「あなたのために 後編」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY R18




抱き合い、体温を感じ、お互いの鼓動だけに耳をすます。
周囲のざわめきも、外から聞こえる賑やかなクリスマスソングも、どこか遠くの世界の事のようだ。
しかし、そんな幻想に浸っていられるような時間は無い。
今回の帰省はびっしりスケジュールが埋まっている。
イブの夕方までパーティー、片付けが終わったら家族で軽い夕飯。
そのまま夜はリビングに布団を並べて両親とラブとせつなの四人で眠る。
明日は美希や祈里とお出掛け。
二人が色々と計画を練ってくれているらしい。
甘い夢の世界に逃げ込みたくなる気持ちを断ち切るように、ラブは
大きく息を吐き、せつなの肩に手を置き、体を離していく。



「パーティーが終わったら、家族の時間だね」
「夜、みんなで寝るなんて初めてね」
「うん。お父さんもお母さんも楽しみみたい」
「明日は美希とブッキーが遊びに連れて行ってくれるのよね」
「そうだよ。どこに行くかはあたしにも内緒なんだって」



「……また、今度帰ってくるわね…」


ラブだけに会いに。



切ない声。
せつなにとって、家族や親友と過ごす時間は特別なもの。
いつも両親や幼馴染みが側にいるラブとは、その重みが違う。
離れて暮らしているせつなには自由な時間は宝物のようにかけがえの無いもの。
すべてを同時には手に入れられない。
それでも、その大切な時間と同じくらいか、それ以上にラブとの時間を
求めてくれてもいる。



「分かってるよ、せつな…」
「ラブ……」
「あたしね、せつなにみんなと楽しく過ごして欲しかった。これは本当に本当だから」
「……ええ」
「二人きりになれないがちょっぴり残念なのも本当だけど…」
「…うん」
「でもね、いいんだ。分かってるから。せつなは、ちゃんとあたしといつも一緒なんだよね」


いつもいつも、ずっと想ってくれてるのを知ってるから。



戻ろうか。
そう、ラブはせつなの手を取ってリビングに戻る。
これくらいの痩せ我慢は出来るようになった。
永遠にこれが続く訳じゃない。
せつなはいずれ帰ってくる。ずっと側にいてくれるようになる。
その約束を信じてるから。


(あーあ。カッコ悪いな、あたしってば)


気遣わしげなせつなの様子を見て、ため息が漏れる。
心一つ隠せずに、せつなに余計な気を使わせてしまったのが情けない。
でも、そんなラブの気持ちに気付いてくれるのがやっぱり嬉しい。
みんなの輪に戻り、囲まれ構われているせつな。
もっともっと、時間があればいいのに。



夜になり、賑やかさの余韻がほのかに残るリビングで眠りに就く。
布団の中での囁き声でのお喋り。
その声が一つ落ち、二つ落ち、残る二人の間にも静寂が落ちる。
そっと一つの毛布にくるまり、身を寄せる。
触れそうで触れない唇。
固く握り合ったままの手。


「…おやすみなさい」


愛しい気配をすぐそこに感じられる幸せ。
それ以上には進めないもどかしさ。
大丈夫。今感じてる焦れったさも切なさも、いずれ大切な思い出に変わるはずだから。
眠るのがなんだか勿体ない。
暗闇の中で見つめ合いながら、言葉に出来ない想いを伝え合う。


「…ラブ、眠れないの?」
「ううん、明日もあるし…」
「そうね、早く寝ないと…」
「目、瞑らないと眠れないよ…?」
「うん…でも、ラブより先に寝たくない…」
「それじゃあ、いつまで経っても眠れないじゃん…」


じゃあ、こうしよう。


ラブはせつなをくるりと寝返りを打たせ、後ろから抱きかかえるようにくるみ込む。


「…あったかい……」
「これなら、いいよね…?」
「……うん…」


息遣いを合わせ、瞳を閉じる。
まるで一つの生き物の様にぬくもりも鼓動も一つになる。
一緒にいられる僅かな時間を、少しでも近くで感じられるように。夢の中でも、一つでいられるように。



………
………………………



「さて、と。もうそろそろ計画教えてくれてもいいんじゃないのかなぁ?」
「そうよ、どこに連れて行ってくれるの?」


翌日、クローバーの四人は美希の家の前で集合。
二日目のイベントは美希と祈里の担当だった。
ラブにも一切秘密の周到さ。
仲間はずれにされた若干の恨みがましさも込めて、ラブは腰に手を当てて仁王立ちだ。
それでもまだ美希も祈里もニコニコと顔を見合わせたままで、意味ありげな目配せをよこす。


「さあて、どこかしらね?当ててみる?」
「うふふ、たぶん分からないよ。でもね、絶対に喜んでもらえると思うの」


自信満々な二人の態度に少し呆れた顔でラブは首を振る。


「ま、そこまで言うなら期待しちゃうよ?でもさー、今日はイベント関係はどこもいっぱいじゃない?」
「ふふん、抜かりは無いわよ。完璧なアタシ達がそんなヘマすると思う?」
「そうよ。ラブちゃんじゃないんだから」
「ブッキーって時々凄く優しく凄く言いにくい事言うわね…」
「じゃ、とにかく行きましょうか。ブッキー、準備はいい?!」
「はあい!」



取り出したのは何故か目隠し。
戸惑い慌てるラブとせつなにお構い無しに二人は目隠しを装着させる。



「え?ちょっ、これ、何のプレイ?」
「…何も見えないわ」
「そりゃ、目隠しだもの。見えたら困るじゃない」
「大丈夫。ゆっくり歩いて誘導するから。そんなに遠くないよ」



美希がラブの手を、祈里がせつなの手を引いて歩きだす。
目隠ししたまま徒歩で行ける距離でクリスマスのイベント?
そんなの何かあったっけ?
ラブは頭の中を疑問符でいっぱいにしながら覚束ない足取りで美希に引っ張られて行く。
せつなは少し戸惑いつつもしっかりとした足取りで大人しく祈里について行く。
そして、ある疑問に突き当たり、遠慮がちに祈里に質問しようとした。



「ねえ、ブッキー。この道順って……」
「しーっ!せつなちゃん、気が付いても黙っててね」
「え、なになに?!せつな、なんか気付いたの?…おわっっ!」
「こら、ラブ!見えないんだから急に動かないの。転ぶわよ!」
「もう少しだから、頑張って、ラブちゃん!」



はい、到着!
そう言って目隠しを外された場所を見て、ラブはぽかんと口を開ける。
どうやら途中で道順と方角から目的地の見当がついたらしいせつなも、
二人が何のためにこんな事をするのか理解出来ない様子だ。



「……あの、これ…」
「美希?ブッキー?」



そこはほんの少し前に両親に挨拶してきたばかりの、桃園家の玄関前だった。


美希と祈里は再び顔を見合わせて悪戯っ子の笑みを浮かべる。



「おじさんとおばさん、もうデートに出掛けてるはずだから」
「アタシとブッキーもこれからデートだから。あなた達も二人でゆっくりすれば?」



その言葉の意味が脳に届くまで、しばらく時間が掛かった。



「あのね、美希ちゃんと二人でいっぱいいっぱい考えたんだよ?
せつなちゃんが一番喜ぶプレゼントって何かなぁって」
「そして行き着いた結論は!ズバリ、ラブとのラブラブタイム!」
「みんなでワイワイも楽しいけど、やっぱり二人っきりになりたいでしょ?」
「そーそー、なんたってクリスマスなんだし」



祈里はまだ固まってるせつなの頭を撫で、美希はラブの頬っぺたをむにっとつねる。



「みひたん、いひゃい…」
「まったくねえ、見てられなかったわよ?」
「ホントホント。あんなにしょっちゅうチラチラ熱っぽい視線絡まされたらねぇ」
「変なとこで妙に義理堅いって言うか、遠慮深いと言うか…」
「せめてわたし達には正直に言えばいいんだよ?二人の時間も欲しいんだって」



ようやく金縛りが解けてきたものの、ラブとせつなは言葉すら出ない。
口を開けば泣いてしまいそうだった。
二人は呆れたような、でも温かさの溢れた瞳で美希と祈里はラブにせつなの手を握らせる。



じゃ、改めて。



「メリークリスマス!!!」



いつの間にやら手にしていたクラッカーが鳴り響く。
突然の破裂音にギョッとして振り向く道行く人々にもお構い無しだ。



「じゃ、わたし達も行くからね」
「こっちはこっちでデート楽しむんだから邪魔しないでよね」



手を振り、立ち去る二人にラブはやっとの事で声を絞る。



「ありがとう!」
「美希!ブッキー!」



首だけで振り向き、ニッコリと天使のような微笑みをくれる祈里。
背を向けたまま、芝居がかった仕草で高く手をあげて応える美希。


ラブはドアに飛び込み、鍵を閉めるのももどかしく、そのまま玄関でせつなを抱き締めた。
唇を重ね、吐息の合間に名前を呼び合う。
何度も何度も重ねているうちに、涙の味が混じり合う。



「痛っ」
「せつなっ?!」
力任せに抱き締め合ってている内にバランスを崩したラブにのし掛かられ、
せつなが床に倒れ込んだ。
鈍い音が響き、受け身を取る余裕もなく、後頭部をぶつけてしまった。



「ふふふふ…」
「クスクスクス…」
何だか可笑しくなって、冷たい床に倒れたまま、ひとしきり笑ってしまった。



「……お見通しだったみたいね」
「せつなは大丈夫だよ。バレバレだったのはあたしの方だよ」
「私、つまらなそうに見えた…?」
「違うよ!そんな事ゼッタイ無いよ!ただね…」
「ただ…?」
「美希たんとブッキーには分かっちゃったんだよ…」
「……………」
「付き合い長いしねぇ……」
「幼馴染みってすごいわね」



まっすぐに見つめ合う。
周りの様子を伺いながら交わす密やかな目配せではない。
誰の目も気にする必要もなく、その瞳に愛しさを溢れさせて。
ラブはもう一度、そっと、優しく長いキスを贈る。
せつなにありったけの愛を込めて。
そして、ここにいない、二人の優しいサンタクロースに感謝を込めて。


「大好き…」
「私も…」
「大好き、大好き、大好き、大好き…」


今度はせつなから、ラブの言葉を奪うように唇を重ねてゆく。
やっと、思いきりお互いを求め合える。


ようやく始まる、二人のクリスマス。
もう、言葉は必要無かった。



ラせ2-24へ(R18。閲覧注意)
最終更新:2013年02月16日 14:33