『一緒なら、輝けるから』/夏希◆JIBDaXNP.g




 東せつな。

 あたしの親友。
 敵対し、傷付けあった敵。
 共にダンスに励み、共に戦った仲間。

 わずかな間だけ、一緒に過ごした家族。あたしの……大切な人。


「美希たん、お仕事上手くいってる?」
「まだまだね、しょせんは街のモデルだもの」
「そんなことないよ。クローバーコレクション見たよ、凄く綺麗だった」


 ダンス大会で優勝したクローバーには、プロダンサーへの道が開けていたはずだった。
 しかし、その夢は幻のまま消えることになる。仲間の一人である東せつなが、遠い世界へと旅立ったから。
 彼女の脱退を機にユニットは解散することになる。残された、桃園ラブ、蒼乃美希、山吹祈里もまた、それぞれの道へと歩み出すのだった。


「それでも凄いよ。ブッキーは?」
「う~ん、あんまり変わらないよ。色々お父さんに教わってるけど」
「ラブこそどうなのよ、ぱっとした噂は聞かないわよ」


 久しぶりに三人で集まった。
 美希たんは、前にも増して自信に満ち溢れていた。ブッキーからは、変わらず穏やかな表情の中に、確かな強さを感じさせるようになっていた。
 あたしは二人の目にどう映るんだろう? そう考えて暗澹たる気持ちになる。あれ以来、あたしは自分の目標を見つけられずにいた。ダンスを続ける気にも何故かならなかった。


「あ、もうこんな時間。衣装合わせがあるから。じゃ、アタシはこれで」
「わたしも病院が忙しくなる時間だから。またね、ラブちゃん、美希ちゃん」
「うん、バイバ~イ。美希たん、ブッキー、まったね~」




「は~~」

 大きくため息をつく。
 あれだけ輝いていた街並みが、楽しかった毎日の暮らしが、平凡で退屈なものになっていた。
 何もかもが色彩を失っていく。
 原因はわかっている。大切な人がここに居ない。ただ、それだけ。


「でも、一緒に居たのはたった半年だよ。あたしは他に何も失ってないのに」


 別れは辛かった。でも、悲しみの淵に沈んでいた友達が、やっと自分の道を見つけたんだ。
 引き止めることなんて出来るわけがなかった。

 半年前に戻るだけ、すぐに慣れる。そう思っていた。思い込もうとしていた。
 でも、失った痛みはずっと消えなかった。心にポッカリ空いた大きな穴は、決して塞がることがなかった。


 ――ポーン――コロコロコロ。


「すみませ~ん。あ、おねえちゃん、ごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして。はい、どうぞ」


 栗色の髪の小さな女の子が、転がったボールを拾いに来た。「お~い、はやくしろよ~」友達らしき男の子たちの声が聞こえる。
 あたしは腰を落として女の子の目線に合わせ、ニッコリ笑ってボールを手渡した。


「行かないの? お友達が待ってるよ」
「おねえちゃん、どうしたの?」


 女の子が泣きそうな顔であたしを見つめて言う。何のことだかわからなかった。


「おねえちゃん、どうしてないてるの?」
「あたしは……泣いてなんかいないよ」
「ううん、ないてるもん!」

「あたしは――」

「はい、お嬢ちゃん。これ、あっちの子たちと食べておいで。このお姉ちゃんはおじさんが付いてるから大丈夫だよん」

「カオルちゃん……」
「ドーナツ、食べる? ぐはっ」


 照りつける日差しを避けて、カオルちゃんの店のパラソルの影に入る。
 一年前の今頃も、ここでこうしてカオルちゃんに相談してたっけ。
 友達が悪いことしてたの。どうしていいかわからないって。

 プレーンとメロン味。すっごく美味しいはずのドーナツも、どことなく味気ない。
 それも、あの時と同じだった。


「ねえ、カオルちゃん。あたし……泣いてるかな?」
「笑ってるよん。古くなったドーナツみたいに固いけど、ぐはっ」

「そっか」
「ダンス、やめちゃったんだって?」

「うん。なんかね、満足しちゃったの。あたしにとってクローバーは最高のユニットで、全国大会のステージは、一生で最高の舞台だったんだと思う」


 これが最高、そして最後。そう思えたら、もう夢が見れなくなった。
 憧れのトリニティのように、ダンスを通じて世界中の人たちを愛でいっぱいにする。
 そうなりたいと思っていた。でも、それは四葉のクローバーなんだ。
 クローバーじゃないと出来ないんだ。
 だって……あたしが満たされてないのに、どうして世界中を満たすことができるの?


 ――あれ。


 あたしが満たされていないと、世界を満たすことは出来ない?
 なら、せつなはどうなの。
 せつなは、今、幸せなの?


「私はラビリンスを、この街のように笑顔と幸せでいっぱいにしたいの」


 あたしはいい。夢が持てなくても、平凡でも退屈でも、ただ毎日が過ごせればいい。
 でも……せつな。
 せつなも今、こんな気持ちなの? 
 こんな気持のまま、大変なことに挑んでいるの?


 自分の気持ちを押し殺して、寂しさに目を背けて、誰かのために歯を食いしばって精一杯頑張っている。
 そんな姿が目に浮かんだ。




 家に帰った。おじいちゃんの仏壇に向かって手を合わせる。

 ねぇ、おじいちゃん。あたしはどうしたらいいんだろう。
 ラブって名前は、世界を愛情でいっぱいにして欲しい、そんな願いを込めて付けてくれたんだよね。
 プリキュアの力を失い、クローバーも解散しちゃったよ。今、あたしに出来ることって何なのかな。


 せつなの部屋に入る。何もかもそのまま。お母さんが毎日掃除してる。
 一度だけ、お父さんが片付けようとしたことがあった。「部屋を見るたびに悲しむのなら」と。
 お母さんは物凄い剣幕で反対した。帰って来たらどうするのって。親が帰りを待たなくてどうするのって。

 机の引き出しを開ける。筆箱。えんぴつ。消しゴム。ノートに綴られた美しい文字。

 その最後に書かれた言葉。それは、“ありがとう”。

 美希からもらったアロマ瓶。ブッキーからもらった犬のしつけ方ノート。あたしがプレゼントした、四葉のクローバーの押し花のルームプレート。
 何もかもが、まるでかけがえのない宝物のように、大切に大切に使われていた。

 愛していた。せつなは、あたしを、おとうさんやおかあさんや、美希たんやブッキーや、この街のみんなを――確かに愛していた。
 命を懸けて、いや、命を捨ててまで守ろうとしていた。


 あたしは……何をやってるんだろう。
 涙が出てきた。
 どうして――ひとりで行かせたんだろう。
 ラビリンスの人を救いたいって言い出したのはあたしなのに。ラビリンスの人の想いを翼に変えて戦ったのに。

 どこかで思ってたんじゃないのか――他人事だって。しょせんは異世界だって。せつなもそこの人なんだって。

 おじいちゃんは世界を愛せと言った。それはこの世界だけじゃない。そんな区別をする人がラブなんて名は付けない。
 みんなで幸せゲットだよ。その“みんな”は、この世界のみんなのことだけじゃない。

 どうして――ひとりで行かせたんだろう。
 どこかで思ってたんだ。所詮、住む世界が違うんだって。
 あたしの夢と、せつなの夢は何も違わないのに。

 今、一番に愛を必要としてる人は、人たちは……。

 あたしが、やらなければならないことは。




「お母さん、聞いて欲しいことがあるのっ!」

 また悲しませてしまうだろう。寂しい思いをさせてしまうだろう。
 あたしは酷い子だ。
 でも、もう迷わない。

 人はいつからだってやり直せるから。だから、あたしは幸せを取り戻しに行く。
 今回は少し時間がかかるかもしれない。だけど、必ず帰ってくるから。
 あたしの、あたしたちの幸せと一緒に。せつなと一緒に、必ず帰ってくるから。

 まだ方法は見つかってない。でも、必ず行くよ。あたしも――ラビリンスに!

 そう決意した途端に、世界に色彩が戻ってきた。時間の流れに希望が満ちてきた。
 体に、命に、活力が漲ってくる。


 待っていて、せつな。一緒にやろう。一緒に、精一杯頑張ろう。
 そして、あたしと一緒に、みんなで幸せゲットだよ。
最終更新:2013年02月24日 10:27