「一日の終わりに」/◆BVjx9JFTno




電車の振動が心地良い。

夕方のやわらかな日が、
車内を照らしている。

ラブは長時間の着せ替えで疲れたのか、
席に座るなり、眠り始めた。

後ろ向きに船をこいでいるため、
窓ガラスに後頭部をぶつけ続けている。

私と美希、ブッキーはそれを見て
声を殺しながら笑う。

我慢すればするほど、おかしさは倍増し、
私たちは涙をため、肩を叩き合いながら
声を出さずに笑い転げた。

ひとしきり笑った後、屈託なく笑えるように
なった自分に、少し驚いた。





闘いの中で向き合った、
私の、ほんとうの気持ち。

幸せに、なりたい。
笑顔に、なりたい。

この時、私は管理国家ラビリンスの
民であることを、捨てた。

契約が切られるかのように、私の命は
ラビリンスから切り離された。


帰る場所を失い、生きる方法さえ
解らなかった私は、彼女たちから教わった。

美希からは、
私がひとりっきりじゃないこと。

ブッキーからは、
私が笑顔になれること。

そして、ラブからは、
私が幸せになっていいこと。


つらい痛みがあった。

閉ざした心。
張り裂けそうな思い。
失う悲しみ。

でも、今のラブ、美希、ブッキーに
出会えるためだったと思えば、
それですら良い思い出に変わる。

つらい思いは、幸せに変わる。






ラブが着ている洋服は、
みんなで選んだもの。

膝丈ほどの、カットソーワンピース。
下に合わせたペチワンピースのフリルが
すそから覗いている。

髪留めに小さな花飾りを加える。
大きめのビーズネックレス。
可愛い柄のヒール。

洋服探しは、長丁場になった。

もちろん、それは途中に寄った
アイスクリームショップとフードコートで、
本題からそれた話題で延々と盛り上がる
楽しい時間も含んでいる。


試着室にラブを押し込み、次から次へと
組みあわせを変えては試着させた。

試着開始からの時間が2時間に
なろうかというころ、試着室から出てきた
ラブを見て、全員が感嘆の声をあげた。

ラブも照れてはいるが、
まんざらでもない様子。



記念に、プリクラを撮った。
カメラを前にして、おしゃれっぽく
ちょっとすましてみる。

ブッキーが私の左腕にしがみつく。
美希が肩に手を回す。
ラブが美希の向こう側から顔を寄せる。

4人で、ぎゅうっと顔を寄せる形になった。
触れている部分がくすぐったくて、つい笑ってしまった。

出てきた写真は、みんな
とびきりの笑顔。

おすましより、ずっといい。



写真を見ながら、少し眠ったようだ。

私の頭が、美希の腕に寄りかかっている。
私の肩には、ブッキーの頭がもたれかかっている。

触れている場所、触れられている場所。
とても暖かく、心が満たされる。


車内アナウンス。
降りる駅は、もう少し先だ。


私はこの感触を失うのが
もったいなくて、このまま
眠気と闘うことにした。
最終更新:2013年02月16日 19:54