「Faithfully」/◆BVjx9JFTno




小さい頃から、祈里はいつも
アタシの横にいた。


アタシがあげたハンカチを
色があせてもずっと使い続け、
アタシがあげたフレグランスを
いつも身にまとっている。


いつの頃からか、祈里のアタシに対する
気持ちには、気づいていた。


でも、女の子同士でそう言う関係になるって
ありえないと思っていた。


恋愛は、男女でするもの。
アタシは、恋愛も完璧にこなすんだから。



そう思っていた、はずなのに。





学校からの帰り道、祈里を見かけた。
御子柴君...だっけ?
メガネの男の子と一緒だった。


楽しそうに笑っている祈里を見て、
胸の奥で、チクリと痛む感覚があった。



ん?


何なのよ、アタシ...



気持ちがもやもやしたまま、
何をするでもなく、公園のベンチに座る。


すっかり秋の空になり、
涼しい風が吹き抜けている。


誰かが散らかしたパンくずを、
鳩がつついている。





どのくらいぼんやりしていたんだろうか。
日が暮れかかっている。



横に人影を感じて、顔を上げると
祈里が座っていた。


「どうしたの美希ちゃん、ぼーっとして」
「ううん、何でもない。ブッキーこそどうしたの?」


「占いしてもらった帰りなの」
「占い?」
「うん、恋占い」
「そう...で、何だって?」
「近く、すばらしい進展がありますって」



「...あの男の子のこと?」
「えっ...?」


「さっき一緒にいたじゃない」
「...見てたの...?」


「いいじゃない、お似合いで」
「あれはただ、帰りにたまたま会って...」



「やっぱり恋愛は男女ですべきよ。
 男同士とか女同士とか、おかしいわ」


「...」



「それに、あの子優しそうじゃない。
 祈里とはお似合いだと思うな。
 付き合っちゃいなよ」



何でアタシ、こんなに
突っかかってるんだろう。






長い沈黙があった。


「やっぱり...そう思ってたんだ...」


震える声に、ハッとして祈里を見た。


祈里は唇をかみしめていた。
涙があふれそうになっている。


「...私は...ずっと...」



祈里が席を立ち、小走りで
公園から出て行った。




どうやって部屋まで戻ってきたか、
よく覚えていない。


ベッドで膝を抱える。


恋愛は男女でするものでしょ?
祈里が男の子と付き合うの、普通だよ。


その方が幸せだよ。
アタシの方を見てるよりも。



...




アタシは、
それでいいの?



結局、その夜は一睡もできず
同じ事ばかり何度も考えていた。





霧雨が降っている。


ママと一緒に、和希のお見舞いに行く予定だったが
こんな気分では、和希の顔も笑顔で見れない。


風邪気味ということにして、家に残る。



少し眠ったようだ。
時計は正午を指している。


ラブから電話が入った。


「明日、買い物にいかない?」


「みんなで行くの?」


「ううん、あたしとせつなと美希たん。
 ブッキーは御子柴クンとデートだって。
 いやー、ブッキーもついに、って感じだね」


「え...?」


「御子柴クンってば、ここんとこずっとブッキーの
 学校の前で待ち伏せして猛アタックしてたから、
 ブッキーも押されちゃったんだろうね」



アタシはリンクルンを落としそうになった。
体が震えている。






祈里が、離れていく。



「...美希たん?あれっ...美希たん、おーい...」



震える手で電話を切り、祈里に発信する。
3コール、4コール、5コール...


出ない。




胸の激しい鼓動で、息苦しくなる。



祈里が、離れていく。


祈里が、そばにいなくなる。




嫌。


嫌よ、そんなの。




祈里が、好き。


そばに、いて欲しい。




「馬鹿!」
たまらず、自分に叫ぶ。



やっと、アタシは自分の気持ちに
正直になれた。


こんな状況になるまで、解らないなんて。
アタシ、全然完璧じゃない。




靴を履くのももどかしく、外に出る。


霧雨が体を濡らす。
構わず、走る。


家の角を曲がったところで、
黄色の傘が近づいてくるのが見えた。



祈里と、目があった。


「...ちゃんと、会って伝えたくて...」


祈里がアタシを見つめる。



「美希ちゃん...ごめんね、今まで」


霧雨が、冷たく体を濡らす。


「ずっと美希ちゃんのこと見ていたけど、
 もう...あきらめるね」



言い終わらないうちに、祈里の目から
涙があふれる。



祈里が背を向け、走り出そうとする。


アタシは、背を向けた祈里に追いつき、
後ろから力一杯抱きしめる。


傘が落ちる。





「行かないで!祈里!」



名前で呼ばれた祈里の体が、
びくっと震える。



「きのう言ったの、全部嘘!
 あの子とつきあって欲しくない!」


腕に、力を込める。



「...美希ちゃん...」


「アタシ...祈里が好き...!」



ほおを伝っているのが、霧雨なのか
涙なのかわからない。



「祈里がいなくちゃ、駄目なの...!」






「...ホントに?」


祈里の体が激しく震えながら、
アタシの方を向く。


「祈里を、離したくない...!」


祈里の顔がみるみる崩れる。
アタシの胸に顔を埋め、激しく泣き出す。


「ごめんね...ごめんね...」
アタシは祈里の頭をしっかりと抱く。


冷たいしずくと暖かいしずくが、
アタシのほおを濡らす。



どのくらい泣いただろう。
しばらくして顔を上げると、びしょ濡れで
泣きはらした顔の祈里と目が合った。
アタシも多分、同じような顔だろう。


「美希ちゃん...すごい顔」
「祈里だって...」



お互いに、クスッと笑った。



「風邪...ひいちゃうよ」







アタシの家に祈里を入れ、
交互にシャワーを使った。


部屋には、まだ何の香りもない。


意を決して、アロマオイルのスタンドから
新品の1本を取り出し、封を切って
アロマライトの受け皿に数滴落とす。


イランイラン特有の、甘く
エキゾチックな香りが拡がる。


南の島では、この花びらを
新婚初夜のベッドに撒くらしい。



「...いい香り...」


「大切な人と過ごす時のために、買っておいたの」


「大切な、ひと...」



祈里を見つめる。
ゆっくりと、祈里が目を閉じる。


唇を重ねる。
甘い香りが鼻孔をくすぐる。



ベッドで、優しく、ゆっくりと肌を重ねる。


甘い香りと慈しむような愛撫の中、
数え切れないほど昇りつめ、
お互いの体温を感じながら、まどろむ。


心が、祈里でいっぱいになる。



やっと、わかった。
感じたまま、人を好きになればいい。








ショッピングセンターには、
いつもの4人の顔があった。


小声で祈里にささやく。


「祈里、今日のデート断ったの?」
「デート?」


「え?...ねぇラブ、昨日電話で...」


言い終わらないうちに、ラブが人差し指で
アタシの脇腹をつつく。


「世話が焼けるなあ、美希たんは」


耳元でささやいたラブが
顔を離し、ウィンクする。



「せつな!今日はせつなの秋の服を選ぶよ!」
「ええ、似合うのあるかしら」


ラブとせつなが洋服屋さんに飛び込んでいく。



力が、ふっと抜ける。


「ありがと、ラブ」



ラブがせつなを試着室に押し込み、
大量の洋服を渡している。
これは相当時間がかかりそうだ。


「アタシ達、ちょっと他の店に行ってるね」
「うん、わかった!あとで合流するね。」



アタシは祈里を誘い、雑貨屋さんに向かった。
「せっかくだから、おそろいのアクセサリー買っちゃお」
「うん!」


祈里がアタシの手をとり、指を絡めて手を繋ぐ。
アタシも、繋いだ手をきゅっと握る。



祈里の笑顔が、まぶしい。



祈里が思っているのと
同じくらい、アタシも好きだよ。
最終更新:2013年02月16日 17:14