HAPPY BARSDAY/ねぎぼう




 書類の山がいくつも積まれた執務机。

 それらを前にして、ため息交じりにせつなはトントンと自らの肩を叩き、
首を左右にひねる。

(今日も終わらなさそうね)

 少し弛緩した空気に引き寄せられたかのように、

「お疲れさん、イース!」

 パラレルワールド出張から帰ってきたウエスターが執務室に現れた。

 ラビリンスの歴史が積み重ねてきた英知もメビウスとともに失われたため、
社会の再建に必要な知見を調べる必要があり、しばしば出張はあった。

 よく見ると、少し顔が赤い。

「働きすぎは体に毒だぞ。たまにはこれ飲んでぱあーっと……」

 牛乳パックをいくつかせつなの机に置く。
 ウエスター自身もすでに飲んでいたようだ。

(私は……これを飲んでも酔わないのに)

 苦笑気味に微笑む。

「……あ、すまん」

 ウエスターはバツの悪そうな表情を浮かべた。

 かつて寿命が尽き、そしてアカルンとシフォンの奇跡により地球人として転生したせつな。
そのため、ラビリンスに帰還した今も黒い髪のままである。

「ありがとう、いい栄養になるわ」

 その言葉には皮肉はなかった。

 せつなはその牛乳パックがラブ達と暮らしている頃によく飲んだものと似ていることに 気付いた。

「ウエスター、今回は四つ葉町に行ったの?」
「近くに立ち寄っただけだ……久しぶりにカオルちゃんのドーナツにありつけると
思ったのだが、残念だ」
「ウエスターは出張とはいえ少し行きすぎかもしれないわね」
「イースもたまには……帰らないのか?」

 帰還以来、せつなは脇目も振らずにラビリンス再建のために働き続けた。

 スーパーコンピュータ・メビウスの自爆により、ラビリンスは自然の光を取り戻したものの、
メビウスに依存していた社会基盤は完全に崩壊していた。
 メビウスの支配からの解放の後に直面した、食料問題・エネルギー問題・
他のパラレルワールドとの関係の修復……

 自我を失ったままの国民がいる一方で、取り戻した自我を暴走させる国民もおり、
治安の問題も表面化した。そのため、メビウスの統治下ではもはや不要となっていた
『警察』を再び創設することも余儀なくされた。

『ラビリンスをラブたちのいる世界のようにしたい』という願いとは裏腹に
それが遠のいていくように思えた。

でもあの時、メビウスが築き、全パラレルワールドに広げようとした
『喜びもなければも悲しみのない世界』を否定したのも自分自身ではないか?

 笑顔あふれる世界……その陰では悲しみも苦しいこともある。
そして、見えないところで苦しみを背負い、笑顔を支えるものもいる。

 なら私がそれになろう!

「まだまだやらないといけないことがたくさんあるわ」
「……そうか、何度も言っているけど全部お前が抱え込むことはないんだぞ。
そうだ、今度あの世界に出張した時にはドーナツと「ビール」というものを
お土産にしてやろうか」

 ウエスターの突飛な申し出に吹き出す。

「『お酒は二十歳を過ぎてから』……だったはずだわ? 私はまだ……」
「それはあの世界だけのルールであろう。ま、とりあえずはこれを飲め。
イライラしなくはなるときいたぞ」

 そう言ってウエスターは牛乳パックを1個置いて執務室を後にした。

(私は今でも心のどこかでラブ達の世界がうらやましいと思っているのかしら……)

 せつなは牛乳パックを持って久しぶりに自宅に帰った。

 必要最低限のものがあるだけの、帰って寝るくらいしかできないような小さな部屋。
繁忙な時期には寝にすら帰っていなかったのであった。

 部屋に入るなり、引出しからリンクルンを取り出す。

 せつながリンクルンを手にすると

「キー……」

 アカルンが心配そうな顔をして現れた。

「ごめんなさい、アカルン。大丈夫よ」

 リンクルンが光っている。ラブからだ……


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 せつな、元気にしてる。

 高校最後の年なのに英語で赤点取っちゃって、夏休み返上の補習確定の上に
 いきなりひどい夕立にあっちゃって、今日はもう最悪だったよ(ToT)

 でもね、あの日もすごい夕立だったなって思い出したんだ。

 せつな、前に自分の誕生日はわからないって言ってたよね。
 ラビリンスの国民は誕生日のデータは無意味だとして
 メビウスからは教えられていないって。

 それなら、あの日をせつなの誕生日にしようって思ったんだ。

 だからね。今日は18歳の誕生日おめでとう\(^o^)/
 ムービーも見てね(^_^)v

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 「私は18歳だったのね…… それにしてもラブ、これじゃ赤点取るわね」

 ムービーを再生すると、にこやかなラブと慣れぬムービーカメラに
緊張気味の圭太郎とあゆみがいた。

「誕生日おめでとう、せっちゃん」
「体を大切にね」
「無理はしちゃダメだぞ」

(!)

 せつなの目から涙がこぼれた。

「お父さん、お母さん……ラブぅ」


 ラビリンスが笑顔しかない世界になるまではラブたちには会えない……
会うわけにいかない……せつなはそう思っていた

 そうして仕事に明け暮れて自分を追い詰めていた。

 そんな心を見透かされていたかのようだった。

「アカルン」
「キー」
「ラブには英語の特訓が必要ね……」

 ウエスターからもらった牛乳を一飲みし、その夜は安らかな眠りについた。


 翌日、せつなはウエスターとサウラーに言った。

「今度のパラレルワールド出張は私が行くので、しばらく留守はお願いするわ」

「ずるいぞイース!今度は芸能文化の視察だから楽しみにしていたのに」

といいながらも、ウエスターは嬉しそうであった。

「イース、現地の資料はしっかり持って帰ってよ」
「サウラー、違うもの期待していない?」
「ま、察してくれたまえ」


 数日後

「たっはー、せっかくの夏休みなのに補習なんてあんまりだよー」

 その日の補習から解放されたラブの前にせつなは現れた。

「お久しぶり。私のこと、覚えているかしら」
最終更新:2013年07月14日 00:34