『幸せの赤いカギ(中編)』/夏希◆JIBDaXNP.g




 また夢を見た。
 心臓が痛い。呼吸が苦しい。
 前髪が顔にへばり付いて気持ち悪い。


 前にぐっすり眠れたのはいつだったかと思い出す。
 毎日が幸せであればあるほど、夢見が悪くなるような気がする。


 どうして……考えて自嘲する。
 怖いのか……私は。
 人々の幸せを奪ってきた私が、今の自分の幸せを失うのが怖いのか。
 虫のいい話だと思う。
 今こうしてる間にも、私がした事で苦しんでいる人が居るかもしれないというのに。


 暗い考えを振り払って着替える。今日は汗は気にしないことにした。
 今からダンス練習が待っているからだ。



「そうよ、せつなちゃん、その調子。痛いくらい体をいっぱいに使って表現してね」


 リズムに乗って体を動かす。心地よい汗が心の不安を洗い流してくれる。
 ラブ、美希、ブッキー。愛しい人たちと踊りを通じて一つになれる。
 自然に笑みがこぼれる。楽しい。嬉しい。ずっとこうしていたい。


「っ――!!」


 突然、胸に激痛が走る。
 この痛みは覚えがある。ほんの一瞬だけ、でも、どこだったかは思い出せなかった。
 次に鈍器で殴られたような痛みが頭に走り、意識が遠くなる。


『せつなっ!』『せつなちゃん!』


 そんな声を遠い場所から聞くように、私はそのまま意識を失った。




 ☆




「メビウス様、ほんの一瞬ですがイースのデーターのプロテクト解除に成功しました。ウィルスを滑り込ますことが出来ました。もはや奴の命も時間の問題かと」

「報告は成功してから聞く。下がれ」

「は、申し訳ありません。必ずや朗報を持ってまいります」




 ☆




 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ
 苦痛を堪え、私はひたすら逃げていた。

 生々しい痛みが、ここが夢の中で無いことを証明していた。
 ならば、戦うわけにはいかない。早く、早く逃げなくては。

 でも、どこに?
 そもそも、ここはどこだろう?


 見渡す限り、何も無い平野。漆黒の空。
 違う――暗いんじゃない。光が――無いんだ。何も――無いんだ。

 体は黒ずくめの戦闘服。髪は銀色に輝いている。
 忘れるはずもない、ラビリンスの幹部イース。
 地獄のような訓練の日々と、多くの犠牲の中から勝ち取った栄光の名前と地位。
 今は、その姿がとにかく疎ましかった。



「逃がさないわよ」


 蒼い瞳と蒼い服。高純度の闘気の炎を纏ったプリキュア、キュアベリーが言い放つ。


「ここも通さないんだから」


 黄色い髪と黄色い服。癒しのプリキュア、キュアパインの表情も怒りに燃えていた。


「せつな。信じていた。あたしは信じていたのに……ゆるせない、絶対ゆるさない!」


 瞳から流れる涙と強い意志。愛のプリキュア、キュアピーチの心に、もう迷いは感じられない。


「違う……私は……違う!」


 何が違うと言うんだろう。私はイースで彼女達の敵。敵だった、間違いなく。


「あなたはアタシの弟を傷つけた。その未来を、夢を奪おうとした!」


 強烈なベリーの回し蹴りが私を襲う。かろうじて腕でブロックできた。腕がきしむ、苦痛に顔が歪む。


「あなたはわたしの友達を傷つけた。大切な飼い犬を利用して人々を傷つけた!」


 パインが渾身の力で両手を組んで振り下ろす。受け止め切れずに膝まで衝撃が走る。


「信じてたよ、せつな。あたし友達ができて凄く嬉しかった。なのに……なのに…… 。ミユキさんを傷つけた。あたしと別れさせようとした。楽しみにしてたダンス大会も壊した。コンサートも滅茶苦茶にした。たくさんの人を……人を傷つけた!」


 ピーチの憎しみのこもった眼に足が竦んだ。避ける気も無くなった。
 ピーチの左拳が顔面を捉えた。右拳が弾かれた私の頭を反対方向に打ち抜く。



 違う、違う、違う、違う、違う、遠のく意識の中で私は繰り返す。
 私はイースじゃない。私は、私は…………。


 私はイースじゃないなら何なんだろう。
 何も違わない。ピーチ達は何も間違った事は言ってない。
 全部自分でやったこと。責められて当然のこと。

 私が――甘えてきただけなんだ……。


 膝を付く、ダメージも限界だった。
 何より――心が折れてしまった。



「届け! 愛のメロディー! キュアスティック、ピィィーチロッド!」
「響け! 希望のリズム! キュアスティック、ベリィーソォォード!」
「癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック、パインフルート!」
『悪いの、悪いの、飛んで行け! プリキュア』
「ラブ・サンシャイン・フレッシュ――」
「エスポワール・シャワー・フレッシュ――」
「ヒーリング・ブレア・フレッシュ――」


 悪いの悪いのか、違いないと自嘲する。
 悪い国に生まれた。悪い教育を受けた。悪いことをして生き残った。
 悪いことをして人を傷つけ、幸せを奪ってきた。
 私の本質は悪。なら、ならば、ここで消えるのが相応しい末路というものだろう。


「だめっ――!」

 間を割って少女が飛び込んでくる。
 今度は向かい合うのでは無く、背を向けて、私を守るように。


 ――いけないっ!!――


 どこにそんな力が残っていたのだろうか、私は少女を抱えて跳んだ。
 エネルギーの余波で体が焼かれる。
 私は少女の小さな体を包み込むようにして守った。


「それがお姉ちゃんだよ。優しいから。人を、誰かを守る時にこそ力を出せるの」


 少女は泣き顔のまま微笑んだ。


「違う。私は……悪。命令されたからじゃない、自分の意志で人を傷つけてきた。逃げて! ここに居るとあなたも巻き込まれる」


 少女は逃げるどころかしがみついてきた。そして力強く宣言する。


「悪は、迷わない! 怯まない! 後悔しない! 傷付かない! お姉ちゃんは……お姉ちゃんは、その逆じゃない! ずっと泣いてきたじゃない!」


 少女は小さな体で力いっぱい私を揺さぶる。


「誰が誰を憎んでいるの? 誰がお姉ちゃんを許さないの? みんなお姉ちゃんのこと大好きなのに! お姉ちゃんのお友達はこんなこと言うの? お姉ちゃんが傷付くことを望むの? お願い、目を覚まして!」



(幸せをつかんで。ね、せつな。きっと、今からでもやりなおせるよ)

 ラブ……。


(せつな、あなたは一人じゃない、一人にはならない。アタシがついているから)

 美希……。


(楽しいと自然に笑顔になるのよ。わたし、せつなちゃんと一緒にダンスしたい)

 ブッキー……。



 認めない!

 この思い出を汚すことは絶対に許さない!

 負けない――負けられない――

 ――私が死ぬべき場所はここじゃない!!

 苦痛に悲鳴を上げる体を起こした。そして睨みつける。


「正体を現しなさい。あなたたちはプリキュアじゃないわ!」





 三人の表情が邪悪なものに変化する。互いに引き合い――集う。


『グォォォォォォ――!』


 プリキュアだったモノは、人にあらざる叫び声を放ちながら形を崩し、溶け、交わり、その姿を変える。
 三つの影が重なり、大きな一つとなる。そして――膨れ上がった。


「ナキサケーベ……」


 私は呆然と立ちすくんだ。そして、眼前に迫る処刑人の名をつぶやいた。


 圧倒的存在感。

 強大な力と俊敏性。

 苦痛を感じさせぬ咆哮。


 悔しさも恐怖も、そして怒りすらかき消された。
 微かに生まれたはずの希望は、今、より大きな絶望に塗りつぶされたのだ――



最終更新:2013年02月16日 22:32