【船上のクリスマス】/れいん
「美希たんとブッキーは、クリスマスはどうするの?」
ドーナツカフェで買ってきたドーナツを頬張り、ラブはキラキラと輝く瞳で二人にそう尋ねる。
「去年はラブが受験だったし、せつなも忙しそうだったからね~」
「せつなちゃんも今年はゆっくりできそうなんでしょ?」
「そうなんだよ~! だからサ、今年こそは四人で楽しくすごしたいよね」
何にしようか?
三人、ラブの部屋で色々とプランを練る。
クリスマスを四人で過ごせるのも楽しいけれど、そのためにアレコレと考えているこの時間だって、すでに十分に楽しい。
結局、“クリスマスは四人で過ごす”と言うこと以外は何も決まらなかったのだけれど……。
祈里はウキウキと楽しい気分。
これから仕事に出かけると言う美希と共に、帰路についた。
駅に行く美希とは向かう方角が一緒。
二人で肩を並べて歩く。
(美希ちゃんって大きいなぁ……)
祈里がそんなことを考えていると、美希が急に顔を覗き込んできた。
「ブッキーはクリスマスプレゼント、何が欲しいの?」
「え? え~っと……」
頬が火照る。
(美希ちゃんって、相変わらず凄い美人)
質問に答えようと思考を巡らすのに、浮かんでくるのはそんな事ばかりだ。
「み、美希ちゃんと……ラブちゃんと、せつなちゃんと一緒に過ごせるなら、それだけで十分だよ」
祈里は面白みのない答えを返してしまったと反省するのに、美希は優しく微笑む。
「無欲ね~! まあソコが、ブッキーらしくて良いけど……あ、本当にもう急がなきゃ」
祈里の家の前に着き、美希は腕時計で時間を確認するや否や、「じゃあ、またね!」と駅に向かって走り出した。
祈里は右手を軽く振ってその姿を見送る。
(心臓に悪い……)
左手で胸の中心部分をギュッと握った。
コートの上からなのに鼓動の音がはっきりと分かる。
このドキドキの理由を、祈里は小さいころから理解していた。
―――― 美希ちゃんが好き。
それは、仲良しの友達とは違う特別な感情。
きっかけなど、幼すぎて覚えてはいない。
けれど、ずっとずっと美希は祈里にとって特別な存在だった。
「ただいま~」
動物病院の裏手にある、自宅の玄関を開く。
「お帰りなさい。祈里、お友達から荷物が届いているわよ」
今日は患者が少なかったのか、母が祈里を出迎えた。
奥から夕食を作っているいい匂いが漂ってくる。
「荷物?」
リビングの扉を開け、鞄をソファに置き、身に着けていたマフラーとコートをハンガーにかけた。
ダイニングテーブルの上を見ると、見覚えのある包装紙に包まれた箱。
そして、クリーム色の封筒。
封を開けると、白いカードに金の縁取り。
いかにも“クリスマスカード”と言う招待状。
祈里はいささか、げんなりした顔つきでそれを開いた。
差出人は、言わずと知れた大財閥、御子柴グループの御曹司。
毎年クリスマスになると、御子柴家所有の船、プリンセス号で行われるクリスマスパーティに招待されてしまうのだ。
カードを受け取るのはこれで三回目。
最初に招待された時は、ラビリンスにシフォンを奪われたばかりで、クリスマスどころではなかった。
二度目の昨年は、友達のラブが受験シーズンを控えているのに、自分だけ浮かれていられないなどと理由をつけて断った。
(……今年は、どうやって断ろうかなぁ)
彼が自分に好意を持ってくれていることは、恋愛に疎い祈里でも分かる。
けれど、それには応えられない。
(だって、好きな人がいるんだもん。ハッキリと断った方が良いよね?)
祈里はカードと共に送られてきた、ドレスの入っている箱を送り返すため、手紙を書いた。
『クリスマスは大好きな人とすごしたいので、パーティには出席できません。ごめんなさい』
便箋にそうしたため、封筒に入れる。
箱の中に手紙をしまい、再びコートを身に着けた。
「お母さん、私ちょっとコンビニに行ってくるね」
コンビニは同じクローバータウンストリート内にあり、家からもそう遠くない。
外は暗くなりかけていたけれど、母は大して気にした様子もなかった。
「そう? じゃあ、ついでに牛乳を買ってきてくれるかしら?」
そう言われたので「はーい」と返事をし、祈里は再び外に出る。
手には健人に送り返すドレスの入った箱。
祈里はコンビニに着くと送り状を書いて、その箱の配送を頼んだ。
放課後。
白い色紙を手渡されて、祈里は首を傾げる。
「山吹さんの友達なんでしょう?」
そうニコニコと微笑みながら言った彼女は、多分となりのクラスの女の子だ。
名前は知らないけれど、顔には見覚えがある。
「えっと……」
何の事を言われているのか分からず、祈里は困惑の表情を浮かべ、彼女の顔を見た。
「だから、モデルの“蒼乃美希”よ! 学園祭の時一緒に歩いていたでしょう?」
やや強引に色紙を押し付けられる。
「ああ、ウン。幼馴染なの……」
「じゃあ、サインくらいもらえるわよね?」
祈里の返事を聞く前に「じゃあ、頼んだわよ!」と、彼女は教室を出て行った。
学園祭後、美希のサインを求められたのは、これが初めてではない。
クラスメートはもちろん、学年の違う生徒や、先生などからも色紙を預かった。
(凄い。美希ちゃんって有名人なんだ……)
ラビリンスとの戦いの後、美希は本格的にモデルの仕事に打ち込んだ。
素質もあったのだろうけれど、努力の甲斐もあり、彼女はその年の夏頃には雑誌の専属の仕事を手に入れていた。
もちろん、祈里はその雑誌を欠かすことなく毎月購入している。
紙面を飾る美希は、祈里の知っている彼女そのまま。
いつもにこやかで美人。
完璧にスタイルが良くて、颯爽として格好いい。
だから、気にしていなかった。いつもの美希のままだから。
知らないうちに、知らない人たちから注目されていようとは考えもしていなかった。
(今まで気にしていなかったけど……)
美希が急に遠い存在になってしまった様で心細くなる。
(……いつまで“今のまま”でいられるかな?)
そんな漠然とした不安が頭をもたげた。
自分の気持ちを知られて気まずい関係にはなりたくない。
そうならないために。
ずっと美希の傍にいるために……。
幼い頃から胸に秘めていた恋心を、ひたむきに隠し通してきたのだ。
けれど、今のままではいずれ立場的に離れ離れになってしまうかもしれない。
不安がもくもくと心の中を曇らせた。
「ブッキー! どぉしたの? 元気ないジャン」
放課後、悶々とした気持ちで図書館に向かう途中、ダンスレッスンに行く途中らしいラブに出くわした。
「あ……ラブちゃん。ううん、何でもないの。ラブちゃんは今からレッスン?」
そう聞くと、ラブは「うっふっふっ……」と何やら楽しげな様子。
「ウン、でもその前にブッキーにお知らせに来たんだよ~」
そう言って鞄の中をゴソゴソといじり始めた。
「お知らせ?」
「そう! ジャーン!! 見て見てぇ~」
「なぁに、これ?」
ラブが手に持ったチラシのようなものを覗き込む。
クリスマスの宣伝のようなチラシには、見覚えのある船の写真。
そしてそこには、先日送られてきた招待状と同じ日時が書きこまれている。
「健人君の豪華客船のクリスマスパーティでね、お父さんの会社が新商品のショーをやるんだよぉ」
それに便乗して立てられたラブ計画。
父のそのツテで、パーティ会場に入ることができる。だから、四人で豪華客船のクリスマスパーティに潜入して、セレブで華やかなクリスマスを楽しんでしまおうと言う事らしい。
「えー、大丈夫なの?」
「平気、へいきぃ~! 会社の人たちの家族もたくさん行くって言ってたし、お父さんが良いよって言ったんだモン! 大丈夫だよっ」
ラブは満面の笑みでピースサインをする。
健人には申し訳ない気もするけれど、大会場だし彼に出くわすことはないだろう。
しかも、ラブのこの笑顔を曇らせるのも嫌だった。
祈里はにっこりと笑顔を作る。
「楽しそうだね。私は賛成!」
そう言って、祈里はラブの提案した計画に同意をした。
パーティに出席するなら、それなりの格好をしなくてはならない。そう言い出したのは美希だった。
確かに以前出席した船上パーティでも、普通のワンピースなどを着ている人はおらず、誰もがきらびやかに着飾っていた。
言い出しっぺの美希には最初から解決策があった様で、彼女の母、レミの美容室提携の貸衣裳屋でドレスを借りられることになった。
「わぁ! スゴいせつな似合ってるよぅ」
ラブが試着室から出てきたせつなを見て、感嘆の声をあげる。
「ほんと? こう言うの初めてだから……何だか恥ずかしいわ」
赤のAラインのドレスを着たせつなが、長い裾を恥ずかしそうにつまんで、鏡の中の自分を確認した。
「凄い良いわよ! 色白だから、赤が映えるわね」
ウインクしながらせつなを誉める美希を見て、祈里は胸がチクチクと傷んだ。
(嫌な子だな私。せつなちゃんにまでヤキモチ焼くなんて……)
「ブッキーはそれ?」
美希が振り返って、祈里が持っているドレスを指差した。
「わ~! スカートがフンワリしてお姫様みたいだね。ブッキーに似合いそう」
ラブがドレスを見て、無邪気にはしゃぐ。
「そ……そうかな?」
「着てみなさいよ! 手伝ってあげる」
美希に手を引かれ、祈里は試着室に入った。
(やだ、恥ずかしい……)
狭い試着室に、美希と二人。
しかも、スタイルの良い彼女の目の前で下着姿になるのは、かなり勇気がいる。
「ブッキー、もしかして恥ずかしいの?」
なかなか着替え始めない祈里の気持ちを察したのか、美希が可笑しそうにクスクスと笑いだした。
「笑うなんて、美希ちゃんヒドイ! だって私、太ってるから恥ずかしいんだもんっ」
「どこが!?」
勇気を出して抗議すると、速攻言い返される。
「ぜんぜん太ってなんかいないわ。女の子は柔らかい方が良いに決まってるし……」
「そうなのかな……」
「そうよ! ブッキーは今のままが凄く可愛いと思う。アタシは大好きよ!」
美希の右手が、祈里をなだめるように頬を触れた。
その瞬間、体中にビリビリと電気が走る。
それに反応した心臓が、音を鳴らすようにドクドクと大きく揺れた。
(言いたい……)
自分の気持ちを美希に伝えてしまいたくなって、その感情が余計に鼓動を早くする。
「あのっ、美希ちゃ……」
そう口を開いた途端、美希の携帯が鳴り出した。
「ごめん! 事務所からだわ」
美希は祈里の言葉を遮って通話ボタンを押す。
何やら込み入った話の様で、美希は試着室の外へ出ていってしまった。
ペタン。
祈里は床へ座り込んだ。
(……言いそうになっちゃった)
我に返り、ホーっと息を吐く。
美希が離れていきそうで自分が焦っていたのは分かっていた。
だから、密室で頬に触れられて、一気に気持ちが沸騰してしまったのだろう。
コンコン。
扉がノックされ、祈里はゴクリとつばをのむ。
(雰囲気に流されないようにしなくちゃ)
祈里は身構えて、そっと扉を開く。すると美希は開口一番に、
「ゴメン!」
と言った。
「……え?」
いきなりの謝罪に首を傾げると、
「クリスマス、急な仕事が入っちゃったの。今から打合せに行かなくちゃいけなくて……」
美希は本当にすまなそうにうつ向く。
美希の仕事について、祈里は細かく知っているわけではなかった。
けれど、立場的にワガママを言えるほど、甘い世界ではないのだろうと言うことは分かる。
「そっか。残念だね……」
それだけ言って、祈里は美希を見送った。
試着室の外で、美希がラブ達に事情を説明している声が聞こえ、慌ただしく店から出ていくのが分かった。
再び試着室の扉がノックされ、顔を出すと、せつなが少し残念そうな顔で立っている。
「ブッキー、試着済んだ?」
「あ、ううん。まだ……」
そう答えると、せつなは試着室に入ってきた。
「着替え、手伝うわ。美希……残念ね」
祈里は言葉なく頷く。
突然の出来ごとに、気分がどこか上の空になってしまい、何の躊躇いもなく着ている服を脱いだ。
せつながドレスの背中についたチャックを閉めてくれる。
「ラブちゃんは?」
そう問いかけると、
「試着した格好のまま、そこで盛大に落ち込んでるわ」
そう言って、せつなはどこか寂しげに苦笑した。
夜の港。
冷たく空気の澄んだ街は、街灯がまるでオーナメントの様に輝き、それだけでクリスマスの雰囲気を味わえる。
祈里とラブ、せつなの三人はドレスアップして豪華客船に乗り込んだ。
「美希ちゃんは残念だったなぁ」
一緒に船に乗り込むラブの父圭太郎は、仕事で裏方に回るため、いつものスーツ姿。
ふくれっ面のラブの頭をポンポンと撫でながら会場まで一緒に歩く。
パーティが開かれるホールまでやってくると「じゃあお父さんは行くから、三人とも楽しいクリスマスを!」と言って、既に設営が終わっていたショーの舞台の裏へ消えて行った。
「ラブ、いつまでも拗ねていないの! 美希は仕事を頑張っているんだから応援しなくちゃ。ね? ブッキー」
せつなにそう振られ、祈里は一瞬自分がそう諭されている気分になる。
「え? ああ、ウン。そうだよラブちゃん! 美希ちゃんも言ってたよ“アタシの分まで楽しんできて”って……」
辛うじてそう答え、半ベソのラブの頭を撫でる。
「だって、せっかく今年はみんなで過ごせるとおもったのにぃ! こうなったら、美希たんの分までガッツリ食べなきゃ!!」
せっかくのドレス姿だと言うのに、ラブは無い袖を捲って豪華な料理の並ぶテーブルの方へ走り出した。
「まったく、もう!」
祈里はせつなと顔を見合わせて苦笑する。そして二人は、ラブの後についてテーブルへと向かった。
乗船して暫らくすると船は出港し、程なくしてパーティの主催者である健人の挨拶が始まる。
「意外と私たちくらいの歳の女の子が多いのね……」
パーティに参加している周りの人間を観察するようにせつなが言った。
「ああ、お父さんが言ってたけど有名企業の社長さんとか、その娘さんたちが玉の輿狙いで多く来てるんだって」
ラブは「まあ、あたし達にはカンケーないけどね!」と興味なさ気にデザートのケーキを頬張る。
「ああ、だから“カツラ”のショーとかやるのね!?」
理解したとばかりに大きな声でそう言うせつなの口を、祈里は慌てて塞いだ。
周囲を見ると、確かにカツラの需要がありそうな年代のオジサマ方も多く存在している。
「あ、でもじゃあコッチの“メンズファッションショー”ってやつは?」
せつなが舞台脇に書いてあるショーのタイムテーブルを指差す。
「ああ、それは女の子たち向けじゃない? だって男の子が健人君だけじゃつまらないジャン」
ラブが苦笑いしながら答えた。
出演者の中には有名なモデルや、アイドルの名前などもある。
(健人君も大変なんだな……)
他人ごとにそう思いながら舞台の方を見ると、いきなり照明が落ちた。
そして、予定通りにメンズファッションショーが始まった。
「わぁ~、何だか華やかなのね」
「そっか、せつなはこう言うの初めてなんだよね」
物珍しそうに言ったせつなに、ラブは再び腕まくり。
「せっかくだからサ、もっと前で見ようよ!!」
せつなと祈里の腕を掴むと、人ごみの中をズンズン前に進んで行った。
勢いで舞台の目の前までやってくると、音楽は大きいし、周りの熱気に気分が少し悪くなる。
「あ、あのコ和ちゃんに似てない?」
「和ちゃんって、美希の弟の? どんな顔だったかしら……」
ラブとせつながそんな話をしているので舞台上を見ると、確かに顔が和希に良く似た男の子が、祈里たちの方へ歩いてくる。
彼は何故か祈里に微笑みかけ、手を振り、そして再び舞台の裾へと消えて行った。
「ね! 今あのコ、あたしに手振ったよね!?」
ラブがそう言うと、せつなは首を傾げて半笑い。
「え? 私にはブッキーに手を振っていたように見えたけど……」
などと言う。
「とにかく、和ちゃんに似てたよね? ブッキー!!」
せつなの意見に口を尖らし、ラブは負け惜しみの様にそう祈里に尋ねる。
「え? ……あぁ、そうだね似ていたかも」
そう答えたけれど……。
(和ちゃんって言うより……)
そう考えて祈里は頭を振った。
「ゴメン、ちょっと人に酔っちゃったかも。外の空気を吸ってくるね」
そう言って、心配する二人に「大丈夫だから」と言い残し、祈里は空気の冷たい甲板へ出た。
(和ちゃんって言うより、美希ちゃんに似てた)
そう思うのは、美希の事ばかり考えていたからだろうか?
祈里は真っ暗な海の方を見つめる。
船は海の中にぽっかりと浮かび、対岸の灯りが遠くに見えた。
本物の美希は今頃、あの光の元で仕事を懸命にこなしているのだろう。
彼女からとてもとても遠くに来てしまった気持ちに陥り、 祈里はとても悲しくなった。
(……この先どうなっちゃうのかな。こういう風に、だんだん会えなくなったりするのかな?)
泣きそうになり、蹲る。
「山吹さん?」
声を掛けられ振り返ると、そこには今日の主人公であるはずの健人が立っていた。
「あ……、健人君」
少しイヤな予感がして後ずさる。
「やっぱり山吹さん! 来て下さってたんですか~!! とっても嬉しいです!!」
祈里はどう答えて良いのか分からずに、曖昧に微笑んだ。
「あの……、えっと……」
健人には、祈里が困っているのが全く伝わっていない様子で、ニコニコと笑いながら近寄ってくる。
「あ、分かりました! もしかしてお手紙にあった“大好きな人”って僕の事だったんですか?」
何やら盛大に勘違いをされてしまった様で、祈里は慌てて否定をする。
「ち、違うの! あれは別の人の事なの!」
後ずさりながら、けれども懸命に祈里はそう訴えた。
「また~。恥ずかしがらなくて良いですよ!」
何故か変に前向きな健人はどんどんと祈里の近くまでやってくる。
「違うもん! 私は……私は、美希ちゃんが好きなの!!」
その態度が腹立たしくて。
いや、もしかしたら、楽しみにしていた“美希と過ごせる”はずだったクリスマスが、キャンセルになってしまったことに対する悲しい気持ちから来る、八つ当たりだったのかも知れないのだけれども。
とにかく、気づいた時には祈里はそう叫んでいた。
「美希? ……って蒼乃さんのことですか?」
健人は「だって彼女は女の子でしょう?」と言う困惑の表情を浮かべる。
祈里もそのまま、次の言葉が見つからなくて固まった。
「こんなところに居たの?」
不意に肩にスーツのジャケットを掛けられた。
声の方を見上げると、さっきファッションショーで祈里に手を振ったモデルがそこに立っている。
「寒かっただろう? 待たせてごめんね」
そう言ってその人物は祈里の手を引き、固まったままの健人は置き去りにした。
連れられるがまま、祈里はカツラメーカーのショーが始まっている、照明の落とされたメインホールに戻った。
会場の隅の方まで行き、立ち止まる。
頼りがいのある手のぬくもり。
わざと低く、男の子のような声を出されたって分かる。
「あの、美希ちゃんだよ……ね?」
「あははぁ~。バレたか……」
眉毛を少し太めに描いて、短い髪のカツラをかぶってはいたけれど、近くで顔をちゃんと見れば美希だと分かる。
「実はさぁ、ファッションショーに出る予定だった男の子が盲腸で入院しちゃって、選ばれた代役がなぜかアタシだったのよ~」
どうやら入院した子はモデルにしては身長が低めで、同じ事務所に彼のサイズの服を着ることのできる男の子がいなかったらしい。
「この髪、まるで本物みたいでしょ? オジサンの会社のウイッグなのよ~」
あの長い髪をどのようにしまってあるのか分からない。
それほどナチュラルに本物の髪の毛にしか見えないウイッグだ。
おそらく一瞬しかこの姿を見ていない健人は、美希を本当の“男の子”だと思っただろう。
祈里はそう考えてから、ハッと気づく。
(……もしかして、美希ちゃんさっきの健人君との会話、聞いてた?)
そうだったらどうしよう?
そう思う間もなく抱きしめられた。
「え? あの……美希ちゃん?」
咄嗟の出来事に、心臓が止まりそうになる。
「……さっき、健人君に言ったこと、本当?」
急に心臓が勢いよく動きだし、耳元まで熱くなる。
(どうしよう……。なんて答えれば良いんだろう……)
祈里はパニック状態になり、目から涙が零れ出した。
「え? や、ちょっとブッキー、泣いてるの?」
美希は祈里の顔を覗き込み、指で涙を拭ってくれた。
「だって、どうしよう……? 困るよね? 私が美希ちゃんの事……、美希ちゃん困るよね?」
自分でも何を言っているのか分からない。
祈里は自分が情けなくて、更に、美希に申し訳なくて泣きじゃくるしかなかった。
「ブッキー……」
優しく名前を呼ばれ、美希の顔を見上げようとした瞬間、頬にこぼれた涙の滴が、彼女の唇にすくわれた。
「!」
目を見開いて美希の顔を見ると、何故かとっても嬉しそうに彼女は笑っている。
「困らないわよ。むしろ、嬉しくて困る」
「……ウソ」
「ウソじゃないわよ。ごめんね、先に告白させちゃって」
そう言うと美希は再び祈里をギュッと抱きしめた。
美希の胸に顔を埋めると、彼女もドキドキとしているのが伝わってくる。
(ウソじゃないんだ……)
そうして二人は、暫らくそのまま会場の片隅で抱きしめ合っていた。
「もう、美希たんが男の子に変身してたなんて、本当にびっくりしたヨ!」
四人揃うことができて嬉しそうなラブが、料理を頬張る。
「ちょっとラブ、まだ食べるつもり? お腹壊すわよ」
大きく口をモゴモゴ動かすラブを、せつなが心配そうに窘める。
「ズルイ! ラブ、それアタシによこしなさいよ。今日はまだ夕飯食べていないんだから!!」
美希がラブのお皿からチキンを取り上げ口に入れた。
「え~、美希たんヒドイ! それ、最後の楽しみにとっておいたのにぃ~!」
その様子を祈里は微笑みながら見守る。
「ブッキー、具合は大丈夫?」
せつなにそう問われ、祈里は慌てて謝った。
「心配かけちゃってゴメンね。もう大丈夫」
「そ? 良かった。何か他にも良いことあったみたい?」
「え? あの……えっと」
意味ありげにそう問われ、祈里は真っ赤になって口ごもった。
(もしかして、せつなちゃん見てた?)
目の良いせつななら、ショーの最中、暗闇での出来事が見えていたかもしれなかった。
けれど、それを言いふらすような彼女ではない。
せつなは気に留めた様子もなく、微笑みながら美希とラブのやり取りを見ている。
(……まあ、いいや。何だかとっても幸せ)
楽しい夜は、まだこれから。
―――― Have a happy holiday !!
最終更新:2013年02月17日 02:09