「一番欲しかったモノ(後編)」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




あれから、どうやって家に帰ったのか今一つよく覚えていない。
色んな事が頭をぐるぐる駆け巡り、よく事故にも合わずに帰宅出来たものだ。
ひょっとしたら祈里は自分の言った事の意味が理解出来なかったの
ではないかとすら思った。
そうでないなら、あの事自体が夢だったのではないか、と。
しかしその後、何度も掛かってきた電話や『ちゃんと話そう?』
『電話に出て』と言うメールが届く度に、夢でも祈里の勘違いでも
無い事を認識させられた。
結局、一度も電話もメールの返信もしなかったけれど。
それどころか、ラブやせつなに不審がられながらも祈里と直接顔を
合わせる勇気が無く、露骨に避けまくっていた。


しかし、万人に平等に過ぎ行く時間は、情け容赦無く日付を刻む。
悶々としながらも、イブはあっと言う間にやって来た。



(…アタシってば、何ケーキなんか用意しちゃってるんだろ……)



チョコレートムースの上にラズベリーやブルーベリーをふんだんに
飾り、金箔を散らしたケーキ。
土台にはリキュールを染み込ませ、中にもブランデー漬けのチェリーが
入った少し大人向けのケーキだった。
サイズも小ぶりで二人で丁度良く食べきれるくらいの量。
恋人同士が二人きりで過ごす夜の為に作られたはずの物。



(しかもこーんな張り切ったケーキ買ってきて馬鹿じゃない?)



来ないかも知れないのに…。
嫌、普通に考えたら来ると思う方が可笑しい。
あんな、苛立ちと一方的な想いだけをヤケクソでぶつける様な
告白とも言えない告白。
勝手に不機嫌になって当たり散らした挙げ句に、一晩好きにさせてくれ、なんて。
怒って絶交を言い渡されたって当たり前なのに。



(でも…ブッキーは来るって言ったよね……それって…)



ちゃんと家族に泊まりの了解を取ってくると言っていた。
それはつまり、泊まる気があると言う事で、泊まる気があると言う事は、
それはつまり……


あの時、祈里は真剣な顔をしていた。
困った様な顔でもなく、泣きそうな顔でもなかった。
ただ静かに、いつ?と聞いて来た。


(…本当、に?)



心臓が早鐘を打つ。
本当に、本当に、触れても良いのだろうか。



インターホンの鳴る音にハッとする。
8時を数分過ぎている。いつの間にこんなに時間が経ったのだろう。
今自分がどんな顔をしているのか分からない。
美希は雲を踏む心地で玄関へ向かった。



「メリークリスマス、美希ちゃん…」


そう、ニッコリと微笑む彼女に美希は言葉が見つからない。
今日の祈里は真っ白なケープの下に真っ白なニットのワンピース。
レッグウォーマーにブーティ。頭は耳当てではなく、サイドに花の
モチーフの付いたニット帽。
そっくり同じではない。でも、あの雑誌の美希と良く似た、祈里に
より似合う様にアレンジした姿だった。
美希の顔がほころぶ。
やっぱり、こう言う服は祈里の方が良く似合う。
メイクや髪も自分の時の様に作り込んではいない、ナチュラルな感じ。
それでも、そこにいるだけで雪原に可憐な花が一輪咲いている様だ。
真っ白でふわふわしてて、まるで雪の妖精みたい。



「…可愛い。すごく、似合ってる」
「えへへ。ちょっと頑張ったんだ…」
「うん。めちゃくちゃ可愛い」
「膨張して見えない?」


上目遣いに悪戯っぽく聞いてくる。仕返しのつもりだろうか。
思わず笑い声が溢れた。



「もう、あんなの冗談じゃない」
「冗談にならないよ。丸いの気にしてる人間には!」
「ブッキーくらいなら丸い方が可愛いわよ?」
「あんもうっ!やっぱり丸いって思ってるんだ!」



笑顔が弾ける。ついさっきまでの気まずさも、ずっと感じていた苛立ちも
いつの間にか消えていた。



「わぁ、綺麗なケーキ。食べるのもったいないね」
「二人だから小さいヤツで良かったよね?」
「わたしこれくらいなら一人でいけちゃうよ?」
「デブるわよ?それに食べるのもったいないんじゃなかったの?」
「ね、ね、アレとか無いの?ほら、蝋燭の代わりに花火みたいなのが
ぱちぱちするやつ!」
「じゃーん!用意してございます」「おぉ〜っ、さすが!美希ちゃん完璧!」



何だか切るのが可哀想だ、と祈里が言うので、直接スプーンで
掬いながら食べる事にした。
時々ふざけて、あーん、と食べさせっこしたり。
わざと顔にクリームをくっつけたり。
最後の一口を口に運んだ後、美希は祈里の唇に付いたクリームを指で拭った。
何気無くしたその仕草に、不意に二人の動きが止まり、空気が変わった。
美希はぎこちない動きで拭ったクリームを舐める。
その仕草を見つめる祈里の瞳に、何故今日ここに二人きりでいるのかを
唐突なくらいに突き付けられた気分だった。


どちらともなく口をつぐみ、沈黙が降りる。


「……あの……」
「…ん?」
「……本当に、いい、の?」



祈里は、そっちが言い出したんじゃない、とも、美希ちゃんが誘ったんだよ、
とも言わなかった。
ただ、黙ってコクリと頷いてくれた。



「……じゃあ、ベッドに乗って…」


美希はなるべく平淡な声を出すように努力してみたが、その声は
どう聞いてもみっともなく上擦っていた。
そっとベッドに横座りになった祈里が、次はどうするのかと視線で
問いかけて来る。



「服、脱いで…」


まずソックスごとレッグウォーマーを脱いで裸足になる。
小さな白い素足がはっとするほど艶かしく感じて、高鳴った
心臓が既にどうにかなりそうだった。
祈里は少し躊躇う様に目を伏せ、それでも被りのワンピースを頭から
脱ぐ。
下着とキャミソールだけになると、普段隠している豊かな曲線が
顕になり、美希はその目映さに目眩を起こしそうだった。
美希に言われる前にキャミソールを脱ぎ、ブラとお揃いのショーツだけになる。
脱いでみると想像よりもずっと華奢な腕やほっそりとした脚。
まだあどけないと言ってもいいくらいの薄い肩。
それとは裏腹なたっぷりと実った乳房が可愛らしいブラから零れん
ばかりに丸く盛り上がっている。
美しいカーブを描く腰回りは、既に少女から大人への過程を余す事無く
表現し、白い肌は触れたら蕩けてしまうような錯覚さえ覚える。



「……これも…」


美希がブラの肩紐を指でなぞると、祈里は素直に頷いて背中に腕を回し
ホックを外す。
美希は思わず息を飲んだ。
豊かな膨らみの先端を飾る、淡い桃色の蕾。
急に外気に晒された為か、緊張の為か。たぶんその両方。
ぷっくりと尖り、誘う様に震えている。


「ブッキー、好き…。好きなの…」
「あっ、美希ちゃ…」



ぎゅっ…と抱き締め、ベッドに横たえる。
美希の胸の下で柔らかく押し潰された乳房。
その中で祈里の心臓が健気に
脈打っているのを感じる。



「…触って、いい?」
「……うん…」


実際に触れてみると、見た目以上のボリュームと弾力。
思わず、うわぁ…、と感嘆の息が洩れる。
指を押し返す弾力。さらに力を入れると、指が包み込まれる様な
柔らかさと温もり。
いつまでもやわやわと戯れていたくなる様な、うっとりするほど
心地好い感触だった。
両の手のひらで丸い膨らみを撫で、収まり切れない柔らかさを
集める様に揉みしだく。
柔肌の表面が一瞬にしてザワリと粟立ち、美希にその敏感さを
伝えてくれる。


尖った小さな蕾を指の腹で転がすと、祈里はびくりと跳ね上がり、
甘く泣き声を漏らした。


「…んっ、んっ、あぁっ…みきっ…ちゃ、あんっ…」


小刻みに震えながら、耳を蕩けさせるような声を溢す唇。
熱い息を切な気に送る、小さく開いた花びら。
その間に真珠の様な白い歯が並び、赤い舌がちろちろと、まるで花に隠れ棲む
別の生き物の様に見え隠れしていた。
そこに吸い付き、思う様に蹂躙したい、そんな気持ちを押し留め、
美希は胸の谷間に顔を埋める。
求め続けた愛しい人の甘い薫りに噎せ返りそうになりながら、
丁寧に丁寧に唇を這わせる。


「好き…好き…好き、好きよ…」


熱に浮かされ譫言の様に繰り返しながら、限界まで膨らんだであろう
胸の先端を口に含み、甘噛みした。



「ああぁんっ!…あっ、ああっ…美希ちゃんっ、美希ぃ…っ!」


悲鳴に近い嬌声を聞きながら、その声を紡ぐ唇を己の唇で塞げないのが切なかった。
キスはしない。そう、決めていたから。


「…唇は、貰わないでおくね………」


愛しむ手つきで、宝物の様に祈里の唇を指で擽る。
羞恥と快感に眉根を寄せ、頬を紅潮させた祈里は潤んだ瞳を問いかける
様に向ける。


「いつか、本当にあげたい人にあげて欲しいから……」



どうしてキスはセックスよりも神聖なものの様な気がするのだろう。
無理に唇を重ねる事は、肌を合わせるよりもしてはいけない事に
感じていた。
だから、ファーストキスは貰わないでおこう。
いつか、祈里が本当に好きになった人に捧げて欲しいから。
今夜、無理矢理体を奪おうとする自分がこんな事を考えるのは
欺瞞だとは分かっている。
恋人になれるのは今夜限り。そう約束した。
だったら、何もかも奪うのではなく、自分が一番大事だと思うモノは
奪わずに残しておきたかったから。


「美希ちゃん…美希ちゃん…美希、ちゃ、ああっ!…っ」


お願い。そんな声で名前を呼ばないで。
そんな風にされたら……勘違いしちゃいそうになる。



「…うぅっ、ふぇ…ひっく…えっ…えっ…」
「…?……!…え?ちょ、何?美希ちゃん?」


祈里の胸にパタパタと温かい雫が落ちる。



「やだっ!何?美希ちゃん泣いてる?」


何故この状況でそちらが泣くんだ、そんな心境で思わず身を起こした
祈里は美希の顔を覗き込む。
小さな子供の様に顔をくしゃくしゃにして美希がしゃくりあげている。



「無理ぃ…、うぇぇん、無理だよぅ。今夜だけでお別れとかヤだぁ…」
「……美希ちゃん?」
「だって、だって、好きなんだもん。ずっと好きだったんだもん!
これで終わりなんて…ひっく…嫌だぁ…」
「美希ちゃん、ほら、こっち向こう?」



イヤイヤをするようにむずがる美希の頬を祈里の小さな手のひらが挟む。



(……え?……へ?)



唇に、柔らかく塞がれる感触。ちろりと唇の裏を舌が擽るのを
感じ、美希はふるりと身を震わせる。
緩んだ美希の歯を抉じ開けて熱い息と舌が滑り込んで来た。
戸惑う美希の舌を掴まえ、絡めとり、からかう様に追いかける。
微かなアルコールとベリーの香り、チョコレートの苦さと甘さ。
祈里の唇から拭ったクリームと同じ味をまとった舌。
半ば無意識に美希は祈里の滑らかな背中に腕を回し、縋りついた。


(…どうして……?)



キスしてる。それも、祈里から。
祈里の舌は信じられないくらい甘くて、火傷するんじゃないかと
思うくらい熱くて、頭の芯がジンジン痺れるくらい気持ち良くて…。
もうこのまま時が止まってしまえばいい。
長い長い口付けが終わり、ぼぅっと霞んだ頭のまま祈里を見つめる。
少し呆れた様な表情を浮かべている気がするのは何故だろう。



「あー良かった。本当にこのままハイ、さようなら、なんて事になったら
どうしようかと思った」
「…?」
「あのねぇ、美希ちゃん。人の話を聞かないにも程があると思わない?」
「え?…あの、ブッキー…?」
「一度だけとか、今晩限りとか、もう忘れるとか。何で一人で勝手に決めちゃうの?」
「………」
「返事もさせてくれずに、一方的に別れるとこまで決めるとか、
あんまりだと思うのよ」
「…あの、それって…」
「まあ、それでも一回気の済むまで好きにすれば落ち着いて話も出来るかと
思ってたのに……」
「………………」
「ホントにもぅ…、今度は途中で泣く?」



そして相変わらず呆れた様な表情のまま、祈里はサラリと言ってのけた。



「わたしも好き。ずっと美希ちゃんが好きだったのよ…?」
「…ふぇ…でも、それじゃ…」



この悩みに悩んだ月日は何だったのか、そんな恨み事が口をついて
出そうになったが、寸での所で押し留めた。



(もしか……しなくても、ブッキーすごく怒ってる…?)



呆れた様に見えた表情は爆発しそうな怒りを押し込めていたから、
と気付いた所で祈里の氷の様な声と眼差しが美希を金縛りにした。



「八つ当たりみたいな告白?もどきをしたと思ったら、一回ヤらせて
くれたら全部忘れて消える、ですって?」
「イヤ、そんなストレートな…」
「でもそう言う事でしょ?現にこの状況なんだけど?」


はい、確かに。


「結構、ショックだったんだから。一回好きに触って一晩経てば
もうおしまい。そんなので気が済む?馬鹿にしてるとは思わない?」
「はい…」
「うん、それでいいよ。せめて泣くぐらいしてもらわないと」
「…………」
「反省してる?何か言う事は?」
「ご、ごめんなさい…」
「うん。これからは人の話はちゃんと最後まで聞こうね」


えーと、つまりこれは、晴れて両想いになれた…ってコトなの?



「ハイ、じゃ、美希ちゃん。バンザーイ、して?」
「?……こう?」



美希が両手を上げると、祈里はエイッとばかりに美希の上半身から
ニットと下のキャミソールごと剥ぎ取ってしまった。
その勢いで器用にブラのホックまで外し、瞬く間に美希は半裸に
剥かれてしまう。



「ええええっ?!ちょっ!待って!」
「どうして?美希ちゃんはわたしを触ったんだから、わたしだって
触っていいでしょ」
「でもっ!」
「あのねぇ、美希ちゃん…」


いつものおずおずとした上目遣いとは違う、挑発するような祈里の視線。
美希は蛇に睨まれた蛙もかくの如く、だ。


「もしかして、イヤラシイ事考えてたのは自分だけだとでも思ってる?」
「ぶぶぶ…ブッキー…?」
「わたしだって、美希ちゃんがわたしにしたいのと同じくらいには
考えてたと思うよ?」



そう囁きながら、祈里の指が美希の淡い膨らみの上を滑ってゆく。


「ふふっ、美希ちゃん可愛い…」



祈里の小さな手のひらでも十分収まってしまう、小ぶりな胸。
その中央にある祈里よりも更に小粒な蕾を爪で軽く引っ掻く様になぶられた。
その途端、美希は信じられないくらいの甘い戦慄に全身を震わせた。
ぷつんと勃ち上がったそこを舌で転がされると、聞いた事の無いような
はしたない声をあげて身悶える自分がいた。


「美希ちゃん…気持ちいいの?」


少しからかう様な響きを含んだ祈里の声に頬に血が上り熱く火照る。
ちゅっちゅっと音を立てて小さな乳房を犯しながら、祈里の指は
まだ穿いたままの美希のスカートの中に潜り込んだ。
下着の隙間に指を捩じ込もうとする祈里に、美希は焦った声をあげる。



「やんっ!待って!アタシまだそこまでしてない!」
「でもどうせわたしにもするつもりだったんでしょ?」
「…そりゃ、そうなんだけど…」
「だったらいいじゃない。どっちが先でも」
「…そ、そう言う理屈じゃ…」
「何?嫌なの、美希ちゃんは」



慌ててぶんぶん首を振る。
ああ、そうだ。やはり祈里は相当怒っているのだ。
満足気に微笑んだ祈里に、情け容赦の欠片も無く下着を剥ぎ取られて、
美希は諦めの溜め息をついた。


晴れて両想い、が、しかし。
これで今後の力関係が完全に決まってしまった様な気がするのは
思い過ごしだろうか。


(まあ、いいや…)



「…美希ちゃん、大好き」



真っ直ぐに目を見てそう言ってくれる祈里に、美希は精一杯の想いを
湛えた笑みを返す。



「アタシも好き。祈里が大好き…」


しっかりと、抱き締め合う。
きっと、自分は祈里を抱きたかった訳では無い。
祈里に抱かれたかった訳でも無い。
こうして、抱き合いたかった。
見つめ合い、キスして、温もりを交換する。


それが、一番欲しかったモノだったから。


もう、意味の無い苛立ちも必要無い。
あなたがすべて溶かしてくれたから。
最終更新:2013年02月16日 17:42