「不安定」/SABI




今日は休日で、ミユキさんのレッスンの日。でも、私は昨夜からの発熱で、お休み。


「ラブ、ごめんなさい。今日はレッスンに参加できなくて」
「風邪だったら仕方ないよ。できるだけ早く帰ってくるね。一人で平気?」


何度も平気かと尋ねるラブに、私は平気だからと答える。でも本当は、全然平気じゃない。
ミユキさんのレッスンは午前中いっぱいあるから、ラブが帰ってくるのは、早くて正午ごろ。


ラブを見送った後、ベッドに横になる。お父さんとお母さんは仕事だから、ラブがいない今は、私は一人ぼっち。
いつも側にいるラブが、自分の近くにいない。それだけなのに、いつもより時間がゆっくり進んでいるような気がする。


チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、・・・・
普段は意識しない、秒針の音までも煩わしく感じる。
ラブが出て行って、そんなに時間が経っていない。そう分かっていても、どうしても時間が気になって、時計を見るとまだ9時前。
ラブに会えるまで、あと3時間、分に換算すれば180分、秒だと10,800秒、秒とはセシウム133の原子の基底状態における・・・



熱が更に上がったからか、はたまた、思考が遥か彼方まで到ったからか、
どうやら、少し意識が飛んでいたらしいけれど、階下に誰かが来た気配を感じて、目が覚めた。
反射的に時計を見ると、11時過ぎ。ラブが帰ってくる時間ではない。
だけど、階段を上がってくる音は、紛れもなく聞き慣れたラブの足音。
両手にいくつも大きなビニール袋を持って、ラブが息急き切って部屋に入ってきた。


ラブが手に持つ袋を見た瞬間、閉じ込めて蓋をしていたかった暗い感情が、心の奥底から湧き上がってくる。
予想より早く帰ってきてくれたし、出かける前に私が平気じゃないと答えていたら、レッスンをお休みして私の側にいてくれただろう。
だから、自分でも理不尽な感情だと思う。だけど、止まらない。
早く帰ってくると言ったのに、どうして寄り道をしてまっすぐ帰らなかったの?
もしかして、私が要らなくなった?どうして・・どうして・・・・


「おかえり」の言葉もかけず、無言の私に気づいていないのか、ラブは両手の荷物を開け始めた。


「ミユキさんがレッスン早めに切り上げてくれて、そういえば、公園でタケシ君とラッキーに会って、せつなに早く治ってねって言ってたよ。
それでね、このドーナツはカオルちゃんからで、これはね、魚屋のおじさんからで・・・・・・・パン屋のおじさんが・・・・
それと、そば屋のお兄ちゃんから・・・・」
延々と、続く説明。私の目の前に次々と、置かれるお見舞いの品々。
いつもはラブの側にいる私の姿が見えないので、みんなが心配して、私にくれたものらしい。


「それから、コレ」
あ!以前タルトに食べられてしまった、駅前の絶品アイス。


窓から差し込む日差しの強さから判断すると、午前中というのに、外は真夏のような灼熱の太陽が照りつけているに違いない。
歩くには少し遠い駅前から、アイスが溶けないように、急いで帰ってきてくれたのだろう。沢山の荷物を持って。


「溶けてしまうから、早く食べよう」
「・・・・うん」


風邪の影響で味覚が麻痺していたけれど、ラブが買ってきてくれた絶品アイスは、
冷たくて、いつもよりずっと、幸せな味がした。










「そういえば、せつな、風邪が早く治る方法って、知ってる?」
「そんな方法、あるの?」
「うん。それは・・・誰かに・・・・・」「・・ん、・・ラブ・・・・」


でも、私がその答えの先を聞くことはなかった。
最終更新:2013年02月16日 16:56