雪のグリル・クローバーヒル/こゆき




しんしんと、雪が降り続いている。
黒一色に沈む夜の街が、ほのかに輝く銀のヴェールを纏う。
この窓の外は、ぬくもりの欠片もない凍てつく冷たい氷の世界。かつての―――この私のように。


あの時の私なら、きっとこの光景を美しいと感じることはなかっただろう。
命の溢れた春よりも、心の安らぎを覚えることならあったかもしれないが……。


窓一枚隔てただけの、この部屋のなんと暖かいことだろう。耳には優しいピアノの旋律。芳しいご馳走の香りと、楽しげな談笑の声。
こちら側が幸せで―――あちら側が不幸。


この窓が幸せを分けるラインなら、それを越えるための条件とは一体なんだろう?
それさえわかれば、みんなをこちら側に入れてあげられるかもしれないのに……。


「せつな、どうしたの?何か考えごと?」
「ラブ……。メニューは決まったの?」
「あっ、ううん。なんか迷っちゃって」


ニハハと笑って、ラブはまた、心配そうに私の顔を覗き込む。私はラブの視線から逃げるように、再び窓の方に顔を向ける。
ガラスに映ったその表情は、確かに元気がなさそうに見えた。


(このガラスの内側に入れたのは、きっとラブの愛情のおかげ。)


「ねえ、ラブ。LOVEって、愛するって意味よね。それは、どんなものなのかしら?」
「どうしたの?せつな。熱でもある?」
「茶化さないで!」


思わず厳しい口調になった私に驚いて、お父さんとお母さんがメニューを置いてこちらを見る。


「……ここは、私がラブの家族になれた場所、私が初めて幸せを知った場所よ。そして、今夜は互いの幸せを願うクリスマスイブでしょ?だから……」


お父さんとお母さんが、静かに顔を見合わせる。そして二人は、入り口のサンプルを見てくると言って席を立った。きっと、少しの間ラブと私の二人だけにしてくれたのだろう。


「ごめんなさい、せっかく外食に連れてきてもらったのに……」
「ううん。あたしもよくわからないんだけどさ~。愛情ってね、相手のことを大切に思う気持ちなんじゃないかな?」
「ラブは、みんな大切なんでしょ?私も美希もブッキーも、お父さんやお母さんや、ううん、会ったことのない人だって!」
「そうだよ」
「だったら、私が私じゃなくたって、ラブはその子を家族に迎えていたの?一緒にダンスをしていたの?」
「それはわからないけど……せつなはやっぱりせつなで、誰かの代わりになんてならないよ。きっと代わりの効かないものが、本当の愛なんじゃないかな?」
「ラビリンスに居た頃の私は、いくらでも代わりが効く存在だったわ。この窓の外にたくさんあって、埋もれていって……やがて忘れ去られ、溶けて消えてしまう雪のように……」


そんな私に、愛される資格なんてないのかもしれない。その言葉が、次第に小さくなっていって、消えてしまいそうになったとき……ラブが立ち上がって、私の肩に手を触れた。


「せつな、こっちに来てみて!」
「えっ?なに?この季節にテラスは使えないはずよ?」
「さっき、カギが開いてるのを確認したの。いいからいいから」


ラブは端の方にあるテーブルに近づいていく。それは椅子ごとブルーのシートで覆ってあって、それをさらに覆うように雪が積もっていた。


「これは、あの時のテーブル……」
「うん。でも見せたいのはテーブルじゃなくて、これっ!」
「……雪よね?それがどうかしたの?」


ラブは得意げに雪をすくい上げて私の方へ差し出す。


「近くでよぉく見て。あたしでもなんとか見えるから、せつななら形がハッキリとわかるはずだよ」
「これは……どうして?ひとつひとつ、ぜんぶ違う形をしているわ!」


驚きの声を上げる私に、ラブは満足そうに頷いて、夜空を見上げる。


「みんな同じに見える雪でもね、本当はひとつひとつ、ぜーんぶ形が違うんだよ。メビウスはきっと、国民のことをまとめて雪だと思ってたんじゃないかな?そんなの愛じゃないよ」
「ラブやお母さんやお父さんは、私という、代わりのない形を見つめてくれたのね。だから――」
「相手をよく見て、よく知って、その形を大切だって思えたら、それは愛なんだと思うの。あたしはさ、会ったことのない人だって、みんな自分の形を持ってるって思えるから」
「みんなを、愛しているのね」
「うん!」


ラブは私に背を向けて、また雪をいじりだした。


「私にもできるかしら?ラブのように、みんなを見つめて愛することが」
「できるよ!だって、せつなは誰よりも目がいいんだもん!」
「もうっ、そこに視力は関係ないでしょ!しかも、後ろを向いたままで言わないで!」
「ごめんごめん」


ラブは、今度は手にしたものを後ろに隠してこちらを向いた。


「ラブったら、さっきから何を作ってるの?」
「これだよ!」


そう言って、ラブは白い塊を私に投げつけた。


「フン!そんなことだろうと思ったわ。私に当たるとでも?」
「せつな、後ろっ!お母さん!」
「えっ?」
「スキありっ!」


一瞬後ろを向いた私の頬に、ふんわり柔らかい雪の塊がぶつかって弾けた。
パウダースノーの雪だから痛くはなかったけど―――その一撃で、私の身体に流れる戦士の血が目覚める。


「やったわねーっ!もう許さないから!」
「望むところだよ、せつな!」


いつの間にか、重たかった私の心は軽くなり、バカみたいに笑いながら、ラブと雪の塊をぶつけあっていた。


もう少しだけ、待っていてもらおう。
ラブと一緒なら、きっと見えるようになるから。
ラビリンスの人々それぞれの形を見つめて、愛して、笑顔に変えられると思うから。


だから―――もうしばらくだけ、このままで。






fin
最終更新:2013年02月17日 02:14