ハッピー・ハロウィン/一六◆6/pMjwqUTk




「ふむ。何だか様子がヘンだな」
 西隼人の姿でクローバータウン・ストリートを歩きながら、ウエスターはつぶやいた。
 今日はここで、大きなイベントがあると聞いてやって来た。が、どうも町の様子がおかしい。いつもとは違う不思議な格好の人影が、やたらとたくさん、通りを闊歩している。まるで町の人たちの大半が、この怪しい格好の生き物たちに入れ換わってしまったかのようだ。
「ひょっとすると……どこか他所のパラレルワールドの奴らが、インフィニティを奪いに来たのか!」
 そう思って見てみると、彼らの格好は、何だかやたらとオドロオドロしい。黒いフードをかぶり、ガイコツのような虚ろな目をしている者。目の周りを真っ黒にして、口から牙を覗かせている者。ニカッと大きな口を開いた、カボチャの頭をしている者まで……。
「ふん、インフィニティを奪うのは、この俺様だ」
 すかさず両手を胸の前で合わせ、気を高める。
「スイッチ・オーバー!」
 マントを翻し、颯爽と名乗りを上げようとした瞬間。ウエスターの口に、ムギュッと何かが突っ込まれた。

「なんだい。英語で言われても、何が何だかさっぱりわからないよ」
 目の前にあったのは、通りにいる怪しい連中よりも、さらに無愛想な顔。薄紫に染めた、少し伸びたパーマ髪に、眼鏡の奥の鋭い眼……。
「ぐがっ! わんら、ほれふぁっ!」
「何慌ててんだい。ペロペロキャンディは、嫌いかい?」
 両手を腰に当ててウエスターを見上げていたのは、すぐそこにある、駄菓子屋のおばあちゃんだった。

「ふん。ハロウィンだか何だか知らないけど、西洋のお祭りなんて、あたしにゃよくわからないね」
 おばあちゃんはそう言いながら、きれいな紙包みを、ウエスターの手に握らせる。
「あんたの仮装は、なかなかサマになってるじゃないか。ほら、お菓子をあげるから、いたずらはよしとくれよ」
「……これって、お菓子をもらえるイベントなのか?」
 ペロペロキャンディをくわえたままで、ウエスターが問いかける。
「なんだい。それも知らずに仮装してたのかい? そうだよ。何でも西洋のお祭りで、お化けや妖怪の格好をした子供たちが、家々を練り歩くのさ。お菓子をくれないといたずらする、って言いながらね」
「ヘンな祭りだな」
 ウエスターは、あっという間に食べてしまったペロペロキャンディの棒を口から引っ張り出した。
「それでみんな、お菓子を渡すのか?」
「そうさ。だから子供たちを迎える家では、みんなお菓子の用意をしているわけさ」
「それって、どうもユスリのように思えるんだが」
 おばあちゃんは、一瞬あっけにとられた顔でウエスターを見てから、珍しく、その目を糸のように細くして、クツクツと笑いだした。
「面白いことを言うお兄ちゃんだね」
 しばらく笑ってから、おばあちゃんは目尻の涙をぬぐいながら、再びウエスターの顔を見上げた。
「どの家でも、あげたくてあげてるんだから、ユスリじゃないだろ。ハロウィンの仮装は元々、この日の夜にやってくる悪いモノが、その姿を見て驚いて逃げるように、っていうんで始まったものらしいのさ。でも、逃げるのは悪いモノだけでたくさんなんだよ。
おっかない姿を見て人間様まで逃げてちゃ、姿だけじゃなく、本当におっかないもんになっちまう。だから、みんなお菓子を渡して、今日はお化けや妖怪とも、仲良くするんだとさ」
「……よくわからないって言いながら、詳しいんだな」
「なぁに、魚政のオヤジの受け売りさね」
 そう言って、腰をトントン叩きながら店へと戻る、おばあちゃんの後ろ姿。それを見ながら、ウエスターはふと胸に浮かんだ疑問を、口の中でつぶやく。
「……じゃあ、子供たちに交じって悪いモノが訪ねて来たら、やっぱりこの世界の人間は、お菓子を渡すのか?」
 その時、彼はある気配がこちらに近づいてくるのを感じ、慌てて、とぉっ! とビルの上へと飛び上がった。

「おばあちゃん、こんにちは! えへへ。とりっく・おあ・とりーとっ!」
「ラブったら、まだ早いわよ。パレードはこれからなんだから!」
 背中に小さな銀の羽を付け、妖精の格好をした美希が、丸々と膨れた胴体のカボチャの格好をしたラブをたしなめる。
「だから、英語で言われても、あたしにゃ何が何だかわからないよ。日本語で言いな」
 相変わらず無愛想にそう言いながら、おばあちゃんは段ボールの中から、お菓子の包みを四つ、取り出す。
「……どうしたの? せつなちゃん」
 コウモリの耳と羽を付けた祈里が、不意にキョロキョロと辺りを見回したせつなに、不思議そうに問いかける。
「ううん、なんでもない」
 黒い三角帽子に黒のロングドレス。魔女の格好をしたせつなが、笑顔でかぶりを振った。
(今、何か気配を感じたんだけど……気のせいよね)
「ほら、これ持って行きな」
「ありがとうございます!!」
 差し出された紙包みに、四人の弾んだ声が揃う。と、そこに、どこかからヒラヒラと、一片のきれいな紙が舞い降りて、ふわりとせつなの手の中に収まった。
「なぁに? それ。……うわぁ、なんか、空からの贈り物みたいだね!」
 ラブが覗き込んで、ニコリと笑う。薄くてカラフルなその紙の中央には、金色の文字で、小さくこう書かれていた。

――ハッピー・ハロウィン。

~終~



複数42は、同じ日の、この直前のお話です。
最終更新:2013年02月16日 22:46