「月光の幻」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




(ったく!二学期入ってから課題とか多すぎなんだよ!)
大輔は机をゴソゴソ探りなから一人ごちた。
(しかも三回忘れたら補習とか!ありえねーし!)



時間は21時。夕飯後、忘れ物に気付いて学校に取りに戻った。
本当なら鍵が閉まってるのだが、生徒の間では幾つかの侵入ポイントが
公然の秘密となっており、大輔もその一つから忍び込んだ。
教室には月明かりが差し込み懐中電灯もいらないくらいだ。
ふと、隣の席に目をやる。


『ちぇーっ。ラブの隣かよ。』
席替えの時についそんな軽口を叩いた事を思い出す。
内心は嬉しくて堪らず、にやける顔を誤魔化すための照れ隠しだったのだが。



(オレ、東にも謝った方がいいのかな…。)
この間の事だ。中々ラブと話すタイミングが掴めず、八つ当たりのように、
ちやほやされるせつなを皮肉った。
本気でせつなが疎ましかった訳ではない。
ただ、容姿の良さや勉強、スポーツで
転校初日からクラスの注目を集めた上にラブに構われっぱなしのせつなに、
まぁ、何と言うか、嫉妬しただけなのだ。



(でも、そんなに怒る事かよ。)
大輔としてはほんの軽い気持ちで出たものだ。深い意味もない。
でもラブの怒りは本物だった。
今まで散々軽口を叩き合ってきたが、あんなに本気の怒りをラブが
見せた事はなかった。



(何なんだよ、せつなせつなって気持ち悪りぃ。ベタベタし過ぎなんだよ。)



その時、廊下にチラリと明かりが映った。



(っやばっ!見廻りか?)
大輔はキョトキョトとし、取り敢えず教室前の方まで移動して、教卓の影に隠れた。




「あっ!ラッキー、鍵開いてるよ!」
「先客が居たんじゃない?ラブみたいな。」
「なによ、もう!せつなの意地悪!」
クスクスと笑いを含み、からかうような声と、少し拗ねた風を装った声。



(……ラブと、東?)



こんな時間まで2人で何やってんだ?と、思いながら、
一緒に暮らしてる、と言っていたラブの言葉を思い出した。




「あった?」
「あったあった。まったく課題多すぎ!しかも三回忘れで補習!ありえないよねぇ!!」




(……ラブも忘れ物かよ。)
しかも自分と同じ事を言っているラブに何だかくすぐったいような気分になる。
それにしても、つい隠れてしまったがどうするか。今さら出て行くのも
気まずいと言うか……。
ラブ達が帰ったらこっそり消えるか。




「ふふふー…、せーつな。」
「きゃっ……!何?」
「だってぇ。せつな学校じゃ、あんまり触らせてくれないんだもん。」
「……そんな、……しょうがないじゃない。」




(………?)




「ちょーっぴり……不安になっちゃうかも。せつな可愛いからさ。
男子にも女子にもモテモテなんだもん。」
「………何言ってるの?そんなの……。転校生だから珍しがられてるだけよ。
そんな事言うならラブの方こそ……」
「あたしが?なんかある?」
「………仲のいい友達、たくさんいるじゃない。
…それに、大輔君だって……」
「へ?……大輔?」




昼間とは違う雰囲気を醸し出している2人に、嫌な違和感を覚える大輔。
自分の名前が出た事が気になりつつも、体が硬くなり教卓の影で身を縮める。



「すごく、親しそうだし。男子で大輔君の事だけ呼び捨てだし……」
「エェー?大輔とあたしが…ってコト?ナイナイ、それはない。」
「………でも、ラブはそうでも、大輔君は分からないじゃない。」
「いやぁ、大輔が?あたしを?それこそでしょー?」
「…………。」
「ははーん?せつなぁ……。ヤキモチ?」
「………………。」
「もぉ!可愛いなぁ、せつなはぁ。」
「そんなんじゃ、………んん……」




急に無言になった2人。
大輔は強張った体を捻り、様子を窺おとする。頭の隅から、
見るな、と言う声が聞こえる。
しかし、もう遅かった。



大輔はポカン……と顎を落とす。目の前の光景に声が出ない。
昼間のように明るい月明かりの教室。
ぴったりと重なるようにラブがせつなを抱きすくめている。




キス……。そんな軽い言葉では済まない。
教室の端と端でも、何度も角度を変え、深く重なっているのが分かる唇。
その奥で舌が絡まり合っているだろう事が知れる。
濡れた音さえ聞こえそうなほどに。



ラブの腕はせつなの細い腰に回され、もう片方はうなじ、背中、脇腹…と
慣れた手つきで撫で回す。
せつなはラブの首に腕を絡め、ラブの行為を当たり前の事のように
受け入れている。



身も心も許しあった、恋人同士の濃密な愛撫。



ラブの手がせつなの内腿を揉むように撫でながら、
スカートの中に潜り込もうとしている。
せつなはラブのいたずらな指先の浸入を拒むように、
あるいは逃がさず誘い込むように股を擦り合わせる。



2人の動作の細かな一つ一つまでが、精密な静止画のように
大輔の脳裏に焼き付く。
思考が麻痺し、ただ焼き付いた画像だけが頭の中に溜まっていく。




「……大輔は、ただの友達だよ。」
「………本当に…?」
「そりゃあ、他の男子よりはちょっとは仲良いかもだけどさ。」
「………。」
「もし、もしね、…万が一、大輔があたしを…無いよ?絶対無いけど。
そんな事があってもさ。関係ないよ。」
「………ラブ?」
「分かってるでしょ?あたしが好きなのはせつなだけ。
どれくらい大好きで大切か知ってるでしょ?
大輔は、友達。せつなとは比べられないよ。」
「………ん、ごめんなさい…。」
「もう…、まさか信じてくれてない?」
「…だから……ごめんなさい。」




身を寄せ、時にお互いの唇をついばみながらの甘い囁き。
大輔は2人の間に漂う淫靡な空気に、ずっと密かに思ってきたラブの口から出た、
『ただの友達』と言う台詞にショックを受ける事すら忘れていた。




「あっ……。ダメ、これ以上は……やっ…。」
「なんで……?誰もいないよ?いいじゃん。」
「……あんっ…、ここ、学校よ。……こんな事しちゃいけないわ……。」
「せつなは真面目さんだねぇ……。」
「……だからっ…んんっ……ダメ。…続きは帰ってから…、ね?」
「絶対だよ……?」



ラブの指先がせつなの胸元を引っ掻くような仕草を見せ、耳朶を甘噛みする。
せつなは微かに眉を寄せ、少し開いた唇から濡れた吐息を漏らし、身を捩る。



大輔の体が震える。頭に不快な金属音が響き、吐き気がする。
思わず目をそらし、床に視線を落とす。



その時………



蒼白い月光に包まれていた教室に、一瞬、夕焼けよりも赤い光が満ちる。



(……なっ…何だ?!)



思わず顔を上げる。
そこには、相変わらずの眩いばかりの銀色の月光。
それに、静まりかえった人の気配すらない教室。



(…………はあっ?)



ついさっきまで、体をまさぐり合っていたはずのラブとせつなは
影も形もない。
大輔が視線を外したのはほんの一瞬。扉までの数メートルを
移動する時間すらないだろう。
それに、古い教室の引き戸は開け閉めすると派手に軋んだ音がする。
例え、思いの外長く思考停止していたとしても気付かないはずがない。



(は……はは、夢?ってか、妄想か?)
大輔は床に尻餅を付き、自分の髪ををグシャグシャに掻き回す。



(そっか、そーだよな。あんなの……ありえねーしよ……)
頭の奥で、違う。と叫ぶ声がする。
しかし、大輔はそれを無視して聞こえない振りをした。
あんな事、あり得ない。あるはずがない。



(しっかし、オレも趣味悪ぃな。どうせ想像するなら、もっとこう……、
ってか、なんで相手が東なんだよなぁ?)



きっと、八つ当たりで暴言を吐いた罪悪感がそうさせたんだ。
そうに違いない。
大輔は、自分でも丸っきり説得力の無い理由だと分かりながら、無理やり
納得したと信じ込もうとする。



夢なんだよ……。
頭に焼き付いてしまった、画像が意思と関係なくフラッシュバックする。



深く重なった唇。
お互いの体をまさぐる手慣れた手付き。
甘く囁く、湿度の高い声。


夢なんだよ。
そう、大輔は自分に言い聞かせる。暗示を掛けるように。
最終更新:2013年02月12日 19:19