ラブ・レター/一六◆6/pMjwqUTk




「あなたには、これから素晴らしい幸せが訪れるでしょう」
 水晶玉から目を上げてそう口にすると、目の前の男の表情が、見る見るうちに明るくなる。それを見て、せつなは心の中で、ふん、とせせら笑った。
 どいつもこいつも、幸せと言いさえすれば、それだけで幸せそうな顔をする。全くこの世界の人間は、どこまでおめでたいのか……そう思いながら立ち上がろうとすると、男が話しかけてきた。

「あの、せつなさん……ですよね? お名前」
 思わずぎくりとして、目の前の相手――せつなより少し年上らしい男を見つめる。どうしてこいつが、その名前を知っているのだろう。
 せつなの視線に、相手は少しどぎまぎした様子で言葉を続けた。
「いやぁ、昨日、お友達と一緒のところを見かけて……。そう呼ばれているのを耳にしたものだから」
 なんだ、そういうことか、とせつなは小さく息をつく。そして、いつものように軽く一礼すると、もう興味はないと言わんばかりに、館のリビングへと続く出口に向かった。
「あ、あのっ! もし良かったら、今度、食事でも……」
 男の声が追いかけてくる。それを完全に黙殺して、せつなはバタンと後ろ手にドアを閉め、すぐさまイースの姿に戻った。



   ラブ・レター



「よぉ、イース。これ、お前宛てのようだぞ」
 リビングに入ると、ウエスターが、手に持ったものをひらひらさせながら近付いてきた。
 小さな四角い、淡いピンク色の封筒。この世界のものに違いないその封筒の表には、確かに「東せつな様」と書かれている。
「これ、どこで?」
「ど……どこだっていいだろう。お前宛てだったから、運ぶ手間を省いてやったのだ」
 何故か慌てた様子で答えるウエスターに、イースは呆れた顔をする。
「ふん、この世界の人間の手間を省いて、どうするつもり?」
 そう言いながら封筒を裏返したイースの顔が、途端に険しくなった。

「どうした。占いに来たお客様からか?」
「うるさい!」
 忌々しそうな口調とは裏腹に、イースの細い指が、封に貼られたシールを丁寧に剥がす。そして中の便箋を取り出して一読すると、イースの表情が再び変わった。
 白い頬をうっすらと桃色に上気させて、怒っているような、喜んでいるような、困っているような……。
 その時、からかうような口調の第三の声が、リビングに響いた。

「ほぉ。どうやら随分と、素敵な手紙のようじゃないか」
 ソファに座り、相変わらず角砂糖が盛り上がったティーカップを手にしたサウラーが、口の端を斜めに上げてにやりと笑う。
 イースはハッとしたように顔を上げると、便箋をたたんで、ジロリとサウラーを一瞥した。そして、そのまま便箋を元通り封筒に戻し、剥がしたシールを再び貼り付けた。
「これ、受け取れないわ」
「えーっ!? でもこれ、お前宛てなんじゃ……」
 ポカンと口を開けるウエスターに、イースは無理矢理、封筒を押し付ける。
「あなたが勝手に持って来たんでしょう? だったら、自分でどうにかしなさいよ」
 言うだけ言うと、コツコツと靴音を響かせて、リビングを出て行くイース。
「うっそぉ……」
 後には、封筒を手に、途方に暮れた様子のウエスターと、ふん、と鼻で笑って紅茶を啜るサウラーが残されたのだった。


   ☆


「お母さん。このあいだ遊びに来たおばさんから、手紙が来てるよ」
 台所にいるあゆみとせつなのところへ、ラブが封筒を持ってやって来た。夏休みももうすぐ終わり。二人は涼しげなガラスの器にアイスを盛り付けて、お茶の支度をしているところだ。
「あら、見せて見せて」
 あゆみが、いそいそとエプロンで手を拭うと、封筒を開ける。それは、数日前に桃園家を訪れた、今は遠方に住む、あゆみの高校時代の友達からの手紙だった。
「この前のお礼状ね。二人とも、可愛いお嬢さんたちですね、って書いてあるわよ」
 嬉しそうに手紙に目を通すあゆみに、ナハハ~、と照れ笑いを浮かべるラブ。そんな二人を見ながら、せつなが不思議そうに小首をかしげた。
「その方って、あの日の夜にもお礼の電話を頂いたんじゃ……。それなのに、もう一度お礼を?」
「そうねぇ」
 あゆみがせつなに微笑んでから、手紙を丁寧に封筒に戻す。

「別にお礼だけなら電話で十分だけど、こうやって手紙を貰うのも、嬉しいものよ。電話じゃ伝えきれなかった、いろんなことが書いてあるしね。
それに、形に残るものだから、何度でも読み返せるし、何より相手が自分のことを思いながら文字を綴ってくれたんだって思ったら、嬉しいでしょう?」
「あ……。ええ、それはわかるわ」
 せつなが、少し頬を赤くしながら、コクリと頷いた。
「そんな風に、相手の想いを何回も読み直せるって、素敵ね」
 素直なせつなの言葉に、あゆみがニコリと笑う。すると、それを嬉しそうに眺めていたラブが、突然、あ!と声を上げた。

「そうだ、思い出した! せつな、ちょっと来て」
「え、何?」
「いいから、いいから」
 ラブがせつなの手を引っ張って、階段を駆け上がる。そのまま自分の部屋に飛び込むと、机の一番上の引き出しを開けて、その奥の方をごそごそと探った。
「あった! えへへ、あたしさ、せつなに手紙書いたことがあったんだ」
「これって……」
 せつながラブの手の中にあるものを、呆然と見つめる。
 記憶の中にあるものより皺の寄った、小さな四角い、淡いピンク色の封筒。その表には、少し滲んだ「東せつな様」の文字――。
 間違いない。占い館でウエスターに手渡され、一読しただけで突き返した手紙。さっき、あゆみの言葉を聞きながら脳裏に浮かんだもの。イースが初めて受け取った、通達ではない、想いの籠った手紙。でも、あのときはどうしても受け取ることの出来なかった手紙が、そこにあった。

「ほら、前に美希たんとブッキーも飛び入りして、みんなでボーリングに行ったことがあったでしょ? あの後に書いたんだけどね」
 ラブが、嬉しそうに話を続ける。
「でも、占い館の住所がわからなかったから、郵便局で教えてもらおうと思って制服のポケットに入れてて、どっかで落っことしちゃって……。
そしたらその後、カオルちゃんがお店に落ちてたよって渡してくれたんだけど、少し雨に濡れたみたいで、こんなになっちゃったの。
だから、ちゃんと書き直して渡そうと思って、ここに入れておいたんだけど……」

 ごめ~ん、そのままになっちゃった……と頭を掻くラブに、せつなはじっと封筒を見つめたまま、小さくかぶりを振る。
「そう……そういうことだったのね」
 あの頃から、ウエスターは仲間に隠れて、足繁くドーナツ・カフェに通っていた。そこでおそらくラブが落とした手紙を拾ったのだろう。そして、イースに突っ返されて困った挙句、また手紙を元通り、ドーナツ・カフェに戻しておいたのに違いない。
 せつなは、皺の寄った封筒を手に取ると、怪訝そうに首を傾げるラブの顔を、上目づかいで見つめた。

「ありがとう、ラブ。あの、これ……今からでも、貰っていい?」
「あ、じゃあこれ、今からちゃんと書き直すよ! あれからすごーく時間経っちゃったし、それに、こんなにシワシワになっちゃったからさ」
「ううん、そのままの……あの時のラブの手紙がいい」
 せつなが赤い顔をして、照れ臭そうに笑う。それを見て、ラブもほんのりと頬を染めた。

 二人で楽しい内緒話でもしているように、目と目を見かわして、うふふ……と笑い合う。が、次の瞬間、あ……と小さく呟いて、ラブが少し困った顔になった。
「で、でも、ちょっと待って。あたし、何書いたかな。ねぇ、せつな、ちょっと中身を確認しても……」
「いいわよ。ただし、まずは私が読んでからね」
「えーっ!? じゃ、じゃあ、一緒に見よ? それならいいでしょ? ねぇ、せつなぁ!」
 もう、と苦笑いしながら、せつなの細い指が、少し毛羽立ったハート形のシールを丁寧に剥がす。横から、ラブが少し不安そうな顔で、せつなの手元を覗き込んだ。
「ラブー! せっちゃーん! もう、アイスが溶けちゃうわよぉ!」
 階下から、しびれを切らしたらしい、あゆみの声が聞こえてきた。


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ハーイ、せつな!

元気?
昨日は少し具合悪そうだったけど、もうすっかり大丈夫かな。無理しちゃダメだよ?
あたしは昨日と同じく、元気です。
メアド交換しようって言ったのに、シフォンのおかげで出来なかったから、こうして手紙を書いてます。
今度会ったときは、必ずメアド交換しよ。
昨日は一日、すっごく楽しかった! どうもありがとうね。
せつな、ボーリング初めてだって言ってたのに、とっても上手で驚いちゃった。
今まで、友達の中では美希たんが一番上手いって思ってたけど、もしかしたら、せつなの方が上手かも。
今度、二人で勝負してみてよ。そして、今度はせつながあたしに、お手本見せてね。
それから、美希たんとブッキーのこと、すぐに許してくれてありがとう。
二人はあたしの幼なじみで、あたしのこと、いっつも心配してくれるんだ。
でも、せつなもあたしのためを思ってくれてたんだって、二人もわかってくれたしさ、あたしたち、これからもっともっと、仲良しになれるよね?
今度はみんなでどこに行こうか。四つ葉町には、まだたーっくさんステキなところがあるんだ。
また、せつなを案内できるのが、とっても楽しみです!
もし良かったら、また四つ葉町公園に会いに来てね。
あたしたち、学校帰りにいつもあそこでダンスの練習をしてるんだ。
ステージに居なかったら、この前せつなも一緒に行った、カオルちゃんのドーナツ・カフェにいるかも。
(もしかしたら、ドーナツ・カフェにいる時間の方が長いかも! アハハ~)
じゃ、また会えるのを楽しみにしています。
体には気を付けてね。また、一緒に幸せゲットしよ!

          ラブより

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最終更新:2013年05月26日 21:22