四人で肝試し/一六◆6/pMjwqUTk




「よいしょ、っと。これで全部~?おばあちゃん。」
 ラブが大きな段ボールを、折り畳み式の長机の上に担ぎ上げる。せつなは浴衣の袖を気にしながら、その中身を机の上に並べ始めた。
 箱の中に詰め込まれているのは、色とりどりのリボンで結ばれた、小さなビニール袋の山。中には様々なお菓子が入っているのだが・・・これがどうにも、きれいなラッピングとまるで釣り合っていない。
 ドクロや悪魔の人形が付いたハッカパイプ。ハワイアンブルーやショッキングピンクのどぎつい色に、紫のマーブル模様が入った、何とも怪しげな水飴。極めつけはビニールの中身の半分以上を占める大きさのドーナツで、これがどこからどう見ても、目玉そっくりなのだ。
「いくらお祭りだからって、ここまでやる必要、あるのかしら。」
 美希がビニール袋から、さりげなく目をそらす。
「うん、ホントに凄いよね。これなんて、まるで本物みたい。」
 祈里は目を輝かせながら、イチゴジャムで描かれているらしい目玉の血管を、しげしげと眺める。
「いや、ブッキー・・・そういうことじゃなくて!」
 美希が引きつった顔で幼馴染みに向き直ったとき。
「あんたたち、ご苦労さんだね。そろそろ子供たちが来るから、準備を急いどくれよ。」
 相変わらず無愛想な顔をした駄菓子屋のおばあちゃんが、四人の前にやって来た。

 今日は八月最後の日曜日。四つ葉町恒例・子供祭りの日だ。クローバータウン・フェスティバルほど大規模ではないものの、商店街には屋台が並び、ステージでは着ぐるみショーやゲーム大会が行われる。そしてこの祭りの夜の一大イベントが、町外れの小さな神社で行われる、肝試し大会だった。
 ルールは至って簡単。今ラブたちがいる机のところから一組ずつスタートして、神社までの細い坂道を上り、拝殿の前に置いてあるお札を貰って帰ってくる、というもの。
 片道せいぜい300メートル。小さな社がちょこんと建っているこの神社は、昼間は明るくのどかで、怖い雰囲気などひとかけらも無い。
 ところがいざ肝試しとなると、この微妙に曲がりくねった坂道がクセモノだった。何度も通ってよく知っている道であっても、暗い中で先が見通せないというのは、やたらと恐怖心をあおるものだ。おまけにざわざわと鳴る木の葉のBGMも手伝って、坂道の途中で泣き出して、神社までたどり着けずに逃げ帰る子も、毎年少なからずいるらしい。
 中学生のラブたちは、もう子供祭りを楽しみにする歳でもない。が、住んでいる商店街が主催のお祭りということで、それぞれの親たちに頼まれて、こうして浴衣姿で手伝いにやって来ているのだった。

「ねえ、ラブ。」
 景品のビニール袋を並べ終えたせつなが、傍らの親友に向かって、小首をかしげて問いかけた。
「肝試しって、暗くて怖いのを我慢して、目的地まで行って帰ってくるだけよね。それって、何かの訓練なの?」
「え~っ!?訓練じゃないよぉ。遊びだよ、遊び。」
「怖いのを、我慢するのが?」
 ますます不思議そうに訊き返すせつなに、ラブの眉毛が八の字になる。
「うーん、怖いのが楽しいっていうか・・・みんなで一緒に怖い思いして、ああ怖かったぁ!って言い合う遊び、かな?」
 自信なさそうなラブに、祈里が取って代わる。
「えっとぉ、夏の夜を、涼しく快適に過ごそうっていう、昔の人の知恵ね。」
「怖いのを我慢すると・・・涼しいの?」
「ほら、怖い時って、背中がゾクゾクするでしょう?」
「それは・・・快適とは言えないかも。」
 祈里ののんびりとした説明を聞いて、美希が額に手を当てる。せつなが相変わらず要領を得ない顔をしていると、ラブがパンと手を叩いて、ニコリと笑った。
「そっか、わかった!後であたしたちも行ってみればいいんだよ。せつなも体験すれば、きっと肝試しの楽しさ、わかるって。」
 その言葉に、祈里は笑顔で頷き、美希は再び顔を引きつらせる。
「ラブったら。実際に行ってみなくても・・・」
「へぇ~、美希たん、怖いんだ。」
「そ、そんなことないわよ!」
 ニヤ~っと半目で微笑むラブに、美希の顔がたちまち真っ赤になった。
「大丈夫だよ!ここはお子ちゃまコースだし、本当にオバケが出るわけじゃ・・・」
「ふん。オバケが出ないなんて、誰が言ったんだい。」
 明るく言い放とうとしたラブの言葉を、ぶっきらぼうな声が遮る。四人が驚いて振り返ると、景品をチェックしていた駄菓子屋のおばあちゃんが、眼鏡の奥から鋭い視線を向けていた。
「おばあちゃん。まさか、前にここでオバケを見た人がいる、とか・・・」
「まぁ、オバケは夏の夜が好きだって話は、昔からよく聞くね。」
 おばあちゃんの言葉に、美希の顔色が、赤からすーっと白に変わる。
「あんたたち。オバケはなにも、幽霊だけとは限らないんだよ。」
 おばあちゃんは重々しくそう言って、夜風に枝を揺らす木々に目をやった。
「昔話の中には、いろ~んな物の怪が出てくるのを知らないのかい?木の精に、水の精に、風の精。ああ、大切にされた物には魂が宿る、なんて話もあってね。絵に魂が宿って、紙の中から出てきたって話を聞いたことがあるよ。それに、化け猫や化け狐なんてのも定番だねぇ。だから、いつどこでどんなオバケに出会うかなんて、わかるもんかね。」
「あ・・・。」
 低くよどみのない声に、凍りつくラブ、美希、祈里、そしてやっぱりきょとんと首をかしげるせつな。そんな彼女たちの顔を見まわして、おばあちゃんは初めて、ニヤリと笑った。
「どうだい。これで少しは、肝試しの気分が出てきたかい?」
「もぉ~、おばあちゃあん!!」
 くるりと後ろを向いたおばあちゃんに、ラブと美希の抗議の声が飛ぶ。去っていく小さな肩が、それを聞いて、楽しそうに小刻みに揺れた。

 ☆

 そのほんの少し前のこと。
「よぉ、にいちゃん。悪いな、こんな時間に来てもらって。」
 神社へと続く坂道の途中で、西隼人の姿のウエスターは、一人の男と向かい合っていた。
 四角ばった顔と、それに合わせたかのような角刈り頭。小柄ながら、声の大きさと威勢の良さは、誰にも負けない。トレードマークの長い前掛けを外しているせいで、いつもよりガニ股が目立つその姿は、駄菓子屋の真ん前にある魚屋の主人――魚政の三代目だった。
 ウエスターとは、彼が町の廃品回収を手伝って以来の知り合いだ。もっともウエスターには、不幸のネタを探すという別の目的があったわけだが、魚政の主人の目には、「頼れる気のいい若いモン」と映ったのだろう。
 今日も、子供たちに混じって屋台をうろついていたウエスターの肩をぽんと叩いて、手伝いを頼んできた。そこでウエスターは、事情がよくわからないまま、こんなところへやって来る羽目になったのだ。

「それで、手伝いって何だ?」
 ウエスターは道の真ん中に立って、額の汗をぬぐう魚政の主人に問いかけた。辺りはもう、かなり暗い。狭い道の真ん中近くまで張り出した木の枝が、やけに黒々と見える。そのくせ空気にはまだ、肌にまとわりつくような熱気が十分に残っていた。
「簡単なことさ。ほらここ、林が切れて、何だか分かれ道みたいに見えるだろ?もうすぐ肝試しが始まって、子供たちがたくさん通るからさ。間違えてこっちに行く子がいないように、ここに立っててほしいんだよ。」
 言われてみれば、木と木の間の地面が踏み固められたような箇所がある。見ようによっては、そこから林の中に細い道が続いているように、見えなくもない。
「この先は、急な斜面なんだ。小さい子が迷い込んだりすると、危ないからな。」
「なるほど。ここに立って、あっちの道を行けと示してやればいいんだな?」
「さすが、にいちゃんは話が早いぜ。じゃ、頼んだよっ。」
 魚政の主人は安心したようにニカッと笑うと、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。後に残されたのは、ウエスターただ一人。
「・・・ところで、肝試しって、何だ?」
 ポツリと呟くその声に答えるかのように、生温かい風が、ざわわ・・・と木の枝を揺らした。

 しばらくすると、魚政の主人が言っていたように、子供たちが後から後からやって来た。みんな数人ずつで固まって、何だか上目遣いで辺りを見回しながら、恐る恐る歩いてくる。
(一体、何を警戒しているんだ?)
 ウエスターは、言われたとおりの場所に立ってそれを見ながら、密かに首をひねった。
 帰ってくる連中は、さらにおかしかった。行きとは打って変わって、みんな転がるような早足で、坂を駆け下りていく。
 既に気を緩めて、笑みまで浮かべている子。相変わらず辺りを警戒している子。周りを見ないようにして、ただひたすら先を急いでいる子など、その表情は実に様々だ。
(肝試しって・・・何なんだ?)
 さっきの疑問が、より強く浮かび上がってきた、そのとき。
「あーっ、先生!占いの先生じゃないか。」
 ふいに親しげに呼びかけられて、ウエスターは驚いて顔を上げた。

 目の前に、大・中・小、三つの坊主頭が並んでいる。その、中と小の手を引いた一番大きな少年が、目を輝かせてウエスターを見つめていた。
「俺、前に先生にアドバイス貰って、無事、好きな子をデートに誘えたんだ。」
 そう言って、少年はウエスターに向かって律儀に頭を下げた。
「ありがとうございましたっ!俺、お陰で最高の一日が過ごせたっす。その後のことは・・・まぁ、これからまた頑張るっす!」
「あ・・・ああ、そうか。良かったな。」
 勢い込んで迫ってくる少年に、さすがのウエスターも一瞬後ずさる。そう言えば、コイツの話を聞いて、初めて遊園地とかいうところに行ったんだったな・・・。そう思い出したとき、小さな二つの手が、少年とウエスターを引き離した。
「なぁ、兄ちゃん。早く行こうよ~!」
「いこうよ~!」
「ああ、わりぃ。じゃ、先生、またな。」
 弟たちに引っ張られて、背を向けようとしている少年に、ウエスターは思わず呼びかけた。
「おい、少年。肝試しって、一体どんなイベントなんだ?」
「えっ!先生、それも知らないでここに居るのかよ。」
 少年が呆れたように、口をあんぐりと開ける。代わってウエスターの問いに答えたのは、弟たちの方だった。
「この先の神社まで行って、オフダを取って来るんだい。とちゅうでコワくて泣いたり逃げたりしたら、いけないんだぞ。」
 いかにもやんちゃな顔をした“中”の坊主頭がそう言うと、まだあどけない顔の“小”も負けじと胸を張る。
「オレ、オバケもバケモノも、こわくねーもん。もしもあったら、やっつけてやるんだ!」
(ほぉ。ここにはナケワメーケとは別の化け物が出るのか。まさかそいつも、不幸を狙って・・・!)
 そう思ったウエスターが、初めて辺りを警戒する。そのとき、たった今偉そうなことを言っていた“小”が、顔色を変えてウエスターの後ろの林を指差した。

「うわっ、にいちゃん!あそこで、なんか光った!」
 弟の声に林を覗き込んだ“中”も、わっ、と言って兄にしがみつく。
「ホントだ!何か白っぽい光が飛んでるぅ!あ、あれって・・・ひ、ひ、人魂?」
 振り向いて見てみると、確かに木々の間から、ちらちらと小さな光が漏れている。
「ああ、あれは懐中電灯かなんかだろ。係りの人か誰か、いるんじゃないか?」
 さすがに一番上の兄は余裕を見せて、弟たちの頭をぽんぽんと交互に叩く。だが。
「いや。係りの人は、俺のほかにはいないはずだぞ。」
 ウエスターにあっさりと否定されて、その手が止まった。
「え?じゃあ、あれって・・・な、なんすか?」
「わからん。お前たちの言うオバケかもしれないし、誰かが迷い込んだのかもしれないな。」
 ウエスターはこともなげにそう言うと、三人の顔を見て、ニヤリと笑った。
「どれ、俺様が確かめてきてやろう。オバケかもしれないから、お前たちは先に、神社とやらに行けばいい。」
「うわぁぁぁ~!!」
 その言葉に呪縛を解かれたように、弟たちが兄の手を引っ張って、全力で走り出す。少年は弟たちに引きずられながら、ウエスターに向かって、何故か感動したような、うるんだ眼差しを向けた。
「先生、イケてる~!頑張って下さいっ!」

 ☆

(ふん。ナケワメーケ以外の化け物がいるというなら倒してやる。不幸を横取りされてたまるか!)
 頼りなげに動く光を追って、ウエスターは道なき道を駆け下りる。小さな光は、こちらで光ったかと思うとあちらで光り、近付いたかと思うとまた遠ざかって、あざ笑うかのように、ウエスターを翻弄した。
「ええい。姿を見せろ!」
 その途端。まるでウエスターの声が聞こえたかのように、遠くの木の陰で、光がその動きを止めた。
「よぉし。化け物め、そのまま動くなよ~。」

 ところが近付いていくうちに、ウエスターは、ん?と首をかしげた。小さな光だと思っていたものが、次第に人の形に見えてきたのだ。
 どうやら浴衣を着た女の子らしい。黄色のような緑色のような、ぼぉーっとした光を放っているように見えるのは、さっき少年が言っていたように、懐中電灯でも持っているのかもしれない。
(魚屋のオヤジが心配してた、道を間違えた子供か。しかし、誰かこっちに来たのなら、すぐに気付いたはずだが。)
 もしかしたら、ここへ来る別のルートがあるのかもしれない。そう思って人影に近付きながら、ウエスターは再び、首をかしげた。
 一歩一歩、歩みを進めるたびに、人影がいろんな人物に見える気がする。ウエスターが知っている数少ない、この世界の同じような歳恰好の少女たちに。
(あれは・・・キュアベリーか?いや、あんなに背が低くはないな。ああ、キュアパインか。いやいや、ヤツはキュアピーチだ!いや・・・違う。何っ!?あいつ・・・なんであんなところに。)
 ついにウエスターは、彼女が立っている木立のところまでやって来た。
 近付いても相変わらず淡い光を放つその姿は、何やら草花の模様を散らした、黄緑色の浴衣を着ている。腰には銀色の細い帯。後ろ向きで顔は見えないが・・・。
(違う・・・イースではない。)
 それは、イースでも他のプリキュアでもなく、ウエスターの知らない少女だった。

(やっぱり迷子か。)
 気を取り直して、その俯いた後ろ姿に声をかける。
「おい。そこで何をしているんだ?」
「・・・。」
「道に迷ったのか?神社なら、そっちじゃないぞ。」
「・・・。」
「ここには、一人で来たのか?」
「・・・。」
 何を訊いても、彼女は俯いて黙ったまま。頼まれた役目だからと、最初は優しく声をかけていたウエスターも、次第にイライラし始めた。
「なぜ黙っているんだ。ほら、こっちに来い。上の道まで連れて行ってやる。」
「・・・。」
 それでも動かない彼女に業を煮やして、ウエスターが細い肩にそっと手をかける。すると少女は諦めたように、ゆっくり、ゆっくり、こちらを振り向いた。

「どわぁぁ~っ!」
 ウエスターが、叫び声を上げて飛び退く。
 振り向いた少女の顔は、目も鼻も口も無い、まるでゆで卵のようにつるんとした、のっぺらぼうだったのだ。
「オバケかっ?本当にオバケかっ?」
 一体誰に確認しているのか、大声で叫びながら元来た道を駆け戻ろうとするウエスターの前に、もう一度、少女の顔が現れる。
「な・・・何っ?」
 少女の顔の下に、あるべきはずの胴体が無い。顔の下には当然ながら首があって・・・その首が夜目にも白く、真横に長ーく伸びているではないか。
 ぐにゃりと曲がったその首の上で、ゆらり、ゆらりと揺れる真っ白な顔――それが今度は突然、カッと目を見開いた。顔の真ん中に真っ赤なひとつ目が出現して、ウエスターを睨みつける。
「うっぎゃあああああ~!!」

 ウエスターはくるりと回れ右をすると、神社と反対の方に向かって全速力で駆け出した。が、いくらも行かないうちに、ふいに足元から地面の感触が無くなって・・・。
「わぁぁぁ~っ!」

 急な斜面というより、コンクリートの絶壁を滑り落ちながら、ウエスターはやっとの思いで上を見る。そこには若葉色の浴衣を着た、ひとつ目ではないあどけない顔をした女の子が、嬉しそうに彼を見下ろしていた。
 その表情とは裏腹に、両手を腰に当て、顎をツンと上げて、彼を文字通り「見下ろす」その態度。それは、何だかどこかで見たことがある気がしたが――それを思い出す余裕は、今のウエスターには無かった。

 ☆

「はい、完走おめでとう!これ、景品の、オバケのおやつだよ~。」
 ラブが精一杯怖い声を出して、子供たちにビニール袋を渡す。
「ラブったら。マラソンじゃないんだから、完走はおかしいわよ。」
 すっかり立ち直った美希も、子供たちが差し出す神社のお札を、笑顔で確認する。
 せつなはラブの隣りで景品を手渡しながら、坂道を戻って来る子供たちの姿を、興味深げに眺めていた。
 誇らしげな様子で、元気いっぱい駆け戻って来る子。わあわあ泣いて、友達や兄弟に慰められている子。なぁんだ、ちっとも怖くなんかなかったぞ、と聞えよがしに叫んで威張っている子――。
 子供たちの様子は様々だったが、ほとんどの子が、一緒に帰って来た友達や家族としっかりと手を繋いでいたり、ぴったりと寄り添ったりしているのが、何だか微笑ましい。

「よぉ、ご苦労さん。もうすぐ終わりだからな。」
 ふいに大きな声がして、魚屋のおじさん――魚政の主人が顔を見せた。
「何だい、あんた。自分の持ち場はどうしたんだい?」
 机の後ろの椅子に座っていた駄菓子屋のおばあちゃんが、よっこらしょ、と立ち上がる。その姿を見て、彼は慌てたように目を白黒させた。
「やぁ、ばあさん。大丈夫だ!ちゃんと信用できる助っ人に、頼んできたからよ。」
「本当だろうね?」
 おばあちゃんがそう念を押したとき、坂道の上から、三つの坊主頭が現れた。

「あれ?ラブじゃねえか。あっ!美希さんも一緒だったんすか!」
 一番年長の少年が、美希の顔を見て、ぱぁっと笑顔になる。それは、四つ葉中学校二年生、ラブの同級生にして、美希の熱狂的な信者である、沢裕喜だった。
「裕喜君!あなたもお手伝いに来ていたの?」
「いやぁ、俺は弟たちの子守りっすよ。ハハハ・・・。」
 美希に話しかけられて、嬉しそうに頭に手をやった裕喜が、ふいに真顔になって、魚政の主人の方に向き直った。
「そうだ、おじさん。さっき、坂の途中で占いの先生にあったんだけどさ。林の向こうに変な光が見えたんで、迷子かも知れないって見に行ってくれたんだ。もうこっちに戻って来た?」
「なっ、何だって?」
 魚政の主人のこめかみに、たらりと汗が流れる。
「まさか、信用できる助っ人ってのが、その先生かい?まったく、自分の仕事を人に押し付けるから、人様に迷惑かけることになるんだよ。」
 おばあちゃんにギロリと睨まれて、魚政の主人は口を尖らせた。
「しょ、しょうがねえだろっ!俺は、高いところと暗いところは苦手なんだよ!」
「ふん、使えない男だね。高所恐怖症だけじゃ足りないのかい。」
「なんだとぉ?」

 いつものようにポンポンと言い合う大人たちを尻目に、ラブたち四人もまた、別の意味で慌てた様子で、ひそひそと囁き合っていた。
「ねぇ、占いの先生ってさ。」
「うん、アタシも気になってたんだけど。」
 ラブと美希の言葉に、せつなが顔をしかめて、コクリと頷く。
「ええ。きっと、ウエスターよね。」
「やっぱり、そう?」
 祈里が不安そうに訊き返した、そのとき。

「嫌だ。もぉ~嫌だ。肝試しなんて、嫌いだぁぁぁ~!!」

 わめき声と共に、ひゅん、と四人の隣りを一陣の風が吹き抜ける。
「い、今のって・・・。」
「・・・速すぎて、見えないわ。」
「ウエスター、泣いてたわね。」
「見えたの!?しかも、表情まで!?」
 慌てて目を凝らすラブに、呆れ顔の美希、ぼそりと呟くせつな、それを聞いて目を丸くする祈里。
「はぁ、無事で良かったが・・・あと少しなんだから、持ち場を離れないでくれよぉ、にいちゃん。」
 四人の後ろで、魚政の主人が大きな溜息をつくと、重い足取りで坂道を上り始めた。

 ☆

「今日はご苦労だったね。ほら、あんたたちの分も取っておいたから、持って行きな。」
 すっかり景品が少なくなった長机の上に、おばあちゃんが新たなビニール袋の束を置く。今度の袋はかなり大きくて、おどろおどろしい景品の他に、普通の駄菓子やドーナツも詰め込まれていた。
「うわぁ、こんなに沢山!」
「いいんですかぁ?」
「ありがとう、おばあちゃん。」
「ありがとうございます!」
 四人が笑顔で、袋をひとつずつ手に取る。
「あれ?おばあちゃん。これ、ひとつ多いよ。魚屋のおじさんの分?」
 ラブが、ひとつ余ったビニール袋を手にして、おばあちゃんに問いかける。
「あんたたち、今日は五人で来たんだろう?もう一人の分も、ちゃんと取っといてあげな。」
「え?五人って?」
 驚いて問い返す祈里に、おばあちゃんは肩をすくめて呆れたように言った。
「何寝ぼけたこと言ってんだい。ほら、緑色の浴衣を着た子だよ。さっきまで一緒に手伝ってくれてたじゃないか。」
「・・・え・・・?」
 桃色の浴衣のラブ、青い浴衣の美希、黄色い浴衣の祈里、赤い浴衣のせつな――。
「おばあちゃん!怖い話は、もういいですよ。」
 声の震えを必死で隠そうとする美希に、おばあちゃんはニヤリと笑い・・・はせずに、心底不思議そうな顔をする。
 その時、まだそこに残って景品の水飴を食べていた、裕喜の一番下の弟が、無邪気に最後の駄目を押した。
「みどりのきもののおねえちゃん、いたよ~。オレ、そのおねえちゃんから、このみずあめ、もらったもん。」
 途端に、長机の向こうはパニックに陥った。

「キャ~!で、で、出たぁ!!」
 ラブが、せつなの腕にしがみつく。
「ラブ!こ、こここ声が、大きいわよっ。」
 声を上ずらせながら何とか平静を保とうとする美希が、祈里に抱きつかれてぐらりとよろける。
「わっ、わたしたち、おっ、オバケさんと、一緒にいたのっ?」
「ラブ、痛いわよ。美希も、しっかりして。ブッキー、そんなに押さないで・・・!」
 ラブにしがみつかれ、美希に寄りかかられ、勢い余った祈里に腕を掴まれて――。
(あ・・・暑いっ!何よ。肝試しって、全然涼しくなんかないじゃない。)
 三人の仲間にもみくちゃにされながら、せつなの口元に、いつしか楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 ☆

 彼女は木の陰から、ウエスターが大慌てで走り去っていくのを、じっと見ていた。
(少し、やり過ぎちゃったかな。あの頃のあの子の真似をして、つい、からかっちゃったけど。)
 クスリと笑って、キャーキャー・・・を通り越して、ギャアギャア騒いでいる少女たちを見つめる。視線の先には、仲間たちの輪の中で微笑んでいる、赤い浴衣の少女。
(私と一緒に、いつもこちらから眺めているだけだったあなたが、今はちゃんとそちらに居るのね。)
 彼女の白い頬に、ほんの一瞬、寂しげな影が浮かぶ。が、すぐに穏やかな笑みを浮かべると、彼女はもう一度、優しい眼差しで少女を見つめた。
(いつでもそばに居るわ、せつな。私が、あなたの一番思い出したくない過去から、人生で最初の幸せな思い出に、変われる日まで。)
 彼女の浴衣に描かれた、クローバーの模様が輝きを増す。それと同時に、彼女の姿が少しずつ薄れ始め――。
 やがて、彼女の姿がすっかり消え失せたとき、そこには四つ葉の形をした、綺麗な緑色の光が残った。

――大切にされた物には、魂が宿る、なんて話もあってね――

 小さな光は、すーっと上空へと浮かび上がると、エメラルドの尾を引いて、虚空へと消える。そのとき一遍のそよ風が、夢のように、木々の葉を揺らした。

 ☆

「あ・・・涼しい風。」
 やっと三人から解放されたせつなが、林の方から吹いてきた風に、心地良さそうに目を細める。
「さぁ、そろそろ肝試しもお終いだよ。あんたたち、最後に神社まで行ってみるかい?」
 おばあちゃんの言葉に、せつなを除いた三人が、ぶるぶるっと犬のように首を横に振った。
「あたし、パスっ!」
「わたしもっ。」
「アタシも・・・また、今度にします。」
「そうかい。せっかく涼しくなれたかもしれないのに、残念だねぇ。」
 おばあちゃんは、やっぱりきょとんとしているせつなと目を合わせると、楽しそうに、クツクツと笑った。


 夏の終わりのぼんやりとした三日月が、銀の鎖のように空に懸る。か細い光は、今日は何だかいつもより緑がかって見えていたが・・・その理由は、小さな神社を取り巻く林の木々以外、誰も知らない。

~終~
最終更新:2013年02月16日 22:56