突然の来客に少々苛立っていた。
加えてパシリに行かせた悪魔が電話に出ないものだから、苛立ちは募るばかりだ。
コツコツコツコツ、スマホの背面を指で叩く。呼び出しコール音は途切れず続いている。
ついでに背にした寝室のドア、その向こう側からは騒音が聞こえてくる。

「邪魔しないで馬鹿馬鹿ぁ!メネは一番がいいんですぅ~!」
「ねぇねぇそれよりめーねぇの精力ちょーだいよぉ、お腹すいちゃったのー!」
「まあまあお二方ここはちょっと間を取ってワタクシが先に出て契約をピギィー!?」

褐色の女悪魔二匹とタコ一匹が中でドタバタやっているようだ。
一番目に出てきたやつにイイ物をやる。と言って放り込んだのが数分前。目論見通り奴等は仲良く喧嘩していた。音から察するに部屋を荒らしたら殺すという言葉も全員仲良く忘れているんだろう。一番に出てきた奴にはご褒美の蹴りをくれてやる。
悪魔というものは案外単純だ。最近頓にそう思う。
やっと出た留守録の音声案内に舌打ちし、「折り返し掛けろ」と命令を入れ通話を切った。

スーパーへ行く。電話で連絡を取り、買う物を追加する。
人間のガキですら可能なお使いだとうのに、悪魔がどうしてできないんだ?ナメてんのか?
「単純」ならまだ使いようはある。だが「役立たず」は如何ともし難い。
居間をズカズカ横切りコートハンガーに手を掛ける。
比較的平和な方、というか寝室に隔離しておかなくても良い方の客達は、コタツ入りして居間を陣取っていた。
少女が顔を上げる。同時に傍に浮いている謎の立方体もこちらを見た。

「出かけるの?ご飯は?」
「すぐ戻る、大人しく待ってろ穀潰しども」

何せこいつらは未来からの客人だ。現代人とは図太さが違い、多少乱暴な物言いをしても堪えない。
返ってきたのは「「分かったー」」というだらけきった声だけだった。お前らもう少しヒトに飯をたかってる事を自覚しろ。
後で調理を手伝わせようと心に誓い、寒々とした玄関に出る。
ブーツを履き居間の方向を振り返った。
コタツとみかんを完備していても、一応世界の未来を担う重要人物だ。悪魔の餌食にならないよう忠言しておく。

「アホ共に変な契約迫られても耳を貸すなよ」
「はーい!それよりコタツくんは偉いね、すごく快適!うちにも来てもらおうかな」

聞いちゃいねぇ。
コタツ布団をめくり上げた未来人の少女は、中の遠赤外線ヒーターに何やら話しかけ始めた。
未来式のギャグではない。奴は本気だ。恐れ入る。
「大丈夫、ニュイは意思の強い娘です」未来人の向かいに座っていた、大天使みたいな姿の悪魔が頼もしい言を添える。
コタツに手…もとい羽まで突っ込んだ格好でなければ、説得力は何倍もあるのだが。




パシリに行かせた悪魔はすぐに発見できた。自宅からそう遠くもない場所に居た。
悪魔の中でも人間とほぼ変わらない姿のそいつは、事もあろうにレジ袋を提げたまま道端で猫と戯れていた。奴の苦手とするカラスに追いかけ回されていたのなら情状酌量の余地は与える。見てて面白いし。だが猫と遊んで連絡を怠るのは許さん。
猫に夢中で主人が近づいても気付かない。今にも笑い声が聞こえてきそうな…というか近づいたら本当に聞こえてきた。何だこいつ。
悪魔なら気配察知とか、そういうの使えるもんじゃないのか?それともこいつが特別アホなのか?

「おいフェイツ」
「アアッ!」

アホの悪魔が声を上げる。驚いたのではなく、猫に逃げられたためだ。良い度胸だ。

「テメー、道草食ってんじゃねぇよ」

悪魔の脛辺りを爪先で小突く。人目があるため思い切り蹴れないのが悔やまれる。
自分のスマホを確認し、悪魔が顔を上げた。表情に悪びれは無い。

「すいません、マナーモードデシタ」
「あ?100%出ろ。音量100%にしろ」
「そんな無茶ナ」

そもそも電話で連絡、という時点で人間染み過ぎている。加えて不便だ。悪魔としてどうかと思う。
吐いた白いため息が1月の大気に溶ける。
気は収まらないが、それより寒い。さっさと用件を伝えて帰りたかった。今頃寝室はどうなっている事か。

「ニュイとフェネキッスとメネとロノエルとリヴィが部屋に来た」
「地獄絵図じゃないデスカァ」

的確な表現だ。悪魔の薄ら笑いは心なしか疲れている。

「おう、だからなんか喰わせて黙らせる。しらたきと卵追加、あとなんか考えて買ってこい」
「ハァイ」
「じゃな」
「僕様が買うんデスカーーー」

当然だろ、あいつらだけ残しとくとか無いわ。無駄遣いすんなよ殺すぞ。
適当に言って踵を返した。悪魔が背後で垂れている文句は無視する。呪うなら連絡を怠った自分を呪え。
いっそコタツに入って暖を取りたい。しかし何か餌を与えないと悪魔どもは大人しくならないだろう。腹いせだ。未来人と大天使悪魔はコタツから必ず引きずり出してやる。




中々使えない奴だが、あれでも悪魔の中では人間に従順な方だ。
奴は人間の苦悩を糧に生きる上級の悪魔だという。
素直に付き従うのも油断させるため。全てはいずれ苦悩を得るため。人間は悪魔の餌に過ぎないのだ。本当なら恐ろしい話だが、そのために人間にパシらされ増えた買い物に本人が苦悩しているのだからやっぱアホだろと言わざるを得ない。
それに奴は食い物にも容易く釣られる。
大豆を炒ってやるだけで喜び、悪魔の癖に肉汁滴るステーキより豆腐ハンバーグを好む。安上がりで非常に助かる。ただ偏った好みのせいで、豆を使った料理にもやたらレパートリーが増えてしまった。
豆…
ふと思い立ちスマホをポケットから取り出す。
最初のコールで悪魔は通話に出た。おお、珍しくちゃんと学習してやがる。

「何デスカァーまだ何かあるんデスカァー」
「晩飯の方も予定変更だ、豆乳鍋にする」
「豆乳!」

悪魔の声色が変わった。自称上級悪魔様ともあろうものが、豆乳ごときで分かり易過ぎる程喜んでいる。
これが人間を騙すための演技だというのなら、いっそ負けを認めてやってもいい。

「無調整豆乳のでかいやつ追加だ、あと白胡麻」
「迅速に買って帰りマス!」

迅速に帰った所でお前は食う前に寝室と風呂の掃除だアホめ。
一方的に通話を切られた。こちらも丁度自宅に着いた。
安易に餌を与えると味を占めてつけ上がる可能性はある。だが自分が食いたくなったものはしょうがない。
スマホをポケットに仕舞い鍵を取り出す。やはり悪魔は案外単純である。