ハッピー☆セット/一路◆51rtpjrRzY




 秋も深まり木々の葉も散りつつある、ある日の公園の練習場。
 何やら沈鬱な表情を浮かべた彼女が、一人あたしの元に来たのは、レッスンを終えて皆が帰った後の事 だった。

「ミユキさん、ちょっと話したい事があるんですけど……」
「―――美希ちゃん……何かあったの?」

 その様子に尋常ならざるものを感じ、あたしは帰り支度をしていた手を止める。
 練習の時から、何かいつもと様子が違うと思ってたけど……。覇気がないというか……。
 いつもの美希ちゃんなら、どんなにハードな練習をした後でも、こんな顔はしないはずだわ。


 でも今目の前にいる彼女は、何やら黒いオーラを纏っているかのようにどんよりとしていて……。


「―――今度のダンスの事なんですけど……あたし、上手く踊る自信がないんです………」
「!!」

 まさか彼女の口からそんな弱気な言葉がでるなんて―――!!
 いつも自信に満ち溢れた、あの美希ちゃんから―――!!

「ど、どうしたの?!あ、あなたらしくもない……?」
「………」

 俯き、言いにくそうに口を閉ざす美希ちゃん。
 いつもなら厳しい言葉をかけてるところだけど、さすがのあたしも混乱していて、それどころではない。

(何?何か今度のダンスに問題があった?!振り付けやステップならYou make me happyやH@ppy Togetherより簡単なはず……今の彼女達なら難なくこなせるはずだわ……じゃあ一体何が!?まさか怪我でもして
るとか―――それとも何か精神的なもの?失恋?それともコーチをしているあたしに、憧れから恋に変わりつつある自分に気付いてしまって、踊れなくなったとか?!ああ、でもどうしよう。あたし達女同士だし…
それにこう見えてあたしリードされる方が好みで年下は……あ、だけど美希ちゃんならリードしてくれそうな雰囲気が―――――)


 あたしの頭が目まぐるしく回転している中、彼女はやっと重い口を開き、ポツンと言った。


「曲が……ダメなんです……」
「―――はい?」

 曲が気に入らないって……それだけの事?
 頭の中から妄想を追い払うように頭を振ると、口に手を当て、えへん、と改まって咳払いをする。―――もう初めての夜の場所までは決めてたのに……。

「……え、えーと……曲がダメって言われても……今一番流行しているトリニティの新作だし……それに、あなた達にピッタリだと思ってチョイスしたのよ?それがなんで……」

 あたしの言葉に、美希ちゃんはピクッと身体を震わせる。

「組み合わせが……」

 そう言って一度黙り込んだ後、彼女は思い切ったように顔を上げた。

「ベリーとパッションで……ウキウキ~ってフレーズが、どうしてもダメなんです!!」

 多分、あたしはポカンとした顔をしていたと思う。アイドルなのに、恥かしいけど。




「フ、フレーズって……それをあたしに言われても……。某大手ファーストフード店か、作詞者の方に言ってもらわないと……」
「だから……何とか曲を変えてもらえないですか?あの順番じゃあたし……ウキウキできる自信ないんです……」

 切羽詰った顔であたしに迫る彼女。あ、ダメよ、そんな熱い目で見られたらさっきの妄想が―――。

「―――組み合わせなんて気にしてるの?おかしいわね、美希」
「!!」

 あたし達の背後の木陰から、す、っとせつなちゃんが姿を現わす。

「―――せつな……ちょっ……盗み聞き!?」
「人聞きが悪いわ。ただ気付かれないように黙ってこっそり話を陰で聞いてただけよ」
「それを盗み聞きっていうのよ!それを!!お約束な返ししないで!!」
「そうなの?二つも勉強になったわ。ありがとう」

 美希ちゃんの剣幕をけろっとした顔で受け流すせつなちゃん。

「それはそうとして、その組み合わせが、ってどういう事?ベリーとパッションで何か不満でもあるの?」
「う……」

 再び口を閉ざす美希ちゃん。せつなちゃんはそんな彼女の様子を静かに眺めて。

「珍しく暗い顔してたから、興味が湧いて見にきたんだけど……もしかして美希」

 少し呆れたような口調で言った。

「―――ベリーとパインならウキウキできたのかしら?」
「――――――!!」

 美希ちゃんの身体が一瞬止まり、ワナワナと震えだす。
 それに気付いているのか、せつなちゃんは冷静な声で言葉を繋いでいく。

「だったら、頭の中でウキウキ~の部分をブキブッキ~に変換すればいいんじゃない?あ、でもそれだとパッションとブッキーが続いちゃって面白くないだろうから、ベリーとはくしょん!ブキブッキ~にすればなんとなく美希が噂をされた後にブッキーが来た感じで……」
「うううううるさいわね!!!」

 堪忍袋の緒もぶっちぎり、という様子で、美希ちゃんは顔を真っ赤にして叫んだ。

「だだだ、誰もベリーの次がパインになって欲しいなんて言ってないわよ!!ちょっとそっちの方が語呂はいいんじゃないかな~って思ってはみたけど!!そんなつまんない事、気にするようなあたしじゃないんだから!!」

 せつなちゃんの様子は相変わらず変わらなかったみたいだけど。
 あれ―――ちょっと笑った?

「―――そう。ならいいんだけど。変に気を使っちゃった?」
「使いすぎだわ!あたしを誰だと思ってるのよ!あたし―――」
「―――完璧な蒼乃美希、だわ。それならダンスも大丈夫、よね?」
「当然よ!」

 美希ちゃんはそう言って、力強く胸を張ってるみせる。
 なんか……上手い事乗せられてるようにしか見えないのはあたしだけかしら?

「安心したわ。じゃあ行きましょう?ラブ達がドーナツカフェで待ってるから」
「何?ブッキ……二人とも待ってくれてるの?じゃあ急がなきゃ!!ホラ、せつな早く!!」
「あ、美希アカル―――」

 さっきまでの意気消沈ぶりはどこへやらで、返事も聞かずに、せつなちゃんの手を引き、駆け出す美希ちゃん。
 そんな彼女達の後姿を見送るあたしのポケットで、突然携帯電話が鳴り出した。


『あ、ミユキさんですか?せつなそっち行ってません?なんか、美希たんが遅いのが心配だから見てくるって、不安そうな顔でアカルンで移動したまま、戻って来なくて―――』


 ラブちゃんの声に、今そっちに向かったわ、と説明してあたしは電話を切った。
 それからレッスンの時のことを思い出して、苦笑い。


(そういえば、今日一番ウキウキした様子で踊ってたの、せつなちゃんだっけ―――)


 二人とも素直じゃないんだから。
 ……って言ってもせつなちゃんの方がちょっぴり上手かな?



 あれはあれで、案外ハッピーなセットなのかも。



 そしてあたしはバッグに荷物をしまいながら、大きく溜息をついた。



 ―――はぁ、あたしもウキウキしたい……。






 了
最終更新:2013年02月15日 23:50