【ないしょごと】/れいん




 とぼとぼと歩く。
 風は冷たくて向かい風。まるで、せつなの行く手を阻むかのようだ。
 通常なら、そんな風もなんのその、脇目も振らずに走って帰っただろう。

 ――――愛しの我が家へ。

 けれど今日は違っていた。
(……どうしてかしら?)
 それは、自分自身も分からない。
 ただ、何となく……足がすすまない。

 きっとみんな待っているだろう。おおよその到着時刻は、あらかじめ伝えてあるのだから。
 年末年始に帰ることができなかったから、「楽しみにしてるよ」と言ってくれていた。
 チリリ……。
 楽しみにしてくれている“彼女”の顔を思い浮かべたら、胸の奥で燻ったような煙が上がった。
(もう、本当に……なんなのこれ?)
 いつからこうなったかなんて、覚えてはいない。
 でも、最近はずっとそうだ。
 体の奥底で、チリチリチリチリ……。
 焦げるような疼き。
 彼女の事を考えるだけでこうなってしまうのだ。だから、実際に会って顔を突き合わせてしまったら、自分は一体どうなってしまうのだろう?
 それを考えると、やはり歩みは鈍くなる。
(これが……原因?)
 泣きそうだ。
 自分だって、今回の帰郷をどれほど待ちわびていたことだろう。
 彼女にだって、会いたかった。
 いや、会いたいと言う気持ちは、今も変わらないのだけれど……。
(心臓が……苦しい)
 特に運動をしているわけでもないのに、鼓動が速くなって、息が苦しい。
 今は寒くて枯れてしまったクローバーの丘。
 せつなは堪らなくなって、その場所にしゃがみ込んだ。
(もう……イヤ)
 誰か、助けて――――――。

「………………なっ!」
 急に誰かが肩を掴み、ゆさゆさと揺さぶった。
「!」
 驚いて顔を上げると、そこには会いたくて、会いたくて、会いたかった彼女の顔。
 どうやら到着の遅いせつなを、心配して捜しに来てくれたようだった。
「せつな、だいじょうぶ!? どこか痛いの??」
 心配そうに顔を覗き込んできて、よしよしと背中をさすってくれる。
 その行為に、心臓が破裂しそうに激しく脈を打つ。だけど、何故だか苦しくはなくて戸惑う。
「……へいきよ。ありがとうラブ」
 そう答え、ラブの支えに体を預けながらゆっくりと立ち上がった。
「ほんとうに?」
 ラブは眉間にしわを寄せ、訝しげにこちらを睨む。
「……ほんとうよ」
 そう言って、せつなはニッコリと笑顔をつくった。
(不思議……)
 会いたくて、会いたくて、でも会うのが怖かった。
 そんな気持ちが、ラブに会ったら、ウソのように溶けて消えてなくなってしまった。
 その代りに、頬がポカポカと火照って、心臓が勢いよく送り出した血液が、体の中を心地よく廻る。
「じゃあなんでしゃがみこんでたのよぅ、心配になっちゃうじゃん!」
 ラブは熱を測るように、せつなの額にオデコをコツンと当ててきた。
 ふわっとラブらしい柑橘系の匂いが香って、鼻頭同士がかすって、少しくすぐったい。
「ふふっ、ラブの方が熱高いんじゃない?」
「あれぇ? ホントだぁ」
 せつなが噴き出すと、ラブも安心したようにニカッと笑う。
「でも、具合が悪くなかったんなら、どうしてしゃがみこんでたの?」
 尚も食い下がって理由を問うラブに、せつなは少しだけ困って、首を傾げた。
「さあ、どうしてかしら?」
 何となく、自分ではその理由に気づき始めたのだけれど……。

 ――――――でもそれは、今は誰にも教えない。
最終更新:2014年02月20日 21:57