完璧なキスを、あなたと。/一路◆51rtpjrRzY




 ヨネボウ 秋の新色発売


 ―――完璧なキスを、あなたと。



                    *


「美希たん!見たよ見たよ~!!ヨネボウの新しいリップの広告!!」


 今日発売の雑誌を手に、興奮気味に話し掛けてくるラブ。
 その雑誌というのは、あたしが読者モデルをやっているティーン誌で。


「見てくれたんだ!ふふーん、どう?感想は?」
「もー、ちょーカワイイっていうか、ちょーキレイっていうか、ちょ―――」
「すごく素敵だったわ、美希。まるで美希じゃないみたいで」
「う………」


 せ、せつなって、たまに一言多いのよね。悪気は無いんだろうけど。
 学校帰りの商店街。
 あたし達は待ち合わせして、皆でカオルちゃんのドーナツカフェへ行く約束をしていた。
 なんでも、ラブがその広告にあたしが使われた事を、お祝いしてくれるんだって。


「まあ広告のモデルって言っても、その雑誌限定だし。テレビなんかは違う人がCMやるみたいだから、そんな
祝ってもらうほどのことでもないけど……」
「何言ってんの美希たん!ヨネボウだよヨネボウ!化粧品大手の!……上手く行けば、スーパーモデルへの道
だって夢じゃないよ!!」
「そんな大げさに騒ぐ事でもないわよ、ラブ!」


 と、口では言っているものの、あたしも満更でもない。
 勿論、化粧品メーカーの広告の仕事といえば、雑誌限定とはいえ、自分のモデル経歴に箔もつくし、ラブの
言ってるみたいに、何かの拍子に大きな仕事が―――って事もあるんだけど。
 だけどそれ以前に、あたしは気に入っていたのだ。広告の写真と、そのキャッチコピーを。


 ―――完璧なキスを、あなたと。


 まさしく、あたしの為にあるようなフレーズじゃない、これ?


「カオルちゃんやミユキさんにも見せてあげようよ~。きっと喜んでくれるよ!!」
「ラブったら、自分の事みたいに喜んじゃって。学校でも皆に見せて回ってたのよ」
「皆絶賛だったよ!あ~、あたし美希たんが友達で鼻が高い~」
「なんかちょっと恥かしいわね……あ、そういえばブッキーは?」


 待ち合わせの時間はとうに過ぎているというのに、まだブッキーの姿が無い。
 遅刻するなんて珍しいわね。あの子の感想も聞きたいんだけどな。


 じ~~~~~~~~~。


 ……な、何かさっきから、スッゴく強い視線を感じるんだけど。
 もしかしてこの広告の事、予想以上に町の人達にも知れ渡ってるのかしら?


 じ~~~~~~~~~~~。


 ―――それにしてもこの感じは普通じゃないわ。痛いくらい………。
 あたしはそ~っと視線の出所を探る。こんなに尋常じゃない位見られたら、ちょっとコワイもの。


(もしかしてもうモデルのスカウトとか?……で、でもストーカーとかだったらどうしよう……)


 だけど予想に反して、視線の元にいたのは………。


「―――……なにやってるの?そんな所で」


 曲がり角から身体を半分だけ出して、なにやらじと目であたしを見つめていたのは……。


 山吹祈里―――ブッキーだった。


「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと遅れちゃって………」
「いや、遅れたのはいいんだけど……なんでそんな陰からじっとあたしを見てたの?」


 あたしの声で我に返ったかのように、駆け寄って来るブッキー。
 そんな彼女にあたしは疑問を投げかけた。


「え?何?美希ちゃん?わたし別に、美希ちゃんを待ち合わせ時間の前からずっと見てないわ?」


 ブッキーは言ってしまってから、「あ!」と口を押さえる。


「はぁ?じゃあずっといたの?何やってるのよ……。あ、それより、ブッキーも見てくれた?例の広告!」
「これこれ!美希たんイケてるよね~、ブッキー!」


 ラブは「ほらほら!」とブッキーに開いた雑誌を見せる。
 あたしとしては、ブッキーの謎の行動も気になるけど、それより彼女の感想を聞いてみたくて。


(美希ちゃん、すごく綺麗!本当に『完璧!』って感じよね!)


 そんな答えを予想して、ちょっと頬の緩むあたし。
 でも、想像を裏切って、ブッキーの口から出た言葉は――――。



「……わ……わたしは…好きじゃないな。この写真………」



 開いたページから目を逸らすと、彼女は申し訳無さそうに小声で言った。




                    *


 あたし達はドーナツカフェへとやって来ていた。
 カオルちゃんはすでに、あたし達の来店を予想してドーナツを用意してくれていて。


「……オジサンも見たよ~、例の広告!聞いて天国、見て極楽ってね、グハッ」
「でしょ~、カオルちゃん!さっすが見る目ある~!!」
「……美希、褒めてくれてるんだし、そろそろシャキッとしたら?」
「………」


 どよ~ん、とした空気をまとい、肩を落としたあたしは、いくら褒められても上の空。
 せっかくのお祝いのドーナツも手をつけられないまま、テーブルの上に積まれていた。


(……そりゃ、別に万人に受けるとは思ってないわよ?良かったって人がいれば、ダメって人がいるのは当然
の事なんだし……だからって、よりによってそれがブッキーでなくたって………)


 心の中で愚痴るあたし。
 勝手に喜んでくれると思ってたあたしも悪いんだけど―――やっぱりショックは隠せない。
 まして、あのブッキーが「好きじゃない」ってハッキリ言うなんて……。
 別に彼女は人の顔色伺いながら発言する子じゃないけど、相手の気持ちを考えて話す子ではあるから……
それなのにああいう風に言うって事は……そう考えると、尚、気持ちが落ち込んでいく。


(何が気に入らないんだろう……せつなの言うみたいに、あたしらしくなかったからかな?)


 もしその原因を聞いて更に凹むような結果になったら………。
 はあ、と溜息をつく。やっぱり聞きにくいな……。ん?


 じ~~~~~~~~~~~~~。


 視線を感じて顔を上げると、それに合わせて、あたしの正面に座ったブッキーは顔を逸らす。
 な、何?さっきから?
 もしかして、あたしの顔に何かついてるのかしら?!
 鞄から急いで鏡を取り出し、自分の顔をチェック。
 ――――――特におかしな所はないわよ…ね…?


「何やってんの?美希たん。ほら、折角のお祝いなんだから、食べて食べて!」
「そうよ、美希。ラブったら今日の為に百円貯金丸々持って来たんだから」


 そう言って二人はさらにドーナツをテーブルに置く。
 さ、さすがにこの量は四人でもキツイんじゃないの?


「……そうね。有り難くいただかせてもらうわ」


 あたしは暗い気持ちを振り切るように、ドーナツを手にした。
 ―――こうなったら食べまくって忘れるしかないわ。


 じ~~~~~~~~~~~~~~~。


 ……またこの視線。
 今度はブッキーが顔を逸らさないように、俯いたフリをして、こっそり彼女の様子を伺う。
 ブッキーはあたしが観察してるのも気付かず、あたしの食べてるドーナツを見てるみたい。
 ?食べたいのかしら?ドーナツなら山ほどあるのに……。


「あ、ぶ、ブッキーも食べたら?ドーナツ?」
「え!!あ、あ、うん……じゃあわたしも一つもらうね、ラブちゃん、せつなちゃん」


 あたしの勧めに、彼女はテーブルに積まれたドーナツを一つ取り、食べ始める。
 ……でも何か、それ程ドーナツが食べたかったようにも見えず……。


「―――でもこの写真やっぱりいいよね~。美希たんもモチロンだけど、一緒に写ってる男の子も美形だし
さ~。美男美女って感じで……」


 広告のページを机に広げると、ラブはうっとりした様子で言った。
 その言葉に、ピクッとせつなが反応する。


「―――確かに、割といい感じの男の子よね。ラブがこういう人がタイプとは思わなかったけど」
「え?い、いや、世間一般の目で見て、だよ?せつな?」
「別に誤魔化す必要も無いじゃない。……このドーナツ美味しいわね」
「ちょっとせつな~!お願いだからあたしの目を見て!!ね!ねーってばー!!」


 ………何か、こっちはこっちで雲行きが怪しくなってきてるわね………。
 ラブはせつなのご機嫌取りに必死で、あたしは半ば自棄食い。ブッキーは無言だし。
 とてもお祝いの席、って言えるようなムードじゃない。


(なんなのよ、この状況……)


 疲れたように心の中で呟き、あたしはテーブルの上の雑誌へと目を落とした。


(ブッキー、これのどこがダメなの……?)


 特に不自然な所も無い、バストアップの写真。
 写真の中のあたしは、肩を出した水色のドレスを着て、男の子の首に両腕を回している。
 男の子の方は、左手であたしの身体を引き寄せ、右手で顎を持ち上げていて。
 お互いに見つめ合う形で、キスを―――。


 撮影の時を思い出して、軽く唇を指で撫でる。
 ……あれ結構恥かしかったのよね。実際には、唇を――――――


 じ~~~~~~~~~~~~~~~~~。


 口元に視線を感じて、チラリとブッキーを盗み見る。
 彼女は両手で口に運んだドーナツを、食べるのも忘れてあたしの唇を見つめていて。


(……ん?ちょっと待って。もしかしてブッキー、さっきからあたしというより、あたしの唇をずっと見て
たんじゃ………)


 そう考えた時、ピン!と閃いた。


 ――――全ての謎が解けたわ!ブッキー、あなたさては………。


 この推理に間違いはないはず。
 あたしはここにきてやっと微笑む事ができた。


 ああ、自分の完璧さがコワイわ……。




                    *


「………じゃあここで。気をつけて帰ってね。美希、ブッキー」
「せつな~!!お願いだからあたしの方見てってば~!!」


 ラブ達と別れたあたしとブッキーは、もう暗くなり始め、人気も無くなった商店街を歩いていた。
 ブッキーはほとんど喋らないままだったけど、あたしの推測が当たっていればそろそろ―――。


「あ、あのね、美希ちゃん。こ、広告の事なんだけど………」


 ホラ来た。
 二人きりになればその話題を出すと思ってたわ。


「―――何も言わなくてもいいわよ、ブッキー。全部分かってるから」
「――――――え!?」


 確かにラブ達がいたら言いにくいものね。
 あたしは驚いているブッキーに片目をつぶって見せる。


「ブッキーがあの写真を好きになれないのは―――キスシーンだから、でしょ?」
「み、美希ちゃん、気付いてたの………?」
「当たり前じゃない!あたしだってそこまでニブくないわよ!」


 呆然としているブッキーに、あたしは得意気に言った。


(ラブの言う通り、相手役の男の子カッコいいものね……ブッキーがああいう子が好きとは思わなかったけど)


 実際、ブッキーの口から異性の話題なんか出た事が無いし、想像もした事もなかった。
 でも彼女だってお年頃の女の子なんだから、そういう話があっても不思議じゃない。


「……そうだったの……美希ちゃん、わたしの気持ち知ってたのね……」


 赤くなって下を向いてしまうブッキー。


「ごめんなさい。本当は喜んであげたかったんだけど……どうしても……」
「気にしないで。ヤキモチ、焼いてたんでしょ?」


 お気に入りの男の子とキスされたらそう思うわよね。
 どうりで今日一日、あたしの唇ばっかり見てたワケだわ。


「うん……でもそんな事、恥かしくて言えなかったの……」


 ブッキーは俯いたまま小さく呟く。
 その様子は、同性のあたしでも抱きしめてあげたくなる程可愛くて。


「心配しなくても、あれキスしてないから。ギリギリで寸止めしたのを、ちょっと加工してあるだけよ」
「本当!?」


 あたしの言葉に、ブッキーは顔を上げる。
 よく見ると、その目にはうっすら涙が浮かんでいて。
 ―――何?そんなに気にしてたの?もう、ピュアなんだから。


「最初はキスする予定だったんだけど、さすがにそれは断わったのよ。あたしだって女の子なんだから、簡単
に唇を許したりしないわ。―――心から好きな人以外には、ね」
「そう………そうなんだ!良かった!」


 今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでいるブッキー。
 ここまで想われたら、相手も幸せよね……。
 逆にちょっと嫉妬してしまう。
 もしもあたしがこんなに想われてたら、その人を好きになっちゃうわ、絶対。


(失敗したな……あの男の子のメアドでももらって来れば良かった……)


 そう考えていた時、フッと思い出した。
 確か、鞄にあの時もらった試供品のリップが入ってたはず。
 それだけでも、あの男の子を思い出すにはいいんじゃないかしら。
 それに、あのリップの色、ブッキーに似合いそうだし……。


「―――じゃあブッキーに、記念にじゃないけど、あげるわ」


 鞄に手を入れると、あたしはリップを手探りで探す。
 あれ?なかなか見つからないわね……。


「―――え?み、美希ちゃん、な、なんて言ったの?」


 あたしの言葉に、目を丸くするブッキー。


「そんなに驚かなくても……欲しくないの?」
「……そ、それは勿論……でも、い、いいの?わたしなんかで……」
「?ブッキーだからあげるんじゃない?」


 何故か慌てているブッキーの様子が可笑しくて、あたしはニッコリ微笑んで、広告のコピーを口にした。



「完璧なキスを、あなたと―――――」



 ―――ってフレーズ、実感してみたら?
 そう続けようとしたあたしの唇は。



 ブッキーの柔らかな唇に塞がれていて―――。



「……美希ちゃん……嬉しい……」


 たっぷり三分間は熱烈なキスを交わした後、ブッキーはあたしに抱きついたままで言った。
 あたしの方はといえば、何が起こったのかサッパリ分からず、真っ白になったままで。


「わたし……このキスが初めてなの……」


 は、はあ。
 そうなんだ。
 その割には激しかったけど。
 いやいやいや、ちょっと待って。


「あ、あたしも初めてなんだけど……」
「ふふ……じゃあわたし達、お互いにファーストキスを好きな人にあげれたのね!」


 え?何を言ってるの?
 ブッキーが好きなのは、広告の相手役の男の子で。
 それでキスシーンを嫌がってて。
 あたしはただリップをあげようと―――…。
 ―――あっ……。


「!!そ、そういうことね!」


 思わず大きな声を出すあたし。
 ―――やっと、やっと全て理解できたわ。
 あたしの推理が完璧に的外れだった事も……。
 会話がすれ違ってるって事も……。


「うん…そういうこと…ロマンチックよね……」


 ブッキーは相変わらずあたしの台詞を勘違いしたままみたい。


「い、いや、あのねブッキー、そういうことだけど、そういうことじゃないのよ。ちょっとあたしの話を聞いて
くれない?」
「……何?美希ちゃん?」


 あたしの焦った声に、顔を上げるブッキー。


 ドキッ……。


 頬を上気させ、潤んだ瞳であたしを見上げる彼女の顔は……正直、幼馴染のあたしが見ても魅力的で。
 その表情を見ていると、あたしの心臓まで高鳴ってきてしまう。


「……そういうことじゃないって、何が?」
「いやその……だ、だから……」


 しっかりしてよ、あたし!
 ここはハッキリしないと!!


「つ、つまり、こういうことよ!」


 覚悟を決めると、あたしは思い切って―――…。




 ブッキーの顎を片手で持ち上げ。


 そのままキス―――。




「―――美希ちゃん……」
「……やっぱりこういう事は、あたしからしないと決まらないでしょ?」


 ね?と彼女の鼻の頭を軽く人差し指でつつく。


「美希ちゃん、完璧!」


 照れたようにあたしの胸に顔を埋めるブッキー。
 あたしはといえば、自分の行動にショックを受けていて……。


(は、はは……やっちゃった……誤解を解く最後のチャンスが……)


 なんで……なんでここでカッコつけちゃうかな、あたしったら……。
 けど、幸せそうな表情で目を閉じているブッキーを見ていると、あたしの心も満たされていくようで。


 ……まあいいか。
 勘違いから始まる恋があったって。


 ふう、と息を吐き、ちょっと笑うと、あたしは彼女の背中に手を回す。
 ブッキーはさっきので満足してるみたいだけど、あたしにとっては不可抗力みたいなものだし。
 だから、これからもブッキー、あなたとずっと一緒にいるわ。
 そしていつの日か、必ず。
 あたしに相応しい、完璧なキスを――――あなたと。




 あたしはそう心に誓うと、優しくブッキーを抱きしめた。










                                              了 
最終更新:2013年02月16日 19:30