【変革の予感】/恵千果◆EeRc0idolE
幼なじみって、つくづく微妙な関係だと思う。
なにしろ三人の母親同士が友人関係で家が近かったために、産まれた時からほぼ一緒にいた。
保育園に入る前の幼い時期から小学生を卒業するまでの、十二年という長期間を共に過ごした戦友のような三人姉妹のような……。
慣れ親しんだ強い繋がりがあるから、喧嘩をしても引き際というものをお互いに知り尽くしている。わたし達にとっては仲直りすら、元通りの日常に戻るための通過儀礼に過ぎなかった。
実際のところ血の繋がりはないのだし、相手の心までは読めないしわかるはずはない。彼女が幼い頃から何を思い、誰を求めているのかを知るのは、わたし達が中学生になった後だった。
二人の幼なじみ達とは、何の因果かそれぞれ別の中学に進学した。希望する進路に沿った決定であったし、学校が離れることを心から危惧する者はいなかった。
しかし、中学生になるとさすがに新しい友達が増えた。今までよりも少しだけ大きな海に出たようなものだ。否応なしに付き合いを拡げざるを得ない。
それが、彼女――――美希ちゃんから見ると面白くなかったようで、中学一年の夏休みが終わる頃には少しだけよそよそしくなっていた。
もうひとりの幼なじみであるラブちゃんには強い適応力があり、誰とでも仲良くなれるという善い性質があるから、あまり心配はしていなかった。
問題は美希ちゃんだ。彼女は中学ではそつなく過ごしているが、実際には心を許せる友人はいないようだ。それも、わざとそうしている節がある。
わたし達幼なじみに遠慮してそうしているのか、それともまったく別の理由からか……そこはわからなかった。
最近、わたしが美希ちゃんに触れると、異様に驚き顔を赤らめるのが気にかかる。
思春期特有の反応なのだろうか。しかし、ラブちゃんに接している時の美希ちゃんにはそんな様子はない。
熱っぽい視線をわたしに向けてくるかと思うと、すぐに視線をそらす。気づかれないようにと、無意識にそうしているのだろう。
だが、無意識の行為が逆に強い印象を与える結果を生んでいることに、皮肉にも彼女は気づかない。
どうもわたしに恋をしていると考えた方が自然なのだ。
わたしとしてもこそばゆい気持ちではあったが、幼なじみという立場から特別な位置に昇格したような、そんな嬉しさを感じてもいた。
そんな感情を楽しむために、最近ではわざと彼女に触れたりすることもしばしば増えていた。
もちろん、からかいの気持ちだけではない何かが、わたしの感情を揺さぶっていたことは確かだった。
明らかな恋意を隠し持ちながらも、決してそれを明かそうとしない大好きな幼なじみとの関わりは、いつしか自分の中で大きなうねりとなって変化していく。
彼女に対する感情は、いつしか誰にも言えない後ろ暗いものに変わっていった。
すぐに視線をそらす彼女に、そらさずにわたしを見つめ続けて欲しい。彼女の口から、わたしを求めさせたい――――そんな気持ちに、逆に捕われていたのだろう。気づけば、彼女を見つめたい、自分だけのものにしたいという欲求を持つようになっていた。
朝、いつもの道を通り、公園へ出た。案の定、美希ちゃんに出逢う。美希ちゃんはわたしに逢いたいがために、わざわざ遠回りをしてこの道を通っているからだ。
彼女は決して認めないだろうからあえて聞かないけれど、この道を使わない方が彼女の中学には近いのだから聞くまでもなかった。
何気ない風を装って、美希ちゃんの髪に触れる。彼女は動揺していたが、わたしは内心喜びを隠すのに苦労していた。
激しくなる動悸。抑えようとすればするほど膨れ上がる欲求。彼女の髪に触れ続けていたい、それ以上のことも……。
蒼くさらさらとした髪の滑らかな指ざわりに、わたしはかなり酔っていた。
むずかる赤子のような欲望を頭の隅にようやく押しやる。そんな自分を取り繕うように、美希ちゃんの紅顔を指摘してやるとむくれた顔で否定する。そんな顔も可愛くてたまらなかった。
放課後の約束を取り付けて、学校に向かう。脚どりが自然と軽くなる。
予感があった。何かが変わる予感。髪に触れたくなったらいつでも触れられる関係に、美希ちゃんとはなれる。きっとなる。そんな予感。
16時きっかりに美希ちゃんはやって来た。
わたしが先に来ていたから待たせたと思ったのか、慌てて駆け出す。
そんなに急がなくたって、わたしは何処へも行かないのに。思わずくすっと笑いがもれてしまい、それを美希ちゃんが耳ざとく見つけて、またむくれた。犬みたいだ。だから好きなのかな?
犬と一緒にしたなんて知ったら、美希ちゃんはきっともっと怒る。絶対に言えないけど。
美希ちゃんの髪の美しさは、朝とほとんど変わらない。どこかで梳かしてきたのだろうか。おくびにも出さないけれど。 わたしに逢うために入念に髪を梳いている……そんな彼女を想像すると、やけに顔が熱くなった。
そんなことばかり考えていたら、気がついたら美希ちゃんの髪に触れていた。
美希ちゃんが硬直しているのをいいことに、ひたすら髪を撫で手触りを楽しんだ。美希ちゃんは掠れた声で、どうして、と言った。だから、どうしても、と返した。
そこから先は言葉は要らなかった。ふたりで美希ちゃんの部屋に行き、わたしは見事に予感を的中させたのだ。
身体を繋いでわかったことがたくさんあった。美希ちゃんは小学生の終わりかけには、すでにわたしが好きだったことや、ラブちゃんにすら妬きもちを妬くこと。他にもいっぱい。
そんなことを聞かされてかなり嬉しかったが、もちろんそんなことは彼女には言わない。
言葉のかわりに、美希ちゃんの喜ぶことをたくさんしてあげた。
わたしは今日も彼女の髪に触れている。ラブちゃんが、ブッキー最近いつも美希たんの髪さわるよねー、って言うから、余計に触れたくなる。
美希ちゃんは顔を赤くしたり青くしたり忙しい。そんな美希ちゃんを尻目に、くるくると指で髪を弄ぶ。
そんなわたし達を見て、ラブちゃんが、あたしも、と近づいてきた。
だーめ、とシャットアウトしたわたしに、どうしてー?、と引き下がらないラブちゃん。そんな駄々っ子のような彼女に、どうしても、と一言で返す。
美希ちゃんの髪に触れていいのは、わたしだけ。そしてそれは、髪だけじゃなかったのだけれど。
そうよね美希ちゃん?視線だけで聞いてみる。そうだって答えてくれるはず。信じてる。けど、少しだけ不安。
軽く頷く彼女の仕草に、また心が鷲掴みにされていく。答えは、やっぱりイエスだった。
最終更新:2013年02月16日 19:57