フェイツの掃除


「ソレデ、この惨状の、掃除を、シロト」
 半ば呆然とするフェイツに向け、正路は足早に通り過ぎつつ「迅速かつ丁寧に!」とだけ叫んでキッチンに消えた。宅配会社じゃないんだから。
「……ハァ……僕様が、この部屋ヲ……」
 どんな惨劇が起きれば、これだけ部屋を散らかすことができるのだろうか…?
 ぐしゃぐしゃのシーツや放り投げられた枕、果ては床に落ちて壊れた小物など、恐るべき被害だ。こうして後片付けをやらされるのは心外だが、この場に同席しなくて済んだのはまぁ良かった……今度からは、簡単な防護結界でも張っておくべきかな。
「文句を言ってもはじまりマセンネェ、やりマスカァ」
 やれやれと、片手を降り上げる。

『土は土の、塵は塵の、残骸は残骸の自覚をもち……』

 壊れた小物の破片や、散らかったシーツが動き出す。
『あるべき場所へ帰れ、主の示した場所へ帰れ。早く、早く……帰れ、帰れ』
 ふわりと持ち上がったシーツが、ピシッと伸ばされベッドの上に覆い被さる。布団も、枕も、元の場所に戻っていく。壊れた破片は一つずつ繋がり、元の形に戻ってから机の上に乗った。放り投げられ、形を失った物たちが、次々と姿を取り戻していく。
『さあ、美しさを取り戻せ。無秩序は秩序へ、混乱は平静へ。あるべきように……あるべきままに帰れ』
 パン、と一つ手を叩くと、中空に浮いていた物々の動きが止まり、着地した。
 おおかた2,3分の間の出来事だったであろうか。部屋は出かけた時のままの、整った状態に戻った。
「フウー。やれやれ」
 首をこきこきと鳴らしつつ、そろそろ自分もあるべき場所……こたつの中に戻ろうかと思案する。
「あ! ふーたん、こんなところにいたぁっ」
「ビャアッ!!」
 突然ぴょこんと抱きついてきた幼い少女に、大の男がすさまじい悲鳴を上げる。
 フェイツは凄まじく引きつった笑みを浮かべ、ゆっくりと少女――リヴィの方を向いた。
「リ、リヴィサァン? 向こうで正路サンとおとなしくしている約束デハァ?」
「せーじにぃ構ってくれない! ごはん作っててリヴィヒマなのぉっ! ねぇねぇ、リヴィとイイコトして遊ぼ?」
 あかん流れや!
「イエイエ、僕様只今お仕事中デスカラァ……そうだ、ロノエル達と一緒に暖まっておいでナサイ? とっても気持ちイイデスヨォ~?」
「やーやぁっ! リヴィと遊ぶのぉ~!」
「ウフフゥ、駄々をこねていては、また正路サンに叱られちゃいマスヨォ? 嫌われたくないのデショウ?」
「……うー」
「ネ。僕様もすぐに戻りますカラネェ、みなさんのところでお待ちクダサイネェ」
 渋るリヴィの背中を押しつつ、なんとか居間に戻した。チラッと扉の中を覗くと、こたつで暖まるニュイとロノエルはともかく、そのテーブルの上でタコ姿で蠢くフェネキッスや、正路を誘惑する手段を空想しているのであろう素敵な笑顔を浮かべるメネやら、心配の種がばら撒かれていた。
(……この調子だと、掃除魔法ばかり巧くなってしまいそうだ……)
 談笑する彼らの声を背中に聞きつつ、ため息を吐いた。
(真島正路を試すには、その人間性を深く知る必要がある。この不条理と混乱のなかでは、正確な人間性は計れない。本人も、今は事実を事実と認識する能力が欠如している筈だろう。例えどんなに理性ぶっていてもな。さて、もう暫くは様子見だ……)

 悪があればそれを芽生えさせ、善であればそれを揺さぶる。それこそが悪魔の矜持であり、役割だった。

(案外、しっぽはすぐに出してくれそうなんですがねぇえ)
 ニヤニヤと、キッチンの方を覗く。
 たまたま振り返った正路と、目が合った。
「掃除は?」
「終わりマシタァ」
「次!風呂! あと、ニュイ呼んでこい!手伝わせる!」
「ハァイ」
 軽く返事をして、居間の戸を開けた。
「ニュイサァン、正路サンがお呼びデスヨォ。下賎な古代社会の食事文化及びその調理加工技術について学ぶチャンスデスヨォ」
 パッと顔を上げたニュイの表情は、とてもキラキラしていた。嬉々として手伝ってくれるに違いないだろう……色々手出しもするだろうが。タナカくん、ナビがんば。
「サテ、次はお風呂デスネェ」
 掃除用具を取り出すフェイツの姿も、若干鼻歌を歌い出しそうな感じだった。思いの外、板に付いているのかも知れない。


 End.