The Last Nut(前編)/一六◆6/pMjwqUTk




「人の不幸は蜜の味。嘆いて育て。悲しく育て」
 ノーザが歌うようにそう言いながら、植木の根元に液体を注ぐ。
 青い水差しの口から流れ出るのは、濁った黄土色の不幸のエネルギー。だがそれは、いつものようになみなみと注がれはせず、すぐに糸のような細い流れになると、やがて滴となって、植木鉢の半分も満たさぬうちに止まった。
「あら……もうお終い?」
 ノーザが残念そうに呟く。不幸のゲージが破壊された今となっては、これが最後の不幸のエネルギー。植木はいつものように、ゴクゴクと音を立てて注がれた液体を吸収したが、枝先に現れたのは、いつもの半分にも満たない、小石のようにごく小さなソレワターセの実だった。

「ふん、まぁいいわ」
 ノーザの真っ赤な爪が、葉のほとんどない、干からびたような枝に伸びる。最後に出来た小さな実には目もくれず、まだ枝に残っていた比較的大きな実の下に手を翳すと、実はポトリとノーザの掌の上に落ちた。続いてもうひとつ。
「ひとつめは、インフィニティを連れ去るため。二つめは、ヤツらがもしラビリンスまで攻めて来るようなことがあったら、それを迎え撃つため。そして残りのひとつは……フフフフ……」
 最後は、出撃中のソレワターセとの通信機として使っていた一番大きな実を摘み取ると、ノーザは三つの実を握り締め、ニヤリと口の端を上げた。

 植木鉢のすぐ隣にある机の上には、蓋をした広口瓶が置かれている。中にはその大半が黒ずんだ一枚の葉と、その下でまだ存在を主張している小さな光。だが、最初は目も眩むばかりだったその光も、今では瓶の周りを弱々しく照らすばかりだ。
「もう少し……。あともう少しで、インフィニティが手に入る」
 嬉しそうにそう言って、部屋の奥へと消えていくノーザ。ただひとつ残された小さな実は、その後ろ姿を、枝先からポツンと見送った。

 しばらくして、部屋の壁の一角がぐにゃりと歪み、次元の扉が開かれた。やって来たのは幹部の一人、ウエスター。キョロキョロと落ち着きなく部屋の中を見回すと、植木鉢の向こう側にあるソファに目をやって、パッとその顔をほころばせた。
「あった……。これが無いと、ドーナツが食べられない。全く、不便な世界だ」
 ウエスターが植木の横から、ソファの上に置いてあった財布に手を伸ばす。その戦闘服の袖が、植木の枝に引っかかった。いや、よく見ると、何だか枝の方から袖に引っかかりに来たようにも見えた。
 細い枝が、パシンと音を立てて撥ね返る。ウエスターはそれには気にも留めずに、再びいそいそと次元の扉をくぐった。
 その後ろから、灰緑色の小さな木の実が――さっきの衝撃で枝から離れたらしい、最後のソレワターセの実が、音も無くコロコロと転がって、密かに次元を超え異世界へと――四つ葉町のある世界へと、旅立っていった。



   The Last Nut(前編)



「うわぁ! 商店街は、もうすっかりクリスマスだね!」
 ラブが歓声を上げて、隣りを歩くせつなにニッコリと笑いかける。せつなも、ええ、と頷いて、降り注ぐ日の光に、眩しげに目を細めた。
 太陽は、今日もこんなに明るく輝いているけれど、吹く風は肌を刺すように冷たい。もう十二月も半ば。このくらいの寒さは、この世界では当たり前のことらしい。
 普段は朝と夕方しか通ることのない商店街。その上、このところダンスレッスンが忙しくて、毎日駆けるようにここを通り過ぎていた。
 久しぶりにこうしてゆっくりと眺めてみると、街全体に、何だか浮き立つような雰囲気がある。
 広場の大きなクリスマス・ツリーの飾り付けはこれからだが、最近までは無かったはずの様々なクリスマスの飾りが、クローバータウン・ストリートを彩っていた。
 色とりどりのきらびやかなモール。華やかで愛らしいクリスマス・リース。サンタクロースのステンドグラスや、店全体をプレゼントに見立てて大きなリボンを壁に這わせている店など、それぞれ思い思いのデコレーション。どれも見ているとワクワクして、心が温かくなってくる。

「ねぇ、おかあさん。サンタさん、あのぬいぐるみ、くれるかなぁ」
 おもちゃ屋さんの前から、何だかヤケに真剣な幼い声が聞こえた。ショーウィンドウにペタンとおでこをくっつけて中を覗いていた小さな女の子が、心配そうな顔つきで、母親を振り返っている。
 母親は優しい笑顔を見せて、女の子の頭を撫でた。
「ええ。いい子にしてたら、きっとサンタさんが届けてくれるわ」
「じゃあわたし、いいこにしてる!」
 女の子がぴょんと跳びはねて、母親と手を繋ぐ。
 歩き始める二人の後ろ姿に、せつなはホッと小さく溜息をついた。

「ねぇ、ラブ。小さい頃は、ラブもサンタさんを信じていたのよね?」
「う、うーん……あたしの場合は小さい頃っていうか、結構大きくなるまで信じてたんだよね。ナハハ~」
 照れ笑いで頭をかくラブに、素敵ね、とせつなはポツリと呟く。
「いや、素敵って言うより、それはねぇ……せつな?」
「もしも小さい頃に、サンタさんの伝説があるような世界に居たとしても、私は……」
 せつなはそう言いかけて、慌てたように首を横に振った。
「ごめんなさい、何でもないの」
その少し寂しげな笑顔を見て、ラブの言葉に思わず熱がこもる。

「せつなだって、今からサンタさんを信じる……ってのは、もう知ってるから無理か……でもでもっ、これからいくらだって、最高に楽しいクリスマス、過ごせるよ!
みんなでご馳走を食べて、ケーキを食べて、ゲームしたり、プレゼントを交換したり。クリスマスって、ほんっと楽しいんだからっ!」
 ねっ?と上気した顔で笑いかけるラブに、せつなはクスリと笑って、そうね、と微笑み返す。
「あ、じゃあさ、今日は無理だけど、明日ダンスレッスンの前に、お父さんとお母さんのプレゼント、一緒に買いに行こうよ!」
 今日はあゆみに頼まれて、クリスマスに飾るポインセチアの鉢植えを買いに来た。帰ってお昼ご飯を食べたら、午後はみっちりダンスレッスン。とてももう一度買い物に行けるような時間は無い。
「ええ、わかったわ。小さい頃と違って、大きくなったら、それぞれがお互いのサンタクロースになるってわけね?」
「そう! せつな、良いこと言う!」
 せつなの言葉に、ラブがキラキラとその瞳を輝かせたとき。
「あ、ラブおねえちゃん、せつなおねえちゃん!」
 可愛らしい声が、二人を呼び止めた。
 白いフード付きのコートを着て、お母さんと一緒に手を振りながら歩いて来たのは、二人と仲良しの女の子、千香だった。

「へぇ、ポインセチアって、クリスマスの花なんだ」
 千香が感心したように、ラブとせつなの顔を交互に見つめる。
 ラブたちが病院で千香と知り合ったとき、せつなはまだその場に居なかった。だが、夏休みの最後に、二人は偶然知り合った。今ではせつなは千香にとって、ラブたちと同じ、仲の良い優しいおねえさんだ。

「千香ちゃんも、お母さんとお買い物?」
 せつながそう問いかけると、今まで楽しそうだった千香の顔が俯いた。
「……病院に行ってきたの。最近、ちょっとだけ胸が苦しいから、先生に診てもらったの」
「そう。それで?」
 心配そうに眉根を寄せるラブとせつなに、千香のお母さんが、静かな口調で言葉を繋ぐ。
「今日の診察では、大したことは無いんじゃないかって言われたんですよ。でも、念のために検査しましょうって。それで何か悪いところが見つかっても、病院に行ったのが早かったから、治りも早いだろうって言われたんです。だからね。千香ちゃんも、あんまり心配し過ぎちゃダメよ」
「はぁい」
 お母さんの言葉に、千香はようやく顔を上げた。

「検査の結果が何でもなかったらね、千香、今年は先生になるんだよ」
 ふいに、千香がそう言って、少し得意そうな顔をする。その顔を見て、せつなも笑顔になった。
「先生って、なんの?」
「病院の中にある学校でね、クリスマス・リースの作り方、みんなに教えてあげるんだ。先生に、お願いって言われたの」
「へぇ。凄いね、千香ちゃん!」
 真っ直ぐなラブの言葉に、千香は少し弱々しいながらも笑顔で頷いて、バイバイ、と二人に手を振ってみせた。

「千香ちゃん……何ともなければいいわね」
「そうだね。千香ちゃんもお母さんも、早く安心したいよね」
 去って行く二人を見送って、せつなとラブは、そっと溜息を付いた。

 ☆

 二人が異変に気付いたのは、花屋に着いたときだった。
 こんにちは~、と呼びかけるラブに、店の奥から花屋の看板娘が姿を見せる。クローバーの四人とも仲良しで、彼女たちが「花屋のおねえさん」と呼んでいる人物だ。
「あら、ラブちゃん、せつなちゃん、いらっしゃい。今日はなぁに?」
「ポインセチアの鉢植えが欲しいんですけど……」
 ラブがそう言いかけたとき、通りの向こうで、ガチャンと何かが落ちるけたたましい音が聞こえた。
 せつなが後ろを振り返る。そこには、信じられないものを見ているような顔つきで花屋のおねえさんを見つめる、お向かいのパン屋のおじさんの顔があった。足元に転がっているのは、パンを乗せたトレイとトング。今の音の正体は、これだったらしい。

「おじさん、どうしたんですか?」
 花屋のおねえさんの問いかけに、おじさんは裏返った声で答える。
「え……。キ、キミ、たった今、そっちに走って行ったんじゃ……。うちのパンを試食して、蕎麦屋のおにいちゃんと立ち話して、それから……そっちに行ったよな?ど、どうして、店の中から……?」
「え……何言ってるんですか。パンの試食って、昨日は確かに新作を試食させてもらったけど……。それに、お蕎麦屋さんには、今日はまだ会ってないですよ。わたし、さっきまで店の奥で電話してたんですから」
 戸惑ったように、首を傾げる花屋のおねえさん。その言葉を聞いて、まだトレイを拾おうともしないで立ち尽くしていたパン屋のおじさんは、我に返ったように、キョロキョロと辺りを見回した。

「あ、居た居た。お蕎麦屋さん! ちょっとこっちに来てよ」
 おじさんの声に振り向いたのは、バイクを止めて、何だか不貞腐れたような顔で缶コーヒーを飲んでいる、蕎麦屋のおにいちゃん。心なしか、その目の辺りが赤くなっている。
「いいですよ。俺ぁ、どうせフラれたんだぁ~」
「その話じゃ無いんだよっ。いいからこっち……」
「あんなに早くから約束してたのに、あの言い方はないでしょ? 一緒にラブちゃんたちを応援に行こうって……あれ?」
 なおもブツブツ言っていた彼の虚ろな目が、ラブとせつなを捉えた途端、驚いたように丸くなった。

「……ラブちゃん、せつなちゃん。ここに居たのかい? 俺はまた、てっきりダンスの練習してるんだと思って、さっき花屋さんに……え」
 蕎麦屋のおにいちゃんの目が、今度は驚きのあまり、丸から点になる。
 その視線の先には、トレイとトングを拾って、大切そうにパン屋のおじさんに手渡している、花屋のおねえさんの姿があった。
「ど……どうして……。さっき、ラブちゃんたちの居場所を俺に尋ねて、公園の方に行ったんじゃ……」
「ラブ! 行くわよ!」
 せつなが突然、その言葉を皆まで聞かずに、通りに飛び出した。

「ちょ、ちょっと! せつな、待ってよぉ!」
 ラブが慌ててその後を追う。
「どうしたの? おねえさんなら、ちゃんとそこに居たじゃない」
「……ソレワターセかもしれない」
「えっ?」
「お母さんのときみたいに、ソレワターセがお花屋さんになり澄ましていたのかも」
 せつなの言葉に、ラブが息を呑む。

「じゃあ、本物は……」
「今、お店に居る方が本物よ。パン屋さんが新作を作っていることを知ってたし、おじさんのパンを、とっても丁寧に扱ってたもの」
「それじゃニセモノの方が、あたしたちの居場所を?」
「ええ。シフォンが危ない!」
 その言葉を聞いて、ラブの表情が、キリリと引き締まった。
「わかった。じゃあ、あたしは先にタルトとシフォンのところへ戻ってる!」
 言うが早いか、ラブは元来た道を全速力で走り出す。
 せつなもそれを見届けると、なお一層足を速めた。
 だが――商店街を通り抜け、公園へ行き着いてみても、それらしい人影は、どこにも見当たらなかった。


 ☆


 同じ頃、祈里は自宅である山吹動物病院の入り口に立っていた。
 このところダンスの練習で忙しかったので、久しぶりの病院でのお手伝い。もっとも、午後からは練習があるから短い時間ではあるけれど、祈里にとって、それはとても大切な時間だ。
 おまけに今日は運が良いことに、退院する患者さんとその飼い主を見送ることができた。元気になったペットと、その子を嬉しそうに連れて帰る飼い主の姿を見るのは、このお手伝いをしていて一番嬉しいこと。祈里が将来獣医になりたいという動機の、根っこにもなっている風景だ。だからいつものように、次の患者さんのために診察室から出られない両親に代わって、病院の玄関まで、彼らを見送って出たのだった。

「寒いっ!」
 白衣姿の肩をぶるっと震わせて、暖かな室内へ戻ろうとする。そのとき、見慣れた大きな影が目の前を走り抜けたのを見て、祈里は驚きに目を見開いた。
「……ラッキー?」
 山吹動物病院ではおなじみの、大型犬のラッキー。しかし、今日はいつも一緒に居るはずの、飼い主のタケシ少年の姿が見えない。リードの持ち手は地面に当たって、カシャカシャと頼りなげな音を立てている。

「ちょっと待って、ラッキー! あなたひとり? タケシ君はどうしたの?」
 祈里が思わずそう叫んで走り出す。その腰に付けたリンクルンから、さっと黄色い光が飛び出して、一直線にラッキーを追った。祈りの鍵・キルンが、ラッキーの頭上をくるくると回る。
 ラッキーは不意に立ち止まると、キルンに向かって、ウー……と低く唸り声を上げた。

――忌々しい妖精め! 食われたいのか!

(……え?)

 祈里が呆然と立ち尽くし、キルンが一目散にリンクルンへと逃げ戻る。再び走り出したラッキーは、通りをどんどん駆けて行って、あっという間に見えなくなってしまった。

「あ、祈里おねえちゃーん!」
 ラッキーの姿が見えなくなるのと同時に、祈里の後ろからかけられる無邪気な声と、元気の良い犬の吠え声。振り返るまでもなく、彼女はその声を聞いて、三度驚きに目を見開いた。
 嬉しそうに駆け寄ってくる、一人と一匹。それはタケシ少年と――彼の大切な家族である、大型犬・ラッキーだった。

 ☆

 美希は、出がけに母親のレミに声をかけようと美容院に一歩入ったところで、ひっ!と小さく悲鳴を上げた。
 美希の頬を掠めて、何か赤黒い小さな物が、ひゅん、と店の中を横切ったのだ。

(な……なに?)

 ゴクリと唾を飲み込んで、慎重に店の中を見回す。
 奥に何か取りにでも行っているのか、レミの姿は無い。店にはお客さんが一人だけ。カーラーを巻いた姿で居眠りしている、初老の女性だ。その女性の目の前にある鏡に、美希の目が釘付けとなった。

 鏡の中の、俯いて小さく舟を漕いでいる彼女の姿が、ゆっくりと顔を上げて、店の中を窺ったのだ。鏡の外に居る当の本人は、その間もずっと居眠りを続けているというのに。

(一体なんなの? アレ……)

 こわごわ鏡を見つめている美希の視線に気付いたのか、鏡の中の女性が慌てたように俯いた。そして次の瞬間、さっきと同じ小さな物体が、ぴょんと鏡の中から飛び出した。

(……あれは!)

 一瞬の驚愕の後、美希の顔に焦りが走る。
 さっき赤黒く見えたのは、光の加減だったのか――それとも単に苦手意識のなせるワザなのか――今は灰緑色に見える、ピンポン玉のような姿。

(あれは……ソレワターセの素!)

 人並み外れて目の良いせつなならともかく、もしもこれがラブか祈里だったなら、きっとその正体が判りはしなかっただろう。
 美希だけが、実の状態のソレワターセを間近で見たことがあった。サウラーにクローバーボックスを奪われそうになったとき、彼はその実をキュアベリーに見せつけていたのだ。

 小さな実は、音も立てずに二度、三度と床でバウンドしてから、自動ドアの前にその身体を叩きつけ、開いたドアから勢いよく外へと飛び出した。
 美希も慌てて後を追う。店を飛び出すと同時にリンクルンを取り出し、走りながら耳に当てた。
「美希ちゃん? あなた、もう出かけるの?」
 物音に気付いて、レミが店の奥から出て来る。が、そのときにはもう、美希の姿はどこにも無かった。

 ☆

「じゃあ、あれはやっぱりソレワターセの実なのね」
 険しい顔つきで尋ねるせつなに、美希も真剣な表情で頷く。ラブも祈里も、そしてタルトも、さすがに表情が硬い。シフォンだけが嬉しそうに、風にカラカラと舞う落ち葉を追いかけている。
 ラブたち四人とタルトとシフォンは、いつものドーナツ・カフェに居た。
 相手がソレワターセだと判った以上、家に居るのは危険だ。またあゆみや圭太郎を巻き込むわけにはいかないし、たとえ隠れてやり過ごそうとしても、どこまでも追って来る相手である。迷った挙句、結局ここに集まることになったのだった。
 カオルちゃんは、いつものメンバーが顔を揃えたのを見て、これ幸いと買い出しに出かけてしまった。ラブたちにとっても、これは好都合だ。

「あれって、実なのね? 道理で大きさが揃っていないわけだわ。この前見たのより、随分小さかった」
 美希の問いかけに、せつなが少し辛そうな顔をして、コクリと頷いてみせる。
「ええ。私も話に聞いたことがあっただけで、実物を見たのは、ノーザがこの世界に現れたときが初めてだけど」
 ソレワターセの実を育てる肥料は、不幸のエネルギー。これは、幸せが無い代わりに不幸も無いラビリンスでは、集められないものだ。
 最高幹部・ノーザだけが持つ、最強の秘密兵器を生み出す実――ラビリンスに居た頃、せつなが聞いていたのはその程度の情報だった。

「それで、どうする? ソレワターセの実は、この前のあゆみおばさんの時みたいに、誰かになり澄ましてやって来るんでしょう? 見分ける方法は、無いのかしら」
 祈里が不安そうに、三人の顔を見回す。
「ソレワターセは、姿はそのまま真似出来ても、記憶や性格までは映し取れないわ。だから、その人なら当然知っていて、他の人が知らないようなことを尋ねてみれば、本物かどうかわかるはずよ」
 せつなの言葉に、ラブが大きく頷いた。
「そうだね。あのときは、お母さんがせつなに作ったブレスレットを、せつなのだって知らなかったから、判ったの。だから、あたしたちが知ってる人なら、きっと見分けられるよ!」
 経験者である二人の説明に、美希と祈里が、まだ少し不安そうながら、納得したように頷く。
「ただ……どうしてそんなに、次から次へと違う姿になっているのかしら」
 せつなが真剣な表情で、誰へともなく問いかける。花屋のおねえさんから、犬のラッキー、そして未遂に終わったけれど、美容院のお客さん。わかっているだけで、短時間にそれだけの姿になっているのだ。
「せやなぁ……。何か、ひとつの姿ではおられんワケでもあるんやろか」
「ひとつの姿で居られない、ワケ?」
 ラブが不思議そうな顔で、タルトの言葉を繰り返したとき。

「誰か来るわ!」
 公園の入り口から近付いてくる気配に、せつながいち早く気付いて、皆に警告を発する。
「ここに居たんだ……。探したんだよ」
 途切れ途切れにそう言いながら、一人の人物が、ゆっくりと四人に近付いてきた。

~前編・終~



最終更新:2013年02月16日 23:02