「幸せを重ねて」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY R18




素肌を撫でる微風が火照りを奪って行く。
月明かりにほの白く浮かび上がるせつなの滑らかな背中。
肌寒さを感じて目を覚ました瞳に、半分開いた窓に揺れているカーテンが映った。
軽く身震いし、閉めようと半身を起こした所で腕を掴まれ、ベッドに引き戻される。



「どこ行くの………?」



半覚醒の少し籠った声。咎める音を含んだ囁き。



「あ……、窓、開いてるから……」



ラブは無言でせつなを胸に引き寄せる。
肩口まで布団を引き上げ、冷えた肩や二の腕を撫でさする。
これで寒くはないだろう、と言わんばかりに。



また一緒に暮らし始めて随分経つ。
こうして裸身を重ねて過ごす夜も、最早特別な事でなく
当たり前の日常となって久しい。
それでもまだ、ラブは時折不安そうな素振りを見せる。
さっきのようにせつなが不意に離れる事を酷く嫌がるのだ。



意識してか、無意識なのか二人きりの時は常に体のどこかが触れている。
何をする訳でもなく、指を絡めて来たり、隣に座って凭れかかって来たり。
さすがに人前では控えているが、それでもせつなが視界から消えると落ち着かなさ気に
視線をさ迷わせている。



一瞬でも放したら、そのまま何処かへ行ってしまう。



心の奥に宿ったのは、取り戻した安堵とまた失う不安。



「側にいるから。」
「もうどこにも行かないから。」



いくら繰り返してもすぐには安心しては貰えないのだろう。



信用ないのね。と言う苦笑い。
無理もない。と言う自戒。



散々振り回して来たのはこちらの方。
出会いからして出鱈目な占いから始まったのだから。



(ごめんなさい。)



せつなは思う。
ラブから貰った溢れんばかりの宝物。
愛してくれた。叱ってくれた。すべてを許し、包み込んでくれた。
友達を、家族を、愛する人を、一人ぼっちだと立ち尽くしていた自分にもたらしてくれた。
それなのに、自分はラブに何を与えられただろう。



繋いだ手を振りほどいた。
迎えてくれた温かな住み処を離れて行った。
戻って来たところで、またいつか飛び出してしまうのではないか。
そう思われるのは仕方ないのだろう。
自分で決めた事は何があっても翻さない。それはもう立証済みなのだから。



(私、もう離れないから。)



だから、一つ一つ。積み重ねて行く。共に過ごす日々を。
側にいるのが当たり前。またそう感じて貰えるように。



体中を撫でるラブの手のひら。
それは愛撫と言うより、腕の中に収まっているものの存在を確かめようとしているようで。
せつなの胸の奥がツンと締め付けられ、苦しくなって。
せつなはラブの体に腕を回し、頬を擦り寄せる。
体温を移し合い、一つの温もりになって行く。



「………ねぇ。……もう一度…。」
精一杯、甘えた口調で囁いてみる。



ラブは一度、ぎゅうっと強くせつなを抱き締め顔を覗き込む。
その顔に浮かぶのは、正に天真爛漫と言うのが相応しい太陽のような輝く笑顔。
ついさっきまで勤しんでいて、そしてまたこれから行おうとする淫靡な行為とは
かけ離れた無邪気に弾けるような表情。
せつながこんな事を言って来るのは本当に珍しくて。
それが嬉しくて嬉しくて堪らない。ラブの全身がそう言っている。
せつなは顔だけでなく身体中が真っ赤に染まっている気がした。
どうしてこんなにも素直に応えてくれるのか。
いっそからかってくれた方が気楽なくらいだった。かえって恥ずかしくなる。



「あの…、疲れたならもういいんだけど…」
つい、照れ隠しにもならない心にもない台詞が口を突く。



「何をおっしゃいますやら。今さら取り消しは許さないよ~。」
これまた月明かりの中では不似合いなくらいの陽気な声。
せつなは逃れるようにうつ伏せになろうとするが、ラブの方が一瞬速かった。
両手首を掴まれ、ベッドに縫い付けるように仰向かされる。
せつなが口を開く前に、ラブは自分の唇で抗議の声を封じ込める。
こうなったらラブの勝ち。もうせつなは逆らえない。



唇から体へ。ラブの口付けは戯れながらせつなの白い肌の上を踊ってゆく。
啄むような、擽るような、軽く優しい唇。
それが徐々に熱を帯び、せつなの敏感な部分に集中してまとわり付き始めた。
揺らめき、溶けて広がって行く快楽の海にその身を漂わせる。
とうに肌寒さは忘れていた。



また一つ、幸せが重なっていく。
明日も、明後日も。共に有る限り。
最終更新:2013年02月12日 21:00