真夏の人魚の恋愛模様~伝えられないキモチ~ 後編/一路◆51rtpjrRzY
***祈里SIDE***
SPさんたちに抱え上げられたわたしがやっと降ろされたのは、砂浜から少し離れた人気のない岩陰だった。
運ばれる最中にいくらか抵抗はしたのだけど、屈強なSPさん達にプリキュアに変身していないわたしが敵うわけもなく……。
「あ、あの、わたし、も、戻らなきゃ……」
「……………」
美希ちゃんのいる方へと踵を返したわたしの前に、無言でザザッと立ち塞がるSPさん達……う、うう……怖い……。
仕方なく彼らに退くように指示してもらおうと、健人君へと振り返る。
「け、健人君、SPさん達に―――」
「――――やっと二人きりになれましたね、山吹さん……」
「え!?」
この状況で発せられた彼の言葉に、わたしは首を捻らざるを得ない……えーと……ほ、本気で言ってるの…?
頭の上にクエスチョンマークを浮かべたわたしに構わず、健人君は芝居がかった仕草で髪をかき上げ、唇の片方だけを吊り上げると、ニヒル?に笑った。
「いつぞやの船上パーティ以来ですね……あなたと二人きりになるなんて……今なら、あなたに告げられそうな気がする」
両腕を広げてわたしへと歩み寄る健人君。何故かわたしはその彼の様子に身の危険を感じ、後ずさりしようとした。
―――けど後ろに立っているSPさんがあたしの背中を押さえ、これ以上の後退を許してくれない。もう!なんなのよ、本当に!!
「け、健人君!お、落ち着いてお話しましょ?ほ、ほら、二人きりなんかじゃなくて、わたし達の周りにはこ、こんなに一杯SPさん達がいるし!」
「―――彼らの事なら何も気にしなくても平気ですよ。風景だとでも思ってくだい。彼らは僕が命令しない限り何もしはしませんし。……それに」
健人君が再び指を鳴らすと、SPさん達は周囲からわたし達を覆い隠すように円陣を組んだ。……さっきの合図と変わってないのにどうしてそう連携が取れるのかしら?
「……これで人の目を気にすることもなくなりました。誰か通りがかっても僕達には気がつかないでしょう」
こ、こんな屈強な人達が固まってたら気がつかないわけないでしょ……ただ絶対に近づいてはこないでしょうけど……。
真っ直ぐにわたしの目を見つめ、健人くんがじりじりとわたしとの間合いを詰めてくる。
「―――先程の僕の告白、憶えてらっしゃいますか?僕は……あなたが大好きです。誰よりも大切な人だと思っている」
あ、そうだ、その言葉。それは……。
それは……わたしの欲しかった言葉。
でも、違うの。彼は決定的に勘違いをしてるわ。
「あなたもまた心の中で僕の事を憎からず思っている…それはさっきの反応からも明らかです」
「あ、あのね、それは違うのよ、健人くん!わたしが思わずボーッとしちゃったのは確かだけど、そういう理由からじゃなくて!そ、その―――…」
わたしが何よりも求めていた言葉。
だから―――催眠術をかけられたみたいについうっとりしちゃったけど。
けどね、それを言って欲しかったのは、あなたじゃなくて――――…。
背後にいたSPさんがわたしの背中を軽く、トン、と押した。
そのせいで前につんのめったわたしの身体を、健人くんが優しく抱きとめる。
「あ、あの…あ、ありがとう……え、えーと、は、離してくれないかしら?」
「―――…山吹さん、感じますか、僕の鼓動を!あなたを抱きしめられるなんて……もう僕はこの胸の高鳴りを抑える事が出来ません!!」
わたしの言葉が伝わっていないように、健人くんはわたしの体に回した腕に力を込めた。意外にも―――というか仮にも男の子だけあって、わたしの力ではその腕は振りほどけない。
ちょ…ちょっと……い、痛い………!!
きつく抱きしめられ過ぎているせいか肺が圧迫されてるみたいで、わたしは非難の声すら絞り上げることが出来ずにただ口をパクパクさせるだけ。
そんなわたしの様子を見て、また何を勘違いしたものか、健人くんは幸せそうに微笑んだ。
「………(パクパク)」
「ああ、山吹さん、これが心が繋がってるということなのでしょうか……今の僕にはあなたの気持ちが手に取るように分かりますよ!」
「…………(パクパクパク)」
「あなたはこう言いたいのですね、『愛し合う僕たちに言葉など不要、ただ愛の誓いさえあればそれでいい』と!!」
……どう解釈したらそういう風に取れるの……。
呆れるやら苦しいやらでわたしの全身の力がどっと抜けた。
「そう、山吹さん、それでいいのです。やはりこういう事は男性がリードしないと……」
グッタリとしたわたしの事をまたどう感じたものか、彼はそう言うと軽くわたしの顎を指先で持ち上げる。
え…?こ、この態勢って……ま、まさか……!!
危険を感じてわたしは必死に顔を背けようとした。
けれど、側頭部を背後のSPさんにガッチリと抑えられてしまい、健人くんと無理やり向かい合う羽目になってしまう。
そんなわたしの視界いっぱいに飛び込んできたのは―――――……
ニュウッと突き出された彼の唇だった。
い、イヤ!!イヤイヤ!!
その姿は彼女の嫌いな軟体生物を連想させるようで、わたしの肌が一気に粟立つ。
そうよ、彼女。わたしのこの唇に触れていいのは彼女だけなの!
声にならない声をあげて、わたしは必死に彼女の名前を呼んだ。
(助けて――――美希ちゃ――――……)
その思いも空しく、あわや彼の唇がわたしの唇に重なろうとした刹那。
「待ちなさい!!!!!」
聞き慣れた、凛とした美声が岩陰に響き渡った。
*****
周囲にいたSPさん達がザザッ、と警戒のポーズを取る。
彼らが見上げた先、小高い岩の上に立っていたのは勿論――――。
(美希ちゃん!助けに来てくれたのね!!あ…でも…その格好……)
なんとか首を捻って彼女の姿を見たわたしは思わず目を疑ってしまう。
岩の上に立ち、わたしたちを見下ろす美希ちゃんは……パーカーも羽織らずビキニのまま。
駄目よ美希ちゃん、そのままじゃ日に焼け……あら?
不思議なことに、それを一番気にしてるはずの彼女は、少し息が上がってるものの、平気で陽光の元に肌を晒していた。
「あ、蒼乃さん!ど、どうしてあなたがここにいるのですか!?」
意味合いこそ違え、わたしの言いたかった事をを御子柴くんが代弁してくれた。そ、そうよ、美希ちゃん、早くパラソルの下に戻らなきゃダメ!!
「…どうしてって、用があるから来たに決まってるじゃない、ブッキー…彼女にね」
そう言った美希ちゃんの目には何か強い決意の光のような者が宿っている。?何か思いつめてるような…?
「―――用なら僕たちの甘い逢瀬が済んでからにしていただけませんか?いくら彼女と親友同士とはいえ、恋の邪魔をするのはいささか無粋ですよ?」
健人くんが私の気持ちも知らずに勝手な事を言い出す。ちょっと!やめて!わたしの恋の相手は美希ちゃんだけなの!
お願い、美希ちゃん!何か言ってあげて!!
「………そうね。いくら親友で幼馴染みだといっても、人の恋路の邪魔をする権利なんて……残念ながらないわね」
―――え?
美希ちゃ……今……なんて…言ったの?
「ブッキーがあなたを選んだというのなら……」
美希ちゃんはそう言って悲しそうに顔を伏せてしまう。違うわ!そんな事あるわけないじゃない!!わたしが好きなのは―――。
どんなに声を張上げて否定の言葉を言おうとしても、わたしの口はただパクパクと動くばかりで一声も発することが出来ない。
「決まってるじゃありませんか、あなたもさっき見たはずですよ?僕の告白に頬を赤らめる彼女の顔を。もはや僕達は相思相愛。引き裂くことなど誰にも出来ないのです!」
まさか…美希ちゃんまでわたしがあの言葉に不覚にもときめいてしまった事を勘違いしてるの?
違うの!信じて美希ちゃん!!わたしが好きなのはあなただけなの!!お願い!わたしを健人くんから奪い返して!!
「…………」
わたしの願いも届かないのか、美希ちゃんは俯いたまま。ただ、その手は遠目に見ても強く握り締められ、震えているのが分かる。
そんな……美希ちゃん……。
「……用があるだけって言ったでしょ?あたしは……彼女にどうしても伝えたい事があるだけよ」
「どうしても……ですか?……祝福の言葉なら後でもいいと思いますがね」
御子柴くんが目配せすると、SPさん達が警戒の態勢を解いた。
「…………聞いて、ブッキー……」
少しの間を置いたあと、決意したかのように美希ちゃんの口が開かれた。
「あたしは……その…あたし自身情けないと分かってるんだけど……ちょっと……恥ずかしかったり、ま、周りの目を気にしちゃったりして……今まであなたに大切な事を伝えられなかったわ……」
彼女の口から、搾り出すかのように言葉が紡ぎ出される。
「幼馴染で……いつも傍にいたからって、甘えてた気持ちもあったのかもしれない。あたしの想いをきっとブッキーなら言わなくても察してくれるって思ったり……そのうちに口に出さなきゃ、って……でも……これからもあなたが傍にいてくれるなら……いつか伝えればいいかな、なんて……」
美希ちゃん……。
彼女の辛そうな表情に、わたしの心が締め付けられる。
ううん、伝わってたわ。けど、言葉にして……形にして欲しかったのはわたしの我儘。
それはわたしも、わたし自身でも分かっていた事なの。
「…………!!」
その気持ちをなんとか口にしようとしても、わたしの口はただパクパクと金魚みたいに開け閉めを繰り返すだけ。
言いたい事が言えないなんて……これじゃまるで足と引き換えに声を奪われたっていう―――……。
「……でもね、ブッキー。あたしは人魚姫なんかじゃないのよ―――自分の気持ちを伝えられないまま消えちゃうなんてゴメンだわ!!」
わたしの心を読んだみたいに、美希ちゃんは童話のお姫様の名前を言って顔を上げると、思い切るように大きく、深く息を一度吸い込んだ。
「―――あたしは!蒼乃美希は!誰よりもあなたを、山吹祈里って女の子が――――!!」
わたしの目を真っ直ぐに見つめて。
誰に恥じることも、照れることもなく。
塞き止められていた水が一気に開放されるように。
「大好きなのーーーーーっ!!!」
――――わたしが一番聞きたかった言葉を、一番言って欲しかった人が、叫んだ。
途端に、わたしは締め付けていた健人くんの腕から逃れていた。美希ちゃんの発言に驚いて、彼の腕の力が抜けたっていうのもあるけど。
けど、それだけじゃない。わたしは一刻も早く、美希ちゃんの元に駆け寄りたかったから――――その為ならどんな固い束縛だって、きっと振りほどいただろう。
「美希ちゃん!!!」
健人くんと同じように呆然と立ち尽くすSPさん達の間をすり抜け、彼女の元へと走る、走る。
そして美希ちゃんの立つ岩の下へ辿り着くと、わたしは彼女に向けて大きく手を広げた。
「ブッキー!!?」
その行動にちょっと美希ちゃんはびっくりしたみたいだったけど、わたしの意図が伝わったように、こくん、と頷いて足場を軽く蹴って。
わたしの腕の中に、華麗に舞い降りてきた――――んだけど。
「きゃっ!」
「わっ!」
受け止められきれずに、彼女を抱えたまま、わたしは、どすん、と大きく尻餅をついてしまった。
「痛た……み、美希ちゃん、平気?」
「ブッキーこそ……怪我してない?もう…無茶するから…」
「だって……わたしじゃあの岩登れなかったんだもん」
「だからって……いい?そういうカッコイイ役目は、あたしがやるものなの」
顔を見合せ、相手の心配をしながらも、どちらからともなくわたし達は微笑み出した。
「ふふ、そうね。じゃあ―――次はお願いね。だって美希ちゃんはわたしの―――」
わたしの言葉に、彼女は少し面食らったような顔をして、自信なさげに顔の前で手を組み、モジモジと指を絡めだす。
「え?ブッキー……でも貴方はその……み、御子柴くんの方を………」
「わ・た・し・の・?」
私の促すような強い口調に、美希ちゃんは軽く咳払いをすると、今度こそ、ゆっくり、ハッキリ、そして優しく……後を続けた。
「あなたの―――――恋人、よ」
そのままお互いの背に手を回し、きついくらいに抱きしめ合う。もう二度と離れたりしない、って心の中で誓いながら。
そんなわたし達の様子を見ていたSPさん達から、なぜかパチ……パチ……と手を叩く音が聞こえ出した……。
最初はさざ波のように静かに、そしてやがて荒波のように激しく―――美しい舞台を見終えた観客のように。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ………!!
また健人くんが何か合図したの?と目をやると……どうやら理解を超えた光景を目にしたショックからか……その……彼は立ったまま蟹さんみたいに泡を吹いてて……。
少し可哀想だけど……ごめんなさい、健人くん……まるであなたの気持ちが泡になっちゃったみたいね……あの童話みたいに。
ともあれ、万雷の拍手の渦の中、わたし達は愛おしい恋人の鼓動をずっと感じ続けた。
*****
陽光が輝り返して煌めいている波を眺めながら、わたしは隣に座った美希ちゃんにもたれ掛かっていた。
あの後、SPさん達は気絶した健人くんを担いで去っていき、わたし達は二人きり、こうしてパラソルに戻る事もせず、ずっと寄り添っている。
少し離れた場所にいるからか、この辺りには人影もまばらで、とっても静か―――……。
「えりか!い、いい加減に水着返してくださーい!!」
「海風に揺れる一輪のブラ!ホラホラー、アタシが好きなら捕まえてごらんよー!」
し、静かでもないわね。というか、あの子達まだやってたのね……。
と、貝みたいに口を閉じて考え込んだままだった美希ちゃんが話し出した。
「ねえ、ブッキー」
「ん?どうしたの、美希ちゃん?」
真剣な彼女の口調に、もたれた身体を起こすと、その横顔を見つめる。何かしら、思いつめているような……?
「……今回の事でね、その……あたし反省したのよ。当たり前だけど……言わなければ伝わらない事って絶対にあるのよね」
「そんな……伝わってたわ。わたしが……欲張って言葉にして欲しがってただけで……」
「でも、きっとそれが重要なんだと思うの。きちんと言葉にして、その時々の気持ちを相手に伝えるって……よく言うじゃない、苺がどう、とか」
「えーと…い、一期一会、かしら…?」
「ま、まあ要するに一度きりの機会を逃さないって事……よね?」
それで合ってたかしら、と首をかしげるわたしへと向き直ると、美希ちゃんはギュッ、とわたしの手を握り締めてくる。
「伝えたいことはその時にキチンと言うようにするわ。どんなに照れくさかったり恥ずかしかったりしても、ね」
「うん……」
その言葉が嬉しくて、わたしは彼女の手を握り返した。
それがスイッチにでもなっていたかのように、彼女の口が開かれる。
「好きよ…ブッキー……大好き」
「美希ちゃん……」
頬に熱を感じながら、貝殻を耳に当てて潮騒の音を聞くように、わたしはうっとりと彼女の声に聞き惚れた。
「心から好きよ。子供のころからずっと好きだった。その栗色の髪も、琥珀色の瞳も」
「嬉しい………」
おそらく、彼女からの初めての愛の囁きに、わたしの胸は高鳴り始める。
そう、これなの!わたしが求めていたのは!本当に好きな人からの甘い愛の告白!
「勿論外見だけじゃなくて、子供や動物に優しいところも、人の気持ちを考えて行動するところも……ちょっと運動が苦手なところも可愛いくて好き」
「やだ……」
いつになく饒舌に、かつ情熱的に、美希ちゃんは赤面しながらも言葉を続けていく。
その表情は真剣で、わたしは彼女が心の底からそう言ってくれているんだって信じられて……思わず舞い上がってしまいそうになる。
ありがとう、美希ちゃん、わたしも……あなたの事が……。
と、口に出そうとしたわたしの思いを遮るように、美希ちゃんは畳み掛けてきた。
「その黄色いビキニも似合ってるし、そ、その、やっかむワケじゃないけど、お、大きめのバストとか、あたしにない部分で好きなの」
「ちょ、ちょっと……や、やだ……は、恥ずかしいわ……」
「もう好き好き好き、大好き!ブッキーの事考えただけで他の事が手につかなくなる位に好き!大好き!愛してる!!」
「あ、あの、美希ちゃん、それくらいで……」
彼女の怒涛の勢いにわたしもさすがに面食らってしまう。
ま、待って美希ちゃん!少しはわたしの話も――――。
「ブッキーの傍に居るだけでどうにかなっちゃいそうなくらいにだーいす―――――」
「もうっ!!!」
そういうのはあんまり言い過ぎると逆に有難みって物が無くなっちゃうんだから!
放って置けばいつまでも続きそうな愛の言葉を止めるようにして、わたしは立てた人差し指を彼女の唇へと押し当てた。
その行為にキョトン、とした様子の美希ちゃん。わたしは人差し指を外し、そのまま彼女の首へと両手を回す。
「次は言葉だけじゃなくて、行動で示す事も覚えて、ね?」
今度は唇で、彼女の柔らかな唇をわたしはそっと塞いだ。
そのまま美希ちゃんの身体を抱えるように、柔らかな砂の上へと一緒に倒れ込んでいく。
「ブ、ブッキー?!」
―――今度は美希ちゃんが面食らう番ね。
わたしは彼女に馬乗りになると、覆いかぶさるようにしてその耳元に囁く。
「わたしだって美希ちゃんの傍にいるだけでどうにかなっちゃいそうなんだから……」
「あ…や、ぶ、ブッキー……」
イヤイヤと首を降る美希ちゃんの顔は、羞恥からか更に真っ赤になって……それが尚わたしの気分を高揚させる。
ううん、よく見ると顔だけじゃない、彼女の体全体が朱色に染まっている。
わたしは躊躇うことなくその熱くなった肌に舌を這わせ……。
「痛い!!」
美希ちゃんの悲痛な叫びで我に返ったわたしは、重要な事を忘れていたのにようやく気がついた。
「美希ちゃん!!大変!!!」
***エピローグ***
「大丈夫?!美希ちゃん!?……普段日焼けしないようにしてるから、肌が敏感なのかしら……?」
「痛い……痛い……」
ホテルの一室で姉さんに心配そうな声をかける山吹さん。……その前のベッドにはグッタリとした姉さんが横たわっている。
自慢の白い肌が真っ赤になって腫れ上がっているのが痛々しい……見るも無残ってこういう事を言うんだろうな。
「……全く……全然戻ってこないと思ったら……一体何してたの?姉さん達」
「う……」
「あ、そ、その……」
僕の問いに今度は山吹さんまで真っ赤になる始末。まあ別に問いただしたりはしないけど。
ともかく、姉さんをこのまま放って置くわけにも行かないだろうな……日焼けに関しては僕も責任感じてるし。
「とりあえず何か薬を買ってきますよ。塗り薬……でいいのかな」
「あ、和くん、わたしが行くわ。そういう事ならわたし詳しいし!」
「山吹さんは姉さんの傍にいて下さい」
「で、でも……」
「知識があるならその方が安心です。薬局で聞けば大体分かると思いますから大丈夫ですよ」
「う、う~……ほ。ホントゴメンね……和希……」
申し訳なさそうな姉さんの声に軽く手を振って返すと、部屋を出る。
後ろ手にドアを閉めると、ちょっと皮肉っぽく呟いてみた。
「知識がなくたって、あなたが傍にいた方が姉さんにとってはいいんですよ、山吹さん」
胸が押しつぶされるように、ぎゅうっ、と痛む。
本当だったら、それが僕の役目であって欲しかったんだけどな。
きっといつまでだって、姉さんと僕は二人で一緒にいると思っていたけど。
でもいつの間にか、家庭の事情とはいえ僕達は離れて暮らすようになり、彼女は自分の王子様を見つけてしまった。
お姫様、と言った方がふさわしいんだろうけど……僕にとってのお姫様は……姉さん一人だから。
「……久しぶりに、太陽の下で泳ぐ姉さんの姿、見たかったな」
―――優雅で、美しくて、彼女の起こした水しぶきまでもが真珠のように輝いて見えて。
幼い頃、その姿に心を奪われて……それからだろうか、自分が彼女を意識するようになったのは。
子供の時に見た光景が、今でもハッキリと脳裏に浮かんで……再び持病とは違う、鈍くて、重い痛みを胸に感じる。
だけど、正直に言って―――彼女と……山吹さんと一緒に泳ぐ姿は見たくなかった。
我儘だな、と我ながら呆れてしまう。
姉さんの隣には山吹さんが必要なんだって事は重々承知していて―――でも尚、その光景だけは目にしたくはなかった。
大切な初恋の思い出が、新たに失恋の思い出として上塗りされていくみたいで。
………まだ子供、だな。僕は。
「……結果的にはあの二人、色々と上手くいったみたいだけどね。……とはいっても、姉さんがあの様子なら、二人きりで夜を過ごしても安全、かな」
軽く肩をすくめると、Tシャツの上に羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込み、ホテルを出て海岸沿いの歩道をゆっくりと歩く。
海を眺めながら歩いていると、姉さんの昔読んでくれた絵本が頭に浮かんで来た。
………想いを口に出来ずに、最後には泡になってしまった少女の恋の物語。
本当に彼女に似てたのは……他の誰でもなく、実は……。
そんな考えを頭を振って追い払う―――ちょっと感傷的で……ロマンチック過ぎるかな。
月の光を浴びて光る海が童話の挿絵みたいにあまりにも美しくて……そんな気分にさせてるのかもしれない。
と、この絵には似つかわしくない、歩道の脇に備え付けられたゴミ箱が目に入って来た。まるで僕を現実の世界に引き戻そうとするかのように。
苦笑いを浮かべて、パーカーのポケットを探りながら、誰ともなく問いかけてみる。どうやらまだ感傷的な気分は抜けきれていないらしい。
「ねえ、人魚姫だって、本当なら王子様に少しは意地悪してから消えたかったんじゃないかな?」
姉さんのバッグからこっそりと抜いておいた物をポケットから取り出し、目標めがけて軽く放る。
「まあ、血が繋がってるから想いを伝えることが出来ない、って不満の腹いせにしては、これくらいは軽い方だと思うよ」
カラン、とゴミ箱の中で、日焼け止めの瓶が小さく音を立てた。
了
最終更新:2013年02月16日 19:35