せつなが吸血鬼だったらな話/そらまめ




「本当に、そちらで生きていけると思っているのかいイース」

少し前までは自分も彼の側でプリキュアと敵対していたのに、今では自分がプリキュアとなって戦っている。その事に抵抗がないと言えば嘘になるが、私の気持ちは変わらない。

「精一杯がんばるだけよ」
「いいのか。そのままそちらに居続ければ君はきっと…」

そう言いかけたタイミングでナケワメーケが倒された。それに気付いて姿を消したサウラーが言いかけた言葉の続きを、私は知っている。彼は多分こう言いたかったんだろう。
「そちらに居続ければ君はきっと死んでしまうよ」と。

否定は出来なかった。だって、このままこうして居るだけでは、私は本当に死んでしまうから。別の世界であるここの人達と自分は、同じようで同じでない。私の本来の姿が色素の薄い銀髪なのも、姿を変えても変わらない眼の色も、自分は異質であると実感する。



「せつな、今日家でご飯食べていきなよ」

戦いが終わり、変身を解いた私にそう言ったのはラブだった。
桃園家の外食について行ったあの日、ウエスターが街を破壊しようとするのを自分の意志でプリキュアに変身して守った。その後、ラブからの家に来ないかという誘いを、私は断った。
それからというもの、こうしてナケワメーケが出現した時にだけアカルンで瞬間移動してラブ達と合流する私を、戦闘後に決まって食事に誘う。誘いに乗る日もあれば乗らない日もあって、そんな程度なのにラブはめげずに声をかけ続けてくれている。
早く、諦めてくれればいいのに。
別に、ラブが嫌いというわけではない。むしろ好意の方が大きい。ただ、これ以上近づきたくなかった。美希とも祈里ともそうだ。プリキュアという仲間だけど、それだけ。友達ではないこの距離が一番過ごしやすかった。

「今日は…やめておくわ。それじゃあ。アカルンお願い」
「あ、せつなっ!」

引きとめる声を無視して飛んだ。

ジャンプした先は、私が最近寝泊まりしている場所。街を一望できる山の上に使われていない山小屋があり、人も滅多に来ないここで私は過ごしている。生活については屋根があればいい程度の要望しかなく、近くに小川も流れているので別に困っていない。人間頑張れば何とかなる。最近では近くに畑を作って野菜でも作ろうかと思うくらいだ。
ただ、占いの館を離れて一か月が経った。だからか、酷く喉が渇く。いくら水を飲んだところでこの渇きは治まらない。禁断症状だと思うが、最近だと集中していなければ意識が飛びそうになる事もあって、自分の意志とは無関係に体が動きそうになるのを必死に抑えていた。
さっきも危なかった。あのままラブと一緒に家に行って食事なんてしていたら、きっと私はラブを襲ってしまっていただろう。そのまま吸血行動に走りでもしたら、化け物である私はラブと仲間ですらいられなくなってしまう。私はプリキュアだからみんなから離れ過ぎてしまうのはよくないし、近すぎても私が耐えられない。


私は、こちらの世界では吸血鬼と呼ばれる存在だ。ただ、純粋な吸血鬼ではなく人間とのハーフ。だから普通の食事も摂れるし、吸血行為もそこまでしなくていい。寿命だって普通の人間と同じくらい。ただやはり限度はあるもので、あまり長い期間血液を摂取しないと色々と支障をきたす。もうすぐ満月だし、どうにかしなくてはとは思うが、もうこのままでもいいかとも思う。死んでしまうならそれでもいい。ただ、死ぬならメビウスの野望を阻止してからでないと自分がプリキュアになった意味がない。だから、もう少しこの体には頑張っていてもらわなきゃ。
そう思いながら、胸を締め付ける動悸に膝をつき、飛びそうになる意識を服の上から心臓に爪をたてる事で保った。







「また失敗したわねラブ」
「あーもう! 断られたのこれで四回連続だよ!? 話し合う間もなくアカルン使っちゃうし」
「もういっそ戦闘が終わった瞬間羽交い絞めにしてアカルン奪い取ればいいんじゃないかな?」
「…あれ美希たんあたしちょっと疲れてるのかな。ブッキーからすごく物理的な提案されたんだけど」
「だってなんかじれったいんだもん」
「語尾に可愛くもんて付けた所でさっきの言葉は消えないわよブッキー」


今日も、ナケワメーケが現れるとどこからともなくジャンプしてきたせつなは、プリキュアとしてあたし達と一緒に戦ってくれた。でも、それだけ。もっと一緒に笑いあいたいのに、せつなは変わらず壁を作る。一度、家で一緒に暮らそうと誘ったけど断られた。けど諦め切れなくて、食事に誘ってはあわよくばこのまま居座ってもらおうと画策している。ただ、誘いに乗って家に来ても、食事が終わると気が付けばせつなは居なくなっていて、いつもこの計画は失敗している。
問題はアカルンだった。アカルンの瞬間移動なんてチートな技があるからいけない。アカルンさえどうにかなればせつなだって自分達と変わらないのだから何とかなるはずだ。
そんな考えにいきついたあたし達は、今度せつなが現れた時は強行突破ででも捕まえてやろうと話し合った。早くせつなと一緒に暮らしたい。だって、せつなは今ひとりで生活しているはずだから。どこに住んでいるのかもどうやって暮らしているのかも分からない。この世界では誰に頼る事も出来ず、そんな状態でプリキュアの使命を果たそうなんて、戦うためだけに生きているみたいですごく嫌だ。楽しい事も嬉しい事もこの世界には溢れているって知ってほしいな。






その日は、満月だった。
何となく、ラビリンスは今日襲撃してくると思っていたから、街で暴れるナケワメーケを連れたウエスターを見ても別段驚きはしなかった。
彼は何かを言いたそうな顔を何度もしたけど、言いたい事の予想がついていた私は話す機会なんて与えずに攻撃を続け、いつもより早く決着をつけた。
普段より幾分荒さが目立った自分の攻撃の仕方も言葉遣いも、今の私には些細な事で、それよりも内側からくるイライラをどうにかしたくて奥歯を噛みしめる。

早く戻って一人になりたい。

満月になるといつもより吸血衝動が高まる。血液をずっと摂取していない今の自分では、あまりの衝動の強さからそこら辺に居る人を見境無しに襲ってでも血を吸おうとするかもしれない。この強い衝動は満月を過ぎれば治まるはずだから、それまでは山小屋にこもって何が何でも衝動を抑えるつもりだった。この街の人に危害を加える事は、私自身であっても絶対に許さない。

戦闘も終わり、変身を解いてさっさと帰ろうと思っていた矢先、

「二人とも! 作戦シフォンだよ!!」
「ええ!」
「うん!」
「…え?」

突然ピーチが何かを叫んだと思ったら、それに続いてベリーもパインも三人一緒になって私に向かって走ってきた。余裕がなかった私にはみんなの行動に頭が追い付かず固まってしまい、訳もわからないうちに体を抑え込まれた。身動きが取れないわけではない。捕まるというより優しく抱き締められている感覚で、だから余計に動けなかった。内側から絶えず響いていた苛立ちもあまりの事に鳴りを潜める。

「アカルンとったよみんな!」
「よくやったわラブ!」
「やったねラブちゃん!」

ポーチを奪い取られた。何この追い剝ぎ…
三人の追い剝ぎのせいで変身が解かれせつなの姿に戻る。どうでもいいけど体に密着してくるのはやめてほしい。特に今日は。


そうして、瞬間移動できない私をまるで人さらいのように自宅へ連れてきたラブに押し切られ、夕食をご馳走になり今はラブの部屋に二人きりになっていた。タルトとシフォンがいないのは美希か祈里のどちらかの家に居るからだろう。つまり、作戦だなんだと言う話からもわかるように、最初からこうしようとしていたようだ。なんで今日なんだろう。タイミング悪すぎ。


「アカルン返して…」
「だーめ!」

嬉しそうな顔でそう言い放つラブにイラつく。なんなのこの子?捕食されたいの?
あ、まずい…
つい考えてしまった。内側からくるざわざわとした感覚がだんだん戻ってきた。
そんな事もお構いなしに話すラブは、夏という事もありタンクトップのみの軽装で、肌色の部分が目立つ。身振り手振りを交えて今日何のために自分を呼んだのかを説明するラブの、その忙しなく動く手に思わず目が行く。

「その絆創膏…」
「え? ああこれ? 今日お母さんに料理教えてもらってた時にちょっと切っちゃって」

左手の親指に貼ってある絆創膏。「そういえばさっき水で濡らしちゃったから替えなきゃだなー」と言いながらそれを外す。とった瞬間見えた傷口から僅かに血が出ていた。
赤い。
紅い血。
見てしまった。
内側からくる衝動を必死に抑えて、ラブのする動作から思い切り顔を逸らした。ただ、窓の方へ視線を映したのがいけなかったのだろうか。きちんと閉じきられていなかったカーテンの隙間から見えた、黄色く、大きな丸い月。
それを視界に入れた瞬間体が撥ねた。動悸が激しい。苦しい。
痛いくらい手のひらを握っても治まりきらない。下を向いて耐えていると嫌な汗が伝うのを感じて意識が混濁し始める。

「これでよしっと。って、こんなのはどうでもよくて、あ、あのさ、このままさ、家に住めばいいって話…一度は断られちゃったけど…やっぱりもう一度考え直してみない? ほら、あたしの隣の部屋って空き部屋だからせつなはそこ使ってくれればいいからさ」
「どう、して…そんなに、私に構うの…?」
「それは…せつなは大切な仲間だし、友達だし、友達が困ってたらどうにかしたいと思うからで…あたしに出来る事でせつながこれまでよりもっと幸せになれるなら何でもしたいと思うし…」

ラブは貼り終えたばかりの絆創膏に視線を落としながらごにょごにょと口ごもった。無理強いは良くないとわかってはいるし、一度断られている内容だけに強く言えなかった。

「…ラブは、私が幸せになるなら何でもしてくれるの?」
「え、うん! もちろんだよ!」

しばらく静寂が続き、何も言われないまま今日も説得に失敗するのか…と諦めかけていると、思いがけずせつなが会話を続けてくれたのが嬉しくて、条件反射のような返事と一緒に勢いよく顔をあげた。

「そう…」
「あ、あれ? なんでせつな…イースの姿になってる…の?」
「ラブ、私今少し困ってるんだけど助けてくれる?」
「え、それはいいけど…って、どうしてせつなは…ゆっくりあたしに近づいてくるの…?」
「それは、私の問題を解決するためにはラブの近くに行かなきゃだからよ」

いつもより据わった眼でじりじりと近寄ってくるイース姿のせつなに何やら不穏さを感じ、せつなが近づいてくる分だけ後ろに下がる。そう広くもない部屋なので、少しもしないうちに背中に壁があたった。これ以上下がれないあたしに、そんなことお構いなしに近づいてきたせつなは、なんでかあたしの顔を挟むように腕を伸ばして壁に手をついた。
逃げられないよう退路を断ったかのような両腕に驚きながらせつなを見る。
ありえないほど近くからあたしを見ている。いつもより紅い気がする二つの眼に、蛇に睨まれたように体が動かない。

「せ、せつな…?」

なんとか口に出した言葉に、せつなは視線をそのままに壁についていた右手を下げると、だらりと放っていたあたしの左手を目線まで持ち上げた。

「…?」

何をするのか分からなくて何も言えずにいると、突然手のひらにキスをされた。

「へ…?」

あのせつなが、ありえない事を今あたしにしている気がする。
驚いて固まるしかないあたしに、構う事無く唇の触れる感覚は続く。そのうち絆創膏をしている親指に行きつくと、歯を使ってそれをとられた。

「えっとなんで絆創膏とった……っいいったっ!!?」

今日つけた傷でまだ塞がってないから出来ればとらないでほしいんだけど。と、何となく的外れな事を思っていたら、何を思ったのかせつなはその傷口に歯をたてた。
突然の事に涙目になりながらそこを見ると案の定血が流れ出した。

「ちょ、ちょっと待ってせつな、痛いから! 割と地味に痛いからそれ! …ってなんで舐めてるの?!!」

痛みで体が動くようになったのでじたばたしながら抗議の言葉をぶつけていると、流れ出した血を舌で掬い取りだしたせつなの予想外の動きにまた体が固まる。

「いっ…つっ…せ、つな…」

ざらざらした舌で何度も傷口を舐められて、その度にぴりぴりとした痛さを感じた。
でも、浅い傷口から流れる血の量なんてたかが知れていて、少しもしないうちに止まってしまった。それに気付いて眉がハの字になるせつな。頭に犬の耳でもついていたならしゅんとしょげていそうな顔だった。
親指は諦めたのかゆっくりと床に腕をおろすと、今度は肩に顔を寄せてさっきのように唇を落とし始めた。

「え、ちょっと待ってせつな。もしかしてさっきみたいな事しようとしてる? あれ痛いんだよ?!」
「…大丈夫。今度は痛くしないから…」

何が大丈夫なのか全くわからない。

「大丈夫じゃないからっ! 全然大丈夫じゃないからっ!!」
「……だめ?」

さっきよりも強めに言うと、やっと顔をあげてあたしを見た。でも、捨てられた子犬のように潤んだ眼で懇願され、その破壊力に思わず

「あっと…い、痛くないなら…いいよ…」

と言ってしまった。はっ!しまったつい…
ぱあっと嬉しそうな顔をしたせつながまた肩口にキスをし始めた。しっぽがついていたらぱたぱた揺れていそう。
せつなの可愛さに思わず了承してしまった。だって普段あんな顔しないから。こういうのがギャップ萌えって言うのか…なんて考えていると、肩と首の境目をぺろぺろ舐めだしたせつなに未だに何をされるのかよく分からない自分は、今更止めてとも言えず結局固まっているしかなかった。
そのうち、舐められていた場所に何かが食い込んでくるような違和感がして、ついでにこくこくと何かを飲むような音とせつなの喉が動くのに、
あれ、あたし今血でも吸われてるのかな?あはは、それじゃせつな吸血鬼みたいじゃーん!とよくわからない徹夜明けみたいなテンションになっていた。








「なんだって…?」
「えっと…実は私定期的に血液を摂取しないといけない体で…さっきはその衝動が強くなってて…ほとんど無意識でした…すみません」

徹夜明けのテンションも少し落ち着いた頃、正気をとり戻したっぽいせつなから今更な説明をされた。
血液を摂取ってそれ思いっきり吸血鬼…

「あの、出来ればこの事は他の人には…」
「ああ、うん。言わないよ。誰にも」
「本当にごめんなさい…衝動を抑えるつもりだったのに結局ラブに迷惑かけて…」
「血が少しなくなっただけで体に異常はないんでしょ? ならそんなに気にしなくても…」
「そうはいかないわ! 説明もせずに奪ってしまったんだから!! 本当にごめんなさい。私もう金輪際あなたには近づかないって約束すr…」
「駄目。それは駄目だよせつな」
「なんで…ならどう償えばいいのっ」
「なら、一つだけあたしの言う事何でも聞いて? いい? 何でもだよ?」
「…わかったわ。ラブがそれでいいなら私はどんな事でも受け入れる」
「じゃあ、今日からせつなはこの家であたしと一緒に暮らすこと」

少し卑怯かもしれないが、こうでもしなければせつなはうんと言ってくれなさそうだから。こちらも、結局無理矢理みたいになってしまった。でも、そういう諸々も…


「え…なんで… 私、この世界では吸血鬼って呼ばれる化け物なのよ? 気持ち悪いでしょ?」
「これからだよ。全部、これから。今まで知らない事が多すぎたから、そういう感情も想いもこれからなんだよ。今は、せつなと一緒に暮らしたいと思うだけ。まあでも、時間が経ったって色々知ったってせつなを嫌いになることはないと思うけどね」

だって、吸血なんて予想外な事をされた直後でも、せつなを嫌いになんてなってないんだから。


「明日はせつなの歓迎パーティーするからね。あたしの特製ハンバーグもお父さんの肉じゃがもお母さんのおいしい料理もテーブルにいっぱいに並ぶよ! せつな全部食べられるー?」
「…っ! ラブ………精一杯…頑張るわ」


少し遅れてしまったけど、あたし達のこれからを今からはじめよう。



全2-58はこの少し後のお話。
最終更新:2015年12月19日 01:38