【片恋】/恵千果◆EeRc0idolE




いつ頃からだろう、彼女を目で追うようになったのは。


ふんわりした髪、柔和な笑顔、優しい話し方。
どれもがとても可愛らしくて、
意識しなくても気づけば目が追っている。


大好き。面と向かって言ったら、どんな顔するだろ。
ビックリするかな。それとも…。
いつか、言える日が来るのかな。



「なあに?美希ちゃん、わたしの顔に何かついてる?」
祈里に話しかけられ、アタシは少しうろたえた。


ここは、カオルちゃんのドーナツショップ。
アタシと祈里は、学校帰りにここで落ち合い、
お茶をするのが最近の日課になっていた。


「なんでもナイナイ!ちょっとボーっとしちゃっただけ。アハハ…」
アタシは半分無理やりに笑う。
貴女に見とれてたなんて、言えるわけないじゃない。


「…そか」
ん?
祈里の表情が少し曇った気がしたのは、
アタシの気のせいだろうか?


「ねぇ、これ覚えてる?」
気を取り直すようにそう言いながら祈里が見せたのは、
黄色い犬のキーホルダー。
古いものなのだろうか、全体的に黒っぽくなってしまっている。


「うわ、可愛いけど結構使い込んでるね。年代物って感じ。
 そのキーホルダーがどうかしたの?」


「…やっぱり覚えてないんだ」


そうつぶやく祈里の目にみるみるうちに涙が浮かび、
泣き顔を見せまいとするように、鞄で顔を隠しながら祈里が立ち上がる。


「ま、待って!ブッキー何で泣いてるの?アタシ何か悪いことした?」


アタシは祈里の手首をつかんで、逃がさないようにしながら聞く。


「…ううん、美希ちゃんは何にも悪くない。
 悪いのはわたしなの。ごめん、今日はもう帰るね」


アタシの手を振りほどくと、祈里は逃げるように去っていく。
後にひとり残されたアタシ。
何なのよ、一体!
さっぱり訳がわからなかった。


「ケンカは良くないよ~。悪いことは言わないからすぐ謝んな。
 夫婦喧嘩は犬も喰わない、なーんつってね、グハ!」


呆然とするあたしに、カオルちゃんが声をかける。
でも、そんなからかいに応じられるほどの余裕は、今のアタシにはなかった。



  *******


やっぱり忘れちゃったんだ…。


家に向かって走りながら、美希ちゃんの戸惑った顔を思い浮かべる。


そうだよね、だってまだ小さいときのことだもん。
いくらわたしが大事に持ってるからって、
だからって美希ちゃんにも覚えてろだなんて、
そんな権利、わたしにはない。


家に着き、自分の部屋に入る。
ベッドに腰かけて、そのまま横になる。
その姿勢から、出窓に飾った写真立てが視界に入った。
まだ幼い3人の少女たち。
そして最近撮ったばかりの4人の少女たちの姿。


大好きな蒼い髪の少女が目に入る。
いつも大人っぽくて、優しくて、頼りになって…。
いつだって良い友達だった。一番の親友だった。
なのに、なんでこんなに悲しいの?


「もう親友なんて嫌だよ…」


「アタシもよ」


その声に驚いてベッドから跳ね起きる。


「美希ちゃん?どうして…」


「あったりまえでしょ。あたしのせいで親友が泣いてるのよ。
 そりゃ追っかけて、勝手知ったる部屋まで押しかけるわよ」


美希ちゃんの顔が怒っている。


「はい、これ、忘れ物」


美希ちゃんが差し出したのは、黄色い犬のキーホルダー。


「アタシがあげた誕生日プレゼントでしょ。
 大事にしないと承知しないんだからね!」


「忘れてたクセに…」


笑おうと思うけど、泣き笑いになってしまう。


「思い出したのよ、貴女を追っかけて走りながら。
 今まで大切にしてくれてありがとう。
 それと、もうひとつ言わなきゃいけない事があって。
 アタシ…今日から親友やめるね」


衝撃を受け、目の前が真っ暗になる。
親友なんていやって言ったのは、確かにわたしだけど、
でも親友じゃなくなったら、今までみたいには会えなくなる。
それだけはイヤ。でも心とは逆に、勝手に言葉が口からこぼれる。


「やっぱり、わたしのこと嫌いになっちゃったんだね。
 わかってた。最近の美希ちゃん、心ここにあらずって感じで、
 何考えてるか全然分からなくて。
 好きな人…できたんでしょ?」


美希ちゃんの顔はまだ怒ってる。


「そうよ、できたわよ。貴女に紹介するわ。この子よ」


美希ちゃんはそう言うと、鏡を持ってわたしに見せた。


鏡の中には、キョトンとした表情の女の子が、
涙で赤くなった瞳でわたしを見つめている。


「美希ちゃんが好きな人って…」


「そうよ、そそっかしくて、おっちょこちょいで、おっとりしてて、
 ほっとけないの。貴女も知ってるでしょ、山吹祈里って子よ」


涙がこぼれた。嬉しかった。思わず美希ちゃんに抱きついてしまった。
コロンがふわっと香った。なんていい香り。
美希ちゃんの胸に顔をうずめる。


「わたしも美希ちゃんが好き」
「嬉しい…、祈里って呼んでいい?」
「いいに決まってるじゃない」


わたしは瞳を閉じた。
くちびるに、柔らかな感触が降りてくる。
何度も夢に見た美希ちゃんとのくちづけ。


「アタシたち、もう今日から親友じゃないからね…」


親友から、恋人へ。
新しい日々が始まる予感で、わたしの胸は、はちきれそうだった。



美祈17(R18)へ続く
最終更新:2013年02月16日 19:41