「Faithfully@inori」/◆BVjx9JFTno




美希ちゃんは、私のあこがれだった。


テンポが遅い私は、小さい頃男子によくからかわれ、
その度に、ラブちゃんと美希ちゃんがかばってくれた。


クラスでも一番の美人、しかもスポーツも万能な
美希ちゃんが一喝すると、男子はおとなしくなった。



美希ちゃんは、たまたま商店街に来ていた
プロダクションの人に目をつけられ、雑誌に載ったら
たちまち人気となり、モデルさんとして活躍を始めた。


私は応援する反面、美希ちゃんが遠くに行った
ような感じがして、寂しかった。



美希ちゃんは今まで通り四つ葉町にいて、携帯も
メールも知ってるし、呼んだらすぐに会えるのに。



その頃から、私は自分の気持ちの変化に気づいた。


ひとりの女の子として、美希ちゃんが好きだってこと。


美希ちゃんが私に笑いかけるたびに、
私の心はとても幸せになり、
美希ちゃんのフレグランスが香るたびに、
私の胸はドキドキと高鳴っていた。



でも、美希ちゃんは完璧なモデルさん。
芸能界に入って、かっこいい男の人と恋愛して
どんどん磨かれていく人。


私なんかが想っていても、
邪魔なだけ。



それでも、ひょっとしたらって思ってた。


私が想い続ければ、その想いに
応えてくれるんじゃないかって。



みんなで誕生会したとき、私へのプレゼントに
美希ちゃんが選んでくれたハンカチ。


美希ちゃんがアロマに凝り出した頃、
私をイメージして作ってくれたフレグランス。


今でも使っている。
美希ちゃんがそばに居てくれる気がして。



さっき、学校の帰りに寄った占いコーナーで出た
「近く、すばらしい進展があります」という結果は
信憑性はともかく、何か嬉しかった。



美希ちゃんとも、進展するといいな。



「山吹さん」
後ろから声をかけられた。


御子柴君だった。
遊園地にみんなで行ってから、
ほとんど会っていなかった。


「今、帰りですか」
「うん、ちょっと寄り道しちゃった」


「先日はすみません。僕、何だか格好悪くて」
「ううん、人には苦手なものがあるし。
 私こそ、苦手なものに付き合わせてごめんね」


「そうですか...よかった」
「私だって、動物病院の娘なのに、フェレットが苦手だったの」


「えっ?そうなんですか?」
「ふふっ、意外でしょ」


たわいもない会話が続く。



「あっ...」


私は、今日発売の雑誌を
買っていないことに気づいた。


「私、本屋さんに行かなきゃ。
 こっちに曲がるから。バイバイ」


「はい。さようなら」


御子柴君と別れて、本屋さんで雑誌を買う。
ついでに色々立ち読みしていたので、
時間が経ってしまった。


家に帰る途中、公園のベンチに座る
美希ちゃんを見かけた。


考え事しているみたい。
私が近づいても、全然気づかない。


ふわっと、いい香りがする。
横に座り、美希ちゃんの横顔を眺める。


ようやく、美希ちゃんが私に気づいたみたい。



「どうしたの?美希ちゃん」
「ううん、ちょっと考え事していただけ。
 ブッキーこそ、どうしたの?」


「恋占いしてもらった帰りなの」
「そう...で、どうだった?」


「近く、素晴らしい進展があります、って...」



「あの男の子と?」
「えっ...?」


「さっき一緒にいた男の子よ。
 いいじゃない、お似合いで」



違うよ、全然違う。



「やっぱり恋愛は男女ですべきよ。
 男同士とか女同士とか、おかしいわ。


 それに、あの子優しそうじゃない。
 祈里とはお似合いだと思うな。
 付き合っちゃいなよ」


心に、穴があいた気がした。


私が美希ちゃんを想っていることは、
美希ちゃんに伝わってはいたみたい。


「やっぱり、そう思ってたんだ...」


失望が、口から出る。


「私は...ずっと...」


視界がにじむ。
あふれてくる寂しさを、抑えられない。


この場に居られず、走って公園を出た。



ずっと、
ずっと、
好きだった。



でも、美希ちゃんの答えは、


拒絶。


女同士なんて、あり得ない。




通りに出ても、涙が止まらなかった。
涙を拭くために取り出したハンカチ。


美希ちゃんがくれたハンカチ。


拭けば拭くほど、涙があふれる。
商店街のベンチで座り込む。


人が走ってくる音がした。


「ブッキー!どうしたの?」
肩を激しく揺すられる。


顔を上げると、ラブちゃんが
心配そうな顔で覗き込んでいた。


「ラブちゃん...私...」


ハンカチを見つめる。
また涙が出てきた。


「ブッキー、そのハンカチ...」


ラブちゃんの前でみっともないけど、
しばらく声を上げて泣いた。


家まで、ラブちゃんが送ってくれた。
泣くばかりで何も言えない私に、
ラブちゃんは何も聞かず、
黙って背中をさすってくれた。


握りしめたハンカチは、涙を拭く場所が
無いほど濡れてしまった。





夕ご飯も食べず、部屋にこもる。


机の上の写真。
ダンスレッスンの時に、3人で撮った。


めずらしく美希ちゃんの横に私が居る。
嬉しくて、ちょっと美希ちゃんに寄ったので
3人というより、2人と1人みたいな写り方。


写真立てを、パタンと倒した。


こういうときは、思いっきり泣いた方がいい。
雑誌にもよく書いてあるよね。
失恋したときの忘れ方。



アルバムを見ながら、
色々と思い出しては泣き、
明け方になって泣き疲れた頃、
ようやく眠った。







起きると、昼過ぎだった。


鏡を見ると、泣きはらした
ひどい顔の私が居た。


外は霧雨が降っている。


心の中で、踏ん切りが付いた。
もう、あきらめよう。


美希ちゃんは、普通の幼なじみ。
何もなかったように、過ごそう。


ただ、美希ちゃんにはちゃんと伝えないと。
女の子に好かれて、迷惑だったろうから。



重い足取りで、家を出る。


霧雨が風景を霞ませている。
傘を差していても、雨が舞い込む。



商店街のひとつ手前の路地。
美希ちゃんの家の裏口が見える。


足取りはいっそう重くなる。



傘もささず、走ってくる人影があった。
私の前で止まる。


美希ちゃん...?


でも、ちょうど良かった。
ここで気持ちを伝えて、帰ろう。


それで、今まで通りの、幼なじみ。


「美希ちゃん...ごめんね、今まで。
 迷惑だったでしょ。


 ずっと美希ちゃんのこと見ていたけど、
 もう...あきらめるから、安心して。」



吹っ切ったつもりだったのに。


いざ美希ちゃんを目の前にすると、
枯れたと思っていた涙があふれる。



「今まで、好きでいさせてくれて...ありがとう」
ほとんど言葉になっていない。


来た道を、走って戻る。



後ろから、抱きすくめられた。


傘が、落ちた。









「行かないで、祈里!」


祈里と呼ばれて、体が硬直した。



「きのう言ったの、全部嘘!
 あの子とつきあって欲しくない!」



えっ...



「アタシ...祈里が好き...!」



頭が、混乱する。


美希ちゃんは、女同士って
あり得ないって言ってた。


でも、私のこと好きって...。


同情?
私が、かわいそうだから?




でも、美希ちゃん、


泣いてる...。


振り返る。


私を見つめている美希ちゃんの顔は、
いつも見るお姉さんじゃなくて、
ひとりの普通の女の子。


「祈里を、離したくない...!」


泣きながら、私を見つめている。


嘘じゃない。
同情なんかじゃない。


美希ちゃん、本気で私のこと...。



感情が、抑えきれない。


美希ちゃん。
私、もう我慢しなくていいんだよね。


美希ちゃん。
私、美希ちゃんを好きでいていいんだよね。



美希ちゃん。


美希ちゃん。



涙で、美希ちゃんの顔がかすんでいる。
抑えようとしても、嗚咽の声が漏れる。


私の頭を、美希ちゃんがしっかりと
胸に抱いてくれた。


私は、声を上げて泣いた。



美希ちゃんの涙が、私のほおに落ちる。
暖かい、しずく。


心が震えるような感覚が治まり、
顔をあげると、私と同じくらい
泣きはらした顔の美希ちゃんと
目があった。


霧雨の感覚が、急に感じられた。


「風邪...ひいちゃうよ」






美希ちゃんの家で、シャワーを借りる。
暖かいシャワーを浴びていると、
何か不思議な気持ちになる。


家を出るときはあんなに重く
つらい気持ちだったのに、


今はとても安らいだ気持ちと、
これからのドキドキが混じった、
何とも言えない気持ち。



私の服を乾燥機にかけている間、
美希ちゃんの服を借りる。
私には大きいので、シャツだけ着る。



美希ちゃんがシャワーを浴び終えて、
部屋に入ってきた。


バスタオル一枚の姿を見て、
私は思わず下を向いた。


部屋にいい香りが拡がる。


甘く、心を落ち着かせる香り。
かすかにひそむ情熱的な香り。


「とってもいい香り...」
「大切な人と過ごすために、買っておいたの」


それって...私?


顔をあげると、美希ちゃんと目があった。
私だけを見てくれる、優しい瞳。


美希ちゃん...



自然に、目を閉じた。


唇が重なる。


心が、素直になる。
体が、素直になる。


ゆっくりと、ベッドに倒れ込んだ。



重なる肌。


ひとつになる吐息。


美希ちゃんで
満たされていく。


甘い香り。
幸せな時間。


何度も、昇りつめる。


...


美希ちゃんでいっぱいになった私は、
訪れた眠気に、素直に身を任せた。






意識が戻ってきた。


急に、夢だったんじゃないかと
不安になる。


唇が触れる感触があり、目を開けた。
すぐ近くに、美希ちゃんの顔があった。


「ごめん、起こしちゃった?」
美希ちゃんがささやく。



夢じゃ、ない。



「ううん、こんな起こし方なら大歓迎」
今度は私から口づける。



私のおでこに、美希ちゃんのおでこが触れる。


「あらためて、これからもよろしくね、祈里」
「こちらこそ。美希ちゃん」


想い続けていて、良かった。



私が想っているのと同じくらい、
美希ちゃんも想ってくれたら、嬉しいな。
最終更新:2013年02月16日 17:15