煌く夜に、恋人達は/一路◆51rtpjrRzY




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 12月24日―――クリスマス・イブ


 ミユキさんのスケジュールの都合で、今日が年内最後の練習となった。
 軽い打ち上げと、ささやかなイブのお祝いを兼ねたドーナツ・パーティを終えて、美希とブッキーと明日
のクリスマスパーティの約束をして別れ、私とラブは家路に就いていた。


「たは~、今日は疲れたね~…イブだっていうのに……」


 ラブはそう言いつつ、私の肩へとしなだれかかってくる。


「年内の締めくくりですもの。ミユキさんも気合が入ってたみたい」
「そだね~……充実してたけど、やっぱキツかったよ……こんな時は……」


 ラブは目を閉じると、顔を私の方へと突き出した。


「欲しいな~、元気の出るモノ……」
「………」


 甘えた態度の彼女の身体を、私は軽く押し返す。


「―――え?せ、せつな?」
「……ラブ、よく聞いて……」


 いつに無い私の態度に驚いているラブへ、私は出来るだけ落ち着いた風を装い、告げる。


「……前から思っていたけど、ラブのキスにはムードが足りないわ」
「む、ムード?」


 目を丸くしてその単語を繰り返すラブ。


「おはよう、おやすみ、行って来ます、ただいま、まるで挨拶か何かみたいに思ってるでしょ?」
「んー、その他にもイタダキマスとゴチソウサマがあるよね―――ベッドの上では」
「……その発言がムードが足りないって証拠よ……」


 私はあくまで毅然とした態度で彼女に言う。


「私の唇は、そんなに安売りするものじゃありません。厳しかった今日の練習みたいに、特別な時にだけ
する事にします。―――いい?」
「え?え?で、でも―――」
「でも、じゃないの!!」


 声高に言い放った私に、ラブは恐縮したかのように縮こまって。
 ―――分かって、私だって辛いのよ。


「せ、せつな……それはあまりにも殺生な……」


 よよ、と芝居がかった仕草でまとわりつくラブを突き放し、私は宣言した。


「……ちゃんとムードがあると認められるまで、私の唇は許しません!」



 ……頑張って、ラブ……私、明日だけはムードのあるキスをしたいの……。



 だって明日は――――――。




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「……どうしたの?これ……」


 ダンスレッスンから帰った私とラブを待っていたのは、信じられないような桃園家の光景だった。
 まるで古い教会にツタが絡みつくように、その外観を覆っているのは―――。


「やあ、ラブ、せっちゃん、お帰り」


 上から聞こえる声に顔を上げると、梯子に乗ってにこやかに微笑む圭太郎お父さん。
 その手には色とりどりの電球の付いたコードを持っている。


「すごーい!もうクリスマスの飾り付けしないんだと思ってたよ!」


 さっきまでの落胆振りはどこへやら、両手を胸の前に組み、嬉しそうな声を上げるラブ。
 理解できずに呆然としている私を振り返ると、彼女ははしゃいだ子供のように目を輝かせる。


「小さい頃はね、毎年こうやって飾り付けしてたんだよ!夜になってスイッチ入れると、家がキラキラって
暗い中で浮かび上がって……まるでおとぎ話みたいなんだ!」
「うふふ、毎年ラブは『これならサンタさんも迷子にならないね!』って喜んでたわね」


 いつの間にか私達の後ろに立っていたあゆみお母さんに、私は尋ねた。


「クリスマス……ってこうやってお祝いするもの?」
「そうねぇ、最近は家もクリスマスツリーをリビングに飾ってケーキを食べるくらいだったけど、今年は
せっちゃんがいるでしょ?お父さんったら張り切っちゃって」


 口元を押さえてクスクスと笑うお母さん。


「『今年はせっちゃんの思い出に残るようないいクリスマスにしよう!』って……わざわざ会社まで早退して
きたのよ。もうイブだって言うのに……一晩だけでもって」


 私は何か申し訳なくなり、頭を下げた。


「私の為に……ごめんなさい……」
「違うよ、せつな。そういう時はね、ニッコリ笑って『ありがとう』って言えばいいの」
「そうよ、せっちゃん。お父さんもせっちゃんの喜ぶ顔が見たくてやってるんだから」


 私達の会話が聞こえていたのか、頭上から「そうだぞー!」というお父さんの声。
 それが何故か可笑しくて、私達は顔を見合わせ笑い合った。


「さあ、じゃあわたし達もクリスマスのお料理の準備、しましょうか?お母さんも張り切っちゃうわよ」
「わーい!じゃああたしケーキ作るの手伝うよ!」
「わ、私も出来る事があれば―――」


 お母さんはふむ、と顎に手をやって。


「そうね。ラブは毎年手伝ってくれて手順も分かってるだろうし……せっちゃんは今回は見学かな?」
「見学……」
「がっかりしないで、せつな!色々教えるから、見ててよ!」


 落ち込んでいる私を励ますように、ラブが肩に手を置いた。
 ―――しょうがないわ。色々覚えて、来年はきっと―――。


(思い出に残るクリスマス、か―――)


 この世界の事には疎い私だけど、それが楽しい日である事はラブやお母さんに聞いて知ってはいた。


(……初めてのクリスマスなんだもの……素敵な物にしたい……)


 だけど、自分には何も出来ないのが歯がゆい。
 私にも何か出来る事があれば―――。



 とりあえずはお料理の作り方覚えなきゃ、と家に入ろうとするラブ達の後を追う。
 その時、私の後ろでド―ン!という大きな音がした。
 驚いて振り返った私達の目に映ったのは――――。




                      *


 桃園家のリビング。心配している私とラブの前で、お母さんはソファにうつ伏せになったお父さんの腰に
シップを貼っていた。


「大丈夫?……低い所からだったから良かったけど、梯子から落ちるなんて……気をつけなきゃ」
「アイタタタタタ……す、すまん……」


 下に置いてある飾り付けの材料を取ろうとして、梯子から足を滑らせてお父さんは腰から落ちてしまった
のだ。


「う、さ、さて飾り付けの続きを……イ、イタタタ」
「ほら、無理しないの!飾りつけはいいから、少し休んでて」


 苦しそうに呻きながら立ち上がろうとするお父さんを、お母さんがたしなめる。


「で、でもあとは屋根を飾り付けてリースを付けるだけだから……」
「お父さん、あまり無理しないで」
「せつなの言う通りだよ。痛みが引くまでは大人しくしてないと……何だったら、あたしが―――」
「いけません!」


 ラブの言葉を打ち消すように、お母さんが強い口調で言う。


「女の子なんだから、そんな事しちゃ駄目!危ないでしょ!?」
「でも、もう少しなんでしょ?だったら――――――」
「絶対に許可しません!……それに梯子だって、さっきお父さんが落ちた時に一緒に倒れて壊れちゃった
から、こっそりやろうとしても無駄よ?」


 お母さんに釘を刺されて、うなだれるラブ。
 私もラブと同じ事を考えてただけに、ショックだった。お父さんはあんなに張り切っていたのに……。
それに、元はといえば私の為に、何年もやってなかった家の飾り付けをしようとしたのが原因だし。


(!!)


 その時わたしの頭に、ある考えが閃いた。




                      *



 深夜、お母さんとお父さんの部屋の電気が消えるのを確認して、私はパジャマから普段着へと着替えた。
 万が一にも気が付かれないように、静かに部屋のドアを開けて、足音を殺して階段を下りる。
 リビングに入ると、電気を点けず、記憶を頼りに手探りで『あるもの』を探す。確か夕方にはこの辺り
に―――。


「―――探してるのはこれでしょ?せつな」


 その声と同時に、リビングの明かりが点く。
 驚いて振り返った私の前には、工具と、飾り付け用のコード類が入ったダンボールを脇に抱えたラブの
姿が。


「ラブ!ど、どうして……?」
「愛の力で―――なんちゃって。さっきちょっと様子が変だったからさ。多分同じ事考えてるって思って、
置いてけぼりにされちゃ大変だって、ここで待ってたの」


 彼女はそう言うとにははー、と笑った。
 私の考えてる事はバレてたのね……でも―――。


「……お母さんに怒られるわよ……」


 ラブから目を逸らすように俯いて、私は言った。
 あれだけキツく言われたのに、勝手な事をしたのが分かったら―――。


「それはせつなだって同じでしょ?」
「……そうだけど……」
「もしかしてだけど―――せつな、自分のせいでお父さんが怪我したって思って、引け目感じてる?」


 少し悲しそうな彼女の声。
 引け目―――そうだ。お父さんは私に楽しい思い出を作ってくれようとしててあんな事になったんだ。
 それも勿論ある―――けど、私が今ここにいるのは、それだけじゃない。


「……私も、何かしたいの」


 ラブの足元を見ながら、私は小さく呟く。


「お父さんもお母さんも、クリスマスの為に色々準備してくれてたわ。だから私も、何か自分に出来る事
があるなら、精一杯頑張りたい……だって―――」


 顔を上げて、彼女を真っ直ぐに見つめる。



「―――あなたと……家族の皆と過ごす、初めてのクリスマスなんだから」



 私の言葉に、ラブは満足そうな表情を浮かべると、ゆっくりと頷いた。


「……じゃあ尚更あたしもじっとしてられないよ」
「ラブ……」
「ね、せつな。一緒にやろう。それで、素敵なクリスマスの思い出を作るの。―――きっとすごく怒られる
だろうけど」


 テーブルの上にダンボールを置くと、ラブは私へと踏み出す。
 そして、優しく私の手を握り締めた。


「二人なら、平気だよ」
「―――うん」


 私も彼女の手を握り返す。
 そうね、どんなに怒られても、私達二人なら、きっと、平気。


「―――じゃあ行きましょう。アカルン!」
「キー!」


 荷物を持ったラブと、しっかりと手を繋ぎ直す。



「屋根の上へ」




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 深夜という事もあって、外の冷え込みは生半可な物ではなかった。
 それなりに厚着をしてきたつもりだったけれど、少しずつ寒さが身体に染み込んでくる。


「う~!!や、やっぱりさ、寒いね、せつな……」


 自分の肩を抱いてガタガタと震えているラブ。
 私は苦笑いして、繋いでる手を引き寄せて、彼女を抱きしめた。


「ふ、ふぇ?せ、せつな?」
「―――こうすれば暖かいでしょう?」


 私はもう暖かいわよ、ラブ。
 家族の一人として、私にも出来る事があったから。
 あなたが一緒に手伝ってくれるって言ってくれたから。


 そして何よりも―――あなたが傍にいてくれるから


「!?」



 胸に違和感を感じて身体を離すと、ワキワキと動いているラブの手が。
 顔を上げると、彼女は唇を私へとせがむように突き出していて。


「……ラァブゥ……こんな時にィ……」


 私の押し殺した声に、ラブは頭をかきながら、誤魔化すように笑っている。


「い、いや、ほら、どうせあったまるならこれくらいはしないとって……は、はは……」
「……だからムードが足りないっていうのよ……」


 私の怒りが伝わったのか、寒いのに汗をかき始めているラブ。
 ジロッとラブを睨みつけると、流石に彼女も空気を読んだのか、わざとらしく話を変える。


「よーし!!じゃ、じゃあ頑張ろうかー!足元気を付けてね~」


 さっきまで寒いって震えてたくせに、ラブは腕捲くりをして工具を漁りだした。


(まったくもう……)


 ……ムードのあるキスなんて期待できるかしら、と肩を落し、私も作業に取り掛かった。





                      *



「……後はここを付けて……よし、と!!」


 手をパンパンと叩きながら、ラブは満足気に言った。
 その声に合わせるかのように私の方の作業も終わり、ふう、っと息をつく。
 屋根の周りにフックを取り付け、そこに電飾を付けていくだけだから、そんなに大変なことじゃないって
考えてたけど、一苦労だったわ。


「あ、そっちも終ったんだ。じゃあせつな、これ」


 ラブはダンボール箱の中からの中から円状の物を取り出して、私へと手渡した。


「……これは?」


 松の実や、小さな木の実が幾つも付けられ、木の蔓のような物で編み上げられたそれを、私は不思議な
物を見るように見つめる。下の部分にあしらわれた赤いリボンが可愛らしい。


「クリスマスリース。あ、ヒイラギがチクチクするかも知れないから気をつけて」


 クリスマスリース……初めて目にする飾りだけど、これをどうするの?


「……家の中に飾って、キャンドルを立てたりする事もあるみたいだけど……とりあえず、下に降りよう」


 私は頷いて、アカルンを呼ぶ。赤い光に包まれた次の瞬間、私達は玄関の前にいた。


「家じゃね、これを毎年玄関のドアに付けるの。これが最後の飾りつけってワケ。いつもならお父さんの
役目なんだけどね。じゃ、せつな、ヨロシク」
「……私が?」
「そうだよ。きっと良い事あると思うな。―――それじゃ、ちょっとあたしは用があるから……」


 そう言ってラブは鍵を開けて玄関のドアを静かに開けると、そそくさと家の中へと消える。
 ?変なラブ……。
 とりあえず、ドアにフックを取り付けて、これを架ければいいのかしら?
 疑問を感じてはいたものの、取り合えず言われた通りにクリスマスリースを飾る。





 その瞬間。



 家が、家に付けられた様々な電球が、一斉に色とりどりの光を放ち始める。



 窓に付けられた星や、雪の結晶を模した物。



 ツリー状に二階から下げられた物。



 雪だるまの形の物や、帽子を被ったヒゲのおじいさんの形をした物。



 そして、私達が屋根からぶら下げた、ツララのような物まで。




「――――――綺麗……」


 庭へと周り、様々な光達を楽しむ。
 まるで私が魔法でもかけたみたい……。



「―――ビックリした?」


 いつの間に家から出てきたのか、私の隣にはにっこりと微笑んだラブが立っていた。


「ラブ……あなたがスイッチを?」
「そうだよ。せつながリース付けるのを玄関の覗き穴から見て、タイミング合わせてたの」


 その光景を想像するとちょっと滑稽だけど。


「―――ね、おとぎ話みたいでしょう?」
「………本当……」


 彼女の腕に自分の腕を絡ませ、寄り添う。


「どう?ちょっとはムードある感じ?」
「……そうね、合格点をあげてもいいくらい」


 暗い夜の闇の中、光り輝く桃園家は、この世の物とも思えないほど幻想的で。
 私達は寒いのも忘れて、いつまでもその光景に見とれていた。


「……せつな……今なら、いいかな?」


 沈黙を破るようにラブがそう口にする。
 私は腕時計をちらっと見て。


「―――――ダメ。あとちょっとだけ待って、ラブ」
「えー!!なんでー!?もうあたし死んじゃいそうだよ~!!お願い~!!」


 半ば強引に迫るラブを、何とか両手で制しようとする私。


「ら、ラブ!あ、あとちょっとだけだから我慢してってば!!」
「ヤダヤダヤダ~!!せつな、ん~、ん~!!」


 く……何なの、このいつにないラブの力は……。き、禁断症状!?
 さすがに私も押し切られそうになり、あわや唇同士が触れ合おうとする。
 ――――その瞬間。



「あなた達!!何やってるの!!」




                     *



 唐突にかけられた大きな声に、私とラブはパッ、と身を離す。
 振り向いた私達の前には、腰に手を当てて仁王立ちしたお母さんが。
 も、もしかして今の―――見られた!?


「あ、あのねお母さん、こ、これは―――」
「ち、違うんです、あ、あの―――」


 どもりながら必死に言い訳しようとする私達。
 そんな私達に言葉を続けさせず、お母さんは怒った顔でビシッと屋根を指差す。



「あれほど登っちゃダメって言ったでしょ!!」



 あ、そ、そっち……。
 キスしようとしていた事に気付かれていなかった事にホッと安心。
 ―――け、けど飾り付けに関しては言い逃れは―――。


「どうやって屋根の上に上がったかは知らないけど、夜で足元だってよく見えないのに、危ないでしょ?!
もしも何かあったらどうするの!!」


 お母さんの剣幕に、私達はしゅん、とうなだれるばかり。


「怪我はしてないみたいだから良かったけど、お母さんの言いつけ守れないなら、今年のクリスマスパーティ
は中止よ!!」
「え、ひ、ヒドイよ―――――」
「ちょ、ちょっと待って、お母さん―――」


 せっかくここまでしたのに、その肝心のクリスマスが中止なんて―――。



「――――ははは、いつラブとせっちゃんがお母さんの言いつけを破ったんだい?」



 まだ痛そうに腰に手をやって、お父さんが私達の前に笑いながら姿を見せた。
 私達ばかりかおかあさんもそれには驚き、すぐに心配そうにお父さんの傍に駆け寄る。


「お父さん、寝てないと―――」
「いやあ、こんなに素敵な眺め、見ないで横になってるのは勿体無くてね」


 光り続ける家の装飾を見回し、満足そうに頷くお父さん。
 その目はやがて、私達が飾り付けた屋根へと向けられ―――……。


「うん、とってもよく飾り付けられてるね。綺麗だ」
「お父さん!呑気な事言ってないで、二人をちゃんと叱ってくれないと―――」
「ん?どうして二人を叱るのかな?」


 お父さんはニッコリとお母さんに微笑んでみせた。


「梯子も壊れてしまって、上に上がる方法も無いのに、二人に出来る訳ないじゃないか?」
「え、だ、だけど―――」
「まさか壁をよじ登って―――なんて事ある訳もないし。きっと、サンタさんがやって来て、プレゼント
してくれたんだよ」


 そう言って、お父さんは私達に歩み寄る。



「―――僕達家族の思い出に残る、素敵なクリスマスをね」



 ぎゅ、っと私とラブに両腕を回して抱きしめると、お父さんはこっそりと囁いた。


「―――――お父さんにだけは後でこっそり、どうやったのか教えてくれるかい?」





 私達もお父さんの腕に手を回し、微笑む。
 最初は渋い顔をしていたお母さんも、やがて諦めたように溜息をついて、輝く家を見上げて。


「―――サンタさんがやったのなら、しょうがないわね。本当に綺麗………」


 しばらくウットリと眺めた後、ハッとしたようにお母さんはお父さんへと駆け寄り、肩を貸す。


「ホラ、お父さん、痛めた所冷やしちゃ大変よ!早く戻らないと……あなた達も風邪引かないうちに部屋に
戻りなさい」


 家に入る二人を見送ると、あたしたちは顔を見合わせ、微笑んだ。
 そしてまた、二人で寄り添い合い、桃園家を眺める。


 ――――もう一つ、忘れてはいけないわね。
 私からラブへの贈り物を。


 私はラブの横顔を両手で挟んで、こっちを向かせる。
 何?と疑問を口にしようとするラブの唇に、人差し指をそっとあてがう。


「私だって堪らなかったんだからね―――」


 時計は、深夜0時を回っていた。
 彼女の唇を押さえていた人差し指を離し、私は静かに目を閉じて。


「メリー・クリスマス」


 ラブの手が、私の背中と頭の後ろに、そっと回される。
 私も彼女の腰を引き寄せて。







 ちゅっ。






 家族皆と過ごす、初めてのクリスマス。
 そして、光の中で交わした、ラブとのキス。 



(―――絶対に忘れられない思い出になるわ)             



 煌き続ける光達が、私達を……恋人達の夜を優しく照らしていた。





                ~おまけ~




 名残り惜しいけど、いつまでもこのままじゃいられないものね。
 ラブの腰に回していた手を、彼女の両肩へと移す。
 そして彼女の身体から身を離そうと―――……。


「!!!」


 は、離れない!?
 まるで万力で挟まれているかのように、彼女の手は私の身体を押さえ込んだまま、身をよじろうとしても
ビクともしない。


「んー!!んーんー!!(ラ、ラブ!は、離してってば!!)」
「ん~ん。んん~……(ヤダ。せっかくキスできたんだもん、しばらくはこのままで……)」
「んんんんんんー!!(こ、このままじゃ風邪引いちゃうかもしれないでしょ!!)」
「ん~、んんんんんんん?(大丈夫だよ、こうすればあったかいってさっきせつな言ってたじゃない?)」
「ん、んんん……(そ、それはそうだけど……)」
「んん~……んんんん?(じゃあ……キス禁止令は解除してくれる?)」
「……ん……んんんん……(……分かったわ……私の負けよ……)」
「んんー!んんんんー!!!(わはー!幸せゲットだよ!!)」


 私の意思表示に満足したのか、やっと彼女の力が緩む。


「………ぷはぁ、はぁ、ぜぇ………」
「わ~い!それじゃ約束通り、次は家の中に入る前のキスしようよ!」


 息も絶え絶えな私に、無邪気にバンザイしながら明るい声で言うラブ。
 そのあまりにも無邪気な口調に、私の身体がフルフルと震え出す。


「じゃ、はい。今度はせつなから―――」
「……………」


 唇を突き出す彼女の脇を無言で通り抜け、私はツカツカと早足で玄関へと向かい、ドアを開ける。
 そして「あれ?」という表情の彼女を振り返って、一言。




「……来年のクリスマスまでお預けです!!」




 私の言葉に固まってしまったようなラブを尻目に、バタン!!とドアを閉める。


(……まったくもう……!!!)





「ホンットにムードないんだから!!」





「せ、せつな~!!せ、せめて年明けなんてど、どうかな~?か、カウントダウンに合わせてとか~……ね~
聞いてる~!!?」



 未練がましいラブの声は、いつまでもいつまでも、桃園家の庭に虚しく響いていた……。







                                     了
最終更新:2013年02月16日 11:36