『祈里の船上パーティー(中編)』/夏希◆JIBDaXNP.g




「いいなあ、ブッキー。今頃、キラキラのお姫様なんだろうな~」
「大丈夫かしら。ブッキーもなんだか不安そうな顔をしていたわ」
「可愛いのに自信が伴わないのよね。しょぼんとしてなきゃいいけど」


 船出を見送った人々も去り、静かになった港。せつなの提案でシフォンを遊ばせながら祈里の帰港を待つことにした。
 晩秋の冷たい海風が止まることなく吹きつける。美希はシフォンにセーターとマフラーを出して着せた。


「待って……なんだか様子がおかしい。船体に蔦のようなものが巻きついているわ」
「えっ? ここからじゃ船の形すらわからないよ」
「せつな、それって――」
「ええ、間違いない。ソレワターセよ! ラビリンスが現れたのよ」
「ほんまや、クローバーボックスも反応しとるで!」

「行こう、みんな! せつな、お願い」
「ええ、わかったわ。アカルン、プリンセス号の船内へ!」


 全員の体が赤い光に包まれる。そして――霧散した。
 せつなは瞬間移動が不可能なことを伝える。悪の意思の働く場所には転移できない場合がある。
 それを失念していた。


「変身して泳いで行くとか?」
「無理よ、距離がありすぎるわ。船を借りるにしても時間がかかりすぎるし……」
「一か八か、上空から特攻をかけましょう!」


 ソレワターセは既にプリンセス号と同化を始めている。そこに転移は無理でも、その力の及ばないくらい上空高くなら!
 全員が決意を固めて頷く。タルトとシフォンには今回は残ってもらうことにした。


〝チェイ―ンジプリキュア! ビートア―ップ!!〟


「アカルン! プリンセス号の上空へ」


 待っててブッキー、今、助けに行くから! 三人は赤い槍と化してプリンセス号に一直線に飛び立った。







〝プリキュア・ヒーリング・プレアー!!〟


 キュアパインの両手から放たれる聖なる癒しの力。ソレワターセの触手を広範囲に渡って退ける。既に本日七回目の技の発動。スティックは使用していないとは言え尋常な消耗ではなかった。
 もう不幸なんて集めても意味は無いのに――予想を超えた厳しい状況に唇を噛む。ソレワターセは乗客にも容赦なく攻撃を仕掛けてきた。
 他の場所に居る乗客や船員達のことも気になった。離れていては守りようが無い。健人君に連絡を取って全員をここに集めるようにお願いしておいた。


「みなさん、一箇所に集まって離れないでください。船内に安全な場所は――もう、ありません」

「他のプリキュアはどうしたんだ!」
「責任者はどこに行った!」
「警察、いや海上保安庁には連絡したのか!」

「それは健人……御子柴健人さんがやっています。他のプリキュアは――きっと来ます!」


 そして放つ八回目の必殺技。体からどんどん力が失われていくような気がする。

(お願い。美希ちゃん、ラブちゃん、せつなちゃん、早く来て)

 ふらつきそうになる足、挫けそうになる意思。甘えるな! 特訓を思い出すんだ。自分を叱咤する。
 待つと決めたなら――守る! いつまでだって! これ以上、技に頼るのは危険だ。
 視界を広げ全体を一度に見渡す。どんな攻撃にも必ず予備動作はある。それを察知して後の先を取る! 
 パインの手刀が触手を切り払った。


「お待たせしました、パインさん。これで全員です」
「健人君、危ない!」


 残りの人たちを集めて戻ってきた健人君に数本の触手が襲いかかる。ぎりぎり間に合った九回目の必殺技。
 ついにキュアパインは膝をつく。
 そしてその時、船体に大きな衝撃が走った。







「届け! 愛のメロディ! キュアスティック、ピーチロッド! 悪いの悪いの飛んで行け!」


〝プリキュア・ラブ・サンシャイン・フレーッシュ !!〟


 キュアピーチが放つ最大の必殺技。巨大な愛のハートが船体に張り付いたソレワターセを薙ぎ払う。
 しかし一瞬は退けるものの、すぐに周囲から蔦が伸びてきて復元していく。


「ダメッ、すぐに修復されちゃう。これじゃあ中に入れないよ!」
「一瞬でも穴を開けられたら、アカルンで中に飛び込めると思う」

「ピーチ! リンクルンが繋がったわ。パインからよ。艦首の第一ブロックの部屋に居るって。全員無事だそうよ」
「急ごう、みんな」
「「ええ!!」」


 移動しながら立てた作戦。ソレワターセは巨大な船体の全てを掌握はしていない。内壁と外壁に取り付いて二重の構造で遮断しているらしい。それを同時に叩くことができれば!
 外からはピーチとベリーが、中からはパインがそれぞれ最大出力で必殺技を放つ。
 時間は短い。おそらく一瞬。浄化された〝道〟をアカルンで通過してパッションが助けに向かう算段だ。


「聞こえてる? いくわよ、パイン」
「うん。みんな、お願いね」


 浄化状態を少しでも長く維持するためには、呼吸を完全に合わせなければならない。
 こんな壁が何だと思う。アカルンや無線通信は遮断できても、わたし達の絆までは断てはしない!
 ダンスを思い出す。呼吸を合わせてシンクロしていく。みんなのことなんて、自分自身よりわかってるんだから!


「届け! 愛のメロディ! キュアスティック、ピーチロッド! 悪いの悪いの飛んで行け!」
「響け! 希望のリズム! キュアスティック、ベリーソード! 悪いの悪いの飛んで行け!」
「癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック、パインフルート! 悪いの悪いの飛んで行け!」
〝プリキュア・ラブサンシャイン・フレッシュ!〟
〝プリキュア・エスポワールシャワー・フレッシュ !〟
〝プリキュア・ヒーリングプレアー・フレッシュ!〟


 聖なる力が内と外とで激しくぶつかり合う。まばゆい光と共に、数メートルに渡って船体が本来の姿を取り戻す。


「今よっ! アカルン、プリンセス号の艦首第一ブロック、キュアパインの居る部屋に!」


 船室に飛び込んだパッションが見たもの。安堵の表情に包まれる乗客たち。
 そして――うずくまって苦しそうに息をしているパインの姿だった。


「パイン! どうしたの、どこかやられたの?」
「大丈夫、ちょっと疲れただけだから。それよりも早くみんなを安全な場所に。もう一度やろう!」

「でも、そんな体で!」
「忘れたの? わたしの特性は持久力よ。このくらい平気なんだから」

「わかった。――皆さん、全員で手を繋いでください。ここから港まで一気に転移します」


 再び放たれるピーチ・ベリー・パインの必殺技。パッションは飛び立つ瞬間にパインの手を掴もうとして――振り払われた。


「パイン!?」
「みんなをお願いね、パッション。わたしにはやらなければいけないことがあるの」


 巨大な赤い光の球が生まれ、そして消える。静寂に包まれた船内。再び活動を始めたソレワターセの触手の攻撃を転がって回避する。そのまま船室を飛び出した。
 こうしてはいられない、気力を振り絞って走る。目的は船底ブロックにある貨物室の一角、動物小屋だ。







「待っててね。もうすぐ――助けに行くから」


 先ほどのやり取りが脳裏に浮かぶ。



~~~~~~~~~~~~~~~

「パインさん? どうやってここに、祈里さんは?」
「ごめんなさい。詳しくは話せないけど祈里ちゃんは無事よ、先に避難させたの」
「そうですか、他のプリキュアの皆さんは?」
「わたしだけよ。だからどこでもいいから一箇所に全員を集めて欲しいの。できるだけ早く」


 そしてパーティー会場から近い予備会場が選ばれた。多目的ホールで強度が高く、メイン会場ほどの飾りつけも無いシンプルな広場だ。
 そこに乗客と、船員の中でもサービス部門の人たちが直ちに集められた。残りは運行部門の人たち。
 彼らは航行の安全に強い責任と誇りを持っており、持ち場を離れることを嫌う者も多かった。
 そちらの説得と先導に健人君が当たった。


「お願い健人君、動物さんたちも助けてほしいの」
「それは――できません。動物は船底に居ます。遠すぎますし、迎えに行く時間も檻から放つ時間もありません。それに、危険のある動物達をお客さんと同じ場所には置けません」
「でも! それじゃあ見殺しにすると言うの? あの子達はいい子よ、大丈夫だから……」
「パインさん、出来るなら僕も救いたい。だけど、今の僕はこの船の乗客の安全を預かる責任者です。わかってください」

~~~~~~~~~~~~~~~



 大きな力を持つこと。それは自分の手に大勢の人の運命を預かること。自分の意思で決定すること。
 その責任を負うこと。
 健人君は自分の置かれた状況に、自分で受け入れた役割に、勇気を持って向かい合おうとしている。
 その言葉を否定することはできなかった。大きなものを守るために、小さなものを犠牲にする。
 それは今後も彼が向かい合う痛みなのだろう。

 だけど――わたしは――わたしがやりたいことは――







 キュアピーチの拳が蔦を圧し折る。ベリーの蹴りが根を断ち切る。ただそれだけの作業を何度繰り返しただろう。
 パッションとパインからの連絡も途絶えている。乗客の安否も心配だった。

 一瞬の気の緩みからピーチが触手に囚われる。さらに数本の触手が固めようと近づく。それを――
 赤い閃光が切り裂いた!


「お待たせ!」
「パッション! ありがとう」
「遅いわよ、もう。心配したじゃない。パインは一緒じゃないの?」

「パインは連れてこられなかったの。自分から手を振り払って――まだやることがあるからって」


 三人に戻ってやや余裕が出来た。背中を合わせるようにしてソレワターセの攻撃を迎え撃つ。
 だが――そんなことを続けていても倒せはしないのも確かだった。


「あたしたちだけじゃ中に入れないよ。もう一度パインに連絡を取って全員で倒そう」
「そうね、とにかくグランドフィナーレを使えるようにしないと」
「わかった。やってみましょう」


「そうはいかんぞ!」


「「「ウエスター!!」」」


 艦橋の上から仁王立ちで見下ろすウエスター。その表情はいつになく厳しく、戦意がみなぎっていた。
 その視線の見つめる先はただ一人。太陽を背に跳躍する。凄まじい威力のとび蹴りが三人の中心めがけて放たれる。


「みんな離れて!」
「一緒に来てもらうぞ、イース!!」

「パッション!」
「そうはさせないわ!」

「お前達は草とまみれていろ!」


 その言葉に反応するように、これまでとは比較にならない数の蔦がピーチとベリーを襲う。パッションは決意の表情を浮かべる。ここは、一騎打ちで彼を破るより他に無いと。


「もうやめて、ウエスター! こんなことをして何になるの? 関係のない人を傷つけて何になるの?」
「おまえこそ、関係のない者のためにどうして裏切る? メビウス様への忠誠を忘れたのか!」
「言ったはずよ、私はもうイースではないわ。プリキュア、キュアパッションよ。みんなの幸せ、守ってみせる!」
「ならば問答無用! 腕づくでもわからせてやるぞ!!」


 パッションは受けに徹する。豪腕から繰り出される突きを流し、なぎ払うような蹴りを跳んで回避する。
 避けながら冷静に分析していく。技は互角。威力は比較にならない。耐久力も持久力も相手が上だ。
 唯一勝るのは瞬発力。スピードで一気に押し切るしかない。


「私はラビリンスを捨てたことを後悔はしていない。悔やんでいるのは、この街の人達を傷付けたことよ! 私は自分のしたことも、あなたたちがしていることも決して認めない!!」
「認めないだと! それはこちらのセリフだ。お前はイースだ。プリキュアなんぞと認めはせん!」


 ウエスターの渾身の回し蹴りが何も無い空間を切り裂く。翻す体から放たれた拳が、一瞬前までパッションの居た背後の壁に炸裂する。爆音と共に砕け散る船体の一部。圧倒的な破壊力の差。
 だが、その空間を満たすのは恐怖ではなかった。

 ウエスターの表情から余裕が消える。全身が総毛立つ。背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
 迷いを捨て“戦士”となったパッションが背後に静かに立っていた。

 改めて認識する――目の前の相手は非力な獲物などではないことを。
 平和な世界で育った家畜などでは無いことを。
 彼女の目には恐れもなく、不安もなく、迷いも躊躇いもなかった。
 戦士としての本能が身を守るべく反応する。距離を取って迎え撃つ。キュアパッションから放たれる――“殺気”を。


「おおぉぉぉ!」
「はあぁぁぁ!」


 耳元をつんざく轟音を立てながらウエスターの拳がパッションの頬を掠める。風圧が髪の一部を引き千切る。
 だが怯まない。臆さない。彼女にはもともと自分を守る気など無いのだから。
 眉もひそめずに反撃を繰り出す。一つに対しては二つ。こちらは切り裂くような鋭利な攻撃。
 ウエスターもまた、一つは避け、もう一つは食らいながらも平然と耐えて見せた。
 互いの胸ぐらすら掴みあえそうな距離で繰り広げられる紙一重の攻防。否、攻め合い! 
 退かない、下がらない、守らない! 双方に宿る意識は相手を倒す! ただその一心のみ。
 パッションが攻撃を受けるのが先か、ウエスターに溜まるダメージが彼の耐久力を破るのが先か。
“戦士”である二人は知っているのだ。先に“迷った”者にこそ、その運命が訪れるのだと。







 プリンセス号の船底。キュアパインの拳がインパクトの瞬間に微かに光を宿す。そして砕け散る扉。
 その先には檻に閉じ込められた動物達がいた。


「やっと見つけた、遅くなってごめんなさい。大きくて迷っちゃったの」

「パオォォ――」
「ギャアギャアギャア」
「グルルル――」
「キッキッキッ」


 動物達がパインの言葉と姿に安堵し、喜びの声を上げる。パインの心が痛む。もともと人間たちよりもずっと前から異変に気付き、脅えていたはずの者たちなのだ。
 そして、ひときわ強い意志の込められた鳴き声が上がる。キルンが反応して通訳する。


「匂いでわかります。あの時のお嬢さんですね。まさか狩る者であったとは思いもよりませんでした」
「守る者――だよ。ホワイトタイガーさん。無事で――ほんとうに良かった」


 再会を喜び抱きしめる。そして謝った。この船は、人間は、あなたたちを見捨てることを選んだのだと。
 生き残るためのぎりぎりの判断であったこと。どうか――許して欲しいと。


「あなたも人間ですよ、お嬢さん。そしてここに来てくれた。それに、自らの命と群れの安全を優先させるのは動物界も同じこと。気にすることはありません」
「うん。ありがとう、ホワイトタイガーさん。さあ、一緒に逃げよう。上にわたしの仲間が来ているの。きっと助かるから」


 全ての動物の檻を破壊して助け出した。パインの体力が限界に近いことを察したホワイトタイガーが、姿勢を低くして背に乗るように合図した。
 パインは素直に従いまたがる。背中の温かさと力強い匂い。疲れた体まで癒されるような気がした。
 そして動物達の大脱出劇が始まった。力のある動物は前と後に。鷲が上空を守り、力の弱い動物は真ん中に匿われた。
 ひたすら上へ――上へと。その先には、自由な空と大地があると信じるかのように。







 もう少し、あと一息のはずだった。一本しかない通路を通せんぼするかのように蔦がバリケードを張っていた。
 数体の動物が噛み付き、体当たりするがびくともしない。


「そんな――さっきまではこんなもの無かったのに」
「私たちを閉じ込めるのが目的でしょうか? この蔦は襲っては来ないようですね」
「待ってて、こんなもの私が――悪いの悪いの飛んで行け!」


〝プリキュア・ヒーリング・プレアー!!〟


 気力を振り絞って放った必殺技。しかし――蔦はビクともせずにその存在を保っていた。


「そんな――だったら、キュアスティックで!」
「待ってください、この蔦からは命を感じません。物理的な強度のみで道を塞いでいるのでしょう。その力は通じないのではないですか?」


 ホワイトタイガーさんの言う通り、それは切り離されたソレワターセ。悪の意思を持たない障害物。
 強度だけを追求したものらしく、パインの打撃すら受け付けなかった。


「これじゃ――みんなと合流することができない。どうすれば……」
「私には敵が何者かはわかりません。ですが進むことがままならないのなら、ここで助けを待つか、立ち向かうかのどちらかではありませんか?」


 その通りだと思った。敵の強大さを知らないからこそ言えた事かもしれない。だけど――きっと、外でみんな戦っている。苦戦してるはず。
 ここで自分だけ助けを待つなんて、そんな者がプリキュアを名乗る資格なんてないように思えた。
 ホワイトタイガーさんが言うには、動物小屋からここに至る通路の反対方向からより強い〝敵〟の臭いがしたらしい。
 それは健人君から教えてもらったエンジンルームに繋がっているはず。そこがきっと――ソレワターセの本体の居場所だ。


「わかった。みんなはここに残っていて。小屋に引き返すよりは安全なはずよ。わたし――行って来るね」
「待ってください、お嬢さん。私も行きますよ。戦いの役には立てなくても移動の助けにはなるでしょう」
「でも――危険よ!」
「ここが安全という保障も無いでしょう。あなたの体力は少しでも温存したほうがいい。それに――私も虎としての誇りがあります。捕食されるのをただ待つことは出来ません」







 白虎は駆ける。背に美しき少女を乗せて。
 生まれた時から狭い空間の中で生きてきた。初めての全力疾走。
 獅子と並ぶ百獣の王。底知れぬポテンシャルを持つ強靭な体躯が喜びに震える。
 ソレワターセがその接近を阻もうと触手を伸ばす。そのことごとくが空を切る。遅い! と咆哮をあげる。
 戦いの場まで、背中の少女にかすることすら許しはしないと。

 白い閃光と化したホワイトタイガーが敵の臭いの発生地点に飛び込む。そこは強い熱を放つ大きな部屋。
 船を動かすエンジンルーム。同時にパインは背から飛び降りて庇うように前に立った。
 そして感じる強大な威圧感。侵入者を排除すべく吹き付ける超高温の熱風。パインは経験則で、ホワイトタイガーは本能でそれぞれ左右に跳び回避する。
 エンジンルームの中央に立つモノ。ソレワターセの核にして司令塔。体長は十メートルにも及ぶだろう。
 二つのエンジンのタービンを取り込んだ植物の化け物だった。


「あれが――敵? まさか、あれほど強大なものだったとは。私は――なんて場所にお嬢さんを……」
「――下がっててね。絶対に出てきちゃだめだよ」


 動物の本能。ホワイトタイガーは勝てないものに萎縮する自分の体を忌々しそうに引きずって下がる。
 そしてパインは進み出る。わたしもプリキュアなんだから! ううん、わたしがプリキュアなんだ!
 それを――証明してみせる!


「ブオォォォ――」
「たあぁぁぁぁぁ」


 ソレワターセとキュアパインの双方が突撃を開始した。
 二つのタービンから数千度の熱が放射される。並みの金属など簡単に溶解させる熱風が広範囲で吹き付ける。
 横や後ろに避けていては回避は出来なかっただろう。だがパインは突撃速度を更に上げ、距離を詰めることによって完全に効果範囲から外れた。
 直射型の長距離射程攻撃を持つ敵とは、一対一では遠距離でやり合わない。常に近距離で戦って発射のタイミングを挫く。この数日の訓練で徹底的に叩き込まれた戦法の一つだ。
 巨大な敵と触れ合うほどの距離での戦闘。それはメリットばかりでは無かった。敵の巨大な体躯は、接近していては全てを視界に納めることができない。
 死角から放たれる攻撃。時に頭上高くから。時に背後から。見えない強大な暴力がパインを叩き潰そうと襲いかかる。

(あの特訓の意味はこれだったのね、せつなちゃん)

 それは対戦時のキュアパッションの動きに酷似していた。
 恐るべき破壊力を持つ攻撃がむなしく空を切る。そして叩き込まれるカウンター。ついにキュアパインがソレワターセを押し切った。

(待っててね、動物さんたち。そしてみんな。今、帰るから!)

 お願い、キルン!
 パインの祈り、願いがリンクルンを通じてキルンに届く。プリキュアの妖精が愛らしく舞う。
 引き出された力がパインの体に流れ込む。


 癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック、パインフルート!


 悪いの・悪いの・飛んで行け!



〝プリキュア・ヒーリングプレアー・フレッシュ!!〟



「はあぁぁぁぁ――」
「ブオォォォ――」


 スティックから放たれる浄化の光とタービンから放たれる不浄の熱風。二つの力が激しくぶつかり合う。
 やがて互角だったバランスが崩れていく。徐々にパインが押されていく。
 既に今日だけで二桁を超える必殺技の発動。数時間に及ぶかつてないほどの長時間の戦闘。援護の期待できない単身での戦い。
 この決戦の前からとうに体力など底をつき、気力だけで動いていた状態だった。
 ついに――パインフルートが弾け飛ばされ、キュアパインは熱風に飲み込まれた。


「きゃあぁぁ」
「お嬢さん!」


 数十秒にも渡り数千度の熱風に焼かれ続ける。悪魔の風が止んだあとに残されたのは、変身が解け意識を失った無力な女の子。山吹祈里であった。

 ホワイトタイガーは祈里をくわえて逃げ回る。足がすくむなどと言っている場合ではない。自分達のために命を賭けてくれた少女なのだ。この――軽くて柔らかくて小さな体で!
 ネコ科特有の俊敏な動きで触手の攻撃を右に左にと回避していく。一番恐れている攻撃、タービンから放たれる熱風はこなかった。そして、全ての攻撃にさっきまでの鋭さがなかった。
 逃げ出されないように入り口に陣取り、ゆるい間隔で蔦を飛ばしてくる。

(これは――)

 動物の本能で悟る。奴は自分など眼中に無い。そして、この少女の命を奪う気もないのだと。
 自分も含め、肉食動物の多くは遊びを通して狩りの仕方を学ぶ。生き物を殺さずに延々といたぶったり、捕食目的でなしに弱いものを捉えたりと残酷な遊びを行う。
 そう、たった今から奴の行動は戦闘から遊びに切り替わったのだ。なら――時間を稼ぐことはできるはず!
 少女の回復を信じて逃げ回る。どんなに細い希望でも、屈辱的な行動でも、それが彼にできる唯一の戦いだった。



最終更新:2013年02月16日 22:35