四葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode14:絆
まばゆい光を放つ巨大な水晶が、夢のように霧消する。街路樹を片っ端から取り込んで、不気味な大樹となったソレワターセも、一緒に跡形もなく消え失せた。
まだ厳しい顔つきで佇む四人に、誇らしげに駆け寄るタルト。
「よくやったで~、プリキュアの皆はん!」
「キュア~!」
タルトの背中で、シフォンも嬉しそうに両手を上げる。その明るい笑顔に、パッションの顔がゆっくりとほころんだ。
「良かった・・・。」
途端に彼女の姿が淡い光に包まれて、パッションからせつなへと戻る。
「え・・・せつな?」
「せつなちゃん?」
それを見て、ベリーとパインが揃っていぶかしげな声を上げた。
慎重なせつなは、四人の中で決まって最後に変身を解く。それがどうして今日に限って――二人がそう思ったとき、今度はシフォンに歩み寄ろうとしたせつなの膝が、ガクンと崩れかけた。
「せつなっ!」
ピーチが慌てて彼女を抱き留める。
「せつな、大丈夫!?どこか怪我したのっ!?」
両手でギュッと肩を掴み、揺さぶらんばかりに尋ねるピーチに、自分でも驚いたような表情をしていたせつなが、ふっと照れ臭そうな笑みを返した。
「・・・痛いわよ、ラブ。」
「あ、ゴメン!」
言うが早いか、ピーチがラブの姿に戻る。確かに、プリキュアの力で本気で肩を掴んでしまったのは失敗だった。申し訳なさそうにうなだれるラブの肩に、今度はせつながそっと手を置く。
「ごめんなさい、心配かけて。ちょっと・・・気が抜けちゃったみたい。もう大丈夫。」
「せつな、おばさんのことが心配で、朝から気が気じゃなかったもんね。」
「うん。無事に見つかって、本当に良かった。」
同じく変身を解いてそう笑いかける美希と祈里を、ラブはきょとんとした顔で見つめた。
話によれば、今日は朝から三人で、あゆみを探して四つ葉町を走り回っていたのだという。それを聞いたラブの目から、大粒の涙がポロンとこぼれた。
「せつな・・・せつな、ゴメン。本当にゴメン!」
「ラブったら。もう気にしないでって言ったでしょ?」
子供のように縋り付いて泣きじゃくるラブを抱きしめて、せつなはその背中を、優しく撫で続けたのだった。
四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~
Episode14:絆
「あら、ブッキー。」
犬の散歩の途中で、街角にある大型スクリーンに見入っていた祈里は、聞き慣れた少し低めの声に、笑顔で振り向いた。
せつなが足早に近付いてニコリと笑うと、祈里と並んでスクリーンを見上げる。
画面の中で躍動しているのは、トリニティ。テレビの録画映像だ。実際は、彼女たちは今は数日間のミニライブツアーに出かけていて、日曜日の今日も、ダンスレッスンはお休みだった。
「せつなちゃん、今日はラブちゃんと一緒じゃないのね。お買い物?」
せつなが手に持っている、まだぺちゃんこの買い物袋を見て、祈里が尋ねる。
「ええ。ラブは、学校の委員の仕事があるって言ってたわ。私は・・・その・・・お母さんに、お使いを頼まれて。」
そう言って、少し照れ臭そうに俯くせつなとは対照的に、祈里はぱぁっとその顔を輝かせた。
「せつなちゃん!おばさんのこと、お母さん、って呼ぶようになったんだ!」
いつもながらストレートな祈里の言葉に、上気したせつなの頬が、さらに赤みを増す。
「うん。昨日から・・・なんだけど。」
たどたどしく一部始終を話すせつなの言葉を、祈里は相槌を打ちながら、嬉しく聞いた。
昨日は、ソレワターセと入れ替わってしまった本物のあゆみを探して、美希と三人で四つ葉町を駆け回った日だった。
あのときの、せつなの思い詰めた顔。そして、あゆみを見つけたときの心からホッとした表情を思い出して、祈里はじわりと涙が浮かんできた目を、慌ててしばたく。
「良かったね。おめでとう、せつなちゃん。」
「あ・・・ありがとう。」
祈里の言葉に、せつなが耳まで真っ赤になる。だが、祈里の次の言葉を聞くと、その目が少しうろたえたように、せわしなく動いた。
「ホントに良かった。おばさんも、きっと凄く喜んだよね。」
「せつなちゃん、どうかした?」
突然押し黙ったせつなに、祈里が心配そうな視線を向ける。その言葉に押されるように、せつなは顔を上げた。
「ねぇ、ブッキー。ひとつ訊いてもいい?」
「うん・・・じゃあ、ちょっと座ろっか。」
祈里が、連れている小型犬の頭を撫でながら、歩道沿いのベンチに座る。せつなはその隣に腰を下ろすと、少しためらってから、ゆっくりと口を開いた。
「昨日、私が“お母さん”って呼んだときにね。お母さん、私に“ありがとう”って言ってくれたの。」
「そう。やっぱりおばさん、とっても嬉しかったのね。」
ニコニコと、それが当然、と言わんばかりの祈里の反応に、せつなは再び、困ったように視線を動かす。
「嬉しかったから・・・なのかしら。家族にしてもらったのも、プレゼントをもらったのも私の方なのに、お礼を言われたのが、何だか不思議で・・・。」
嬉しそうな、でも明らかに戸惑っているような表情で、せつなは呟く。そんな彼女に、祈里は相変わらず笑顔のまま、穏やかな口調で即答した。
「そりゃあ、せつなちゃんに“お母さん”って呼んでもらえて初めて、おばさんはせつなちゃんの、ホントのお母さんになれたんだもの。」
「・・・えっ?」
驚いたように聞き返すせつなに、今度は祈里が、少し照れ臭そうな顔になる。
「わたしたちだって、そうでしょう?一方的じゃなくて、お互いに大切な仲間だと思っているから、ホントの仲間でいられる。家族だって、おんなじだと思うよ。」
「あ・・・。」
せつなの頬が、再び赤く染まる。
私の大事な娘――あゆみにそう言われたとき、胸がつまって声が出せないような嬉しさの中で、せつなはふいに思い出したのだ。修学旅行で踊ったカチャーシーと、その話をしてくれたお婆さんの笑顔を。
この震えるような喜びを、幸せを、かき混ぜたい。繋げたい。そう思ったとき、ずっと心の中にあったあの言葉が、喉元にせり上がって来た。
もっとも、実際にそれを口にするには、勇気を振り絞らなくてはならなかったけれど。
(そうか。幸せを繋げていくには――誰かと繋がっていくには、ただ手を握られているだけではダメなのね。ちゃんと握手をしないと。)
チクリと胸が痛む。握手をした相手のせいで、不幸になることだってあるのではないか。現に、自分と関わったりしなければ、あゆみは昨日のような目に遭うことはなかったのだから。
だからこそ、大切な人たちを、何としてでも守りたい。せつなはその誓いを新たにしながら、大切な仲間の顔を見つめて、はにかんだような笑顔を見せた。
相変わらずニコニコとその様子を見ていた祈里が、何かを思いついたように、あ、と声を上げる。
「あのね、せつなちゃん。とっても簡単で、喜ばれる親孝行があるの。お母さんに、ありがとうって伝えたいときや、二人だけで話がしたいとき、きっと役に立つわ。知りたい?」
大きな目をキラキラさせて、嬉しそうにこちらを覗き込んでくる祈里に、せつなは少しためらいながら、それでもしっかりと頷いてみせたのだった。
☆
「いらっしゃいませ~。まあ、ラブちゃん。」
店の掃除をしていたレミは、入って来たラブの顔を見て、密かに首をかしげた。
いつもは元気一杯で飛び込むように入ってくるラブが、何だか今日は、少し沈んでいるように見えたからだ。
(何かあったのね。こういう分かりやすいところは、あゆみさんそっくり。)
レミはそう思いながら、わざと茶目っ気たっぷりに、うふっ、と肩をすくめて笑って見せた。
「嬉しいわぁ、ラブちゃん。今日もヘアモデルになりに来てくれたのぉ?」
「ナハハ~、おばさん、今日はちょっと・・・」
力なく笑うラブとレミの間に、奥から現れた美希が割って入る。
「ちょっと、ママ!ラブは、今日はアタシに用があって来たの。だから、勝手にヘアモデルなんてやらせないでよね。」
「あら、そうなのぉ?残念だわぁ。」
カタッと眉を下げておどけてみせるレミに、ラブは小さく、あはは・・・と笑う。その顔を見て、レミが悪戯っぽくウィンクすると同時に、美希がダメを押すように、ビシッと人差し指を立てた。
「それからママ、今日は二人で大事な話をするんだから、用があるときは、必ずノックしてよ?」
「はいはい、わかりました。」
(まぁ、ラブちゃんには美希が付いてるもんね。父親に似て苦労性だけど、あれでなかなか頼りにもなるし。)
レミは、ラブの背中を押すようにして部屋へ引き上げる娘を、いつものおっとりとした笑顔で見送った。
「それで?アタシに訊きたいことって、何?」
紅茶とクッキーを用意して、美希はラブと向かい合う。考えてみれば、美希とラブがこうして二人っきりで話すのは、最近では珍しいことだ。せつなに何て言って家を出てきたんだろう、と美希はちらりと思いを巡らせる。
ラブが、うん・・・と口ごもりながら、紅茶を一口啜る。
「ひょっとして、昨日のこと?」
「たはは~、バレてたか。」
いつものように笑って頭を掻いてから、ラブは上目づかいに美希を見つめた。
「ねぇ、美希たん。昨日、お母さんを探してくれたのって、せつなに頼まれたの?それとも、たまたまお母さんを探しているせつなを見かけた、とか?」
「何を気にしてるのかと思ったら、そのこと?」
美希が柔らかく、ラブに微笑みかける。
「せつなから電話を貰ったのよ。ソレワターセがおばさんに成り済ましてシフォンを狙ってる、本物のおばさんを探したいから、手を貸して、って。」
美希の説明に、ラブが俯いて、小さく溜息をつく。それを見て、美希の目の光が一層柔らかくなった。
「でもね、ラブ。アタシ、せつながラブにおばさんのことを言わなかった・・・いや、言えなかった気持ち、分かる気がするよ。そりゃあ、ラブは言って欲しかったって思うかもしれないけどさ。でも、せつなにしてみれば・・・」
「ううん、美希たん。そのことじゃないの。」
ゆっくりと顔を上げたラブの表情を見て、美希は思わず口をつぐむ。
幼い頃から見慣れている落ち込んだときの顔かと思いきや、その表情は、何だか嬉しそうで、それでいて寂しげで、今まで美希が見たことがないような、大人びた顔だった。
「あたし、一昨日の晩に、せつなに酷いこと言っちゃってさ・・・。おまけに、せつなが言い訳しようとしたのを、聞きもしなかったの。」
ラブは、母のフリをしたソレワターセとせつなとのやり取りを、美希に語る。途中から、美希の目がソレワターセへの怒りで吊り上がったが、彼女は何も言わなかった。
「あたしね、美希たん。せつなが本物のお母さんを連れて帰って来たとき、あたしがせつなを追い詰めたんだって、すっごく後悔したの。
せつなは、あたしに話を聞いてもらえなくて、もう本物のお母さんを探すしかなくなって、たった一人で駆け回ってたんじゃないか、って。
でもせつな、美希たんとブッキーを、ちゃあんと頼ってくれてたんだよね。そのことを、どうしても確かめたかったの。」
そう言って、ニコリと笑うラブの目から、すーっと一筋の涙が頬を伝った。
「あれ?おかしいな。あたし、なんで泣いてるんだろ。せつなが一人じゃなかったってわかって、凄く安心したはずなのに。」
美希がすっと席を立つ。そして、ティッシュの箱を持って戻ってくると、クッキーの皿と一緒に、ラブの目の前に押しやった。
「・・・ありがとう。」
ラブがティッシュで鼻をかみ、クッキーを一枚頬張って、美味しい、と呟く。その様子を見て、美希は少し安心したように、小さく息をついた。
「ねぇ、ラブ。」
ラブが落ち着くのを待って、美希は静かに話し始める。
「せつなは、ニセモノのおばさんに向かって、「あなたはお母さんなんかじゃない」って、そう言ったのよね?」
「うん。」
ラブが力強く頷く。忘れようったって、忘れられるものじゃない。昨日と今日では全然意味合いが違うけれど、ラブにとっては、どちらの意味でも苦く鮮明な記憶だ。
しかし美希は、ラブの答えを聞いて、何だか嬉しそうに微笑んだ。
「そうだとしたら、せつなはもっと前から、おばさんのことをお母さんだと思っていたんじゃない?ただ、そう呼ぶ勇気がなかなか出せなかっただけで。」
「どういうこと?」
首をかしげるラブに、美希はオホン、とわざとらしく咳払いをしてみせる。
「いい?せつなは、相手がニセモノだって知ってたのよ?そのニセモノに向かって、「あなたはお母さんじゃない」って言ったの。ということは、本物のおばさんこそお母さんだ、って、そう言ってることにならない?」
「あ・・・そっか。そういうことだったんだ。」
ラブの顔が、また泣き笑いのような表情に変わる。美希は、ラブの両肩に手を置いて、その潤んだ瞳にしっかりと自分の視線を合わせた。
「せつなは、もうとっくに一人じゃないわ。アタシたちとも、おじさんやおばさんとも、しっかりと繋がってる。
もしまたあの子が無茶をして、自分を犠牲にしようとしたり、一人で頑張り過ぎるようなことがあったら、そのときは・・・」
「あたしたちが、伝えればいいんだね?一人じゃないよ、って。」
そう力強く答えるラブの目に、もう涙は無かった。
「美希たん。」
「なぁに?」
「今日の美希たん・・・何だか優しいね。」
「ちょっと、何よそれ。アタシだって、そうしょっちゅう心を鬼にしてたまるもんですか。」
美希のふくれっ面を間近で眺めて、ラブがぷっと吹き出す。美希も堪え切れなくなったように、笑い出した。
二人の密やかな笑い声は、まるで季節外れの五月雨のように、あたたかく、優しく、蒼乃家の二階に響いた。
☆
その日の夕方。
家に帰り、リビングに入ろうとしたラブは、かすかに聞こえる話し声に気付いて、そっと耳をそばだてた。
「・・・お母さん。」
「なぁに?せっちゃん。」
「これくらい力を入れても・・・痛くない?」
「ええ、気持ちいいわ。上手ね、せっちゃん。」
そろりと扉を開けると、ソファに座ったあゆみの後ろに立つ、せつなの後ろ姿が目に入った。その細い両手は、あゆみの肩を優しくもみほぐしている。
西日を浴びて浮かび上がる二人の姿が、何だかぼやけて見えて、ラブは慌てて乱暴に目をこすった。
気配に気づいたせつなが、そっとこちらを振り返る。ラブは、その赤い瞳に今日一番の笑顔を向けながら、元気よく言った。
「ただいま!」
「お帰りなさい。」
あゆみとせつなの声がぴたりと揃って、あたたかく、ラブを迎えた。
~終~
最終更新:2013年04月15日 20:53