「続・甘い生活」／SABI
「ただいま～」
家のドアを開けると、独特のスパイスのいい香りがした。
今日の夕飯は見なくても分かる。絶対にカレー。
「ただいま。あれ、せつな一人？」
「うん。さっき、お母さんから電話があって、お仕事遅くなるんだって」
ということは、大きな鍋にあるカレーはせつな作ってことだ。
前回、せつなが作ったカレーを思い出す。
せつなが作った人生初のカレーは、隠し味としてチョコや野菜ジュースなどを大量に投入した結果、
とにかく甘く甘くてすっごく甘くって、甘口が好きなあたしでも食べられなくて、結局、せつなと二人で分けて食べたんだけど。
カレーは辛いからカレーっていうので、甘かったらカレーじゃないと思う。・・・いや、違うか。
もう寒い時期になったというのに、体中から汗が噴き出る。汗というよりかは冷や汗？
回れ右をして玄関へって行こうとしたんだけど、でもここはあたしん家で逃げ道はない。
コンロには大きな鍋の他にも小さな鍋が置かれている。
「これって、あたしの？」
「うん。これは甘口で、ラブのために特別に作ったの」
ラブのだけ特別・・・・すごく嬉しいんだけど、みんなと同じでいいって思うのは、あたしの我儘だろうか。
「お母さんが先に食べてていいって」
「じゃあ、先に食べようか。美味しそうな匂い」
うん。確かに美味しそうな匂いだけど、匂いに騙されちゃいけない。
せつながカレーをよそってくれる。
あたしの皿は小さな鍋に入ったカレーから、自分の皿は大きな鍋のカレーから。
ありがとうとお礼を言って皿を受け取る。自分の皿にカレーをよそったせつながあたしの向かい側に座る。
あたしのカレーとせつなのカレー、見た目はほとんど変わらない。
なんとなくだけど、あたしのカレーの方がオレンジ色が強いかな。
スプーンを手に持ち、恐る恐るあたしの皿からカレーを掬った。
このカレーを食べるべきか食べざるべきか、それが問題だ。
人間は失敗から学ぶ生物だから地上の覇者たりえたのだと、どこかで聞いたことがある。
だとすれば、このカレーを食べないって事が、失敗から学ぶことなんだろうか。
いやいや。せつなも前回の失敗から学んで、今回は美味しく作ったのかもしれないし。
前回のカレーも、お父さん達のカレーは美味しかったわけだし。
空中で止まったままのスプーンがぷるぷると震える。
うちで夕ご飯を食べるだけなのに、こんなに緊張するなんて。
そういえば、ラビリンスの攻撃で、時間が止まったり巻き戻しになったりするのってあったよね。
今、あの攻撃をしてくれないかな。そしたら、カレーを食べなくて済むし。
それに、ハンバーグが消えるって攻撃もあったよね。
それで、カレーを消してくれないかな。消し消し。ハンバーグを消されるのは困るんだけど。
そうそう、明日が来ないって攻撃もあったなあ。
明日なんて悠長なことじゃなくて、今この瞬間から来なくてもいいんだけど。
あたし個人の危機の回避のために人類の危機を呼び寄せようって、
甚だ不謹慎な考えがあたしの頭の中で延々と続きそうだったのだけど、
目の前にいるせつなを見た瞬間、全ての考えが消え去ってしまった。
自分の皿には手を付けず、せつなが指を組んであたしの方を見ている。まるで、最後の審判を受けるかの様に。
これは、食べねばなるまい。
例え、カレーが甘くとも、辛くとも、腐っていようとも！！
空中で止まったままのスプーンをまるっと、がぶっと、一気に口に含む。
一口目は甘い。
嫌な感じがして思わず顔が歪んでしまったのだけど、でも、口の中に甘さが残らない。
あれ、食べられる？
確かめるため、何度も口にスプーンを運ぶ。食べられるレベルどころか美味しい、いや、凄く美味しい。
「美味しい。うん、美味しいよ、せつな。本当に、美味しい」
食べながらしゃべっていたから行儀が悪いのだけど、少しでも早くせつなに伝えたくて。
美味しいものを食べると無口になるというけど、本当に美味しければ、饒舌になる。
あたしの方をずっと見ていたせつなが、あたしの言葉に嘘はないって分かったのか、自分のカレーを食べ始める。
甘さのなかにもコクがある絶妙なカレー。
柔らかいけど煮崩れしていないほくほくなじゃがいも、カレーに甘さを与えてくれる玉ねぎ、
お母さんが作るカレーよりは存在を主張していない人参、全てがあたし好み。
鍋全部のカレーを今すぐ食べちゃいたいくらい。それはちょっと大袈裟かな。
「凄く美味しいんだけど、そういえば隠し味って、入ってる？」
「うん」
それらしい空箱は無かったし、食べたカレーの味にも隠し味は感じられなかったんだけどな。
分からないから隠し味って言うんだろうけど。
「隠し味は・・・・たっぷりの、私の愛情」
了
最終更新：2013年02月16日 17:05
