ホワイト・クリスマス~Five years after~/一六◆6/pMjwqUTk




――星が少し出ているだけで、こんな凍えそうな夜でも、何だかあったかく感じるんだね。
 ベランダで空を眺めていたラブは、ポツリポツリと空を飾る星の光を、少しでも曇らせまいとでもするように、下を向いてはぁ~っと白い息を吐き出した。

 今日はクリスマス・イブ。明日は美希と祈里とその家族を招いて、恒例のクリスマス・パーティーだ。家族ぐるみで気心の知れた友達同士。きっと今年も、時の経つのを忘れるような、賑やかで楽しいパーティーになることだろう。
 打って変わってイブの今日は、家族水入らずのときを静かに過ごすのが、これまたここ数年の桃園家の恒例になっていた。
 ささやかだけど心のこもったプレゼントを家族で交換し、明日のご馳走を考えて、さっぱりめの夕ご飯をみんなで頂く。
 今年のイブの夕食は、湯豆腐だった。最近家庭菜園を始めた駄菓子屋のおばあちゃんにもらったネギが甘くて美味しくて、ついつい飲み過ぎた圭太郎は、「明日があるのに・・・」と、あゆみのお小言を食らっていた。その情けなさそうな顔を思い出して、ラブは一人でクスリと笑った。

 笑顔がこぼれる、あたたかな食卓。その当たり前の光景のありがたさが身にしみて、何としてでも守りたいと思ったのは、五年前の今日だった。
 両親が身を切る様にして口にした「行きなさい」という言葉と、渾身の祈りを込めた眼差し。それを背に決戦の地へと赴いたことが、昨日のことのように思い出される。

――考えてみれば、あたしたちも親不孝したもんだよね・・・。
 ラブはもう一度はぁ~っと息を吐いてから、つぶやくような声で口ずさむ。
「夕ご飯、夕ご飯。みんなでおうちで夕ごは~ん。」
「風邪ひくわよ、ラブ。」
 ふわり、と肩にかかる柔らかな布地の感触と、それよりもっと柔らかな声に、ラブはゆっくりと振り返った。



   ホワイト・クリスマス ~ Five years after ~



 自分もコートを着込んだせつなが、ラブの隣りに立って空を見上げる。薄暗いベランダではっきりとは見えなくても、その顔が穏やかな笑みを湛えていることが、ラブにはわかっていた。
 ニコリと笑って、せつなの艶やかな黒髪に手を伸ばす。
「それにしてもさぁ。せつな、随分思い切ったよね。」
「そう?あんまり長くても、何かと邪魔だし・・・。でも傍から見たら、勿体ないって思うのかしら。美希のお母様にも、ここまで伸ばしたのに、って言われたわ。」
「そりゃあ、伸びるのに時間がかかるし・・・それにせつなの髪、すっごく綺麗だし。」
 せつなはそれには答えず、再び暗い空へと目を向ける。
 今日、せつなは腰まで伸びた豊かな髪をバッサリと切って、肩より少し下くらいまでの、セミロングにしたのだった。

「せつながそんな頭にしてるとさ。なんか、あの頃のこと思い出しちゃうね。」
「私も思い出すわ。ラブのさっきの歌、聞いてたら。」
 せつなが桃園家に迎えられた、あの夏の日。一緒に坂道を駆け下りながら、ラブが高らかに歌ったあの歌は、せつなにとって、家族を表す原点と言ってもいい歌だ。

「あの歌ね。元々は、あたしがちっちゃい頃、お母さんがデタラメに歌った歌なんだ。お母さんが帰ってくるのが遅くて、あたしがむくれてたとき、お母さんがあの歌を歌いながら、よく大急ぎで台所に突進してたの。そのうちあたしも覚えちゃって、歌いながら、お母さんを後ろから追い立てたりしてたっけ。」
 ラブは少し遠い目になる。小さなラブに背中を押され、はいはい、と言いながら台所に入っていくあゆみの姿が容易に想像できて、せつなはクスクスと笑った。
「そう言えば、お母さんもよくあの歌、歌ってるわよね。」
「最近じゃ、せつなもね~。」
 もうっ!と横目でにらむせつなに、ラブはニンマリと笑い返す。

「それで?どうして突然、髪を切ろうなんて思ったの?そろそろ教えてくれたっていいでしょう?」
「別に、大したことじゃないんだけど。」
 せつなはうつむいて、肩の上でカールした毛先に手をやる。
「年が明けたら、新しいスタートだから・・・。だから、とにかく精一杯頑張ろうって心に決めていた、あの頃の気持ちを思い出そうと思ったの。」
 そう言うと、せつなは困った顔で、ラブの方を振り返った。
「ええっと、こういうのって、『白紙に戻る』って言うんだったかしら。なんか違う気がするんだけど。」
「???」
 突然のせつなの問いかけに、ラブは一瞬きょとんとしてから、ぷっと吹き出した。

「せつな、それを言うなら『初心に戻る』だよ。白紙に戻ったらダメでしょ!」
 アハハ・・・と楽しそうに笑い転げるラブを見て、せつなは少し怒ったように、少し恥ずかしそうに、知らないっ!とそっぽを向く。暗くてよく見えないけれど、きっとその頬は、朱に染まっているはずだ。

 ラブは、ベランダの手すりに置かれたせつなの手に自分の手を重ねて、その色白の顔を覗き込んだ。
「せ~つなっ。ゴメン、怒った?」
「もう、そんなに笑うことないじゃない。」
「ゴメンってば。だって、あたしがせつなに教えるなんて、いつもとあべこべなんだもん。こんな簡単な言い回しを間違えるなんてさ。せつな・・・ラビリンスに長く居過ぎだよ。」
 ラブの声の調子が変わったのに気付いて、今度はせつなの手が、ラブの手に重なる。ラブは上目づかいにせつなの顔を見て、恥ずかしそうに笑った。

 あの最終決戦の後、ラビリンスに戻ったせつな。
 そのまま全く会えずに一年が過ぎ、やがて年に数回は四つ葉町に戻ってくるようになり・・・そして半年ほど前から、せつなは再び、桃園家で暮らし始めた。
 年が明けたら、せつなはラブと一緒に、トリニティの前座として、初めてライブのステージに立つことになっている。
 美希が若手実力派モデルとして頭角を現し、祈里が獣医を目指して勉学にいそしむ中、ラブはずっと一人で、ミユキのレッスンを受けてきた。
 四つ葉町に戻って来たとき、せつなは迷わず、それに合流した。そして、ラブと一緒にダンサーの夢を追う道を選んだのだ。

「でも良かった、せつなの『精一杯』が聞けて。」
「ラブ、からかってるの?」
「違う違う!せつなのあの台詞を聞くとさ、あたしも頑張れるような気がするんだ。これからもっともっと練習して、ステップももっとたくさん覚えて、トリニティに負けないくらい、みんなを幸せにできるダンサーになるんだ、って。」
 ラブは真剣な目をしてそう言うと、もう一方の手で、ギュッとせつなの手を握った。
「せつな、一緒に頑張ろうね。一緒に本気の幸せ、ゲットしようねっ!」
「ええ。精一杯頑張るわ!」
 あの頃と同じ口癖を言って、二人で笑い合う。
 と、その時・・・。

 重ねられた二人の手の上に、白く密やかな空の花がふわりと舞い降りて、触れると同時に、すっとはかなく消えた。

「えっ・・・雪だよ、せつな!」

 見つめる暗い空の彼方から、白いおぼろな影が現れて、後から後からその数を増す。
 イルミネーション輝く家々の屋根に、ひっそりと静まった庭の木々に、まだ人々の声で賑やかな商店街の通りに、音も無く降り注ぐ。

「うわぁ、凄いね。明日はホワイト・クリスマスだよ。」
「ホントね。私、雪の日のクリスマスなんて初めて。」
「あたしも!」
「え?・・・ラブも?」
 せつなは驚いた眼差しで、ラブの顔をまじまじと見つめた。
「・・・ラブはそんなこと、とっくに知ってるもんだと思ってたわ。」
「そーんな何もかも知ってるワケないじゃん。あたしだって、まだ十九歳なんだから!」
 なぜか大威張りでそう言うラブに、今度はせつなが、ぷっと吹き出す。そしてラブと手をつないだまま、空から落ちてくる雪を眺めた。

 今日はクリスマス・イブ。誰かを愛し、誰かに愛されていることを、改めて思い起こし、形や想いで表す日。以前、あゆみにそう教わったことを思い出す。
 今まで本当に、いろいろなことがあった。でもこれからもっともっと多くの、様々な出来事が待っているのだろう。
 初めてのことに戸惑ったり、哀しい出来事に落ち込んだり、不幸に見舞われて心凍る日もあるだろう。でも、ここには私が愛し、私を愛してくれる沢山の人々がいるから。これまでみんなのお陰で築き上げて来た、幸せの土台が確かにあるから。そして、こうして共に同じものを見つめ、一緒に歩んでゆく友が、隣りにいるから――だから何があっても、私はやっぱり、ここで精一杯頑張って生きていこう。

 すぐ下に見える一階の庇が、うっすらと白くなり始めている。
 降る雪が、辺りを覆い隠すのではなく、闇に沈む景色にほのかな白い灯りを点してまわっているようだと、せつなは思った。


~終~
最終更新:2013年02月16日 17:26