『白鳥のボート』/夏希◆JIBDaXNP.g




 桜が散り始める。

 四葉町に新緑の季節が訪れる。
 いっせいに新芽が吹き出し力強く育つ。
 道端では名も無き草花が誇らしげに咲く。
 憩いの丘には、シロツメクサの花が絨毯のように広がった。


「はやく~はやく~。美希たん、ブッキー、せつなぁ。こっちこっち~」


 休日を利用して、四ツ葉町の公園の外れにピクニックに来ていた。
 この季節特有の緑の匂い。生命力に満ちた薫りに誘われるようにラブが駆け出した。


「どの口で言うのかしら……。約束の時間に三十分も遅れたのはラブとせつなじゃない。まったく」
「まあまあ、美希ちゃん。わたしは待つの嫌いじゃないよ。心配するのは嫌だけど、ちゃんと連絡あったし、ね?」
「ごめんなさい。美希、ブッキー。起こして返事あったから安心してたんだけど、寝直してるとは思わなくて……」


 以前は、タルトが目覚ましを管理してくれてたんだけど。とせつながこぼす。
 いくら正確に鳴って、起きても、それで安心してまた布団に潜っていれば意味は無い。


「もぅ、ラブ。はしゃぎすぎ!」


 そう言ってせつなが手を繋ぐ。
 ラブが嬉しそうに微笑んで、せつなの手を引くように駆け出した。

 あまりに自然な動作に見とれてしまう。
 羨ましくなって、祈里はそっと美希の顔をうかがった。美希も同じように祈里を。
 クスッと笑いあって、同じように手を繋いだ。






 久しぶりに集まったこともあって心が弾む。楽しみで眠れなくて、逆に寝坊しちゃったラブの気持ちも頷ける。
 みんなピクニックにもかかわらず、可愛らしくおしゃれもしていた。

 ラブは淡いピンクのシャツに赤いジャケット。紺のショートパンツ。躍動感溢れる魅力を放つ。
 美希は薄いブルーのタンクトップに、丈の長いレギンスパンツ。細く美しい体のラインが引き立つ。
 祈里は黄色を基調にしたオールインワン。ゆったりとした生地にフリルが優しさを際立たせる。
 せつなは薄いグレーのワンピースに真っ白なボレロ。白いつば広の帽子。紫のリボン。清楚な佇まい。
 初めてラブと出会った時の服にそっくり。ラブとおかあさんのプレゼントだ。

 色鮮やかな春の公園にあってなお輝く四つの花。美しい来客の訪れに、春風が包み込むように歓迎した。


 タンポポ。スミレ。チューリップ。レンゲ。アケビ。ヤマブキ。ヤマザクラ。
 植物にも詳しい祈里が、説明を加えながら散策する。


「色んな種類のお花があるのね。私、精一杯頑張るわ」
「せつなちゃん。そんなに必死に覚えなくていいのよ」

「綺麗ね、確かに。これは負けてられないわ」
「何と競ってるの美希ちゃん……」

「たは~これ可愛い! あっちに黄色くてちっちゃいの咲いてる! あ、そっちは紫のつぼみだ。どんなの咲くのかな」
「ラブちゃんは……。ちょっとだけお話聞いてくれると嬉しいな……」


 コースを一巡りしたらお昼になっていた。ラブとせつなの自作のお弁当を広げていく。

 蒸し鶏。玉子焼き。色とりどりの野菜たっぷりのサンドイッチ。
 そして、おかあさん直伝のフルーツサンド。イチゴとキーウィの酸味。ホイップクリームのまろやかな甘み。
 一口食べたら幸せの笑みがこぼれる。


「さっぱりしてて、凄く美味しいわ。さすがはラブとせつなね」
「うぅ。フルーツサンド、凄く美味しい。でも、なんか嫌な思い出があるの」

「ナケワメーケに一緒に挟まれたんだよね。ブッキー」
「爽やかな声で言わないでラブちゃん」
「あの時ね。アタシにとっても楽しい思い出じゃないわね」
「そう、そんなことがあったの。ごめんなさい、ウエスターの仕業ね」

「まあまあ、サンドイッチに罪はないよ。さあ、どんどん食べて!」
「ラブは食べすぎ!」


 お腹が一杯になったら、休憩を兼ねてお話した。
 話すことはたくさんある。

 ラブのダンスレッスンのこと。ソロダンサーとしてより厳しいレッスンを続けている。
 美希のモデルデビューのこと。雑誌にも載って大活躍している。学校にあまり通えないのが辛いとか。
 ブッキーの勉強が順調なこと。成績だけじゃなく、病院の手伝いでも最近はあてにされているらしい。
 そして、せつなのこと。

 あれ……。せつなの話題が出ない。どうして……。






 ひと休みしたら湖のボートに乗ることにした。
 白鳥をモチーフにした美しいボート。ラブはせつなと。美希は祈里とそれぞれ乗り込む。
 こぎ手はラブと美希。せつなと祈里は活動的な服を着ていないため、汚さないように慎重に腰をかけた。


「見ててせつな。ダンスで鍛えた体力を!」
「もう、そんなに急がなくてもいいわよ。見て、水鳥が並んで泳いでいるわ」


 爽やかな風。青い水面を太陽が照らし、金色の光を放つ。オールがはじき出す水しぶきと水玉が、まるで宝石のように輝く。


「素敵。ほんとうに綺麗よ、ラブ」
「気に入ってもらえてよかったよ、せつな。せつなも凄く綺麗だよ」

「えっ、やだっ! 何言ってるのラブ。恥ずかしいわ」
「たはは、よ~し、飛ばすよせつな。たぁぁ――」


 スワンのボートがどんどん加速する。その反対には美希の操るボートが迫ってきていて。


「ラブ! 危ないっ、ぶつかるわっ」
「きゃあぁ! 美希ちゃん衝突する」

『わぁぁ――!!』






 ドオォォォ――ン!






「わぁぁ――!」


 ラブはがばっと飛び起きた。心臓がバクバク音を立てている。手が汗ばみ、呼吸が乱れている。


「ちょっと、突然飛び起きたらびっくりするじゃない。ラブ」
「大丈夫、ラブちゃん? 嫌な夢でも見たの?」


 落ち着いて状況を確認する。ここは……レジャーシートの上だ。洋服も濡れていない。
 食べ終わったお弁当箱がまだ出ている。
 美希たんとブッキーは食後らしく、ゆったりとくつろいでいる。


 そして、せつなは。


 せつなは――居ない。

 ここには――居ない。

 どこにも――居ない。


「本当に大丈夫? ラブちゃんはお昼食べ終わったらそのまま寝ちゃってたんだよ」
「しっかりしなさいよ。って、本当に顔色悪いわよ。ラブ」

「美希たんっ! ブッキーっ! せつなは? せつなはどうしたの?」

「落ち着いてラブ、せつなはここには居ないわ。ラビリンスに戻ったのよ。知ってるでしょ」
「ラブちゃん……せつなちゃんの夢を見たのね」


 ここには居ない。どこにも、居ない。


 わかってる。そんなのわかってる。


 誰より――わかってる。


 でも、夢にしてはあまりにも生々しくて。

 柔らかい手――温かい体温――優しい声――可愛らしい仕草。
 ついさっきまで感じていた――幸せ。


「っ……」


 喪失感が心を蝕んでいく。
 ぽたり。頬を辿り、涙が一筋零れ落ちた。
 一度も、人前では、一度も泣いたことがなかったのに。
 とめどなく零れ落ちる。嗚咽も止まらない。


「いな……いの。せつな……が。せつなが……いないよっ」


 わっと、ラブが大声で泣き出した。

 ずっと、ずっと笑顔で頑張ってきた。せつなの幸せは自分の幸せだから。そう言い聞かせてきた。


 でも……寂しいよっ。
 やっぱり……さびしいよっ。
 せつなに……会いたいよっ。


「泣かないで、ラブちゃん。会えるから! きっと、信じていれば、いつか会えるからっ」
「甘えてるんじゃないわよ、ラブ。せつなはひとりで頑張っているのよ。アタシたちがこんなことでどうするの」


 そう言う二人も泣いていた。しばらく三人で抱きあって、声をあげて泣きじゃくった。



 バササッ



 頭上で鳥の羽ばたく音がした。
 ひらり。ひらり。羽が舞い降りてくる。

 三人は空を見上げる。
 抱き合った状態で見上げる姿は、まるでつぼみが花を開くようだった。


「あたしも、飛べたらいいのにな……」


 ポツリ、とラブが呟く。
 プリキュアになって、色んな経験を積んで、何でも出来る気になっていた。
 でも、本当は非力で、とっても無力で……。今は、小鳥ほどの力もないような気がした。


「飛べるよ。どこにだっていけるよ。どんな願いも叶うって信じてる。だって、ラブちゃんの背中には本当に翼が生えているんだから」
「アタシはせつなの気持ちを知っているもの。せつなはきっと帰ってくるわ。いつか会える。希望を持ち続けていれば、必ず」


 鳥の飛び去った方向に湖があった。ボートがいくつか浮かんでいる。
 せつなと一緒に、夢で乗ったスワンのボート。


「そうだね。行こう! 美希たん、ブッキー」


 ラブは二人の手を取って駆け出した。
 そして、心の中で語りかける。


 せつな。
 あたしね、せつなの夢を見たんだ。
 幻でも、嬉しかったよ。
 あたしは、あたしたちは、きっと幸せをつかむから。
 だから、せつなも必ず幸せになってね。
 そして、みんなで夢を叶えたら。
 また、いつか会おうね。

 心はずっと繋がってるよ。
 でも、せつなの全てを感じていたいから。
 同じ時間を過ごしたいから。












 ラビリンス首都。
 中央議会議事堂。復興計画対策本部。


「イース。おいっ、イース起きろ」
「もうじき、君のプランの発表だ。起きたまえ」

「う……ん。――ここは?」


 夢だったと……いうの?
 不思議なほど現実感のある夢だった。余韻に引きずられる思考を無理やり引き戻す。

 このところ徹夜続きだった。とは言え、大切な会議中に居眠りは迂闊だったと恥じる。


「本当に大丈夫なのか?」
「順番を遅らせてもらうかい?」

「ごめんなさい。平気よ」


 姿勢を正し、胸を張って壇上に向かう。


「ラビリンスに緑を! そして憩いの場を設けます。私は異世界で見てきました。非効率と思われるもの。無駄と呼ばれるものの中にこそ、幸せが宿ることを。人はひとりでは幸せになれません。そして、人間は人間だけでは、やはり幸せにはなれないと思うのです」


 理念と構想。事業と予算。綿密な調査に基づいた具体的な計画が、情熱を持って語られた。
 巨大な功績と尊敬。そして現実の体験を伴った説得力のある提案に、会場中から拍手が沸き起こる。


 せつなは心の中でそっと語りかけた。

 ねえ、ラブ。あなたの夢を見たの。
 美希がいて、ブッキーもいて、白鳥のボートに乗ったの。
 夢だなんて思えないくらい幸せな時間だった。
 心が今でも、ずっと繋がってるからかしらね。

 心だけじゃない。夢だって繋がってるわ。
 そして、いつか現実も繋げてみせるから。
 ラビリンスが四ツ葉町に重なるような世界になったら。

 そしたら、きっと、帰るから。

 だから、待っててね。ラブ。

 私、精一杯がんばるわ。
最終更新:2013年02月15日 23:24