【二羽の小鳥】/恵千果◆EeRc0idolE




 祈里の細い指が、あたしの髪に触れている。その触れかたは、どこか優しく、どこかたどたどしく、そして艶めかしい。
 まるで文字でも書くように、まるで何かをなぞるように、彼女の指があたしの長い髪を梳いてゆく。
 あの朝と同じく、触れられている部分からびりびりと何かが伝わってきて、途端にあたしは動けなくなる。
 鼓動は早くなり、上手く息ができない。指ひとつ、思うように動かせずにいる。
 あたしは小鳥だった。呪文をかけられて翔ぶことを忘れた、無力な小鳥。
 祈里がかけた呪文は、あたしの髪を伝って心臓に直接突き刺さる。それは、幾つもの鋭い薔薇の刺。
 動けないかわりに聞いてみる。声は震え、掠れていたが、懸命に発する。


「……どうして?」


 何故こんなことをするの? あたしをからかっているの? そう聞きたかったけど、それだけ言うのがやっとだった。


「……どうしても」


 祈里の答えはたった一言。それだけ。でも、その低く響く一言だけであたしにはわかってしまった。
 彼女もまた、小鳥。あたしが祈里を欲しがって鳴いているのと同じように、あたしを欲しがって震えている。こんなにも無垢で小さな、愛らしい生き物。
 どれくらいそうしていたのか。いつの間にか身体に自由が戻っていた。
 立ち上がり、力の入るようになった腕で祈里の手を強く握り、両の脚で地面を蹴り上げ、ずんずん歩き出す。彼女は抗おうともせず、従うようにただ側を歩いた。
 あたしは黙ったまま祈里の手を引いて、家へと向かった。不在の母がこんなにもありがたいと思ったのは初めてだった。ごめんなさい、ママ。




 速足で、黙々と歩く。何も話さないのに、こんなにも相手がわかってしまう時があるのか。わかりすぎるほどに。
 そのくらい、あたし達は貪欲にお互いを欲していた。
 部屋に入り、後ろ手にドアを閉める。繋いだ手が汗で湿ってやけにべたついている。なのに、離したくない。
 すぐそばに、あたしより背の低い女の子。息の届く距離を見下ろして、あたしは安堵した。見上げる彼女の瞳に、ちょっぴり怯えの色が見えたから。
 抱き締めてみて、もっとわかる。安心する。震えているのはあたしだけじゃなかったから。
 心臓はさっきよりもどくどくと血液を送り出している。やめてよ。そんなにうるさく打ち鳴らしていたら聞こえてしまう。
 あたしの心臓、そんなにがんばって一体あたしのどこに血液を送るっていうの。胸が痛い痛い痛いこんなにも胸が。
 きらり。祈里の唇を彩るグロスが、ほんの一瞬光を放った。まるでそれが合図だったように、どちらからともなく、たぐり寄せられるようにお互いを近づけ、唇を重ね合う。
 いつも夢見ていた。この人と口づけることを。どこかにいるはずの、あたしの半身。それが、ああ、あなただったらいいのに。
 幼い頃からの、たわいもない夢想。まさか現実になるだなんて予想もしないままに。
 夢にあらわれては、あたしを翻弄していた彼女が、今この瞬間、現実となって目の前に舞い降りて来たようで……。
 でも、これは紛れもない現実。胸の奥が嬉しさに締めつけられる。
 口づけたままもつれあいながら、あたし達はベッドに倒れ込んだ。
 祈里の唇と舌は、熱くて柔らかい。お互いに初めてのはずなのに、明らかに何かを心得ている。
 あたしの下唇を食み、撫でながら侵入する彼女の舌。それをあたしはいとも簡単に許した。口づけの熱に、その甘やかな感覚に、こじ開けられて。
 深い深いキスの途中、彼女はあたしの舌を追いかけ、からめ捕り、なかなか離してはくれない。
 息をするのを忘れそうになった頃、ようやく離してくれたかと思うと、そのまま右の耳たぶを、ぱくりと甘噛みし、ぺろりと舐め上げた。


「んんっ……!」
「ここ、いいんだ……。じゃあ、これは?」


 熱いかたまりは、耳たぶだけじゃなく、穴のまわりや中までも深くえぐっていく。
 容赦のない愛撫に、あたしの全身はひたすら素直になった。喘ぎ声がもれる。もっと、もっとって求めているみたいないやらしいその声。恥ずかしいのに我慢できない。止められない。
 上から3つ目まで、いつのまにか外されたボタン。外されないままのブラを飾り立てるレースの縁取り。その隙間から無遠慮に入り込み、撫でるようにあたしの肌を這いまわる、彼女の細い指。
 その感触を味わっていたあたしの隙を突くように、突然に頂きを摘み上げると、一心不乱に固く尖らせてゆく。
 声を噛み殺す余裕などなかった。


「ああっ……っく……あんっ……」


「美希ちゃん……ねぇ、すごく綺麗。こんな綺麗な美希ちゃん、初めて。もっと見せて。もっと……。
 誰かに見せびらかしたい。でも絶対に誰にも見せたくない。あなたは、わたしだけの……」


 愛撫のさなか、捧げられた切れ切れの言葉。
 はっきりとは覚えていないけど、それはいつものポーカーフェイスな祈里からは微塵も感じられないような真摯なもの。 祈里は本当にあたしを欲しいんだ。
 そうわかった時、あたしにはもう抵抗するつもりも、する力も残されていなかった。もう片方の手が、スカートを捲り上げて下着の中に忍び込んできても……。




「美希ちゃんのここ、すごく綺麗よ……」
「そんなとこ舐めちゃ……やあっ!あっ!い、のり……」
「だめ。脚閉じないで。全部見せて。……そう、そうよ、いい子ね美希ちゃん。とってもいい子よ……」




 祈里の指は、細いのに獰猛で、巧みだった。あたしを潤し、導き、幾度となくつらぬいた。
 初めてだったのにあんなに声を出して……。後から思い出すとひたすら恥ずかくなる。
 ひとしきり落ち着いた後にようやく、自分ひとりが何度も果てたことを思い出し、頬が熱くなる。死んじゃうかと思った。


「あたしばっかり……ごめん」
「いいの。わたしが美希ちゃんにしたかったの」
「でも、次はあたしが……」 
「考えとく」


 悪戯っ子のように笑む彼女に、あたしは今まで伝えられなかった思いをありったけぶちまける。
 いつ頃から好きになっただとか、もうひとりの幼なじみとばかり仲良くする姿を見て、妬ましくてこっそり泣いていたこととか。
 睦言を並べるあたしの話を、微笑みながら聞いてくれる彼女の視線の先には、やっぱりあたしがいて。
 彼女の指は、ずいぶん長い間あたしの髪を梳き続けていた。あたしの話が終わった後も。
 満足そうなその瞳の中に、いつまでもあたしを映していたい。今も、そしてこの先も。
 油断している祈里に、素早く口づけた。きょとん、とした顔が可愛い。大きくて丸い目を、よりいっそう見開いて。


「美希ちゃん?」
「あたしを……離さないでね」


 答えるかわりに祈里がくれたのは、さっきよりもずっとずっと激しい、ご褒美という名のお仕置きの数々だった。
 睦み合うまでは確かに小鳥だったのに、今や彼女は猛々しい猛禽類のよう。
 でも、それでいいの。彼女の鋭い爪とくちばしは、あたしを捕えて離さないためにあるのだから。
最終更新:2013年02月16日 20:04