『幸せの赤いカギ(後編)』/夏希◆JIBDaXNP.g




 かつて、私が工事現場で召還した最強のモンスター。
 苦痛でコントロールを乱し破れたが、その本来の力はどれほどのものだろうか。

 勝てるわけが――ない。
 イースで勝てるなら、そもそもそんなモノを呼び出したりしていない。


 落ち着け! と自分に言い聞かせる。勝利という最善を得られないのなら、次善を勝ち取るのみ!
 次の望み、それはこの子の安全。ならば、せめて、せめて時間を稼ぐ。


「お願い。どこでもいい、逃げて! 早くっ」


 奴の意識を引き付けるべく、挑発しながら側面に回りこむ。蹴りを放とうとしてバランスを崩す。
 先の戦闘のダメージで、軸足が効かなくなっていた。

 これでは――戦えない……。


 ――轟!!


 ドリル状の腕が私を襲う。体をひねって直撃は回避したものの、勢いを殺せず弾き飛ばされる。


 痛っ――!


 やけどのような痛みが左上腕に走る。すぐにそれは激痛に変わる。
 腕が半分、抉り取られていた。


 次の攻撃で……終わる。
 だから、最後に少女の安全を見届けたかった。振り返って――驚愕する。

 逃げたはずの少女は――目の前に居た。





 フラフラと、私の方に近づいてくる。
(だめっ、逃げて!)叫ぼうとするが既に声も出ない。


 守りたかった。せめて、この子だけでも……。


 悔しかった。絶望で目の前が真っ暗になる。
 こんなささやかな願いすら叶わないのか。それほど、私の罪は重いのか……。





 少女は歩みながら、優しい瞳で見つめ、語りかけてきた。
 そして、私を迎え入れるかのように大きく両手を広げた。


「わたしはずっとお姉ちゃんのことを見守っていた。
ずっとお姉ちゃんのことを待っていた。
誰よりも優しいから傷付いて、
誰よりも寂しいから傷付けて、
誰よりも幸せになりたいと願っているから、
誰よりも、人の幸せを願うこともできるんだよ。
そんなお姉ちゃんが、ううん、せつなが大好き!」


 少女が私の首に手を回す。


「お願い、思い出して! せつなの本当の心、本当の姿を!」


 そして微笑み、私に口付けをした。



 戦って! せつな
 わたしが許してあげる
 わたしがそばに居てあげる
 わたしが一緒に償ってあげる



 唇から少女の想いが流れ込んでくる。
 徐々に少女の体が薄くなり、透明になる。



 体が熱い。全身に何かが流れ込んでくる。
 痛みが引いていく。傷が塞がり、力が漲ってくる。
 私の胸に、心に開いていた穴が、少女の想いで満たされていく。



 こみ上げる熱い想いが喉に駆け昇る。


 そして、自然に言葉が紡ぎだされる。



〝チェイ――ンジプリキュア! ビートア――ップ!!〟



 悪夢という名の幻想が、少女たちの想いで聖なる泉に姿を変える。
 イースの衣が溶け、体が光の粒子に包まれる。


 熱い情熱は真紅の衣に。
 戦士の誇りは輝くティアラに。
 過去を受け入れし覚悟は黒いリボンに。
 優しき心はハートに宿り、前に進む強い意志は、羽飾りに姿を変える。


 真っ赤な!――ハートは!――幸せの証!


 熟れたて!――フレッシュ!


 両手が十字に切られる。今、女神の裁定が下る。


“キュアパッション”


 長くたなびく薄紅色の髪。ドレスを思わせる可憐な衣装。そう、これから始まるのは剣の舞。
 紅い瞳に闘志が宿る。戦いを知り尽くした戦女神が降臨した。





「あなただったのね、アカルン」
(ごめんなさい)

 心に直接響くアカルンの声。大丈夫、心を共有してるもの。気持ち、ちゃんと伝わってるわ。


「詳しい話は後でね、ここは一体何なの?」
(せつなの精神世界よ。あれはナキサケーベじゃなくて、せつなを破壊するために送り込まれたウィルス。あの姿は、この世界での奴の強度を視覚化したもの。力関係は同じだと思って)


「負けたらどうなるの?」
(ウィルスが繁殖してあなたの命は尽きる。ごめんなさい、ここには仲間を呼ぶことも出来ない。一人で戦わなくてはならない。どれだけ力の差があるとしても)



 一人……では勝てない。
 なのに、まるで負ける気がしなかった。


 私はいつだって一人じゃないもの。
 ラブがいて。美希とブッキーがいて。おとうさんやおかあさん。
 みゆきさんやカオルちゃん。クラスのみんな。商店街の人たち。
 夢の中ですら、アカルン、あなたが一緒に居てくれた。


「大丈夫、私は一人じゃないわ。一人じゃこんなに心は温かくならない。一緒に居てくれるって言ったじゃない、アカルン。なら、一緒に闘いましょう!」
(うん!)





 ナキサケーベを見据える。
 本来、宿主の命を削ることで顕現する異形。
 苦痛の束縛から解き放たれた、その真の力はどれほどのものか。

 だが、負けない! 絶対に負けられない!

 必ず勝って、帰るんだ。みんなのところに。


 罪を償うために戦ってるんじゃない!
 過ちを正すために、戦っているわけじゃない!


 私は――!
 私達は――!
 私達みんなの幸せを守るために戦う!!


 私はプリキュア。キュア・パッション。幸せを守る者。


“お願い! アカルン、力を貸して!!”


 気持ちが重なる。心が一つになる。私は一人じゃない。想いは重なって力になるんだ!





 ――轟!!

 唸りを上げてドリルアームが襲いかかる。さっきはやられた、だが!


「遅い!」


 垂直に飛んで避けたところをショベルが迫る。


(まかせて!)


 体が紅い光に包まれ、ナキサケーベの後ろに現れる。


「プリキュアキィィィ――ック」
(プリキュアキィィィ――ック)


 私とアカルンの気持ちが、叫びがシンクロする。
 巨体が何が起こったかもわからずに吹っ飛び転がる。


「どんな攻撃も力の差も、当らなければ意味は無いわ!」


 ナキサケーベの懐に悠然と歩み寄る。超接近戦。

 ドリルがショベルがパッションを襲う。だが――寸前で避ける。紅い光と共に転移する。
 勢いを止められず、そのたびに敵は自らの攻撃を体に受ける。

 そして追撃。バランスを崩した敵に、パッションの拳が、蹴りが襲いかかる。


「プリキュアパァァァ――ンチ」
(プリキュアパァァァ――ンチ)


 死角から繰り出される連続攻撃。右に左に、ナキサケーベは翻弄される。


「グォォォォ――」


 渾身の力でドリルが横凪に振るわれる。それを紙一重で避け、軸を掴み転移する。
 上空高くに転移した私たちは、背負い投げの如く地面にナキサケーベを叩きつける。


「タァァァァァァァ――」
(タァァァァァァァ――)


 ズドォォォォ――ン


「グ……ォ…ォ…ォ…………」



 ―――今よっ!――

 イース、あなたの技使わせてもらう!


 大きく息を吸い込み、大地を掴むが如く踏み込む。急激な重心の沈下の反動。吐息とともに爆発し、膝で増幅され、腰で回転エネルギーに替わる。
 体内に伝わり気を纏う。膨らんだ力が肩で直線エネルギーに変換され、肘、拳で更に回転加速する。
 技が引き出す物理的な打撃力、心が引き出す生命の力、アカルンが引き出すプリキュアの力。
 三つの異なる力が螺旋となり、打突を以て波紋と成す。


「ハアァァァ!!」
(ハアァァァ!!)


 ドオォォォ―――ン


 弾丸のようにナキサケーベが弾け飛ぶ。流れ込む力が体内を食い荒らし崩れ落ちる。



 ―――止めよっ!!――


「歌え! 幸せのラプソディ、パッションハープ!」
(歌え! 幸せのラプソディ、パッションハープ!)


 ハープを持つ手が高らかに上がる。それは勝利の宣言。


「吹き荒れよ、幸せの嵐」
(吹き荒れよ、幸せの嵐)


 願う、どうか世界が幸せに満ちた場所であって欲しいと。


“プリキュア・ハピネス・ハリケーン”


 私は、私達は、舞う――踊る――廻る――届け! この想い!!


「はぁぁぁぁぁぁぁ――」
(はぁぁぁぁぁぁぁ――)




 シュワシュワシュワ~~~~~~





 ナキサケーベが消えていく。真っ暗だった世界に光が差し始める。
 そよ風が吹き抜け、長い髪が美しくたなびく。
 空には真っ白な雲、大地にはクローバーの花が咲き乱れる。


「ありがとう、アカルン。でもどうして人間の姿になって会いに来てくれたの?」


 せつなの姿に戻り、アカルンも現し身を取り戻す。再び私たちは向かい合った。
 可愛い大きなリボン。真っ赤なドレス。

(そう。あなたの服はパッションの衣装に似ていたのね)

 長い睫毛に大きな瞳。愛らしい表情で私を見つめる。


「わたしはずっとせつなを見てきたの。泣いているあなたを見て……。どうしても、どうしても、お友達になりたくなったの。抱きしめてあげたくなったの。あなたを愛してるって、伝えたくなったの。例え、夢の中だけの幻であったとしても」


 私はアカルンをそっと抱きしめた。そして思う。私は一人じゃないと。夢の中でさえも。
 この腕の中の温もりに誓う。これが幸せなんだと。これを守るために戦うのだと。


「あなたは一人じゃない。わたしたちはいつも繋がっている、か……」


 聞いたことがある言葉。大切な人たちが何度も言ってくれた言葉。


「そうね、私だけがわかってなかったのね。ありがとう、私はもう迷わない。自分を信じて、みんなを信じて、精一杯がんばるわ。これからもよろしくね、アカルン」


 アカルンは「うん」と大きく頷いて微笑んだ。


「さ、せつな。もう帰らなきゃ。あなたを心配してくれる人たちのところに」




 ☆




「せつなっ!!」
「せつなちゃん!!」
「せっちゃん!!」


 眼を覚ましたとたん、ラブに、美希に、ブッキーに、おかあさんに、ミユキさんに抱きしめられた。
 ここは――病室? みんな目に涙をいっぱい浮かべている。
 おとうさんも後ろに居た。まだ明るい。仕事を早引きしてきたのかもしれない。



「みんな、心配かけてごめんなさい」


 孤独に震えていた頃の私はもう居ない。全身でみんなの想いを受け止める。
 まだ自分を許すことはできない。だけど認めよう。私もまた、みんなの幸せのひとつだって。
 そして――守るんだ。
 みんなの笑顔を。みんなが笑顔でいられる世界を。私達みんなの――幸せを。



 そして気がつく。左手にアカルンを握り締めていたことに。


「ありがとう。アカルン」


 私はそっとアカルンにキスをした。




 ☆




 わたしは幸せの赤いカギ、アカルン。
 無限のメモリーの扉を開くカギ。
 せつなの幸せを開くカギ。
 命の目指すところ、幸せを導くカギ。
 負けないで、せつな、わたしも一緒に戦うから。
 過去に苦しんだ分、きっと未来は光り輝くはずだから――
 それまであなたはわたしが守るから。
 あなただから幸せの守護者になれるの。
 大好きよ、せつな。
最終更新:2013年02月15日 23:35