アマい甘いくちづけを/一路◆51rtpjrRzY




 暖かい日差しも目立ち始めた2月のある日。
 あたしは学校帰りのブッキーと公園で待ち合わせていた。


「はい、ブッキー。受け取って」


 ブッキーのイメージカラー、黄色いリボンのついた小箱を彼女に手渡す。
 あくまでもクールに、ね。照れるなんてあたしらしくないし。
 ブッキーははにかむように笑ってそれを受け取ると、代わりに鞄から青い小箱を取り出した。


「あ……ありがとう……美希ちゃん……わ、わたしも……これ……開けてみて」
「ブッキー……これ、手作りじゃない……」


 箱の中にはちょっと形が悪いけど、愛情のこもっていそうなトリュフチョコ。
 頬を赤くする彼女の目の周りにはうっすらと隈が出来ている。
 やだ、ブッキー……まさか……。


「へへ……ちょ、ちょっと夜更かししちゃったけど……上手く出来てるか自信ないの……ごめんね」


 もう、謝る事なんてないのに。
 あたしなんて市販のよ?……そりゃそれなりにお小遣いを貯めて買った、ちょっと高級なヤツだけど。
 だけど、そんなものよりも。


「……一つ食べてみるわね。……ん、美味しい」
「ほ、本当?」
「本当よ―――今まで食べたどんなチョコより甘くて美味しいわ。……ブッキーも味見してみる?」
「う、ううん……わ、わたし味見なら何度も―――」


 遠慮するブッキーに全部言わせないうちに、彼女の頬を両手で挟み、軽く持ち上げる。
 あれ?って顔をしたブッキーの唇に、そのままあたしは唇を重ねて―――。


 口の中に、チョコレートの甘い香りと味が広がる。


「……ほら、ね?美味しいでしょ、ブッキー……」
「え、ええ……ホントに……」


 陶然とした目であたしを見上げるブッキー。
 あたしは軽く微笑んで、彼女の髪を優しく撫でる。



 そのままブッキーの身体を抱きしめて。





 ―――――フェードアウト。


                       *


「……あたし完璧……」


 抱き締める仕草までの予行練習を済ませると、あたしは思わずガッツポーズを決めた。


「ママ―、さっきからあのお姉ちゃん何してるの~?」
「こ、こら。ダメよあんまり見たら……暖かくなり始めるとああいう人が出てくるの」
「ふ~ん」


 散歩中かと思われる親子連れの声に我に返る。
 あ……ご、ゴホン。
 いけないいけない……いつの間にか演技に熱がこもってたかしら。
 えーと、それはともかく……。


「……遅いわね、ブッキー」


 約束の待ち合わせ時間はもう過ぎてるのに。あの子らしくない……。
 まあ連絡が無いなら、それほど遅れるような事はないのかしら。


「ごめんなさい!美希ちゃん、遅れちゃって!!」


 そこまで考えていた時、あたしの背後からかけられる声。
 でも、あたしはらしくもなく焦って振り向いたりしないわ。
 にっこりと微笑んで、優雅に―――。


「ううん、いいのよ、ブッキー。どうし………う、うわっ……」


 思わず絶句してしまうあたし。
 やって来たブッキーは通学鞄の他に、両手にそれぞれ大きな紙袋を三つづつぶら下げて。
 しかもそのどれもがパンパンに膨れ上がっている。


「な……何?その荷物……?」
「あ、こ、これ?そ、その……遅れた理由もこれにあるんだけど……」


 言いながら彼女は紙袋を近くにあったベンチに置いて、自分の肩を揉みながら腰を下ろした。


「ほら、日曜はバレンタインでしょ……うちの学校、女子校だからか、女の子同士でチョコ渡す風習みたいの
あって……」


 風習……ってだけでこんなに貰える物なの?
 も、もしかしてブッキーってあたしが知らないだけで、学校じゃかなりモテるんじゃ……。


「同級生だけじゃなくて、後輩とか先輩、それに先生方まで気を使ってくれて……」


 せ、先生まで……。


「それで、美希ちゃん、今日はどうしたの?」
「え……いや……どうしたのって……」


 チョコの入った鞄を胸に抱いて、あたしは答えに窮した。


 ―――ダメよ、美希!さっきのリハを思い出して!!


 小さく一つ咳払いをして、自分を何とか奮い立たせる。
 クールに……クールに……。


「ああああのね、ぶぶブッキー、ここここれ……」


 思わずどもりながらも、鞄からチョコを取り出す。
 その手も動揺してか、プルプルと震えていて……。


「わあ、チョコ?美希ちゃんまで……ありがとう、うれしい!」
「あ、あはは……気に入ってもらえたらいいんだけど……ちょっといいやつなのよ?」


 と、チョコを受け取ろうとしたブッキーが伸ばした手が、置かれた紙袋に当たって……。


 バサバサバサッ!!


「!いけない!」
「あ……」


 倒れた紙袋からこぼれ落ちるチョコレート。
 その中には、明らかにあたしの用意した物より高級なブランドのチョコレートの包装紙が見え隠れして
いて……。


「あ、あは……ちょ、ちょっとだけね……た、大した物じゃないんだけど……」
「ううん!美希ちゃんがわたしの為に用意してくれたんだもの……それだけで充分よ」


 散らばったチョコを拾いながら、固まっているあたしに励ましのような言葉をかけるブッキー。
 あ……な、なんか惨めだわ……。


「あ、あの……それで……ブッキーは……その……」
「え?何?」


 可愛らしく小首をかしげて、ブッキーはあたしを見つめる。
 あ、あの……もしかして……。
 あたしの落胆したかのような様子に、ブッキーはハッと気がついたように。


「あ!もしかしてチョコ?ゴメンなさい……美希ちゃんモデルさんだし、スタイルとか維持するのに甘い物
あげるのはどうかと思って……用意してないの」
「え!?……あ、そ、そうなんだ……き、気を使わせちゃってご、ゴメンね……」


 は、はは……なんだろう……目の前が霞んで見えるんだけど……。


「本当にゴメンなさい……そうだ!調理実習の時に作った物があるの……チョコの代わりになるかは分から
ないけど……」
「ほ、本当!?」


 手作り……だったらクッキーだろうとビスケットだろうと何でもいいわ!
 そう思い、期待に満ちたあたしの目の前に差し出されたのは、瓶に入った―――。



「上手く出来てるか分からないけど、ラッキョウを漬けたのよ。良かったら―――」



 らっ……きょ…う……。
 た、確かに甘……いえ、甘酸っぱいでしょ、それは!
 しかもなんか特定の人物を連想させるし……。


「あ、ありがと……ひ、一つつまませてもらうわね」


 瓶から一粒、ラッキョウを取り出してポリポリと齧る。
 お、美味しいけど……。


「ママ―、さっきのお姉ちゃん、今度はラッキョウの入った瓶抱えて泣いてるよー」
「こら、見ちゃダメって!」


 ううう……。何かもうどうでもいいわ……。
 リハーサルなんて何の意味も無かった……。
 現実なんてこんなものよ……あ、あたしがアマかったんだわ……。


「美味しい?美希ちゃん?」


 いつの間にかブッキーがあたしの前に立ち、顔を見つめている。


「お、美味しいわよ……」
「良かった!わたし味見してなくて……ちょっと味を確かめていい?」
「え?い、いいけど……」


 そう答えて差し出したラッキョウの瓶を、ブッキーは無視して。
 あたしの首に手を回して、ちょっと背伸び。
 そして―――。


                   *


「……甘くて美味しい。ちゃんと出来てるって、わたし信じてたけど」
「―――そ、そうでしょ……か、完璧!だわ……」


 唇を離し、優しく微笑むブッキーに、あたしも言葉を返した。だけど……。


「ふふっ、美希ちゃん、顔真っ赤になってる」


 その言葉にハッとして頬を押さえる……やだ……熱くなってる……。
 く、クールに、クールにだってば!あたし!
 あたしの様子が可笑しかったのか、ブッキーはクスクスと笑いながら、あたしの上げたチョコを開けた。


 そして一粒、口に運ぶ。


「ん……美味しい……ね、今度は美希ちゃんが、ちょっとだけ、味見してみる?」


 悪戯っぽくあたしの顔を覗き込むブッキー。
 あたしは一度、自分の頬をぴしゃん、と叩いて、彼女を見つめた。


 やっぱり何でも自分の思い通りに、なんてアマくはないわよね。


 でも、ここからは―――。


 ブッキーの頬を両手で挟み、軽く持ち上げて。



 その唇に――――。




 ふわっとあたしの口内に、予想してたより遥かに甘い、チョコレートの味が広がった。








                                        了
最終更新:2013年02月16日 19:37