【遠い空、繋がる心】/恵千果◆EeRc0idolE




 せつなちゃんがラビリンスへ帰って数日が過ぎた。
 始めは、ラブが放心状態になってるんじゃないかって心配だった。
 けれどそんなことは取り越し苦労だったみたい。
 以前と同様、ラブは毎日忙しく過ごしている。
 ミユキさんにダンスレッスンを受けたり、幼なじみの蒼乃美希さんや山吹祈里さんたちと遊んだり、時には補習授業を受けたり。




 素敵な笑顔を見せてくれるラブ。いつものラブがそこに居る、そう思っていた。
 だけど、ふと気づいた。あれ以来ラブは、せつなちゃんのことを全然口に出さなくなっている。
 不自然なくらいに。




 日曜日。公園の芝生でお弁当を食べた後、ラブとわたしはひなたぼっこ。
 会話が途切れた拍子に、ラブの笑顔が曇る。


「ねぇ、ラブ……元気?」


「なあに由美、あたしはいつも元気だよ!」


 ラブはいつもの笑顔を見せた。だけどそれが、慌てて笑顔を作ったように見えて。


「うん、わかってる。でも……時々ね、泣きそうな顔してるんだもん」


「たはー!
 ……そっか。由美にもわかっちゃったか」


 こりゃまいったなぁと言いながら、ラブは頭を掻いた。


「もしかして、蒼乃さんや山吹さんにも同じこと言われた?」


「ん。幼なじみだからね。すぐにわかっちゃったみたい。……由美にも心配かけてごめんね」


「そんなの!わたしだってラブの親友なんだもん。心配くらいさせてよ」


「……ありがとう」


「――――寂しいんだよね、せつなちゃんがいなくて」


「ん……なんだろうな。うまく言えないんだけど、心にね、ぽっかり穴が空いたみたいなんだ。
 あたしの一部が何処かに行っちゃったみたいで……」


 ラブは寂しそうに微笑んだ。


「ね。ラブ、無理しなくてもいいんだよ」


「え?」


「寂しくて悲しくて泣きたい時は、素直に泣けばいいの。
 わたし思うの。辛い時の涙は、辛い気持ちから出来てるんだ、って。
 涙を流すのは、きっと、自分の中の寂しさや悲しさを減らすためなんだよ」


 俯いたラブ。肩を微かに震わせ、嗚咽した。泣き顔は見せたくないのかも知れない。
 わたしは黙って、ラブの肩を抱きしめた。しばらくラブの背中を、ぽんぽん、と優しく叩き続けた。




 どのくらい抱き合っていたのだろう。
 ラブが離れ、わたしに笑顔を向けた。目は泣き腫らし、赤くなっていたけれど、その笑顔はどこかすっきりしていた。


「あたしね、せつながラビリンスに帰るの、頭ではわかってたの。
 でも、心ではわかっていなかった。離ればなれになるなんて本当は認めたくなかったの」


 ラブは青空を見上げて、ゆっくりと丁寧に話す。
 それはまるで、異国の空の下にいる誰かに語りかけているよう。


「いざ、せつなが居なくなったら、少しずつ実感がわいてきてさ。
 宿題でわかんないとこがあったら、無意識にせつなの部屋に聞きに行ったりね。あ、そっか。帰っちゃったんだ、って。
 居るのが当たり前で。居ないなんて、嘘みたいで。
 だけど、由美に言われて、泣いたら少しすっきりした。それで、思ったんだ。
 もう二度と会えないわけじゃない。会いたいって気持ちを持ち続けてさえいれば、絶対また会えるんだって。
 そうだよね、せつな」


 ええ、そうよラブ。


 遠くの空から、せつなちゃんの優しい声が聞こえたような気がした。


「きっと今ごろ、せつなちゃんもこの空を見上げているかもね」


「うん、そうだね……」




 ふいに、向こうの空から、大きな翼の生き物が現れた。
 その生き物は、大きな翼を羽ばたかせ、どんどんこちらに近づいてくる。


「ラブ!見てあれ!なんだろ!?」


 その生き物は、青空の上を旋回しながら、叫んだ。


「あんたが桃園ラブ?」


「え!?――――うん!あたしがラブだよ!」


 驚きながらも答えたラブに、その生き物は何か小さな箱を落とした。
 慌てて小箱をキャッチするラブに、その生き物は言った。


「確かに渡したロプー」


 ばさっばさっばさっ。
 生き物は大きな羽音を立てて、また元来た方向へ去ってゆく。


「今の、一体何だったんだろ……」


 わたしの呟きには、返答せず、ラブは掌の中の赤い小箱を見つめ続けている。
 小箱には薄桃色のリボンがかかり、真っ白なカードがついていた。カードの表には、「大好きなラブへ」と書かれている。
 恐る恐るカードを開くラブ。読みながら、ラブの瞳には涙が盛り上がり、こぼれ落ちてゆく。
 読み終えたラブは、頬に伝わり落ちた涙を、握り拳でぬぐった。


「それ……せつなちゃんからでしょ」


「うん。バレンタインチョコレートだって。あたしはすっかり忘れてたっていうのにさ。やっぱせつなはしっかりしてるよ」


「何て書いてあったの?」


「早くラブに会えますように、って」


「――――良かったね」


 良かった。本当に良かった。
 親友の心からの嬉し涙。嬉しい時の涙は、周りの人にも嬉しさが伝わってくる。その温かな波動が、わたしにも。


「由美まで……泣いてるし!」


 アハハ。ラブが笑う。わたしも泣きながら笑う。
 大丈夫。離れていても、せつなちゃんとラブはこんなにも繋がっている。




「せつなーーーっ、聞こえるーーーっ?
 あたし、待ってるからーーーっ。
 せつなに会えるの、ずっとずっと、待ってるからねーーーっ」


 ラブは目を閉じて、耳に手を当てて、まるでせつなちゃんの声に耳を澄ませているみたい。
 小春日和の陽射しに立つラブ。
 その陽に透ける淡い髪を、一陣の風が優しく撫でていったのだった。
最終更新:2013年02月16日 13:05