の薬指がそこにあった。

 最初に沸いたものは、
 怒りだった。
「――詫びのつもりカ? コレガ?」
 全身の毛が逆立ち、息が荒くなった。人に化けていた歯が荒々しい牙となり、眼球に黒い血が集まるのを感じた。
「己が罪と向き合えず、敗北した人間ガ……」
 掌に熱がこもり、赤く光った次の瞬間には、その指先が燃え上がった。
「その死後でさえも僕を愚弄するノカ!?」
 鉄塔が、火の玉のような紅に煌めいた。
 黒く、黒く煤けていく正路の破片に、尽きぬ怒りを真っ直ぐにぶつけた。
 爪が割れ、骨が見え、その骨さえもいずれは灰になった。
 その火が消えても、悪魔はぶつけようのない苛立ちと悲哀に身を震わせるしかなかった。
 無言の慟哭が胸を充たし、決して放出されることは無かった。
 終わりのない痛みがそこに生まれた。



 紀元前から、彼は人間を見てきた。

 彼は人間を、理解したかった。

 ――真島正路を、理解したかった。



 End.