「水族館デートは危険が一杯? 美希ブキVer.」/SABI




 動物が好きな彼女に喜ばれるデートコースといったら、動物園か水族館。


 紫外線の多いこの時期は断然、水族館。
 天候に左右されないということもあるし、館内は空調が完備されているから快適ということもある。
 それに、水族館内は照明が落とされていて薄暗いから、手を繋いだりしても人目が気にならない。


 誘った方のアタシが水族館の入場料を払う代わりに、昼食はブッキーの手作り。
 午前中は混雑を避けて先にイルカショーを見て、お昼ごはんの後は館内の展示生物を見る。
 アタシのデートプラン、完璧!



 ・・・ただ、一つだけ、心配なことがあるとすれば、
 水族館にはアタシが苦手なアレがいるだろうということ。
 アレは八本足で、西洋では悪魔の魚と呼ばれているらしい。
 そう、アタシはタコが嫌い。嫌いなんかを通り越して、怖い。


 アレがいそうな場所というと、日本の近海の生物を展示してある所。
 身近な魚介類が多くて日本のどこでも獲れることができる、マダコもいるかもしれない。
 それと、魚類以外が展示してあるコーナーにも、タコがいる可能性が高い。
 珍種のクラゲなど珍しい水棲生物がいるみたいで、インターネットで調べたけど、
 どこに何が展示されているのかまでは、はっきりと分からない。
 だから、アレによって、折角のデートが台無しになるかもしれない。気を付けなければ。



 デート当日は、日ごろの行いが良かったからか、雲ひとつない快晴。
 水族館は屋内だけど、イルカショーは屋外だし移動を考えると、雨より晴れの方がいい。


 開館時間とほぼ同時に入館し、特に場所を取る必要もなく、一番早い回のイルカショーを見ることができた。
 輪をくぐったり高い所にあるボールに触れたりするイルカたちに子どもの様に大きな歓声を上げ拍手を送る。


 屋外にはペンギンやアシカがいるプールもあって、こっちが終わったら次はあそこという感じに、
 イベントがある時間も少しずつずらしてあって、効率良く見ることができるように工夫されている。
 逆にいえば、そういうイベントの時間は他の場所は空いているから、人ごみは避けてゆっくり観てまわった。



 屋外展示をほぼ観終わると、日差しも強くなってきて、日陰の休憩所で少し早いお昼を取ることにした。
 お昼はブッキーの手作りのお弁当、雑穀米を使ってあって野菜の彩りも良いヘルシーなもの。
 メインがタコライスで、タコさんウインナーなど、何故かタコづくし。


 タコとついているものの、タコライスにはタコが入っているわけじゃなく、
 メキシコ料理のタコスを、トウモロコシで作ったトルティーヤではなくライスを使った沖縄料理。
 屋外ではお弁当が傷みやすいから、スパイスの効いたタコライスという、チョイスなのだろうけれど。


 アタシならネーミングにタコが入っているという理由もあるけど、
 お弁当にタコライスは絶対に考えつかない。でもまあ、美味しいけど。
 あれこれ思いつつも美味しくお昼ご飯を頂いて、午後からは館内の展示を見る。



 屋内に入ってすぐの展示は、近海に住む魚達のコーナー。
 大きな回遊式の水槽に、お魚屋さんでも良く見かけるお馴染みの魚が泳ぐ。
 あまり関心のないアタシが見ると美味しそうとか、関係の無いことばかり頭に浮かぶのだけど、
 ブッキーは真剣そのもので、水槽の中を悠々と泳ぐ魚達を見ている。


 そういえば、魚屋さんに売ってる魚が多いってことは・・・・アレもいる?
 大きな回遊魚に混じって、八本足のあの黒い影。


 「ブッキー、こっちこっち。面白い魚がいるよ」
 「まだ観てたのに。美希ちゃん、早い」



 ブッキーの手を強引に引っ張って、淡水に棲む生物の展示コーナーに進む。
 淡水に棲むタコはいないから安心して観ることが出来るのだけど、
 海の魚と比べて色彩に乏しく身近な魚が多いからか、観ていて楽しいものは少ない。


 ブッキーの手を引っ張ったまま離してはないから、今も手を繋いでいるってことを忘れていた。
 足早に進んできたけれど、ブッキーがゆっくり観られるように速度を緩める。
 繋いだ手も離そうとしたけれど、ブッキーが握り返してきた。
 幸い、人気がないコーナーであるせいか人も少なく、そのまま手を繋いで観てまわった。



 淡水魚のコーナーを過ぎると、水の中の生物と触れ合えるコーナーで、
 ヒトデやエビなどの水槽の中の生物に触ることができて、子ども達には人気があるコーナーだ。


 その中でも目玉の一つがドクターフィッシュと呼ばれる魚で、水槽に手を入れると、手に寄ってきて皮膚の古い角質を取ってくれる。
 歯が無いため肌に触れても痛くなくてくすぐったい程度で、海外では皮膚病の治療に使われているらしい。


 ドクターフィッシュがいる水槽に二つ大きな穴があって、ブッキーとアタシそれぞれ一つずつ中に手をいれる。
 手を入れるとすぐ、全長10センチ程の小さな魚がたくさん手に群がってくる。
 同時に入れたのに、ブッキーの方は少なくて、何故かアタシの方にばかり魚が寄ってくる。


 手のケアは完璧!・・・・なはず。ちょっとそこ、何で笑っているの?
 軽くヘコんだけど、楽しそうなブッキーの顔を見ると、気分が少し浮上してくる。



 触れ合いコーナーには別の水槽もあって、浅くて岩などもあり、自然を模した作りになっていて、魚やヒトデなどがいる。
 逃げ足?の速い魚もいるけれど、大抵の生物は動きが鈍くて小さな子でも捕まえることが出来る。


 この水槽だけ時間がゆっくり流れているようなそんな中で、何かが物凄いスピードで動いている。
 足を縮めて身体を丸め、弾丸のようにこちらに向かってくる。
 岩と同化していたから気付かなかったけれど、あの八本足の黒い影はアレだ。


 「ちょっ、ちょっと、こっち来て、ブッキー」
 「えっ、美希ちゃん・・・・待って」



 少し不自然な離れ方だったけれど、ブッキーは何も言わない。そのまま順路に従って進むと、次は深海生物のコーナー。
 深海は光が届かなくて暗いから、展示コーナーも照明が落とされて真っ暗だ。
 水槽の中は赤光に照らされていて中の生物が見えるけど、周りが暗いから覗きこまないと見えない。
 人気があるコーナーには思えないのだけれど、人垣ができている水槽があった。


 自分達の順番がきて水槽を覗きこむと、ふわふわと何かが水中を泳いでいる。
 クラゲやナマコのような形で、UFOが浮かんでいるようにも見える様は、
 決して可愛いとは言えないが、癒し系で愛嬌があって、キモかわいいといった感じだろうか。


 赤黒い体色は、なんとなく、アレを彷彿とさせるけれど・・・


 「珍しい。メンダコね」


 「メン・・・ダコ?!」
 「うん、メンダコ。メンダコは飼育するのが難しくて、水族館でも・・・・・美希ちゃん!?」



 タコだと知らない前に、少しでも可愛いと思えたことが信じられない。
 アタシの名前を呼ぶブッキーの声が聞こえたけど、逃げることしかその時のアタシの頭になかった。



 全力疾走で館内を通り過ぎると、行き交う人々が怪訝の表情でこちらを見る。
 後で考えると凄い形相で走っていたんだろうけど、この場から離れたくて、とにかく走る。


 あそこのコーナーを曲がり、直線を進むと見えてくるゲート。そこをくぐるとゴール・・・
 ・・・ではなくて、すでに水族館の敷地から出てしまっていた。


 水族館に再入場するには再びチケットを購入するしかなく、中学生の小遣いではかなり厳しい。
 それに、タコがいるあの場所に戻るのは気が進まない。というより、行きたくない。
 ラブやせつなならまだしも、タコが怖いことを一番知られたくない、ブッキーに知られてしまうなんて。
 事前にタコがいそうな場所を調べておいたのに、深海魚のコーナーは盲点だった。



 数分遅れて、ブッキーが館内から出てきた。
 他にも観る所があったから、自分には構わず観てればいいと思うけど、迷わずアタシの所に来てくれた。
 そのことは嬉しいけれど、同時に、ブッキーにアタシの顔を見られたくない。
 だって、今のアタシは全然、完璧じゃない。


 入口近くにある自動販売機からスポーツ飲料を買ってきて渡してくれた。
 いつもなら甘いものはあまり口にしないのだけど、今は糖分が欲しい気分。


 ベンチに座ったアタシの隣、一人が座れるくらいのスペースを開けて、ブッキーが座る。
 辺りには誰もいないから、ベンチにはスペースの余裕があるのだけど、
 いつもだったら、スペースがあろうとなかろうと、肩が触れ合うような間隔で座る。
 今のアタシとブッキーの距離はそのまま、心の隔たりであるような気がして、心が沈んでくる。


 ブッキーに貰ったペットボトルのふたを開け、スポーツドリンクを喉に流し込むと、
 冷たくて甘い液体が身体に沁みわたり、気分が少し落ち着いてきた。


 「格好悪いでしょ、アタシ。タコが怖いなんて」
 「美希ちゃんは格好悪くない!」


 「・・・・・美希ちゃんは、格好悪くなんかないよ」


 ブッキーの強い語気にアタシも少し驚いたけど、言った本人の方も驚いたのか、小さい声で言い直す。


 「うん。ありがとう」
 「わたしの方が格好悪いよ。獣医さんになりたいのに、以前はフェレットが苦手だったし」


 そういえば、ブッキーはフェレットが苦手で、最初の頃はタルトのことを避けていたんだった。
 でも、動物と姿が入れ替わるというラビリンスからの攻撃で、ブッキーとタルトが入れ替わって、
 結局、姿は元通りに戻って、ブッキーはフェレット嫌いを克服することができたんだっけ。


 「それに・・・・」
 「それに?」


 ブッキーが少し言い淀んだ後、顔を上げてアタシを見つめて言う。


 「それに・・・美希ちゃんはたこが嫌いなのに、わたしの為に水族館に誘ってくれたのが、嬉しい」
 「ブッキー・・・・」


 なんだか、ちょっといい雰囲気。
 周りには人影もないし、手を握って、ブッキーを引き寄せて、そのまま・・・



 グ~~~~~


 雰囲気を一変させる音は、アタシのお腹から。
 水族館の外で、辺りは静まり返っているから、お腹の音はブッキーの耳にも届いただろう。
 なんか本当に、今日は格好悪い所ばかり、ブッキーに見られてる。


 「美希ちゃん、ごめんなさい。今度、オーディションがあるから、お弁当少なめにしたの」


 確かに、タコライスは美味しかったけど、量が少なかった気がした。
 それと、昼ごはんを食べた後は、何処にアレがいるかと極度の緊張の連続で、
 しかも、全速力で水族館を一周したから、お腹が減ってもおかしくない・・・のかも、しれない。


 「何か食べるもの、買ってくるね」
 「ブッキー、待って・・・」


 いらないと伝えようとしたけど、既にブッキーは走り出していた。
 水族館の入口の近くに出口があり、入口の反対側には屋台のようなお店が何件か並んでいる。
 お昼時間であれば沢山の人で賑わっているが、今は昼を過ぎているせいか人の姿はない。


 「えっと、確かこの辺に・・・・あ、あった。おじさん、たこ焼き下さい」



 だから、タコは嫌!!




 了




 ~おまけ~


 「美希ちゃんに問題です。魚へんに喜ぶと書いて何というでしょう」


 「魚へんだから、魚の名前よね。喜ぶだから・・・めでたいで、タイ?」
 「ブー」


 「ヒントはよく食べられている魚です。でも、美希ちゃんはあまり食べないかも」
 「サケ、いわし、あじ、さば、さんま・・・・」
 「ブー、全部不正解です」


 「分かんない。正解を教えてよ、ブッキー」


 「正解は・・・恥ずかしいから、美希ちゃん、目を閉じて」
 「うん、分かった」


 と言ったものの、恥ずかしいと言った意味が分からない。
 言われるまま目を閉じると、唇にふわっとした柔らかい感触。
 キスされたと気付いた時には、ブッキーが離れてしまっていた。


 正解できなくて少し悔しかったけど、これが罰ゲームというなら、
 また、クイズが不正解でもいいかなって思う。


 「ところで、さっきのクイズの正解は?」
 「さっき、口にしたけど」


 「アタシ、聞いてない」
最終更新:2013年02月16日 19:28