【世界中の誰よりもスペシャルな君へ】/恵千果◆EeRc0idolE




1.ラブ

 今日は日曜日。しかも特別な日曜日。
 ラブはオーブンの前で待機中。

「3・2・1。出来たー!」

 チン!という音がするやいなや、ラブは蓋を開け、中から熱々のものを取り出す。
 火傷しないように気をつけながら、粗熱をとるために網の上に載せてゆく。
 まだ熱々のそれらから漂う香ばしい匂い。焼き加減も申し分ない。
 んー美味しそう。これならきっと、幸せゲットできそう!心の中でそう呟いてラブはにんまりした。

「焼けたの?ラブ」

 洗濯を終えたあゆみが近づいてくる。

「うん!見て見て上出来!」

「ホントね~。これなら売ってるのにもヒケを取らないわ。誰にあげるの?」

「な・い・しょ!」

「ま!勿体つけないで教えなさい。お母さん誰にも言わないから」

 思わず言いそうになるのをグッと堪え、ラブは話をそらす。

「そんなことより、お母さん買い物は?お父さんにあげるの買いに行くんじゃなかったの?」

「あ!いっけない。行って来なきゃ。そういえばせっちゃんは?」

「買い物に行ってるよ。お母さんと同じ目的じゃないのかな」

「そう。お父さんきっと喜ぶわね。夕飯はお父さんにリクエストされたメニューでいいでしょ?」

「うん。何作るの?中華?」

「そうよ。お父さん中華大好きだから。じゃあ行って来ます」

「行ってらっしゃい!気をつけてね!」

 玄関であゆみを見送ると、ラブはキッチンへと戻る。
 お次はラッピングの準備。冷ましてる間にメッセージカードも書いて……と。ああ忙しい。だけどそれが、たまらなく楽しくもあって。
 贈る相手の喜ぶ顔を想像しながら幸せな気持ちになり、ラブは黙々と作業を続けた。



2.せつな

 クローバータウンの様々なお店が建ち並ぶ商店街。買い物を終えたせつなは、リンクルンを取り出し、一番始めに登録された番号に電話をかける。

「あらせつな、どうしたの?」

「美希、今話してて大丈夫?」

「ええ。ブッキーとは夕方デートだから。で、どうしたの?」

「ちょっと教えてほしくて……バレンタインのこと」
 せつなは、金曜日と土曜日の出来事を美希に話した。
 金曜日、由美たちから「ちょっと早いけど、バレンタインデーが日曜日だから」と言われ、友チョコを渡されたこと。バレンタインデーを知らなかったこと。
 土曜日、お母さんからバレンタインデーについて聞いたこと。本来は、大好きな男の人にチョコレートをプレゼントして愛を告白する日だけど、最近は女の子同士でチョコをプレゼントし合うのが流行っていること。
 せつなの話を一通り聞くと、美希は聞き返す。

「それで?せつなはアタシに何を聞きたいワケ?」

「あの……わたし、ラブにチョコレートを渡したいなあって思うんだけど……ヘンかしら」

「どうして?アタシだってブッキーに渡すわよ」

「だから……その……先輩として聞きたいのよ」

「ああわかった。ラブに告白したいのね?」

 せつなの頬はみるみるうちに朱色に染まる。

「まあ、そうなんだけど……」

「あんたたち見てると焦れったくて。
 出会ってもうすぐ一年になるのに、おまけにひとつ屋根の下に暮らしてていまだに何もないだなんて奥手もいいとこ。
 早くくっつけばいいのにってブッキーも言ってたわよ?」

「みっ、美希みたいに手が早くないだけよ!」

「言うわねせつなも……まあいっか。それで?どんな風に告白したいの?」

「それがわからないから貴女に相談してるのに……」

「そりゃそうか。うーん……そうね。ラブは単純だから、せつなの正直な気持ちをありのまま伝えるのが一番いいんじゃない?回りくどいのはやめた方がいいかも」

「正直な気持ちを……ありのままに……。うん!ありがとう美希!」

 せつなは通話を切り、走り出す。桃園家へと。ラブのもとへと。



3.美希と祈里

「ちょっ、せつな!?」

 せつなからの電話は、すでに切れていた。

 ったく、せつなもラブとたいして変わらないわね。お互い走り出したら止まらない性格、お似合いよ。あーあ、アタシも早くブッキーに会いたいなあ……。
 祈里の代わりにクッションを抱きしめ、ベッドに横たわる美希。
 そこへ、ダダダダッと階段を駆け上がる音。
 ばたーん!!勢い余って開くドア。

「ハア……ハア……美希、ちゃん……お待たせ……」
 弾む息が整うのも待てずに言葉を紡ぐ少女は、後ろ手にドアを閉めるとドアの近くに紙バッグを置いた。
 美希へと近づいてくる彼女は、フリルのレースが可憐な黄色いワンピースを身につけている。

「ブッキー!病院はもういいの?」

 驚いた美希が身体を起こす。

「うん……急患のコの容態が落ち着いたから。それに……早く会いたくて」

 言い終わると同時にベッドにいる美希にダイブする祈里を、受け止めきれずに倒れ込む美希。そのまま二人は横たわったまま、見つめ合う。

「もうブッキーったら……けど、アタシも会いたかった……」

「嬉しい、美希ちゃん……」

「――――そのワンピース」

「うん。昨日届いたの。すごく気に入ったよ!ありがとう、美希ちゃん」

 バレンタインのプレゼントにと、美希が知り合いのスタイリストに頼んで買ったものだった。

「予想通り完璧に似合うわね!」

 祈里を力いっぱい抱きしめる美希と、そんな美希を力を込めて抱きしめ返す祈里。

「あ、大事なこと忘れてた」

 そう言って祈里が起き上がり、ドアのそばに置いた紙バッグを取り、美希に差し出した。

「気に入ってもらえたら嬉しいんだけど……わたしからのプレゼント」

 中からはふたつの包み。ひとつはチョコレート。もうひとつは――――蒼い猫のブローチ。

「ラピスラズリよ。幸せを呼びこむって謂われがある宝石なんですって」

「嬉しい……スッゴク嬉しい!ありがとうブッキー」

「わたしこそ……」

 自らがかもしだす甘い空気に包まれて、距離を縮めていくふたり。お互いの瞳の中に映り込んだ自分が見えて、少し照れながらキスをかわした。
 それは、チョコレートよりも甘い甘い、甘いキス。



4.ラブとせつな

「ラブーーーッ」

 ただいまも言わずに家に飛び込み、ラブを捜すせつな。
 ラブはキッチンにいた。プレゼントの準備はすっかり整っている。

「あ、おかえりせつな。お母さんに会わなかった?」

「え?ううん、会ってないけど……」

「じゃあ置き手紙して行こう」

 ラブは小さな紙にあゆみへのメッセージを書く。

『お母さんへ。ちょっとせつなと出掛けてくるね。夕方には帰ります。中華作るの手伝うよ!』

「よしっと。じゃあ行こうか」

「え?どこに行くの?」

「バレンタインプレゼントを渡しに!」

 告白のタイミングを完全に失ったせつなは、仕方なくラブについていくことにした。

 渡すのは、ラブ特製、てのひらサイズのチョコタルト。
 まずラブの部屋にいたタルトに。シフォンにも。

「いつもありがとねタルト!はいこれバレンタインだよ。ラブさん特製、タルトとおんなじ名前のチョコタルトっていうお菓子だよ」

「わいとおんなじ名前のお菓子かあ。ピーチはん、おおきに!めっちゃ美味しいでえ!」
「キュアキュアー!」

 由美、ミユキさん、カオルちゃんにも渡しに行くと聞き、せつなはアカルンを取り出す。早く終わらせて、ラブに話がしたかった。
 皆はとても喜んでくれた。

「ラブ、あとは?」

「美希たんとブッキーだよ」

「美希とブッキーなら、夕方デートだって言ってたわ」

「じゃあレミさんに渡しておこう」

 ふたりが美容院に入ると、レミが迎えてくれる。

「あら、いらっしゃい。美希と祈里ちゃんなら上よ」

「あ、いいんです。これ、後でブッキーが帰る時にでも渡しておいて下さい」

 上がるようにすすめてくれるレミに、ラブはふたつのチョコタルトを手渡し、店を後にした。

「きっと今頃いちゃついてるよ」

「そうね。ねぇラブ、まだあとひとつ残ってるけど……お父さんの?」

「まあね……さ、帰ろうか」

「その前に……今度はわたしに付き合ってくれない?」

 せつなはアカルンを起動し、自分とラブを天使像の前に移動させた。

「せつな?」

 さっきから無言のままのせつなに、ラブが声をかけるが、反応はない。

「…………」

 何か言おうとするが、せつなは声が出なかった。駄目だ。いざとなったら頭が真っ白になって、言葉が全然出てこない。

 何も言えなくなってしまったせつなに、助け舟を出すようにラブが切り出した。

「――――ホントはね、夕御飯を食べたあとに、部屋で渡そうと思ってたんだけど」

 最後に残ったチョコタルトを、そっとせつなに差し
出す。

「これ、お父さんのじゃ……?」

「お父さんのは家に置いてあるよ。これはせつなのために焼いたの。見て」

 タルトを受け取ったせつなが透明なセロファン越しに見たものは、焦げ茶色のチョコタルトに白いサインチョコで書かれた『せつな大好き』の文字。

「やだラブったら……わたしが先に言うつもりだったのに……」

 笑いながら言うせつなの瞳に涙が盛り上げり、頬を伝う。

「せつな、あたしまだ何も言ってないからね。先に言っていいんだよ?」

 ラブがくれた勇気を胸に、今ようやくせつなは想いを伝える。もう隠せないくらいに溢れ出した、ありったけの想いを。

「わたし……初めて会った時、恋をしたの。ラブ……貴女に。
 あれから随分いろんなことがあったわね。だけど、この気持ちだけは少しも変わらなかった。ううん、どんどん大きく、強くなっていく。
 ラブ……貴女が好きです。世界中の誰よりも。これからも、ずっと一緒にいたい」

「――――はい」

「それって……」

「オッケーってこと!!」

 ラブはせつなに駆け寄り、抱きしめる。

「ちょっとラブ!タルトが崩れちゃうわ!」

「わはー!ごめんごめん、あんまり嬉しくってさ、つい」

 ラブがいったん離れると、せつなはタルトをベンチに置き、改めてラブのそばに行く。

「これからも……よろしくお願いします」

「こちらこそ。家族でもない、友達でもない、せつなはあたしにとって特別な――――大切な恋人だからね」

 抱きしめ合う。今まで何度したのかわからない。だけど、恋人同士になってから初めての、抱擁。
 早鐘のような自分の心臓の音を感じながら、互いを見つめ合う。
 やがて、せつなはラブの、ラブはせつなの唇へと視線が移り……。ほんのり色づきまるで濡れているような唇は、少しだけ開いて互いをいざなう。
 すいこまれそう……せつながそう想った瞬間。

 ラブの唇が触れた。

 確かにその時、世界は動きを止めた。

 ぎこちなくて、粗っぽくて、どうしようもなく子供っぽいくちづけ。
 これからも幾度となくキスをするだろう。もっと大人っぽいキスもするだろう。
 だけど、この初めてのキスをふたりは忘れない。それは、特別な日の、特別な人との、初めての特別なキスだから。
最終更新:2013年02月16日 21:11