はんぶんこ/ねぎぼう




「せつな、焼けたよ」

 オーブンを開けると、チョコクッキーの香ばしい匂いがした。
 トレイを取り出し、しばらく冷ます。
 ラブは冷めたころを見計らってその中から一個トングで取り、

「食べてみて!」

 一口大のクッキーをせつなは律儀にも半分に割り、

「どうぞ」

「初めてドーナツを食べたときみたい……あ、ごめん!」
「ううん。あのときは、あれが『美味しい』って感覚なのかって思ったの」

 イースだった頃の過去を受け入れられるようになったせつなをラブは嬉しく思うことにした。

「うん、これならOKだね」
「ええ、美味しいわ」
「これをお父さんと、カオルちゃんと、カズちゃんと……美希たんとブッキーにも友チョコあげなきゃね。うーん、大輔にもあげようかなあ??」
「え、あげるんじゃないの? 私もウエスターとサウラーにあげてもいいかしら」
「う……もちろん、いいと思うよ? さ、ラッピングしよう!」
「ええ」


 あれから数年後、今年もラブはチョコクッキーを焼いた。

 それを例年通りに配り、最後の一つをせつなの机に置いた。

 そして、あのときのようにチョコクッキーを半分に割る。

(でも、せつなはいないんだよね……)

 片割れを見ていると余計に寂しくなる、そう思って割ったクッキーを二つとも口に入れようとしたときのことだった。

 突然、ラブの目の前に赤い光が現れた。

「え?」

 光がおさまり、現われたその姿は……


「せつな!?」

 もともと大人びた容姿だったのが、さらに大人っぽくなったように感じられた。

「お久しぶり、覚えているかしら」
「……せつなだ……せつなだよ……」

 ラブはその場にへたりこんだ。

 嬉しさと驚きの感情が飽和して力が抜けるような感覚であった。

 そんなラブに目線を合わせるようにせつなはしゃがみ、正面から肩を抱くようにして言う。

「ずっと帰れなくてごめんなさい」

 せつなの甘い声、ぬくもり、匂い、息遣いにラブは目の前のことが現実であることの実感を得た。

「お帰り、せつな」
「ただいま、ラブ」

 暫くの抱擁の後、

「今日はバレンタインデーね?」

 せつなは小さな袋をを取り出す。

「これ、作ったの……」

 ラブは袋を手に取った。

 中にはチョコクッキーが入っていた。

「やっと同じようなのが作れたの……食べてくれる?」

「うん、ありがとう」

 一口大のクッキーだけあって一口で食べようとすると、せつなの心配そうな視線を感じた。

「どうしたの?」
「だ、大丈夫よ……味見したときにチョコレートの味はしたから」
「チョコクッキーだよね?」
「ラビリンスで育てたカカオでつくったの」
「本当?」

 ラブは爆発したメビウスの塔から脱出したときに初めてラビリンスの青空を見た。
 せつな達がラビリンスを四つ葉町のような幸せな世界にすると言ったときにあの青空を思い出してきっと出来ると思ったのだった。

「先ずはカカオを栽培しようと思ったの。この植物は雨が降らないとなかなか育たないのね。仕方なく雨の日を増やしたの」
「……雨の日増やすんだ?」
「何とか何本かは木に成長したけど、実がつくのには3年はかかったかしら?」
「3年も!」
「そうやって、何とかできたカカオの実から作ったの」

 ラブはふとせつなの手を見ると、その手はかつて花壇を作ろうと日々石を運んでいたころの荒れに荒れた手だった。

「執務の合間を縫って、畑仕事していたからずいぶん荒れてしまったわね」
「せつな……」

 ラブにはなんとなく分かった。
 せつなが忙しい日々に自分を置いた中で、自分を追い詰めるように畑仕事もしているように感じられた。

「もう……あのときと変わっていないんだから……」

 ラブはせつなの手を取って言った。

「せつな、ラビリンスを笑顔でいっぱいにするんでしょ?それならせつなが笑顔になれないといけないんだよ」
「そうね……」

 ラブはせつなの机に置いていたチョコクッキーを渡した。
 せつながクッキーに手を伸ばしたとき、手の荒れを見たラブは目配せして自らクッキーを手に取って口に入れ、軽く噛み割った。

 そのまま、せつなに顔を近づけ、

 くちゅっ

 口の中のチョコクッキーを流し込んだ。

「んっ……」

 しばらくお互いの甘さを味わう。

「はんぶんこ、だね」

 せつなはこくりとうなづく。


「ごめんなさい……そろそろ行かないと」
「そっか……忙しいんだね」
「ええ、復興まではまだまだだわ。本当はね、ウエスターやサウラーからもたまには休暇を取ることを勧められていたけど、休むわけにはいかないと思っていたの。
でもちゃんと休みはとって、今度四つ葉町に帰省しようと思うの」
「うん!いいね、それ。すごくいいと思う。お父さんもお母さんも美希たんもブッキーもみんな喜ぶよ」
「ありがとう」

 せつなが赤い光に包まれ、ラビリンスへ帰っていった。


 二人で半分こするチョコクッキーは全パラレルワールドで一番美味しいのかも……

 せつなは一人執務室で休暇届を書きながら思った。

 ラブは食材を使わせてもらった感謝を込めてグラッセを作りながら思った。

 そんな二人の、ハッピー・バレンタイン!
最終更新:2013年02月18日 00:08