どんぐりころころ/一六◆6/pMjwqUTk




 少し青さを取り戻した空が、何だか今日はいつもよりまぶしい。そう感じた。
 ラビリンスの首都に、新しく造られた公園。まだ木々こそ生え揃っていないものの、草花の緑が、風にやさしく揺れている。
「おねえちゃん。それ、なあに?」
 ふいに幼い声に呼ばれて、少女は立ち止まった。
 腰に付けた白い携帯ケース。そこからはみ出した、赤と金に彩られたストラップに、小さな女の子の目が釘付けになっている。
「これ?」
 少女はケースから携帯を取り出すと、屈み込んで女の子と目線を合わせた。
 好奇心に満ちた大きな瞳。その目が、あの幸せな街の子供たちに、よく似た光を放っている。それを心から嬉しく思いながら、
「これはね・・・」
 少女は、ゆっくりと話し出した。



  どんぐりころころ



 その歌を教えてもらったのは、歩き始めたシフォンを連れて、みんなで公園に出かけた日のことだった。
 幼い頃のラブたちが、「どんぐり王国」と呼んでいたという、公園の一角。大はしゃぎのタルトとシフォンにつられるように、私たちも夢中になって、どんぐり拾いに興じていたとき。ふいにラブが、その歌を口ずさんだのだ。
「なぁに?その歌。」
 片手では持ち切れなくなったどんぐりを、大きめの落ち葉の上にそっと置きながら、私はラブの顔を見上げた。
「どんぐりころころ、っていう童謡だよ。」
 ラブが得意そうに、続きを歌い出す。すぐに美希とブッキーも、一緒になって歌い始めた。

 どんぐりころころ どんぶりこ
 お池にはまって さあ大変
 ドジョウが出てきて こんにちは
 坊っちゃん一緒に 遊びましょ

 どんぐりころころ 喜んで
 しばらく一緒に 遊んだが
 やっぱりお山が 恋しいと
 泣いてはドジョウを 困らせた

「・・・それで、おしまい?」
 歌い終わったみんなに、思わず尋ねた。
 一瞬、私の脳裏に、どんぐりの坊やとドジョウ・・・ではなく、涙をふり飛ばして大泣きしているシフォンと、それをなだめようとオロオロしているタルトの姿が、鮮やかに浮かんでしまったのだ。
 何だかちょっと悲しくて、あっけない終わり方だと思った。

「え? ええっと・・・確かこの歌って、2番までだったわよねぇ、ブッキー?」
 美希が少し戸惑った様子で、ブッキーに助けを求める。
「うん。確かそうだったと思うけど・・・」
 ブッキーも、何だか自信なさそうだ。
「うーんと、きっと、この後どんぐりは、ドジョウと一緒にお山に帰っていったんだよ!」
 必要以上に力のこもった声で言うラブに、
「ドジョウまで一緒にお山に帰って、どうするのよっ!」
すぐさま美希が突っ込む。
 ふふっと肩をすくめるようにして、ブッキーが小さく笑う。私も、仲間たちを眺めながら笑顔になった。
 みんなとの楽しい時間。こんなことで暗い雰囲気になるなんて、もったいない。そう思いながら、さっき感じた小さな疑問を、心の隅に何となく仕舞いこんだ。


 ところがその日、穏やかな時間が過ごせたのは、その時までだった。その日は・・・いや、その日から始まった一週間ばかりは、まさに怒涛の日々だったのだ。
 またしてもインフィニティになったシフォン。子守唄でやっと元に戻ったと思ったら、ついに現れた、ラビリンスの最高幹部・ノーザ。その脅威に打ち勝とうと、みんなで行った特訓。焦りと不安から、仲間割れを起こした私たち。でも結局、大切なのはみんなの気持ちをひとつにすることだと教えられ、生まれた新しい技、グランド・フィナーレ。
 みんなで楽しくどんぐり拾いをしたことが、まるで遠い出来事に思えるほど、それは濃密で、大変な一週間だった。

 だからだったのだろう。久しぶりにラブの部屋に4人で集まったとき、
「せつなちゃん。あれから気になって、少し調べてみたの。「どんぐりころころ」の、歌詞なんだけどね。」
 ブッキーにそう言われても、私はすぐには何の話か、よくわからなかった。
 やっと思い出して、ああ、あの歌・・・と頷いた私に、ブッキーは安心したように、カバンの中から手帳を取り出した。
「この歌ね、元々、歌詞は2番までだったらしいの。でも、せつなちゃんみたいに、ちょっと寂しい終わり方だなって思った人が、多かったのかな。続きの歌詞を作った人が、何人か居たみたい。」
 例えば、これ。そう言って、ブッキーは手帳を開いて、写し取った歌詞を見せてくれた。
 この前みんなが歌ったメロディーを思い出しながら、恐る恐る口ずさんでみる。隣りから覗きこんでいたラブが、すぐに一緒に歌い始めてくれた。

 どんぐりころころ 池のふち
 一羽のムクドリ 飛んできて
 ドジョウの兄さん ありがとう
 坊っちゃん一緒に 帰りましょう

 どんぐりころころ それからは
 お山とお池を 行き来して
 友達たくさん 出来たねと
 やさしくそよぐよ 秋の風

「わはっ。どんぐり坊や、良かったね!」
「ふぅん。歌詞が加わると、ずいぶん雰囲気が変わるのね。」
 無邪気に感想を言うラブと、感心したようにつぶやく美希。やさしい結末に、私も嬉しくなる。
「童謡って、続きの歌詞をつくることも、よくあるの?」
「わたしは他の歌では知らないけど・・・。でも、この歌は昔からよく歌われてきた童謡だから、思い入れがある人も、多かったんじゃないかな。」
 ブッキーはそう言って、
「でもね。わたしは、元々の2番までの歌も好きだよ。」
と続けた。
「どんぐりさんが、その後どうなったのか。ドジョウさんは、どんぐりさんに泣きやんでもらえたのか。いろいろ想像できるじゃない?」
「そっか。歌う人が百人居れば、百通りの「どんぐりころころ」が出来るんだねっ?」
ブッキーの言葉に、ラブが目をキラキラさせる。
「もしかしたら、この歌を作った人って、そう考えて、わざと歌詞を2番までにしたのかもしれないわね。」
そう言いだす美希に、
「え?わざと?」
私が驚いて訊き返すと、彼女は私の反応がわかっていたかのように、ちょっといたずらっぽく微笑んだ。
「そ。わざと歌う人に想像させて、楽しんでもらえるようにね。歌ったり聴いたりした人の心の中で、初めて完成する歌、ってこと。それも素敵じゃない?」
 なるほど、と思った。
 この世界に来るまで、音楽に触れる機会がなかった私には、歌のことはまだよくわからない。でも、歌を作った人の想いだけじゃなくて、歌う人や、聴く人の想いも歌を形作るのなら。その世界は、きっと果てしなく広がっていくだろう。
 ラブのベッドの上で遊んでいる、シフォンに目がとまる。この前公園で拾ってきたどんぐりを、並べたり、転がしたり、時々宙に浮かせたりして、キュアキュア~!とはしゃいでいる。
 シフォンが大きくなって、もしもこの歌を耳にしたら、私たちとの想い出も一緒に思い出すのかな。そう思ったら、少し悲しいと思っていた歌詞も、付け加えられた物語も、そして素朴なメロディも、何だかとっても、愛おしくなった。勿論、歌に歌われた、秋の日差しがそのままコロンと固まったみたいな、小さな宝物も・・・。

 *  *  *  *

「これはね。どんぐり、っていう木の実を使って、お友達が作ってくれたものなの。」
 せつなは、ストラップを大事そうになでながら、女の子に語りかける。それは、彼女がラビリンスに戻るとき、仲間たちからもらったものだった。
 ラブが大切にしまっておいた、シフォンのおもちゃだったどんぐりを、祈里が、痛んだり壊れたりしないように、丁寧に処理し、補強して、金のリボンと赤の組ひもで、可愛く細工してくれたのだという。ふわりと香るアロマは、もちろん美希の特製だ。
 今はもう、変身アイテムではないリンクルン。しかし、異世界間であっても、通信機器としてならちゃんと使える。
 もっとも、せつなは普段それを大事に机の中に仕舞っていて、持ち歩いてはいない。今日珍しく身につけているのは、明日からの休みを待ちきれないラブから、ひっきりなしにメールが届くから。そしてそれを無視できないほど、せつな自身もわくわくしているから。
 年に数回だけだったが、少しまとまった休みが取れたときには、せつなはなるべく、四ツ葉町の桃園家で過ごすことにしていた。

「ねぇ!見て、これ。とってもきれいだよ!」
 夢中になってストラップを見つめていた女の子が、友達が近くにいるのに気付いたらしい。すぐにパタパタと足音が聞こえて、小さな頭があと2つ、仲良くせつなの前に並んだ。
「うわぁ、これ、なぁに?」
「どんぐり、って言うんだって!」
「かわいい~。」
「とってもきれい!」
 嬉しそうにはしゃぐ子供たち。ラブたちの小さい頃も、こんな風だったのかな。微笑ましさを覚えながらそう思ったとき、不意に、脳裏にあの歌が浮かんだ。
(そう言えば・・・)
 頭の中で歌詞を思い起こしながら、せつなはふと考える。四ツ葉町とラビリンス。どちらもとても大切な場所だけど、自分にとっては、どっちがお山で、どっちがお池なんだろう。
 どんぐりのストラップに込められた、みんなの想い。ラビリンスに戻っても、時々は帰ってきてね、という優しい願い。それは、せつなにも十分に伝わっていた。
(まぁいいか。明日向こうに帰ったら、子供たちにストラップが大好評だった、ってみんなに話そう。ブッキー、きっと喜ぶだろうな。そしてお休みの間に、子供たちに教えられるような、草花を使った工作、習って帰ろうかな。)
 そんなことを思ったとき、自分が、どちらの場所に対しても「帰る」という言葉を自然に使っていることに気付いて、せつなは小さく笑みをこぼした。

「おねえちゃん、ありがとう!」
 仲良く並んで走り去る小さな背中を見送って、改めてぐるりと周囲を見渡す。
 今まで木なんて一本も無かったこの街。公園に植えられている木は、どれもまだひょろひょろとした、頼りない苗木だ。
 でもやがて、木々は大きく成長して、公園の一角に、小さな林を作るだろう。秋には落ち葉の絨毯を敷き詰め、木の実も落としてくれるかもしれない。そうしたら、子供たちはあの時のシフォンのように、大喜びで宝物を探すだろう。
 そして、もしかしたら。
 それらの楽しい思い出が、いつしか歌になって、ラビリンスの子供たちに、歌い継がれていくかもしれない。歌を作った人の想い。歌う人や、聴く人の想い。ひいては、この公園を造った人の想いや、木々を育てた人の想い。みんなの想いを乗せて、広く・・・果てなく。
 そんな幸せな想像をしばし巡らせてから、せつなはゆっくりと、公園を後にした。
 ちょっと照れ臭いけど、今日感じたことを、今の嬉しい気持ちを、明日みんなに伝えたいな。そう思って見上げる空は、やっぱりなんだか、いつもよりまぶしい。そう、せつなは感じた。

~終~



童謡「どんぐりころころ」は、大正時代に作られた唱歌です。この歌に、後の人の手によって、3番以降の歌詞が何パターンか作られている、ということを知って、そこからこの作品が生まれました。


作中の3番・4番の歌詞は、私の創作です。「どんぐりころころ」の元歌は、作詞・作曲共に著作権は既に切れており、パブリックドメインとなっています。

最終更新:2013年02月16日 22:40