【雨の檻、虹の雫】/恵千果◆EeRc0idolE
雨の檻に閉じ込められた紫陽花の小部屋とともに、恋人たちは懐かしいキスの魔法によって、時の回廊をくぐり抜けた。
くぐり抜けたその先には、あの紫陽花の日々から始まり、そして今もなお終わることのない、互いへの強すぎる執着が在る。
薄曇りの窓硝子を叩く、途切れない雨垂れの音を聴きながら、祈里は長い長いくちづけをようやく終えた。
だが、その途端。
眼前に佇む可愛らしいいきものが、過去の余韻など物ともせず恥ずかしそうにねだったのだ。
「……もう一度、キスして」
くるまったシーツから片方の白い肩を覗かせて、震えながらねだる美希。こんなにも淫らで開けっ広げな彼女を見られることは珍しい。無論、祈里にすれば、そんな美希の願いを邪険にはね除けるつもりなど毛頭ない。
だがしかし、美希相手だと、天使にも悪魔にもなれる祈里である。天の邪鬼なところも存分に発揮してしまう祈里が次に行動に移したのは、美希にくちづけることではなかった。美希の躰を覆う唯一の布であるシーツにいきなり手をかけたかと思うと、黙ってそれを脱がせ始めたのだ。
「ちょっ……寒いじゃない!」
「だって見たいんだもん」
「いっ、いつも見てるくせに! それに、さっきも散々見てた!」
「いつも見てるしさっきも見たけど、全然見飽きないし、見足りない」
真剣な口調でそう言われてしまうと、ぐっと言葉に詰まる。何せ相手が悪い。口では嫌がりながらも、祈里が相手では抵抗らしい抵抗も出来ない美希は、たちまち身ぐるみ剥がされ、生まれたままの姿にされてしまう。
剥がされたシーツは、美希の染みひとつ無いなめらかな背中にするりとすべり落とされて、薄暗い部屋に白い裸体が仄かに浮かび上がる。
その細い両肩を優しく掴んでそっと後ろに押し倒せば、蒼い髪がふわりと拡がる。つややかな髪からトリートメントの残り香がたち昇り、消えながら散らばった。
押し倒された拍子にベッドのスプリングが弱々しく枝鳴り、その僅かな衝撃でふるふると揺れる乳房。祈里に比べれば決して大きくはないが、その膨らみは優しい円みを帯びている。天を見上げた先端部は薄桃に色づいて見る者を誘い、その目に見せつけるようにぷっくりと尖りはじめる。
薄く平らかな臍部の先にはなだらかな丘が拡がる。ぴったり閉じられた脚のつけねの最奥。柔らかな草原で覆われ、密やかに咲き誇る一輪の花。見事なまでにあでやかな、隠された名花。誰も見ることは叶わない。この花のあるじのほかは。
「ねえ……もういいでしょ」
「まだ駄目。美希ちゃんを全部見せて。すっごく綺麗……」
「どうだっていいから! 早く……」
「そんなに我慢できないの?」
「だって……」
「そうだ。キスの前に調べないとね」
「……何を?」
「見られてた美希ちゃんのココが、どうなってるか」
「え? あっ! やあっ……」
有無を言わさず、美希の脚の間に指をすべらせる。するりと侵入した先にある柔襞をしとどに濡らす、これは。
「ぬるぬるじゃない。わたしに見られてただけなのにこんなにしちゃって……いけない子だなあ、美希ちゃんは」
「んっ……、ふ、あっ……」
祈里の指が襞を掻き分けると、蜜が自然にまとわりついて動きはより円滑になる。内部へと分け入っていき、すでに充血し硬くなった花芯をなぶるようにノックした。
「あっ、あっ……」
指がそれを押すたびに、嬌声が呼応するようにこぼれ落ち、美希の腰はより強い快楽を求めて無意識に揺れ始める。
「美希ちゃんお待たせ……今、キスしてあげるからね」
官能に溺れて揺らめく美希の細腰を抱きとめ、強引に脚を開かせると、祈里はその中心にくちびるを寄せた。
「やあっ! 違う、そこじゃないったら……」
「嘘つき。ホントはココにもキスして欲しいくせに。ほら、もうこんなに溢れさせて……」
くすくすと笑いながら、祈里は上下のくちびるを器用に使い、花芯をやわやわと挟んで吸ったり舐めたりを繰り返す。器用なのはくちびるだけではない。無遠慮に舌を這わせ、襞の奥に隠されたすべてを抉るように舐めとっていく。
「ちょっと待って」
「待てない」
「お願いだから、待ってってば……あああ」
祈里の激しい口淫によりすっかり息も絶え絶えとなった美希の躰は、芳醇な旨味を滴らせた供物と化し、涎を垂らし舌舐めずりをする獣の前に惜し気もなく投げ出される。
そんな美希とは反対に、祈里の舌はちろちろと忙しなく踊り、果てしなく溢れ出す美希の快楽の証を、存分に味わい尽くす。
祈里の顔が蜜まみれになる頃、美希はびくびくと痙攣しながら呆気なく達してしまった。
そんな彼女を満足気に眺め、部屋中に立ち込めてむせかえるほどの美希の匂いを思いきり吸い込み、かぐわしい香りを肺におさめる。
自分だけしか知らない美希の乱れた姿態を、五感を総動員させて記憶に刻みつける。
祈里の仄暗い愉悦と反比例するかのように、いつの間にか雨は上がっていた。眩しい陽射しが射し込み、雨の檻はすっかり消し去られる。薄暗かった部屋の時流は、過去から現へと巻き戻されていく。
「あ、晴れて来たよ」
「……」
「美希ちゃん、また寝ちゃうの?」
「……寝てないから! 疲れただけよ」
ぶすっとした声で半分怒るように言う美希が、祈里には愛おしくて仕方がない。
「ごめんなさい、だっていつも寝ちゃうんだもん」
「ちょっ、誰のせいよ!」
「キスしただけ、でしょ?」
「……キスしてとは言ったけど、アソコにだなんて言ってないから!」
「ふーん、そう。だけど美希ちゃん、アソコじゃないとも言わなかったよね?」
「もうっ! 祈里のバカ……」
「ごめんなさい。……嫌いになった?」
「……そんなわけないでしょ」
「良かった。あ! 美希ちゃん見て」
美希のふくれた頬を優しく突ついた後、窓硝子の方に視線を向けさせる。
「……虹」
「綺麗だね」
「うん……」
「わたしね。いつか、あの虹を捕まえて、指にくるくる巻きつけて指輪にしたいな」
「虹の――指輪?」
「うん。きっと似合うと思うな、美希ちゃんの指に」
「……バカ!」
「どうせバカだもん」
「もう……」
「好きよ美希ちゃん。ちっちゃい時から。今も、これから先もずっと」
「ズルい! あたしだって……」
「あたしだって、なあに?」
「……好きよ。好き。大好き」
やっと。美希と祈里のくちびるが重ね合わされ、溶け合って、ひとつの塊になる。
雨上がりの裏庭。紫陽花は雨露をまとい、陽光を浴びてきらきらと煌めいている。
虹を映した雨露が雫となり、一滴また一滴と、地面に吸い込まれるように滴り落ちていく。
幾度目かのふたりの熱い夏が、もうすぐそこまでやって来ていた。
了
最終更新:2014年08月07日 22:32