「一番欲しかったモノ(前編)」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




「ねぇねぇ、これだよね?美希ちゃん可愛い!」


祈里は開いたファッション雑誌を美希に見せ、小声ながら興奮気味に賛辞を贈る。
ありがと、と少し苦笑いで答える美希に祈里は軽く小首を傾げる。
クリスマス一色に彩られたショッピングモール。今日は二人で買い物だった。
フラリと立ち寄った書籍コーナーで美希の載った雑誌を見付け、
祈里は我が事の様にはしゃいでいる。


「どうしたの?あんまり気に入らない?」
「うーん、何て言うか…ちょっと可愛いらし過ぎるかなぁ…って」
「そんな事ないよ!確かにいつもとイメージは違うけど。
すっごく素敵だもん!」


どうしてアナタがムキになるのよ、と美希の苦笑が深くなる。
でも、美希の事を悪く言うのは美希本人ですら許さない!と
言わんばかりの勢いに嬉しくなるのも確かだ。
この写真の美希は、長い髪をツインテールに結い、毛先をくるくると
巻いている。
メイクもいつもは切れ長を強調させるような、クッキリした目元にしている
事が多いのに少しタレ目気味に作ったアイラインに付け睫。
チークも寒さで紅潮した感じを出すために、明るいピンクを頬に広めに入れている。
ふわふわした耳当てに、ハイゲージのざっくりしたミニのニットワンピ。
オーバーニーソックスにレッグウォーマー、足元もふんわりした
ブーティー。
全体を白でまとめ、ポーズも凍えた手を温める為に息を吹き掛ける
様に口元に手を持っていっている。
一歩間違えば子供っぽいを通り越して、媚びたあざとさが見えそうな
構図だが、敢えて長身で大人びた容姿の美希がする事によって
絶妙の甘さ加減になっている。


「うん、ありがと。でもこういうのはブッキーのが似合いそうだよね」
「そうかなぁ?わたしが着たらコロコロになりそう」
「そんな事ないわよ。まあ、全身白は膨張して見えそうだけど、
ちょっと濃い色でポイント付けたりしたらきっと可愛い」
「ほらぁ、やっぱり。こんなのは美希ちゃんみたいにスラッとしてないと
厳しいんだと思った」
「だから、似合うって言ってるのに何で言葉の裏を探るかなぁ」
「いいよー。自分でも丸いのは知ってるもん」


祈里の拗ねた振りの上目遣いを、美希は苦笑では無い笑顔で受け流す。
ラブやせつなには少し申し訳ないが、こうして二人きりで過ごせるのが嬉しい。
今年のクリスマスは四人でのパーティは無理になってしまった。
桃園家はクリスマスに合わせて旅行らしい。
かと言ってクリスマス前には四人とも予定が中々噛み合わず、
25日を過ぎてからパーティと言うのも…と、何となくお流れになってしまった。
でもまあ、忘年会に初詣。新年会だってあるし、集まる機会はいくらでもある。
四人でワイワイ出来れば名目は何だっていいのだから。



「でもつまらないね。今年はラブちゃんもせつなちゃんもいないなんて」


雑誌のページを捲りながら唇を尖らせる祈里に、美希の高揚していた
気分はパチンと音を立てて萎んだ。


(アタシと二人きりじゃつまらないの?)


悪気が無いのは分かる。でもどうせなら二人で楽しく過そう、
そう言って貰いたいと思うのは我が儘なんだろうか。
チラリと祈里の読んでいるページに視線を走らせる。
『冬のモテファッション』とデカデカと特集されたコーナー。
如何にも『男子ウケ』を狙った甘ったるくガーリーなコーディネートや、
ティーンズ向け雑誌だからあからさまな露出は控え目だが、体の線を
強調するピッタリしたトップスにミニスカートやショートパンツ。
美希の心にチリッと小さく火傷したような痛みが走る。


あんな服は祈里には似合わない。
ただでさえ女の子らしい祈里なら、あまりにもフリフリした格好は
却って嫌味に見える。
それに、小柄で華奢なわりに発育の良いのを少し気にしている祈里なら、
あんな胸や腰の曲線を見せ付ける様な服はいつもは興味を示さないのに。


(誰かにモテたいワケ……?)


最近こう言う事が増えた。
祈里の些細な言動が心を引っ掻き、ささくれさせる。
祈里は可愛い。でも本人はどれくらい自覚しているんだろう。
同世代の男の子にとっては、手入れの行き届いた美少女然とした
美希よりも、ほんわかおっとりとした祈里の方が受けが良いだろう
事も想像がつく。
今は、まだいい。真面目なミッション系の女子校。ましてや中学生なら
彼氏持ちなんて極一部の積極的な子達だけだろう。
それに祈里なら、あまりそう言うタイプとは接点がなさそうだし。
でも高校生になったら?
きっと祈里の周りの真面目な子達も普通に異性に興味を持ち始めるだろう。
友達に彼氏が出来た、なんて話を身近で耳にするようになれば、
祈里はどんな反応を見せるのか。
それに祈里は獣医を目指しているのだから、大学は獣医学科のある所を
受験するはずだ。
それなら当然共学になる。
祈里のような可愛い子がフリーでいたら周りが放っておく訳がない。
いずれ同じ年頃の異性に恋をして、恋人に誉めて貰う為のメイクや
服装を研究したり………。


(馬鹿じゃないの?どこまで妄想してるんだか)


自分で自分を茶化して見ても、虚しくなるだけだった。
マッチで擦った様な小さな炎が胸を焼く。
その炎はまるで薄い紙を一瞬で燃え上がらせる様に、美希の苛立ちに
火を付ける。
些細な嫉妬を燃やした煤が心を内側から黒く汚していく。
祈里の所為じゃない。
彼女にとって、自分はただの幼馴染みの友達なのだから。
まさかその友達が、邪な欲望を隠した目で見ているなんて想像もしないだろう。



「…美希ちゃん、美希ちゃん!」
「え?あ、何?」
「携帯、鳴ってるんじゃない?」
「えっ?!」


バッグの中で携帯が振動している。
ぼんやりと馬鹿みたいに物思いに耽っていてまったく気づかなかった。


「…あ、マネージャーから…」
「掛け直す?」
「…うん、ちょっと待ってて」



(はぁぁ……重症かも…)


その場を離れながらため息をつく。
クリスマスを二人で過ごしたい。ただそれだけを言うのに何をグズグズしているのか。
別に祈里は何の躊躇いも無く受け入れてくれるだろう。
仲良しの友達からの誘いなのだ。断る理由なんて無い。


(好き…って言ったらどうなるんだろう)


あの無邪気な笑顔が凍り付くのが恐い。
はっきりとは断られなくても、ほんの少しでも拒絶や嫌悪を感じてしまったら…。
立ち直れる気がしない。そうでなくても告白なんてしたら元の気の置けない
幼馴染みには戻れない。
でも、もうそろそろ限界なのかも知れないと感じていた。
さっきの様に祈里の何気無い言葉一つにいちいち苛立ちを覚え、
ストレスを募らせる。
自分のいない所で祈里がどんな風に過ごしているのか気になって仕方がない。
理不尽な苛立ちを祈里にぶつけてしまうのも時間の問題だった。
祈里には美希の苛立ちの意味すら分からないだろうに。




「……あの、困ります…」
「いいじゃん、男二人でカフェとか入り難いんだよね」
「そうそう、一緒に行こうよ。奢るからさ」
「…でも、その…友達を待ってるんで…」
「だからさ、だったら友達も一緒に!」
「二対二で却ってちょうどいいし…」



半ば上の空で掛けた電話に手間取り、戻ってみると祈里が二人組の
高校生くらいの男に絡まれていた。
困った顔できっぱりとした拒絶も出来ない祈里に、押せば何とかなりそう、と
ばかりに迫る二人組に、美希の落ち着きかけていた苛立ちに再び
火がくべられる。


「この子に何か御用ですか?」


顔だけは完璧な微笑みを浮かべて祈里を引き寄せる美希に、祈里が
安堵の息をつく。
二人組の高校生は、現れた『友達』が想像を遥かに越えた美少女なのに
幾分気後れしたような表情を見せた。
美希は相手の僅かな怯みをすかさず捉え、追い縋る隙を与える
暇も無くあっと言う間にその場を後にした。


そこから先はよく覚えていない。
気が付けばショッピングモールを出るどころか、どこをどう歩いたのか
人気の無い裏道を速足で歩いていた。


「…待って!ねぇ、美希ちゃん、待ってよ…」


祈里が小走りに追って来る。


「ごめんね、あの、わたしがぼんやりしてるから…」
「……まったくだわ…」


吐き捨てる様な美希の呟きに、祈里がびくりと竦むのを感じた。
どうしよう。イライラが止まらない。
こんな事、言いたいんじゃないのに。


「あ、あの、あのね。最初はカフェの場所聞かれただけなの。
そしたら、なんか、分からないから案内してとか言われて…」
「ショッピングモールの中のカフェなんだから本当に分からないなら
店員に聞くでしょ?!女の子が一人の所にわざわざ声かけるって、
どう考えてもナンパでしょ?気付こうよ」
「そっか、そうだよね…」
「知らないので店員さんに聞いて下さいとでも言って、すぐにその場を
離れればいいでしょ?何を馬鹿正直に相手してんのよ!」
「でも…美希ちゃんを待ってるとこだったし…」
「そんなの、戻ってその場に居なければ電話でもするし!第一何の為に
携帯持ってるの?移動しましたってメールでも打てばいいだけだし!」
「……あ、うん。あの、ごめんなさい、何だか焦っちゃって…」
「ぼんやりしてるから、あんなチャラいのに絡まれるんだからね!」


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
祈里は悪くない。そんな事分かってる。
あれで良かったんだ。祈里は美希とは違う。
しつこいナンパを相手に気を悪くさせないように断るスキルなんて
持ち合わせていないのだから。
下手な断り方をして恨まれたりしたら却って面倒な事になる。
自分ならあの程度なら軽くあしらえるのだから、祈里を責めるのはお門違いだ。



「………だから、次から気を付けるのよ…」



大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせて何とか刺のある口調を
引っ込める。



「うん!」


美希が語気を和らげた事にホッとしたのか、駆け寄った祈里がそっと
手を繋いできた。
美希は祈里の顔を見ない様に、正面を睨む様に見据えたまま
唇を引き結ぶ。
どうしてこんなに簡単に手なんか握るんだろう。
今の自分には絶対に出来ないのに。
彼女は何の気負いも見せずに幼い頃と変わらない態度で接してくる。
口を開けばまた余計な事を言ってしまいそうで美希は黙って
しんと静まり返った道を歩き続ける。
コツコツと靴音だけが響く中、さすがに繋いだ手を振りほどく事は出来なかった。
口を聞かないものの歩調を祈里に合わせて弛め、軽く手を握り返す。
そんな美希に、怒りが治まったと思ったのか祈里は少し遠慮がちに
話掛け始める。



「美希ちゃん、ごめんなさい」
「…いいよ。アタシこそ、ゴメン…」
「ううん、でも美希ちゃんがいてくれて良かった。わたしじゃあんな風に
上手くかわせないもん」


そんな風に言われるのも微妙に複雑だ。
何だか自分が世慣れた遊び人の様に思われてると感じるのはさすがに
ひねくれてるだろうか。
そんな美希の気も知らず、すっかり安心した様子の祈里はご機嫌に
話しかけてくる。



「あのね、それでね、美希ちゃん。クリスマス何だけど予定ある?」
「………………」
「良かったらさ、ラブちゃんもせつなちゃんもいないけど二人で
パーティしようよ?」
「…………………」
「レミおばさん、毎年イブはパーティに出掛けるでしょ?だったら
お泊まりでお喋りも出来るし…」



美希は祈里の手を握り潰さないように必死だった。
クリスマスを二人で。何度も喉元まで出かかっては飲み込んで来た
台詞をあっさりと、まるで拗ねた美希のご機嫌取りのネタにする様に
サラリと言ってのけた祈里に殺意に近いものさえ覚えた。
どこまで『安パイ』扱いなんだろう。
最初から分かってた事じゃないか。
ただの友達で、ただの幼馴染みで、しつこいナンパからも守ってくれる
お姉さんポジションで。
小さな頃からお泊まりどころかお風呂だって一緒に入ってた。
そんな相手に今更恋愛感情なんて抱くはずがないじゃないか。
馬鹿みたいだ。一人で勝手にキリキリ舞いして、それを相手に
悟られないよう必死になってる。



(もういい。どうでもいい。何て思われたって構わない)



これ以上、無理。
友達でいるのも、想いを押さえ込むのも。
どうしたって傷付けるだけ。だったら………
だったらいっそ、嫌われてしまった方がマシじゃないのか。



「ねぇ、何か欲しい物とかある?プレゼント、奮発しちゃうよ?」
「……何でもくれるの…?」
「ん、あんまり高価な物とかは無理だけど…。でも、でも、なるべく
ご希望には添うよ!わたしがあげられそうな物なら何でも」
「本当に…?」
「うん!」


「だったら、ブッキーをちょうだい」


ハタと祈里の足が止まる。


「何でもくれるんでしょ?だったら、ブッキーを全部ちょうだい。
アタシのモノになってよ」
「……あの、美希ちゃ」



祈里が上擦った声で呼び掛ける前に、美希は思い切り繋いだ手を振りほどき、
祈里に向き合った。



「好きなの!ずっとブッキーが好きだったの!もう色々無理なの!
ブッキーがナンパされてるトコとか見たくないし!こんな風に手繋いだ
だけで心臓バクバク言わしてるのバレないようにするとかヤなのっ!」


睨み付ける様に祈里を見据えた瞳から涙がぽろぽろ零れる。


「ゴメン、気持ち悪いよね。幻滅だよね。アタシ、ブッキーがニコニコ
してる横でずっとどうやったらブッキーを自分だけのモノに出来るかとか
考えてた…」
「ねぇ、美希ちゃん。聞いて…」
「だからっ!アタシのモノになってって言うのもどんな意味か分かるでしょっ?!」
「ね、だからね、ちょっと…」
「一度、だけでいいから…。一回、アタシの好きにさせてくれたら
二度とこんな事言わないから…」


何度も美希を遮って言葉を掛けようとする祈里の姿など見えない様に
握りしめた拳を振るわせ、泣きじゃくりながら想いを吐き出す。


「お願いだから。一晩、アタシの恋人になって。そしたら、忘れる…」
「…………」
「ブッキーが、アタシの顔なんかもう見たくないって言うなら消えるし…」
「………」
「ホントよ。高校に上がったら寮に入るか一人暮ししてもいいし…」



祈里の声も、表情も、まったく美希の目にも耳にも入っていない。
と言うより見られなかった。
どんな顔で美希の滅茶苦茶な告白を聞いているのか。
呆れてその場で振られたって文句は言えない。
むしろ、「サイテー!」とひっぱたいてくれてもいいくらいだった。
その方がきっぱり諦めもつくかも知れない。
伏せた視界の端で祈里が深呼吸しているのが見えた。



「………いつ?」
「…えっ?」



思わず顔を上げる。
静かに凪いだ表情の祈里が見つめていた。



「イブに行けばいい…?何時頃?」
「……は…8時、くらい。その頃にはママも出掛けてるから…」
「分かった。じゃ、うちのお母さんにも美希ちゃんちに泊まるって
言っておくね…」
「………うん…」



じゃ、イブにね。
そう言って祈里は踵を返すと茫然と佇む美希を残して、急ぐでもなく
立ち去って行った。



「…え?……嘘でしょ…?」


もしかして、オーケーなの…?



美祈8「一番欲しかったモノ(後編)」(R18)へ続く
最終更新:2013年02月16日 17:41