蒼の喪失(後編)/一六◆6/pMjwqUTk




 四つ葉町公園の一角に作られた、円形ステージ。
 今まで四人が最も多く集まってきたこの場所に、少女たちは再び集う。

「みんな。今はダンスに集中しよう。互いの呼吸を感じて、息を合わせるの。
 ミユキさんの言葉を、思い出して。」

 ツインテールの少女は、そう言ってダンシングポッドをセットする。
 キラリと光る瞳で仲間たちを見渡してから、彼女はゆっくりと立ち位置に付く。

 四人の中で最も小柄な少女が、その隣に立つ。
 祈るように頭を垂れ、胸の前でそっと手を組み合わせてから、彼女は静かに顔を上げる。

 反対隣に立つ黒髪の少女は、何かを確かめるように、自分の足下をじっと見つめる。
 やがてひとつ深呼吸をして、彼女は冷たい秋の空気を、その身に流し込む。

 そして蒼い瞳の少女も、迷いのない足取りで、立ち位置に付く。
 澄み切った高い空を見上げ、その目に一瞬やわらかな光を宿してから、彼女は目を閉じる。

 軽快な音楽が、ステージに響き始めた。



   蒼の喪失(後編)



 イントロに耳を傾け、カウントを取る。
 ジャンプから、左右にステップ。
 彼女に背を向け、すぐさま向かい合わせになる。

 彼女の笑顔が、まだ固い。
 でもその呼吸を、美希は手に取るように感じ、自分の息を合わせていく。

 再びジャンプから、左右にステップ。
 もう一度彼女と向き合い、そしてハイタッチ。

 精一杯伸ばされた、彼女の手。
 無意識に身長差に合わせた、美希の腕の角度。
 四つの掌がぴたりと合って、タン、と澄んだ音をたてる。
 その瞬間。
 つぼみがほころぶように、彼女は笑った。

 もう何十回、いや、何百回と四人で踊った曲。
 何も考えずとも、身体はちゃんとリズムを刻む。そして、
 何も考えずとも、身体はちゃんと覚えている。―――隣で踊る、彼女を。

 間隔を詰め、肩を並べる。
 瞬時に絡み合う、四人の腕。
 美希から始まるウェーブが、彼女たちの間を駆け抜ける。

 ステップ、スイング、ターン。
 四人の右足が、軽やかに地を蹴る。
 四つの掌が、空をつかもうとする。
 それらが大きなうねりとなって
 きらめく。はねる。舞い上がる。

 やがて、ひとつになったその呼吸が 大地の息吹となる。
 彼女たちが奏でるメロディと共に 空は歌い、
 彼女たちが刻むリズムに乗って 木々はざわめく。
 秋の光が、四人の動きと溶け合い、ひとつになっていく。

 そこに居るのは 美希でも、ベリーでもない。
 せつなでも、パッションでも、イースでもない。
 ふたつの―――いや、四つの無垢なる魂が、
 触れ合い、感じ合い、共にそこにある。

 もう何度目かもわからないフィニッシュ。
 そのとき―――この瞬間が永遠のものになったのを、四人は感じた。

「・・・できた。」
 ラブのつぶやきが、沈黙を破る。
「できた。できた。できたーっ!!」
 歓喜はすぐさま四倍となって、少女たちの笑顔と共に、はじけた。


「なんかお嬢ちゃんたち、一皮むけた感じだね~。」
 ワゴンの中から彼女たちが踊るのを見つめていたカオルちゃんが、感心した様子で、タルトに話しかける。
「そうかぁ?ここんとこ、結構大変なんやでぇ。お陰でわいも心配で、飯もノドを通らんのや。」
そう言いながらドーナツを頬張るタルトに、カオルちゃんはニヤリと笑い、いつもの調子で言った。
「へぇえ。でもドーナツだけは、どーなつたって、食べられるみたいだね~。ぐはっ!」

 そのとき。昼寝から目覚めたシフォンが、おぼつかない足取りで立ち上がろうとして、ビクン!とその小さな体を震わせた。
 彼女の額のマークに、黒い霧が立ち込める。その顔から一切の表情が消え、体の輪郭までぼやけてくる。
「ワガナハ・・・インフィニティ。ムゲンノ メモリーナリ。」
「うわっ!出た!」
 タルトが慌ててオルゴールを回そうとして、勢い余って、テーブルから真っ逆さまに転がり落ちた。
「大丈夫か?兄弟。」
 カオルちゃんに助け起こされたタルトの横を、インフィニティと化したシフォンが、つーっと空中を滑るように去っていく。
「シフォ~ン!」
 何とかテーブルに飛び乗ってクローバーボックスを抱えたタルトは、急いでシフォンの後を追う。その異変に、ステージ上のせつなが気付いた。
「タルト?・・・大変!シフォンが。」
 ステージの横を行き過ぎ、林の方に入っていこうとするシフォンに、四人が駆け寄る。
「シフォン!しっかりして!」
「シフォン!」
「シフォンちゃん!」
「タルト!急いで!」
「はいな。待っててや、シフォン!」
 全速力で駆け寄ろうとするタルトの正面から、木の葉と共に、一陣の風が吹き付けた。

「ふふふ。見つけたわ、インフィニティ。」
 そこに立っていたのは、氷のように冷たい微笑を浮かべた、大柄なひとりの女性。その両手がおもむろに前へと突き出され、手首がくるりと反転する。

「スイッチ・オーバー!」

 ラビリンスの最高幹部、ノーザの出現だった。

「姿を現せ、ソレワターセ。」
 彼女の手の中でぴくぴくと動く人型が、地面に投げつけられる。
 たちまち黒いオーラが立ちのぼる。暗緑色の巨大な蔓がしゅるしゅると高速で伸び、絡み合って再び人型をなす。その胴体にぱっくりと開いた裂け目から、邪悪に光る、赤いひとつ目が覗いた。
「ソレワターセー!!」

「みんな、行くよっ!」
 即座に伝説の戦士へと姿を変える少女たち。その中の一人、キュアパッションに、ノーザのあざけるような声がかかった。
「イース。あなた、まだこんなところに居たの?仲間に敵だと思われているというのに、よく平気な顔をして、一緒にいられるものねぇ。」
 楽しげに含み笑いをしながら、ノーザはパッションの方へと歩を進める。
「帰ってきてもいいのよ、イース。少なくとも、ウエスター君とサウラー君は、あなたを歓迎するそうよ。」
「お断りよ!!」
 力強く返すパッション。が、その声が完全にシンクロした四つの声として聞こえてきて、彼女は驚きに目を見張った。
 三人の少女が、彼女をかばうように、ノーザの前に立ちはだかる。その中央に立つ、ひときわ背の高い少女の背中を見て、パッションの表情が、驚きからゆっくりと笑顔に変わった。
「あら?キュアベリー。あなた、イースをかばうつもり?ほかの二人に何を言われたのか知らないけど、残念ながら、イースがラビリンスだというあなたの記憶に、間違いはないわよ。」
「残念なのはどっちかしらね、ノーザ。」
 からかうようなノーザの口調に臆することなく、ベリーは彼女を見据え、ニヤリと不敵に笑ってみせる。
「パッションが仲間だってこと、アタシにはちゃんとわかっているわ。」
「ふん、負け惜しみを。それはあなたたちの戦いを見れば、すぐにわかることだわ。」
「ソ~レワタ~セ~!!」

 シフォンを追って、駆け出そうとするソレワターセ。
「行かせない!」
 パインとパッションが走る。その触手に、アッパーを叩き込む。
 ピーチとベリーが跳ぶ。その両肩に、体ごとぶつかっていく。
 一瞬よろめいたソレワターセ。が、信じられない身軽さでくるりと宙返りすると、再びステージの上に立つ。
「ソ~レワタ~セ~!!」
「さぁみんな、行くよっ!」
 ピーチの言葉に、四人は視線すら合わせぬまま、タン!と同時に地面を蹴る。
「プリキュア・クアトラブル・キーーーック!!」
 たまらずステージから転げ落ちる巨体。それは、石造りのベンチの上に、どうと倒れた。

 ぴしっ、とベンチに亀裂が走る。ソレワターセから放たれたオーラがベンチを飲み込み、ソレワターセの体を、ごつごつとした石の巨人に変える。
「ソ~~レワタ~セ~~!!」
 突き出される巨人の両手。そこから大量の石つぶてが、四人に向かって放たれる。
「くっ!」
 ベリーが両手でガードして攻撃をしのぐ。そして隣に立つ少女と、目と目を見交わす。
「パッション、行くわよ!」
「わかったわ、ベリー!」
 同時に走り出す二人。目指す先は、立ちはだかる巨人の足下だ。
 ベリーが右足を。パッションが左足を。寸分たがわぬタイミングでの、強烈な足払い!
 さすがのソレワターセもこれは避けられず、もんどりうって地面に転がった。

「な、何!?」
 ノーザの顔が、驚愕と怒りにゆがむ。
「おのれ。仲間だという記憶も無いのに、何故そこまで・・・」
「言ったでしょ?パッションが仲間だってこと、アタシにはちゃんとわかってる、って。」
 ベリーはそう言って、ノーザを見据える。
「アタシはね。彼女のことを、頭で理解してるわけじゃない。パッションは・・・せつなは、アタシの中に、ちゃんと居るのよ!」
 闘志をみなぎらせたベリーがそう言い放つと、パッションも静かに言葉を続けた。
「あなたにはわからないわ、ノーザ。人と人との絆は、頭で考えるよりずっと強く、計り知れないもの。私はそれを、あなたから教わったのかもしれないわね。」
「くっ・・・言わせておけば、ぬけぬけと!」
 ノーザの怒りに反応して、ソレワターセがようやく立ち上がる。
「ソレワターセー!!」



「ピーチ、今よ!」
 ベリーの言葉に、今こそピーチの右手が高々と上がる。

「クローバーボックスよ。あたしたちに、力を貸して!」

 天を目指してほとばしる光の柱が、ピーチの髪を逆なでる。

「プリキュア・フォーメーション!レディ・ゴー!!」

 ベリーが、パッションが、ピーチが、パインが、いっせいに大地を蹴って走り出す。巨大な敵・ソレワターセに向かって。

「ハピネス・リーフ、セット! パイン!」

 幸せを願う、パッションの心。それが赤く輝く一葉へと姿を変える。
 風を切って届けられるその心を、パインは両手で大切に受け取る。

「プラスワン!プレア・リーフ! ベリー!」

 祈りと信頼を込めたパインの心が、明るい黄色の一葉となり、パッションの心に寄り添う。
 緩やかな軌道を描いて飛んでくる二つの心を、ベリーはしっかりと受け取る。

「プラスワン!エスポワール・リーフ! ピーチ!」

 未来に希望を抱くベリーの心が、青くきらめく一葉となり、二人の心を支える。
 空に向かって大きく放たれる三つの心を、ピーチは力強く受け取る。

「プラスワン!ラブリー・リーフ!」

 大きな愛にあふれるピーチの心が、あたたかな桃色に光る一葉となり、三人の心を受け止める。

 現れた幸運の四葉は天高く舞い上がり、巨大な光のベールとなって、ソレワターセの頭上へと降りていく。

「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」

 少女たちの右手が、高く上がる。彼女たちの思いは透き通った水晶となり、ソレワターセを封じ込める。

「はぁ~~~~!!」

 自分の思い。仲間の思い。全ての思いがひとつとなり、光となって水晶を輝かせていく。

「シュワ、シュワ~・・・」
 パン! パン! パン!
 断末魔の叫びを上げたソレワターセの体が、乾いた音を立ててはじけ、消えた。

「ふん。仲間との絆が、計り知れないですって?面白いことを言うのねぇ。そんなものがいかに脆くちっぽけなものであるか、プリキュアよ、次こそ思い知らせてあげるわ。」
 忌々しそうにつぶやきながら、ノーザもまた、次元の扉の向こうへと消えていった。

「キュア~!」
 タルトの背中の上で、すっかり元通りにはしゃいでいるシフォン。その顔を見て、ホッと安堵のため息をついたパッションの両肩が、後ろから同時にポン、と叩かれる。
「せつなっ!あたしたち、幸せゲットだねっ!」
「アタシたち、完璧よねっ!」
「うまくいくって、わたし、信じてた!」
 振り向いたパッションに、輝くような笑顔を向けるピーチと、誇らしげに微笑むベリー。その隣で、穏やかに笑っているパイン。
 いつもの光景。いつもの仲間たち。それが嬉しくて、パッションも三人に笑みを返して、こう続けた。
「ええ。私たち、精一杯がんばったわ!」



 カーンと高い音を立てて、ピンが弾けとぶ。電光掲示板には、色鮮やかな「ストライク!!」の文字。得意げに戻ってきた美希が、祈里とせつなと、ハイタッチを交わす。
「みんな、お待たせ~!飲み物買ってき・・・うわぁっ!」
 ペットボトルを両手に抱えたラブが、段差につまずいて、派手に転んだ。
「ラブ、大丈夫?」
 慌てて彼女を助け起こしたせつなは、その情けなさそうな顔を見て、思わずクスクスと笑い出す。
 土曜日の昼下がり。四人は、四つ葉町にある「クローバー・ボウル」に来ていた。

 せつながおずおずと切り出した、土曜日の遊びの計画。
「みんなでお洋服を見て、CDを視聴して、プリクラ撮って、ドーナツを食べて・・・それから、ボウリングに行きたいんだけど。」
「せつなちゃん、それって・・・。」
「アタシたちが、初めてせつなと一緒に、遊んだコースよね。」
 祈里と美希が目を伏せる。あの時サウラーの企みで、彼女たちは、せつなの占いがラブを悲しませたことを、非難したのだ。
「美希、ブッキー。謝るのは私の方よ。あなたたちを、利用しようとしたんだもの。」
 そう言って、せつなも少し顔を曇らせたが、すぐに笑顔になって、三人の親友を見つめた。
「でも、私にとっては、みんなと・・・友達と初めて一緒に遊んだ、大切な思い出。だからもう一度、ちゃんとやり直したいの。今度は精一杯、楽しんでみせるわ。」

 記憶をなくした美希が、自分のことをイースだと思っていたとき。せつなもまた、イースだった自分に、もう一度向き合うことになった。そして、気付いたのだ。
 イースがラブに出会い、美希や祈里と出会って、実は少しずつ、今の土台を築いていたのだということに。
 初めて食べたドーナツ。ラブから貰った、クローバーのペンダント。真剣に、でもとても楽しそうにダンスを踊っていた三人の姿。それを物陰から、そっと見つめていた自分。ダンスとプリキュアで疲労困憊のラブに、ダンスを選べと思わず食ってかかった、あの時の自分の気持ち・・・。
 あざむき、戦い、奪おうとした。でもその間違いだらけの過去の中にも、今を築く土台となった、たくさんの出来事が、景色が、思いがあった。そしてそれは、イースが確かに経験し、見聞きし、感じてきたことだったのだ。
―――ひとつひとつ、やり直していけばいいのよ。
 せつなの心の奥深くに刻まれた、あゆみの言葉。だったら、あの時の四人の時間も、やり直したいと思った。イースが築いた小さな土台の上に、新しい思い出を、紡いでいきたいと思った。

「ねえ、せつな。ちょっと、言っておきたいことがあるんだけど。」
 ラブと祈里の目を避けるように、美希がせつなに小声で話しかけてきた。ラブと祈里はと言えば、何度やってもストライクが取れないのはどうしてだろう?と、お互いのフォームを見せ合っては、真剣に試行錯誤している。
「何?」
 不思議そうな顔で小首をかしげるせつなに、美希は言いにくそうに目をそらす。
「あのね。・・・言い忘れてたんだけど、アタシがタコが苦手なこと、実は、ラブもブッキーも知らないの。だから、つまりそのぉ・・・二人には・・・ね。」
「・・・。」
 突然の美希の告白に、あぜんとするせつな。
 二人とも幼馴染なのに、今まで隠し通してきたところが美希らしい・・・って、いや、違う、そんなことじゃなくて!!
「美希!思い出したのっ!?」
 これ以上ないくらいに大きく目を見開くせつなに、美希はにっこりと、会心の笑みを浮かべる。
「まだほんの少しだけどね。まずはせつなに言わなくちゃ、って思って。」
「それで、頭痛は!?」
「もう大丈夫みたい。今のところ、頭痛は起きてないわ。」
 美希の言葉に涙があふれそうになって、せつなはわざと、怒ったように顔をそむけた。
「もうっ!あんな言い方・・・びっくりするじゃないの。」
(そう言えば・・・いつも強がりばっかり言ってた気がするわね、せつなって。)
 美希はそう思いながら、彼女の手に、やさしく自分の手を重ねる。
「ごめんね。まだ、思い出せていないことの方が多いの。でも、ゆっくりでもちゃんと思い出すわ。だからもう少しだけ、待ってて。」
「わかったわ。」
 感極まった表情を隠しきれずに頷くせつなに、美希はいつもの調子で、パチリと片目をつぶった。
「アタシ、精一杯がんばるわ!」
「もう、美希。それ、私の台詞。」
 二人の少女は、いつかの彼女たちのように、互いを見つめて、晴れ晴れと笑った。

「美希たーん。次、美希たんの番だよぉ!」
 ラブの呼ぶ声に、ハーイ、と答えて、美希がレーンに向かう。
(それにしても、最初に思い出したことがタコって・・・全く、どういうこと?)
 その後ろ姿を見ながら、せつなが心の中でつぶやいたとき、美希の再びのストライクに、ラブと祈里が歓声を上げた。
 せつなはクスリと笑って、自分の赤いボールを手に取り、仲間たちの元へと向かった。

~完~
最終更新:2013年02月16日 22:28