【逝く夏とともに】/恵千果◆EeRc0idolE




 夏休み最後の日曜日、せつなとラブは、美希とともに祈里の家にお呼ばれしていた。

「ヤッホー、ブッキー」
「お邪魔しまーす」
「ブッキー、こんにちは」

「いらっしゃい!」

 笑顔の祈里が、元気いっぱいに出迎えた。
 身につけているのは、彼女をいちばん美しく見せる色。
 爽やかなライムグリーンのブラウスに、レースをあしらったクリームイエローのミニスカートを合わせていた。
 その装いはまるで、駆け抜けようとしている夏を惜しむ花の精のような、そんな儚さをたたえている。
 彼女は今日、みんなを精一杯もてなそうと張り切っていた。
 昨日から父や母を手伝い、余念なく準備をしていたのだ。

 みんな、喜んでくれるかな?ふふっ。
 みんなの驚いた顔を思い浮かべると、自然と浮足立ってくる。
 今にもはしゃぎ出しそうな祈里を見て、お客の3人は口々に言う。

「ブッキー、今日の服とっても可愛いね!」
「ほんとね」
「おめかしして、スキップまでしちゃって、何かいいことでもあった?」
「いやだなー、何にもないよ。ただ皆と楽しく過ごしたいだけだってば」

 話しながら4人が辿り着いたのは、山吹家の裏庭。
 その真ん中に鎮座しているのは、若草色の装置だ。それを初めて見たせつなには、ミニサイズの滑り台に見える。

「キャー!やったー!」
「おじ様の手作り、久しぶりね!」

 その装置を見たラブと美希は、喜びの悲鳴をあげている。
 わけがわからずポカンとしているせつなの背中を、祈里がそっと押した。

「せつなちゃん、こっちこっち」

 促されるままに装置に近づく。
 縦に割った竹を幾つか組み合わせ、傾斜をつけている。
 一番下にはザルの乗ったバケツが置かれていた。

「これは……なあに?」

 尋ねるせつなに、祈里はウインクを返した。

「見てて。始まるよ!」

 竹の滑り台の一番高いところから、祈里の母・尚子が何か白いものを置いた。
 水が白い塊を押し流していく。
 いつの間にか箸と器を持ったラブと美希が、争うように奪い合う。

「アタシの勝ちぃ!」
「ズルイよ美希たん!」
「まあまあラブちゃん、まだまだ沢山流すわよ」

 尚子が笑う。美希も、ラブも笑う。それを見て、せつなも笑った。
 そんなせつなに箸と器を渡しながら、祈里が教えてくれる。

「流し素麺、っていうんだよ。子供の頃、夏になるとよくここでしてたの」
「お素麺を流しているだけなのに、何だかすごく楽しいのね」

 微笑むせつなの視線の先には、素麺バトルを繰り広げるラブと美希の姿。

「また美希たん!もおおっ!あたしも食べたいのにー!」
「悔しかったら取ってみなさい」
「むー!次こそ負けないよ!トリャー!」

 ラブの箸先が素麺を捕らえようとした瞬間、真っ赤な塗り箸につかまれた素麺が宙を舞った。


「わたしの勝ちね」


 口の端だけを引き上げて笑うせつなに、その場の者たちは気圧されたように静まり返る。
 一瞬見せた婀娜っぽい微笑は、どことなく銀髪だった頃の面影にも似て。


「ず、ズルイよせつなー!!」

 ラブの叫びなどものともせず、せつなは素麺をもぐもぐと頬張ると、ニッコリと微笑んだ。

「おいし!」


 そこからは、皆で笑いながら沢山食べた。
 ラブと美希は子供の頃と同じ笑顔で、せつなは心から楽しそうに。

 祈里は感謝した。皆でこうして楽しい時を過ごせることに……このありふれた幸せに。

 ――――ありがとう。
最終更新:2013年02月16日 21:08