【今までも これからも】/恵千果◆EeRc0idolE
今日はひな祭り。美希ちゃんとわたしは、ラブちゃん家のひな祭りパーティーにご招待されている。
美希ちゃんとは、パーティーより少し早めに待ち合わせた。
「美希ちゃんいらっしゃい」
「ちょっと早過ぎちゃった?」
「大丈夫だよ。見てもらいたいものもあったし」
「なあに?」
「ふふ。まあ入って」
「お邪魔しまーす」
わたしの部屋のドアを開けると、丁寧に飾り付けられた雛人形が見えた。
「わあああ……ブッキーん家のお雛様、懐かしい……」
美希ちゃんが感嘆の声をあげる。少し紅潮した頬で、瞳をきらきらさせた美希ちゃんは、同性のわたしから見ても、とっても綺麗。
「良かった、喜んでもらえたみたいで。美希ちゃんに見て欲しかったの」
「小さい頃はよく皆でひな祭りをしたわよね」
「うん――――ホント懐かしいね。和ちゃんもついて来てた」
「そうそう。女の子のお祭りだからって言っても聞かないのよね。皆で散らし寿司食べて、雛あられも食べて」
「よく皆でお雛様ごっこもしたよね」
「そうそう、誰がお雛様役をするかで揉めたりね」
「仕方ないから三人官女におさまるのよね」
「ふふ。そんなこともあった……。ブッキーん家のお雛様は豪華で、何段もあって羨ましかったなー」
ひとしきり話して、美希ちゃんの視線がどこか遠くなる。
遠くて近い過去に想いを馳せているのがわかり、そんな美希ちゃんを、わたしは黙って見つめた。
あの頃のわたしには、お雛様を前にいつも夢想していたことがあった。
お雛様になりたい。
素敵なお内裏様に守られて、幸せそうに微笑むお雛様と、その横で凛々しく佇むお内裏様。
お雛様に自分を、お内裏様に素敵な幼なじみの面影を重ね、ひとり満足するわたし。
美希ちゃんがわたしのお内裏様だったらな。
毎年同じ空想を続け、気づけば14歳を過ぎていた。
わたしはあの頃から何も変わっていない。
美希ちゃん、大好きだよ。わたしだけのお内裏様。
わたしはこの想いを毎年お雛様とともに封じ込めてきた。
たぶん、今年も。
「さあ、そろそろラブちゃん家に行かないと」
「そうね。――――ブッキー」
「ん?」
「アタシ、毎年思ってたことがあるの」
「なあに?」
「ブッキーってお雛様に似てる」
「そ、そうかな?どんなところが?」
「何も言ってくれないところ……かな」
美希ちゃんは、わたしの気持ちに気づいてるの?
わたしの想いを口にして欲しがってるっていうの……?
「何もって……わたし……」
美希ちゃんの気持ちがわからない。わたし、どうしたらいいんだろう。
「アタシ、子供の時からずっとお雛様になりたかったの」
「――――美希ちゃんも?」
こくり。美希ちゃんは頷く。
「でも、いいわよ。ブッキーになら譲ってもいい。お雛様の座」
胸がざわめいた。春風が吹き抜けていく。
「わたしがお雛様なら、美希ちゃんは……?」
「もちろんお内裏様よ。理由は……言わせないでよ」
美希ちゃんは真っ赤っ赤だ。ポーカーフェイスを装って、実は誰よりも恥ずかしがり屋さん。
そんな彼女がたまらなく愛しくて、わたしは黙って美希ちゃんにしがみついた。
「ブッキー、返事がまだよ。わたしだけのお雛様になる?ならない?」
「……じゃない」
「え?よく聞こえなかった。もう一回言ってよ」
「……なるに決まってるじゃない!」
恥ずかしさを隠すように、もっと強くしがみついた。
そんなわたしを、美希ちゃんは優しく抱きしめてくれる。
胸がドキドキして、苦しい。この時間がたまらなく嬉しい。
この気持ち、もう隠さなくていいんだね。
ゼロ距離で美希ちゃんを見上げる。今までこんなに近くにいたのに、こんなに近づいたのは初めてだった。
美希ちゃんの唇が近づいてくる。胸を打つドキドキが、早鐘のようにスピードを上げた。
あと少しで触れ合える、その瞬間。リンクルンが鳴った。
「きっとラブよ。まったく……」
苦笑する美希ちゃん。
「おあずけだね」
わたしは恥ずかしくて美希ちゃんの顔がまともに見れないから、やっぱりまた、ギュウッとしがみつく。
「あ、ラブ?うん、ちょっとブッキーん家で寄り道。……わかってる。うん、すぐいくから。……はいはい、もう!あ、せつなによろしく」
美希ちゃんが切ろうとする電話の向こうで、ラブちゃんがヒューヒューって言ってた気がした。
今年のひな祭りも、いつもと同じだと思ってた。
だけど、違ってた。
わたしのそばにいてくれる愛しい人。今までも、そしてこれから先も。ずっとずっと。
わたしは勇気を奮って彼女の耳元で囁いた。
「美希ちゃんは、わたしだけのお内裏様……大好きだよ」
美希ちゃんの顔が耳まで赤くなった。
最終更新:2013年02月16日 19:47