「すべて雪のせい」/ねぎぼう




 桃園家にあるテレビが冬の情景を映し出していた。

「空から降ってる白いの、何かしら?」
「これは雪だよ」

(あの日と同じ!?)

「きれいだね、せつな」
「そ、そうね」

 テレビが映し出す銀世界は美しいものであった。
 しかし、せつなにとってはあの日を想起させるものであった。

「あ、いけなーい! そろそろ夕ご飯の支度しなきゃ!
今夜はあったかいもの、つくろっか? せつなも手伝って」
「……ええ」

(今は帰ってくる両親のために暖かい料理を作ることに気持ちを集中しよう)

 そう思い直して、ラブと台所に向かった。

 *****

 数日後。
 昼食が終わってすぐにこたつに潜り込んだラブにせつなが声をかけた。

「ちょっと本屋さんに行ってくるわ。すぐ帰るから」
「んにゃ」

 ぬくぬく省エネモードに入ったラブを後目に、せつなは軽く服を羽織って、近所の本屋に向かった。

 *****

「せつなちゃん、取り寄せてた本が来てるよ」
「ありがとうございます」

 ダンスの本を買って以来、本屋のおじさんとはすっかり顔馴染みであった。
 今時は皆大型書店やアマゾネスで買うご時世であるが、せつなはこの店で取り寄せを頼むことも一度や二度ではなかった。

 ふと参考書のコーナーに目をやると、一冊の背表紙が目に入った。

(『リズムで覚える英単語』?)

 英語の小テストを前に「単語が覚えられない~」とちょくちょく泣き言を漏らしていたラブの顔がうかんだ。
 英語の苦手なラブもダンスで培ったリズム感を応用できるのなら……

 その本に手を伸ばそうとすると、もう一人いた女学生と思しき客もすっと手を伸ばしてその本を手に取った。

 せつなの手の動きと当惑した表情に気付いてか、

「あなたもこの本を?」
「い、いいえ……どうぞ」
「ごめんなさいね」

 ぱらぱらとめくって、内容をリズミカルにつぶやく。

「うん、これなら覚えられそうね」

 勘定を済ませてその女学生は帰っていった。

「……すみません。さっきの人が買って行かれた本はまだありますか?」
「せつなちゃん、ごめんね。あれが最後なんだよ」
「そうですか……」

 本屋のおじさんは残念さを隠しきれないせつなの顔を見て、

「街の大きな書店か、それか古本屋ならあるかもしれないねえ」
「ありがとうございます」

 まだ時間は早い。

(とりあえず、街に行こう)

 キャリーからリンクルンを取り出して、思い直したように戻す。

 タルト達はスウィーツ王国に帰還したあとも、アカルンはせつなのそばにいる。
 しかし、それはせつなの命を支える故。瞬間移動の能力を濫りに使うことは避けるようにしていた。

 そのまま駅へと歩いていき、電車で市街に向かった。

(ちょっと遠出になったかしら。駅の近くに大きな書店があるからそこで買って早く帰ろう)

 ところが、駅の近くにある大きな書店でも『続・リズムで覚える英単語』はあったが、『リズムで覚える英単語』が見つからなかった。

(『続』はあるのに、どして?)

 本編なしでいきなり『続編』というのはちょっと気が引ける。

(街には他にも本屋さんがいくつかあるってブッキーも言ってたわね)

 せつなは他の本屋を当たってみようと考えた。

 大通りを見渡すと何軒かの書店があるのがわかった。
 そうして見つけた書店を1軒1軒廻ったものの、見つからないか、あっても続編だけという有様だった。

 気がつくと駅からはずいぶん離れたところにいるようだ。
 さらに目をこらすと、市街のはずれにあたるような場所に「ブックスオフ」を見つけた。

(もうここでなければ……)

 もともとちょっと外に出るつもりの軽装だったため、些か寒い。
 それでも、本を見つけたいという気持ちが寒さをカバーしてきた。

 その本屋に入って、参考書棚を見ると『リズムで覚える英単語』の文字が……

(あったわ!)

 本を取り、ページをめくる。

(これならいいわね)

 会計を済ませて外を見ると雪が降り始めていた。

(そういえば、天気予報で今日は雪が降るって言っていたわね)

 雪を見るとあの日を思い出す。
 暖かくも、つらい記憶。
 二度とは繰り返したくない……

(ブルルル……)

 リンクルンが振動している。ラブからのメールであった。

(いけない、ラブにはすぐ帰るって言ってたんだわ)

 さすがにここはアカルンの力ですぐに帰ろうと思ったが、間が悪いことに本屋には雨宿りならぬ雪宿りの客が増えていたため、この場はメールを入れておくことにした。

 *****

 一方こたつでうたた寝をしてしまっていたラブが目を覚ました。
 時計を見ると4時を過ぎていた。
 まだせつなは帰ってきていないようだ。

「それにしてもせつな、少し遅いなあ」

 窓の外に雪が降るのが見えた。
 リンクルンにメールを入れる。


From: 桃園ラブ
To: 東せつな
Subject: まだ本屋さん?

雪が降ってきたよ!


「送信、っと!」

(今日も本屋のおじさんと長話かな??)

~♪♪♪

「あ、返信だ!」


From: 東せつな
To: 桃園ラブ
Subject: Re:まだ本屋さん?

 街のブックスオフにいます。もうすぐ帰るわ。


 ラブは思わぬ回答に驚く。

「街のブックスオフって…… 本屋さんじゃなかったの?」

 出かけるときのせつなはそんなに着込んでいなかったから……
 あわてて通話モードにする。

「せつな! 今迎えに行くから、そこで待っていて! 絶対そこから出ちゃだめだからね、風邪ひいちゃうから!」
「ラブ、ちょっと……(プツッ)」

 どうやらラブは街に向かっているらしい。
 アカルンによる瞬間移動の能力は定点に対してであり、どの地点にいるかわからないラブのところには移動できない。
 なまじの場所に移動しても、行き違いになる可能性が高い。

(やはりここで待つしかないわね)

 *****

「せつなー!」

 ブックスオフにラブが現れた。

「ラブ!」

 髪や服にも雪がついていた。

「びっくりしたよ! 今日は寒いのにこんな薄着で街に出ているんだもん」
「ごめんなさい……」
「さ、帰ろ?」
「私のコートだけ持ってきてるの、どして?」

 ラブの手には茶色のコートと傘があったが、ラブ自身はノースリーブのピンクのジャケットを羽織っただけだった。

「たっはー、あわててたからねー。くしゅん!」
「ラブ、このコート着て」
「ダメだよ。せつなが風邪ひいちゃう」
「だからって……わかったわ! アカルン!」
「キー!」

 せつなは赤い光に包まれ、再び現れた時にピンクのコートを持っていた。

「ラブもちゃんとコート着てこなきゃ」
「ありがと」

 雪にまみれたラブの姿にせつなは少し冷静ではなくなっていたようである。
 あらためて、ラブが持ってきたピンクの傘を広げ、ブックスオフを後にする。

「で、せつな。本屋さんで何を探してたの?」
「これよ」
「え!?」

 雪がかからないようにちらっと表紙をみせた。

「これで英単語もマスターして、幸せゲットね?」
「……精いっぱい、頑張ります」

 雪が少しずつ強くなっていく。
 ラブはせつなが傘の下になるような持ち方をしており、自身は右肩のみならず頭にまでもうっすらと雪がかかっていた。

 そんな様子を見たせつなは、

「ラブに傘が全然かかっていないわ」
「それなら、こうして……」

 左腕でせつなを引き寄せるようにし、二人がかなり密着した状態で傘に入ることになった。

「これって、温かくていいね」
「もう……」

 傘も白く染まっていくにつれ、せつなの瞳は次第に暗くなっていく。

「あの時も、雪、降っていたわね」

 せつなにとっての雪の記憶。
 それは、シフォンを取り戻すためにラビリンスに出発したクリスマスイブの夜。
 積雪地帯とは言えない四つ葉町で生まれ育ったラブにとっては、童謡や憧れに近い楽しい遊び、ホワイトクリスマスなど、好ましいものとしての記憶されている雪が、せつなにとってはあの日につながってしまう。

(せつな、あの日初めて雪を見たんだ……)

 *****

 駅の近くにさしかかると、偶然にも街頭インタビューの取材クルーが二人の前にやってきた。
 この日は関東全体が大雪になりそうということで、地元のTV局でも取材・収録をしていたのであった。
 決して大きいとは言えない傘に美少女の部類であろう二人がかなり身を寄せて入っていた。そんな二人を見た取材クルーが、絵になると感じて声をかけたのであろう。

「インタビューよろしいですか!」
「えーっ!」

 テレビとかではインタビューのシーンを見ていたが、いざ自分が受ける立場になるとさすがに当惑するラブ。
 インタビューそのものを知らないせつなに至っては何が起こっているかすらわからなかった。
 ただ、腹をくくると、持ち前の度胸の良さを見せるのがラブである。

 世間話のようなやり取りの後、

「近年では珍しいくらいの大雪ですが、どうですか?」

 かつてのキュアピーチに重なるような凛々しい横顔がせつなの目に映った。

「恋人といる時の雪って特別な気分に浸れてあたしは好きです」

(恋人って……!?)

 そういうと、せつなを一層引き寄せるように腕に力を入れた。

(や、やだ……ラブったら!)

 せつなは真っ赤になった顔を手で覆うのであった。


 この後、雪のために電車がずいぶん遅れ、クローバータウンストリートに戻るのに夜遅くになってしまった。

「帰ったらお説教確定だね」
「ええ、甘んじて受けるわ」
「これもすべて雪のせい、なんだよ」
「雪のせい、ね」

 そういうと、せつなはふふふっと笑い出した。

「どうしたの?」
「雪って困ったこともあるけど、暖かい気持ちになったり、不思議ね」
「よかった、せつながそう思えて」

 相変わらず降り続ける雪に負けないように、更に身を寄せて家路を急ぐ二人。
 寒いのに不思議と暖かい傘の下。
最終更新:2014年02月12日 21:06