『祈里の船上パーティー(後編)』/夏希◆JIBDaXNP.g




「ここは――どこ? わたしは死んでしまったの?」


 深い霧に覆われていて足元すら見えない。酷く疲れているのに、足が重くない。まるで体重そのものが無いかのように。
 ホワイトタイガーさんはどこ? わたし一人――なの? 美希ちゃん……ラブちゃん……せつなちゃん。
 わたし、勝てなかったよ。ごめんね。

 霞む視界の先に人影が現れる。二人? ううん、五人。今、わたしが一番会いたい人たちだった。


「謝ることはないわ、祈里。あなたはよく頑張ったわよ」
「そうだ、お父さんも鼻が高いぞ」
「お父さん? お母さん? どうして――わたしがプリキュアだってことを知ってるの?」

「ここは夢の中の世界だからだよ、ブッキー」
「無理しすぎよブッキー。後はアタシ達に任せておきなさい」
「ごめんなさいブッキー。あの時私がちゃんとあなたを掴めていたら」
「ラブちゃん? 美希ちゃん? せつなちゃん?」


 みんなが優しくしてくれる。慰めてくれる。労わってくれる。よく頑張ったって。もう休んでいいよって。

 でも……。違う!――こんなの違う!――こんなの違うよ!
 お父さんとお母さんなら、傷付いた動物を放っておいて休めなんて言わない!
 ラブちゃん、美希ちゃん、せつなちゃんなら、きっとこう言うよ。頑張ろうって! しっかりしなさいって!
 立ちなさいって!

 これは――〝甘え〟 恵まれた環境で育った自分の弱さ。あなたたちは〝わたし〟よ!


 五人の姿が薄れていく。そして顕れるもう一人のわたし。


「もう諦めよう。あなたにはもともとプリキュアの資格なんて無かった」
「そんなこと――ないもの!」
「あなたは選択を間違えた。動物達は諦めてあそこで合流しておくべきだった。そうすればグランドフィナーレで敵を倒せた。結果的に動物達も救えたかもしれない」
「そんなこと――できない! したくないもの」
「だから資格が無いというの。あなたは力を持つ責任を負えない子。感傷に囚われて結果的に仲間まで危険な目に合わせてしまった」


 とっさに反論できず、悔しさのあまり唇を噛む。
 それは理に叶っている。辛く苦しい決断ではあっても、合理的で正しい判断かもしれない。健人君もその道を選んだ。だけど――わたしは!


「結果なんてやってみなければわからない。それに――命を天秤にかけるなんて間違ってる! わたしは選択なんてしない! 犠牲なんて認めない!」
「それが、子供じみたわがままなのよ。あなたは力を求めながら、力を持つ者の責任を果たそうとしていない」
「あなたも、わたしなんでしょ! あなたはどうして獣医になろうと思ったの? どうして人間の医者じゃないの? 切り捨てられて、蔑ろにされている命を救いたいと思ったからじゃないの?」
「それは……」
「誰にとっての優先なの? 誰のための選択なの? こぼれてもいい人たちって誰のことなの? 真っ先に切り捨てられて、見捨てられる。そんな人たちを救えない力なんてわたしはいらない!」


 これは――〝迷い〟 プリキュアの資格に悩む自分の弱さ。あなたは間違いなく〝わたし〟だった。
 その姿も薄れて消えていった。

 そして顕れる次のわたし――子供の頃のわたしだ。


「それで、お姉ちゃんはどうしたいの?」
「動物さんたちを助けに行くよ。ソレワターセを倒してみんなを助けに行くよ」
「お姉ちゃんは向いていないんじゃなかったの? だから負けたんでしょ? 本当はやめたいんでしょ?」
「わたしは弱い人の力になりたい。祈ることしかできない命があるのなら、その人にこそ手を差しのべてあげたい。だからわたしは祈りのプリキュアなんだと思うの」
「たとえ向いていなくても?」
「ええ、向いていなくてもよ!」
「きっと負けるよ?」
「ううん、必ず勝てるって、わたし――信じてる」

 子供の姿のわたしが嬉しそうに頷いた。そして、合格よって言って微笑んだ。お姉ちゃんがわたしの気持ちを忘れてしまっているかテストしたんだって。

 これは――〝祈り〟 信じて貫く心の強さ。愛して紡ぐ命の繋がり。わたしの――力だ!

 大きく息を吸い込んだ。霧が晴れ渡っていく。疲れていたはずの心と体に力が戻ってくる。みなぎる自信と決意の元に、誓いの言葉を口にする。

〝チェイ―ンジプリキュア! ビィートア―ップ!!〟







 圧倒的な力で嬲って遊ぶ残虐な行為も終わりに近づいていた。いくら本気じゃないとは言え、ソレワターセに生身の虎ではおもちゃにしても脆すぎた。
 ネコはネズミをいたぶって遊ぶというが、彼我の戦力差はその比ではあるまい。跳躍の元になる後ろ足を折られ、もう動くこともままならない。
 ホワイトタイガーは未練がましく祈里の体を後ろに隠すようにして最後の攻撃に備えた。

 ソレワターセもまた気がついていた。退屈しのぎのおもちゃが壊れてしまったことに。自分は――加減を間違えたのだと。
 船体の寄生を最優先にされ、存分に暴れられないストレス。その発散のつもりだった。壊れたおもちゃはただのゴミ。排除すべく全力の攻撃を仕掛ける。
 ホワイトタイガーは避けられない。避けるつもりもない。ただ、一歩でも祈里と距離を開けるべくヨタヨタと前に進み出た。

 その時! 突然後方に眩い光が発生した。発光源は倒れている少女、山吹祈里だ。光はどんどん強く、大きくなり、ホワイトタイガーの体を完全に包み込んでいく。
 構わず振るわれるソレワターセの巨大な触手。二本のムチとなり襲いかかる。


「グオォォォォ」


 ソレワターセの両の腕、その先が光に触れた部分から蒸発して消え去った!
 その光が収まっていく。傷付いたホワイトタイガーの前に立ちはだかるその姿は――


〝イエローハートは祈りの印!〟

〝とれたて・フレッシュ・キュアパイン!!〟


「お嬢さん! 無事だったんですね」
「ごめんね、ホワイトタイガーさん。そして――ありがとう」


 キュアパインはソレワターセを睨み付ける。今度は、不敵なまでの自信に満ちた表情で!


「さっきまでのようには行かないんだから!」


 パインは高らかに宣言して突撃する。ソレワターセも腕を復元して応戦する。二つの腕の先から放たれる巨大な触手がパインを襲う。そして激突! 爆発音と飛び散る床の破片。
 そして残されたのは、壊れた床と――へし折られた一本の触手!


〝プリキュア・キック!〟


 触手の動きを見切り、踏み台にしてパインが跳ぶ。何度もイメージに焼き付けた動き。キュアパッションの軌跡。
 小さな体なら、大きく跳んで、大きく伸ばす! 渾身の一撃がソレワターセに突き刺さる。


「グオォォォォ――」


健在している触手が着地の瞬間を狙ってパインに絡みつく。胴を狙ったのに、腕に! とっさに腕を伸ばして絡め取ったのだ。


「ブオォォォ――」
「たあぁぁぁあ!」


 拘束したパインに、熱風を浴びせかけるべくタービンが回る。だが――捕まったのはソレワターセの方だった。
 凄まじい腕力でソレワターセの巨体を振り回し、叩きつける。そして触手を引き千切って油断無く身構える。
 ソレワターセもまた、ようやく理解する。目の前の少女は、さっきまで相手にしていた人物とは別人であると。
 速さが違う! 力が違う! 威力が違う! 何よりも動きにためらいが無い。迷いが無い。容赦が無い!
 肉弾戦では勝てない。そう判断して全開でタービンを回す。周囲一帯全てを焼き尽くしてやろうと渾身の火力で。
 キュアパインも決意に満ちた表情で迎え撃つ。


 お願い、キルン。もう一度だけ力を貸して!


〝癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック、パインフルート!〟


 ハーモニーとは調和。今ならその意味わかるよ。全てを活かすこと。全てが生きること。

 みんなで――みんなで――みんなで生きることよ!!

 かつて無いほどの輝きで光るパインフルート。奏でる和音が眩い光点となり先端に集っていく。


〝悪いの・悪いの・飛んで行け!〟


〝プリキュア・ヒーリング・プレアー!!〟


 再び激突する力と力。灼熱の暴風がキュアパインを飲み込もうとその勢いを強める。だが、届かない! 
 及ばない! 力が――散らされていく。
 小さな体。もっと小さな棒の先から生まれるハートの光が膨れ上がっていく。
 大きく――大きく――大きく――ソレワターセの巨体すら飲み込むほどに。


 確かにわたしには格闘センスは無いのかもしれない。戦いには向いていないのかもしれない。
 だけど、プリキュアは心を力に変えて戦うの。祈り、願い、信じる気持ちなら! わたしは――わたしは――誰にも負けないんだから!!


〝フレ――ッシュ!!〟


 叫び声と共に祈りの光がハートからダイヤへと形を変える。熱風を軽く散らしソレワターセを包み込む。


「はあぁぁぁぁ――」


 祈りの力。癒しの力。優しい光がソレワターセを浄化していく。不浄な肉体が蒸発していく。
 航行用のエンジンが本来の姿を取り戻す。


「終わった――のですか? お嬢さん」
「まだよ、来ちゃダメ!」


 正常に回転を始めたメインエンジン。その前に転がる小さな種。それを目がけて船体に取り付いていた蔦や根が集まっていく。
 見る見るうちにあるべき姿を取り戻す天井。壁。通路。船体が美しい輝きを取り戻す。

 そして――大きくなっていく。種が苗に、草に、木に、巨木に。そして巨大なソレワターセに!!







 船上でも激しい戦いは続いていた。
 互角に見えたパッションとウエスターの一騎打ちはパッションに軍配が上がりつつあった。
 確実に蓄積するウエスターのダメージ。鈍っていく攻撃の切れ。一度も捉えられなかったパッションの動き。


「おおぉぉぉ!」
「はあぁぁぁ!」


 もう何度目か数え切れない繰り返し。そう思ったのが油断に繋がった。ウエスターは初めから攻撃を当てるつもりが無かった。そして、初めから攻撃を避ける気もなかった。
 カウンターなんて華麗なものじゃない。十の力をそのまま受けて、三に殺された力を当てる。捨て身の玉砕覚悟の追撃。その拳がパッションのみぞおちに食い込んだ。


「っ……………………」
「形勢――逆転……だな」


 息が出来ず、身動きが出来なくなったパッションをサンドバックのごとく痛めつけるウエスター。術無くただ丸くなって耐えるパッション。


「パッション!」
「クッ、この、いい加減に離しなさい!」


 悲痛な声を上げるピーチとベリー。こちらの形勢も最悪だった。二人とも蔦に囚われ締め上げられている。

 絶体絶命――その時、奇跡が起こった。
 船体そのものが大きく振動する。悲鳴をあげるかのように。そして、蔦が、根が、潮が引くかのように下がっていく。
 束縛から開放されるピーチとベリー。ウエスターが戸惑っている間に距離を取り合流するパッション。


「これは――どういうことだ。ソレワターセは何をしている!」

「きっとパインだよ」
「形勢逆転はこちらのセリフだったわね、観念しなさい! と言いたいところだけど」
「ええ、パインが心配よ。蔦は消えたんじゃなくて退いたのだから」

「まて、行かせん! 逃がさんぞ!」
「だから、逃げられるのはあなたの方よ。感謝しなさい」
「アカルン! プリンセス号の船内、キュアパインの元に」


 赤い光に包まれて消える三人。船上には拳を握り締めて悔しそうに叫ぶウエスターだけが残された。







「グォォォォォ――」
「きゃあぁぁぁ――」


 さっきまでとはまるで違う圧倒的な破壊力。キュアパインは両手でガードするものの、そのまま後方に弾かれ叩きつけられる。
 今倒したコア・ソレワターセとは違う、本来の姿。植物の形をした素体。巨大な船体全てを覆っていた植物の収束した塊。
 何より、これまで見たソレワターセよりも一回り大きいような気がした。
 それでもいくつかの攻撃をかいくぐり、突きや蹴りを当てていく。しかし――ダメージがあるようには見えなかった。


「これは――いけません。一度退きましょう。今なら逃げられるはずです」
「その折れた足で? 無理よ」
「私は置いて行って下さい。お仲間と合流してください。これは一人で倒せる相手ではないでしょう」
「そんなこと絶対にしないよ。大丈夫、わたしを信じて。決して――負けないから!」


 そう――勝てないのなら――倒せないのなら――せめて負けない!
 打撃と必殺技を織り交ぜつつひたすら時間を稼ぐ。大丈夫、私の特性は持久力なのだから!
 まず、注意をこちらに引き付ける。ホワイトタイガーさんとエンジンから離れるんだ。
 スティック無しの詠唱に入ろうとした時だった。赤い閃光がソレワターセとわたしの間に割り込んだ。


「信じてるわよ、パイン。あなたは完璧だもの。だけど、一人で頑張りすぎよ」
「遅くなってごめん、パイン。でも、信じてたよ」
「さっきはごめんなさい、パイン。助けに来たわ」

「ベリー! ピーチ! パッション!」


 一瞬だけみんなに抱きついて再会を喜ぶ。そして、四人の瞳が闘志に燃える。反撃だ!!
 パッションが先陣を切る。はやい! 速い! 疾い! ソレワターセの音速を超えるムチの先をことごとく回避する。
 続いてピーチが飛び込む。打撃力ならプリキュア最強の拳が叩き込まれる。一度も下がらなかった巨体がたまらず数歩後ずさる。
 そして追撃、ピーチの打撃にパッションが動きを合わせる。完全なるシンクロ、同時攻撃!


〝ダブル・プリキュア・パンチ!!〟


 悶絶し動きを止めるソレワターセに、ベリーとパインが迫る。それぞれ左右から弧を描いて走り寄り、跳躍する!


〝ダブル・プリキュア・キック!!〟


 ベリーとパインの飛び蹴りが同時に炸裂する。ソレワターセの両肩に命中して〝真っ直ぐ〟後方に弾き飛ばす!
 ベリーが驚きの表情でパインを見て、そして微笑んだ。それは蹴りを得意とするベリーと同等の威力のキックをパインが放ったことを意味していた。
 次々に決まる流れるような連携攻撃。そして導かれる最終局面――フィナーレ!――


「クローバーボックスよ、あたしたちに力を貸して!!」


 ピーチの手が高らかに挙がる。その背後に巨大な光の柱が現れる。


〝プリキュア・フォーメーション! レディー! ゴォォー!!〟


 ピーチの両手が胸を抱き、そして大きく左右に広げられる。直線状に並んだ四人が走る。勝利を目指してスタートを切る。


 ハピネスリーフ・セット! パイン!
 パッションの想い。幸せを願う気持ちが一枚の光葉となり、空を駆けパインに届く。

 プラスワン・プレアリーフ! ベリー!
 パインの想い。祈りの力、信じる力が光葉となり連なっていく。弧を描いてベリーに届く。

 プラスワン・エスポワールリーフ! ピーチ!
 ベリーの想い。希望を持ち続ける強さが三枚目の光葉となって繋がれる。虹を描いてピーチに届く。

 プラスワン・ラブリーリーフ!
 ラブの想い。無限の愛が最後の一葉に宿る。

「幸せ」「祈り」「希望」「愛情」四つの力が集う時、「真実の力」が生まれる。四葉の伝説が今、ここに現実のものとなる。


〝ラッキークローバー・グランドフィナーレ!!〟


「「「「はぁぁぁぁ――!」」」」


 四葉から顕現した聖なる宝玉が敵を封殺する。弾けるような音を残してソレワターセは跡形も無く消滅した。



「ついにやりましたね、お嬢さんたち。お見事でした」
「ありがとう、ホワイトタイガーさん。あなたのおかげ……よ。あ……あれ?」

 ドサッ

「パイン!?」
「ちょっと、どうしたの?」
「いけない! 力の使いすぎで気を失ったのよ。アカルン!」







 目を覚ました時はベッドの上だった。わたしはホワイトタイガーさんに被さるように気を失ったらしい。
 乗客はもちろん、動物さんたちも全員無事。ホワイトタイガーさんはお父さんとお母さんで治療に当たったらしい。
 わたしも――手伝いたかったな。
 ううん。せめて――せめてちゃんとお別れが言いたかった。それが心残りだった。

 コンコン


「ブッキー、もう退院出来るんでしょ。迎えに来たよ」
「もう、ほんとに心配させないでよね」
「大丈夫? どこか辛いところはない?」


 それからは心配かけたことを謝って、迎えに来てくれたことにお礼を言って。
 少しお話してるうちにお父さんたちも来た。病院を出たところで健人君が待っていた。


「山吹さんが入院されたと聞きました。全て僕の責任です。本当に申し訳ありませんでした」
「健人君のせいじゃないよ。わたしこそ心配かけたり、勝手に居なくなってごめんなさい」
「そんな! とんでもありません。それで――あんなことがあった後で言いにくいのですが――」


 健人君はまたいつか、もっと立派なパーティーを開くから、その時にはまたぜひ同席してほしいって言ってくれた。パーティーだけじゃなくて、普段から、ずっと――
 わたしはそれを丁寧に断った。


「健人君は立派だったよ。でも、わたしは健人君とは違う道を行きたいの。でも、あのパーティーは本当に楽しかったよ。わたし、ずっと忘れない」
「そうですか、わかりました。僕の方こそ楽しかった……。ありがとうございました」


 離れたところから見ててくれた美希ちゃんが心配そうに声をかける。


「良かったの? 付き合ってほしいわけじゃないけど、協力すればもっともっとたくさんの動物を救えるかもしれないわよ」
「うん、いいの。美希ちゃん、わたしはより多くを救いたいんじゃないの。より多くから零れてしまった子の力になってあげたいの」
「そっか。でも、パーティーは惜しかったわね。またあの虎さんに会うチャンスだったんじゃない?」
「それもいいの。いつか自分の力で会いに行くよ。獣医さんとしてね」







「さあさあ、サーカスの始まりです」


 再会の機会は思ったよりもずっと早く訪れた。港に作られた仮設テント。そこで行われるサーカスの招待状が送られてきた。
 当分の間はプリンセス号は修理や改修で使えないらしい。その間はここで公演することになったのだ。
 招待人数は四人。ラブちゃん、美希ちゃん、せつなちゃんも一緒だ。実は、こっそりタルトちゃんとシフォンちゃんも。
 ラブちゃんは予想通りに大はしゃぎ。美希ちゃんも楽しそう。せつなちゃんは、私、初めてって言ってキラキラと目を輝かせていた。


「今から始まりますは、世にも珍しいホワイトタイガーの火の輪くぐりの曲芸です。なんとこれを観客のどなたかに手伝っていただきます」


 ホワイトタイガーが勇ましく咆哮する。何しろ相手は肉食動物の中でも最も凶暴で知られる虎だ。流石に乗りのいい観客の中にも手を挙げる者は居なかった。
 わたしはフラフラとステージの方に足を進めた。今のは――吼えたんじゃない。呼んだんだ。
 わたしを――わたしのことを。

 ついに我慢できなくなって駆け出した。ステージの中央、ホワイトタイガーさんの元に。
 それはホワイトタイガーさんも同じ。わたしに飛びかかるように駆け寄った。わたしは首に抱きついた。
 ホワイトタイガーさんもじゃれるようにひげを擦り付けてくる。

 これが――不味かった。傍から見るとわたしは虎に飛びかかられて噛み付かれたように見えたらしい。
 会場はしばらく大騒ぎだった。
 青い顔で心配していた司会者さんがショーの続行を宣言した。


「ブッキーがんばれー」
「素敵よ、ブッキー」
「凄いわ、息がぴったりね!」
「キュアキュア」
「ええで~パインは~もがもが」


 事件のこと。ホワイトタイガーさんの怪我のこと。他の動物さんたちのこと。色々なことをお話しながら楽しい時間を過ごした。
 少しでもその時間を長くするためにって、予定のない演技までしてまた司会者さんを驚かせちゃったけど。


 もう迷わない。きっと――守ってみせるよ。シフォンちゃんも。動物さん達も。この街の人たちの笑顔も。
 全てを活かすこと。全てが生きること。みんなで生きること。それがわたしの願い。それがわたしの祈り。
 だからわたしはプリキュアなんだ。


 そして、みんなで幸せになれるって――わたし、信じてる。
最終更新:2013年02月15日 23:42