小さい秋と大きいLove/一路◆51rtpjrRzY




 秋になって、段々と気温が下がってきている。
 寒いのは少し苦手だけど、ラビリンスには季節なんて概念は無かったから、この世界の四季の移り変わり
というものに、私はちょっとした感動を覚えていた。
 春には桜が咲き、鳥が歌い、夏には海に人々が集まり、お祭りがあって、そして秋には―――…。


「秋には……ねえラブ。秋って言えば何のイメージかしら?」
「ふぇ?何、急に?」


 桃園家のリビング。
 ソファに座っている私の横には、ドーナツを頬張っているラブとタルト。


「何や、詩的な事言い出しよんなぁ。そりゃやっぱり秋と言えば―――」
「食欲!食欲だよね!タルト!!」
「ラブ……口に物を入れたままなんてお行儀悪いわよ?」


 モグモグと口を動かしながら喋るラブを嗜めると、タルトを見る。


「せやなあ……ピーチはんの言う通り、『天高く、馬肥ゆる秋』ちゅー言葉があるくらいやしなあ」
「食欲……何かピンと来ないんだけど……」


 でも、私よりテレビの影響とかでこの世界に詳しいタルトの言う事だし……。


「いやー、秋って言えば実りのシーズンだしね!栗でしょ、焼き芋でしょ、松茸とかドーナツとか!」
「ラブ、夏は夏でカキ氷だ、スイカだ、とうもろこしだ、ドーナツだって言ってたじゃない」


 「そうだっけー」と頭をかき、照れ笑いをするラブ。
 ラブの言葉で、私の中の『食欲の秋』という言葉の信憑性が一気に薄れる。


「うーん、有名な歌詞で『小さい秋見つけた』ゆーのがあるくらいや。探しに行ったら、案外見つかるん
ちゃうかな?」
「そんな言葉があるの。……まず秋に大きさがある事に驚いたわ」
「よし!分かった!!」


 おもむろに立ち上がり、自分の胸を叩くラブ。


「ここはひとつ、あたしがせつなと一緒に、秋のイメージをゲットに行こうじゃない!!」


 こうして私達は、秋の探索に赴く事になったのだった。




                    *


 クローバータウンの商店街通りへとやって来た私とラブは、ベンチに座り、赤く色づき始めた木々の葉を
眺めていた。
 たこ焼きをパクつきつつ、木々を指差すと、彼女は私に言った。


「こういうのが秋っぽいって事かなあ。紅葉の季節って言うし」
「樹木の葉が枯れ始めるのが秋らしさっていうの?……なんだか寂しいわ」


 食欲よりはしっくり来るかもしれないけど。
 だけどそれで納得してしまうのも……。


「あ、ブッキー!!」


 ラブが手を振る方向を見ると、何やら本を読みつつ犬を散歩させているブッキーの姿。


「ラブちゃん、せつなちゃん!こんなところで何してるの?」
「せつながね、秋らしさって何か知りたいって言うから探しに来たの」
「それよりブッキー、本を読みながら歩くなんて危ないわよ?」
「ごめんなさい……でもこの本面白くて、つい……」


 申し訳無さそうにしているブッキー。


「まあしょうがないじゃない。読書の秋とも言うしね!」
「読書の秋……?」


 本を読むのが秋らしさ?
 でも本なんて別にいつだって読めるし……。


「ほら、物思いに耽るっていうか、秋ってそういうイメージない?ね?」
「うーん……そういうものなのかしら……ブッキーの読んでるのは、何の本なの?」
「これ?とっても興味深いのよ!きっと二人も気に入るってわたし信じてる!」


 ブッキーはそう言うと、私達に開いた本を手渡してきた。
 それを見た私とラブの肌は一気に粟立って―――。


「動物に悪影響を与える、寄生虫の本なの!図解入りで、すごく分かり易くて―――」


 ニッコリと笑って、ブッキーはしばらくそれについて語り続けた。




                    *


「秋が何なのか探してる?変な事言うわね」


 練習場のある公園で、私達と出合った美希は肩をすくめた。


「じゃあ美希たんなら分かるの?秋らしさって何か?」
「当たり前でしょ?完璧に教えてあげようじゃない!」
「……ファッションの話ならこの際いらないわ、美希」


 私の台詞に言葉を詰まらせる美希。


「春物と秋物の違いとか、今年の流行とか、着こなしとか。そういうの以外でお願い」
「――――――」
「どしたの?美希たん、汗かいてるけど?……で、秋っていえば何?」


 鯛焼きを食べながら、美希に返事を促すラブ。
 美希の方は、汗どころか顔まで青ざめてきているようで……。


「――――――コンビニ、よ!」
「え?」
「はぁ?」


 やっとの事で搾り出したような美希の答えに、私とラブの頭には?マークしか浮かばない。


「ほ、ほら、このシーズンって、夜はもう冷えるし。コンビニに入るとホッとするのよね。あったかくて。
あ、あと、肉まんとかおでんとか、そういうのもそろそろ並び始めるし……秋っぽいでしょ?ね?」
「……あったかい物が欲しくなる時期、ね」


 なんとなく説得力があるような、ないような。
 でもそれなら冬の方がそうなんじゃないかしら。それに夏になったら冷たいものが並ぶし。……夏も冬も
コンビニって事になっちゃうわ。


「肉まん……おでん………」


 私の横では、その想像に取り憑かれてしまったかのようなラブ。


「は、はは、じゃ、じゃああたし用があるから!!」


 そう言ってそそくさと立ち去る美希。
 その後姿は、「何も突っ込まないで!」と言っているように見えた。




                    *


「結局、明確な答えは出ないままだわ」


 家に戻った私は、ソファに座り、溜息をついた。


「んー、でもいくつかヒントはあったんだし。それをつなげれば何か見えてくるんじゃない?」


 食卓の椅子に座って、帰りにコンビニで買った肉まんを食べ終えると、ラブは私に言う。


「ヒント……ね」


 寂しくて。
 物思いに耽って。
 あったかい物が欲しくなる。


「――――――という事は……」


 スッ、と私の肩に後ろから手が回される。


「……人恋しくなって、恋が芽生える季節、なんてどう?せつな」


 やだ、同じ事考えてたのね。
 回された手を引っ張って、ラブを引き寄せ、肩越しにキス。


 秋は恋が芽生える季節―――今までの中では、それが一番しっくり来るかもしれない。


 そう考えたら、少しくらい気温が下がってもいいかなって思える。
 物悲しい感じしかなかったけど、秋って、ちょっと素敵な季節じゃないかしら?


(恋の力って大きいのね……)


 クスッと笑って、ラブの手をそっと撫でる。
 ―――私を包んでくれる、あなたの存在も、ね。


「?何?せつな?あたしちょっとカッコ付け過ぎた?」
「ううん……でも、私がラブに恋してるのはどの季節でも変わらないな、って思って」
「あたしも、せつなの事が一年中大好きだよ。今だって、もうたまらないくらい」


 顔を見合わせて微笑み合うと、私も立ち上がり、ラブの腰に手を―――。


 「―――!?」


 ………ちょっと待って。


 回した手にいつもとは違う違和感を感じた私は、恐る恐る彼女に尋ねる。


「……ラブ、ひょっとして、ひょっとしてなんだけどあなた………」
「?ん?どしたの?」


 私の言葉に不思議そうな表情を浮かべるラブ。
 気のせいなんかじゃなく、その顔はいつもより丸々と大きく―――――。




                    *


「ほらラブ!あと百回2セットよ!精一杯頑張って!!」
「む、無理だってせつな……これ以上は……」
「泣き言言わない!このままだと、クローバーの活動に支障をきたすわ!!」


 ジャージに着替え、庭でスクワットを繰り返すラブに、私は厳しい言葉をかけた。
 汗だくで、辛そうにしているけど、ここで情けをかけたらダメよ!!
 だって、だってこのままじゃラブは―――。


「……桃園デブになってまうもんなあ」
「デーブー!」


 天高く、ラブ肥ゆる秋。
 横で見ているタルトとシフォンの言葉に反応して、私の指導に熱がこもる。


「これが終ったら次は腹筋3セットよ!いいわね?!」
「ふえぇ、せつな、もう許し……て……」


 ……これから毎年こういう事になる気がする。
 だとしたら、私の中の秋のイメージは……。


 弱音を吐くラブを容赦なくしごきながら、私は秋のイメージが固まったことに、少しだけ満足感を感じ
ていた。




 秋はスポーツ(をラブに無理にでもさせる私)の秋。





                                           了
最終更新:2013年02月16日 11:09