三人でおみくじ/一六◆6/pMjwqUTk




「うわぁ、やっぱりお正月は人が多いよねっ! この神社にこんなに人がいるところなんて、お正月以外には見たことないよ~」
「こら、ラブ。そんなにはしゃがないの! ここに初詣に来るのは初めてじゃないんだから」
「だって、美希たん。いつもは家族で来るから、三人で来るのは初めてだよぉ。あ! 綿あめの屋台が出てる!」
「ラブちゃん、まずはお参りをしてからね。ほら、あそこで手を洗って」
 はしゃぎまくるラブを、呆れた顔でたしなめる美希。苦笑しながら、準備良くコートのポケットからハンカチとお賽銭用の小銭を取り出す祈里。
 中学一年生の三人は、初めて三人だけで、地元の神社に初詣にやって来た。

 三人それぞれに何事かを一心に祈ってから、お正月だけは開く社務所で、お守りや破魔矢を見る。そのうちラブが、おみくじを引こうと言い出した。
「せーのっ!」
 神社の境内の隅で、三人同時に自分のおみくじを開く。
「やったっ! あたし大吉!」
「あ、ラブちゃんも? わたしも!」
 嬉しそうに声を上げる二人に、美希は目を丸くする。彼女の手の中にあるおみくじは……これまた大吉。三人引いて三人とも大吉なんて、この神社のおみくじには大吉しか入っていないのか? しかし一瞬浮かんだその疑問は、あちこちから聞こえてくる声で、すぐに打ち消された。
「お母さん、吉だって。これって、いいの? 悪いの?」
「お前、中吉か。いいなぁ。俺なんて末吉だよ~」

(別に、みんながみんな大吉ってわけじゃないのね。とすると、やっぱりアタシたちって、今年は揃いも揃って運がいいってことなのかな……)

「どしたの? 美希たん」
「ひょっとして、あんまり良くなかった?」
 心配そうなラブと祈里の顔に、美希はハッと我に返った。
「そ、そんなことないわよ。アタシも大吉だったわ」
「えーっ、その割りに反応遅かったけどぉ? ちょっと見せて」
 いつになく疑わしげなラブに、美希はしぶしぶ手に持ったおみくじを見せる。
「うはぁ、ホントだ! 凄いね、今年は三人揃って幸せゲットだね!」
 打って変わって底抜けの明るさを放つラブの声に、美希もようやく笑顔になる。が、今度はやけに得意そうな声が聞こえてきて、再び顔が引きつってきた。

「なになに? 勉学! 怠り無く精進せよ。うーん、まぁ頑張れってことだよねっ、美希たん。失せ物、って何? なくし物? えーっと、遅かれど出る。良かったね! それから……いえ……いえうつり? 北は凶。あ、北の方に引越ししちゃダメなんだって。やっぱり寒いってイメージだからかなぁ。それからぁ、れんあい……」
「ちょっと、ラブ! なに人のおみくじ勝手に読んでるのよっ! アタシ別に何もなくしたりしてないから。それに、勝手に人を引越しさせるんじゃないわよっ!」
 美希は自分のおみくじを引っ込めて、代わりにラブのおみくじを強引に三人の目に触れさせる。

「ほらぁ、ラブのだって、いろいろ書いてあるじゃない。勉学、ただひたすら精進せよ。これって、とにかく必死で頑張らないと知りませんよ、って意味なんじゃないのぉ?」
「ええっ!? 美希たん、そんな殺生なぁ!」
「まだあるわよ。争い事。勝ち難し、退くが利」
「ど、どういう意味?」
「えっと、喧嘩したって勝てなくて怪我をするだけだから、意地になって何度も向かって行ったりしないで、さっさと逃げなさい、って意味ね」
「とほほ~。ブッキー、こんな短い言葉なのに、意味はそんなに長いのぉ?」
「それからぁ、待ち人は……」

 ラブの泣き顔にいたずらっぽく微笑んでいた祈里が、その次の美希の言葉を聞いて、急に驚いた顔をして自分のおみくじを見た。
「わたしのも……。待ち人って、良いとされている方角はラブちゃんと一緒。しかも、必ず来るって」
「えっ? アタシのは……多少遅かれど来る。あっ、方角は二人と一緒だわ」
 さすがにここで三人、顔を見合わせる。
「全員……同じ方向から待ち人がやって来るのかな」
「まさか、三人揃って? あ、でも美希ちゃんは“遅かれど来る”なんだから、一緒には来ないのかしら」
「え~……どうしてアタシだけ遅いのかしら。失せ物も、遅かれど、って書いてあるし」
「美希たん、なくし物なんて無いって言ってたじゃん」
「そ、そうだけど、書いてあったら気になるじゃない!」

 ひとしきり騒いだ後で、改めて顔を見合わせる三人。
「でもさぁ、何だか不思議だよね! 揃って大吉だっただけじゃなくて、こんなところに共通点があるなんて」
「そんな呑気なこと言って~。ラブのが一番意味深じゃない? 心して待て、なぁんてさ」
 無邪気な笑顔を見せるラブに、わざとらしく真面目な顔を作ってみせてから、美希はさっきから気になっていたことを、祈里に質問してみた。
「ねぇ、ブッキー。そもそも『待ち人』って何? 待っている人、っていう意味?」
 さすがに即答は難しかったのか、祈里は鞄の中から小さな辞書を取り出す。
「えーっと……『待ち人』っていうのは、『何らかの意味で、来て欲しい、会いたいという出会い全般に関する人のこと。自分の運命を導く人。運命の相手』だって」
「運命の相手って……ひょっとして、彼氏とか!?」
「か、彼氏って、美希ちゃん……。今年中に彼氏ができるなんて、二人はともかく、女子校のわたしには絶対無理だから!」
「あはは、冗談よ、冗談。そもそも『恋愛』っていう項目が別にあるんだから、そうとは限らないんじゃない?」
 心なしか饒舌になっている美希と、いつになく顔が赤くなっている祈里。そんな二人をよそに、ラブは目をキラキラさせる。
「運命の人かぁ。きっとあたしたちそれぞれにとって、すっごく大切な、すっごく素敵な人だよね。どんな人なんだろう……。なんか、そんな人が現れるのかもって思っただけで、今年も幸せゲットって感じ」
 ラブの言葉に、美希も祈里も顔を見合わせて、ニコリと微笑んだ。
「そうね。アタシたちの運勢、今年は完璧だもの」
「うん。きっと素敵な年になるって、わたし、信じてる」


   ☆  ☆  ☆


 あれから二年。
「穏やかなお正月になって良かったわね」
 慌ただしい昨日までとは、空気まで違って感じられる元日の朝。美希はにこやかに、傍らの親友を見やる。
「ええ、ホントに」
 同じくにこやかに答える祈里は、山吹色を基調にした可愛らしい着物姿。かく言う美希は、遠目には黒に見えそうな濃紺の地に、大ぶりの花模様をあしらった着物を大人っぽく着こなしている。
 二人が向かっている先は、四つ葉町にある、あの神社だ。
「それにしても、あの神社に揃って晴れ着でお参りに行ったら、きっと目立つわね」
 ちょっと肩をすくめてみせる美希に、祈里は相変わらずのんびりとした口調で返す。
「だって、今日は特別だもの。美希ちゃん、ちゃんとアレ、持ってきた?」
「もちろん。ちゃんと『失せ物』にならずに仕舞ってあったわよ」
 美希と祈里は、互いに小さな細長い紙片を手にして笑い合った。

 あの神社に、みんなでお礼参りに行こう――そう言い出したのはラブだ。
 去年もみんなで初詣に行ったものの、戦いやその後のダンス大会やら様々なごたごたで、三人ともあのおみくじのことは、きれいさっぱり忘れていた。
 今年はぜひともみんなでお参りに行って、ちゃんとお礼を言って来よう。そして、三人のおみくじを神社の木に結んでこよう。そう提案したラブの気持ちは、そのままみんなの気持ちでもあった。

「あ、来たわ」
 向こうから、二人の少女が小走りで近づいてくる。
 淡い桃色の地に小花を散らした可憐な着物を着たラブと、もう一人。
 エンジ色に金の縫い取りが入ったあでやかな着物姿で、着物に負けないくらい晴れやかな笑みを浮かべている少女は――。
 三人のおみくじに共通して書かれていた方角を示す文字をその名に持った、三人の大事な、『待ち人』だった。

~終~
最終更新:2013年02月16日 22:54